飯能河原天幕実習2

作業中

ばばああろあがひさしの下で何か作業中。何をやっているかは不明。

ひさしを直立させるために、ポールからは都合4本のロープがひっぱらられている。その存在に慣れていない上にロープが黒くてわかりにくいため、みんな頻繁に足をひっかけていた。「あっ!」とコケたら、そのままロープが外れてしまいせっかくのひさしが崩壊・・・という憂き目に遭うことたびたび。

焼きそば

この日のお昼ご飯は焼きそば。

当時のばばろあは料理好きという点では今(2008年)と変わらないが、効率を重視していた。しかし、天幕合宿を重ねるうちにだんだん凝り性になっていき、しまいには小麦粉を水で練って生地を作るところからはじめるまでに進化していった。

かまどがやたらと頑丈に作られているのがわかる。トーチカを作っているようだ。これは、意図的に作られたのではなく、結果的にこれだけでかくなってしまったという事に他ならない。要するに、かまど作りがへただった、ということだ。

河原の石は百個あれば百個だけの個性がある。大きいモノ、小さいモノ、傾いているモノ。それらをうまいこと組み合わせて、最終的にはがっちりとした囲いを作らなければならない。しかし、

「あれ・・・こっちがぐらぐらする。補強」
「うーん、右と左がバランスが悪い。追加」

なんて事を繰り返した結果、このようにでかくなってしまったというわけだ。

雨

夕方から雨が降り出した。

神島合宿の初日に雨のキャンプは体験しているので、今回で二度目。憂鬱になりつつも、特に大あわてすることなく夕食作りの作業を続行。

写真を見ると、雨天用のガソリンストーブを使わず、かまどで料理を作っている様子がうかがえる。なぜ雨に打たれながらも、雨合羽姿で調理していたのか今となっては覚えていない。

ランタン用にガソリンは用意してあったので、ガソリンストーブを使うことはできたはずだ。それでも使わなかったのは、恐らく調理途中に雨が降ってきて引くに引けなくなってしまったのだろう。

せっかく薪に火が付くと、それを消すのはなんとももったいないものだ。

キャンプそのものが非日常生活だが、その非日常の最たるものがたき火だった。

テントの中で鍋

雨の中、ばばろあ料理長が作った料理は「すきやき風鍋」という聞き慣れない怪しい鍋だった。フタを開けてみると、中には牛肉、豆腐、ネギ、玉ねぎ、糸こんにゃくなど。なるほど、確かにすきやきだ。しかし、普通のすき焼きと違うのは、「鍋」を名乗っているだけあって汁の量が多いということだった。すき焼きの定番である、甘くて辛くて濃い、少量の割り下ではない。甘辛さは踏襲しつつも、かさを増やしたなんともお得感満点なニセすきやきだった。牛丼のご飯無しバージョンのものよりも、もっと味付けは薄い。鍋として単品で食べられる優しい味付け。

食事

すきやき鍋、これが結構いける。

酒のつまみとして食べる事ができるし、ご飯の共にもなる。下戸にも左党にも合う、ということで3名はめいめい、おおいにこの鍋を楽しんだ。

外は相変わらずの雨なので、宴会場所はテントの中。この狭い空間で酒を飲んでいると、なんだか妙に楽しい。ランタンの熱が籠もり、テントの中はとても暖かい。そのため、酒の回りが早いからかもしれない。

テントの中の暖かさ度合いは、ばばろあが半袖Tシャツ一枚になっているところから見ても分かる。

なお、酒が強くない蛋白質は、既に横になってしまい、その状態で飯と会話を楽しんでいた。お作法がなっていないが、こういうラフな格好で食事する機会なんて滅多にないので、良いと思う。居酒屋でも、こういう「横になりながら飲んだり食べたりしゃべったりできる店」があったらある程度繁盛するんじゃないか、と思う。ただし、床を相当汚されそうだけど。あと、居心地が良すぎてみんな長居して、回転率が落ちて儲からないだろうなあ。

この日は雨が止まず、結局キャンプファイヤーは実施されず。

それは残念ではあったが、でもテントの中での飲食、そしてバカ話というのも良いものだ。納得ずくで、就寝。

トイレのため外に出るときは、面倒なのでみんな雨合羽を着ていかない。そのため、雨に濡れつつ「うひゃー」と言いながら全速力で駆けていき、そして戻ってきた。

1994年05月05日(木) 3日目

朝食

3日目の朝。この天幕実習最終日だ。

前回同様、昼前には撤収するという予定になっており、朝食がラストとなる。そのため、必然的に朝食は「残飯処理」ということになるわけだが、幸いにも余った食材はほとんど無かった。2泊3日という短期行程で、少人数で、なおかつ何を作るか想定した上で食材の買い出しをしているので、さほど狂いが出なかったということだろう。

最後の朝食も、ばばろあが作る。ほとんど飲まれなかった牛乳が手元にあり、それをどぼどぼと鍋に注ぐ。「何をする気だ」と聞くと、「シチューもどきを作る」という。そのまま、小麦粉入れたり塩胡椒で味付けしているうちに、確かにシチューっぽいスープができ上がった。大したもんだ。ただし、シチューと呼ぶにしては具がほとんど無く、少々怪しいものがあるが。

あともう一品、ばばろあはフライパンで料理を開始した。小麦粉はどうしても袋単位で買わざるを得ないため、これはどうしても余ってしまう。それを有効活用したいのだという。「韓国風お好み焼き、作るわ」といって、水で溶いた小麦粉をフライパンに注ぎ込み、その上にネギを散らした。

「韓国風お好み焼き?韓国にお好み焼きってあるんか?」
「さあ、ようわからんけど、確かそんなんがあったのーって思って見よう見まねでつくっとる」

で、でき上がったのは小麦粉とネギというシンプルな食材を焼いたもの。

「これが韓国風なの?どこが?」
「さあ?」

作ったばばろあさえ、分からない状態だった。

ただ、今になって思えば、これはまさに「チヂミ」であり、韓国料理の一つだった。当時の学生身分じゃ、韓国料理店に行くなんて機会は皆無だったし(養老乃滝や村さ来が関の山)、ネットが発達していなかったのでお隣の国の料理なんて知識が無かった。いや、そもそもまだこの当時は韓国料理というのは広く普及していない時代だったのではないか。

そういう時代背景を考えると、ばばろあはよくぞチヂミの事を知っていたな、と感心する。ちなみに当時の彼は、C.W.ニコルの著書を愛読しており、彼が世界各地で食らった怪しい動物の肉だとか食材の調理法に憧れていた。そういう好奇心で、チヂミの事もどこかで知ったのだと思う。

ただ当時は、単に「何でこれが韓国風?」「さあ?」で終わっており、「まあとりあえず食材は全部はけたしお酒も全部飲みきったし良かったね」で天幕実習を打ち上げた。とはいっても、清酒は一升瓶で買っていたので、空とはいえ一升瓶を担いで帰らないといけないのは結構な重荷だったが。

4月、5月とこうして2回に渡り天幕実習を実施したことにより、7月に予定されている佐渡島夏季強化合宿への下準備はできたと言える。気力体力共に充実だ。とりあえず、おかでんは7月中にある上期の講義の試験を全てクリアした上で本番に備えなくちゃ。佐渡島はお気楽な飯能河原と違い、過酷な合宿になるに違いない。



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