「やはりここはですねおかでん先生」
とジーニアスが歩きながら言う。
「庶民の街に来たからには、庶民の甘いモノを食べないといけないと思うのですよ、切に。常に。」
「はあ、そうですか」
「ということで、エッグタルトを買って食うのです」
何事かと思ったら、そういう事だった。そういえば、この街は屋台が多い気がする。フランクフルトだとか、揚げシュウマイを串に刺したやつとかが売られているのだが、目立つのはエッグタルト用の保温器だった。コンビニのレジ横で見かける、フライドポテトやフランクフルトが保温されている、透明で中が見えるタイプのやつだ。
早速、二つ買い求めて食べてみる。デジカメの調子が悪く、10分近く叩いたり振り回したが回復しなかったので、写真はジーニアスの食べかけエッグタルトだけでご容赦。
カメラで悪戦苦闘している傍らで、ジーニアスが「あふっ、おほっ」と熱いエッグタルトと格闘中。
「何?そんなに熱いのか?」と聞くと「遠慮を知らないからな、香港人は」という変な回答をしてきた。
カメラの復調を断念し、自分もかぶりついてみる。
1秒後、勢いよくかぶりついたことを激しく後悔した。エッグタルトの上に乗っている熱いカスタードクリームが、雪崩をおこしてきたからだ。もっと堅いものかと思っていたので、こちらの意に反して、しかし重力の法則には従順に従ってドドドと迫ってくる熱カスタードで唇をやけど。いてぇ。
パイ生地のサクサク感、カスタードのまったり感、そして熱々。非常においしく頂きました。香港っぽくないけどな、と思って後で由来を調べてみたら、ポルトガル領だったマカオから伝来したものらしい。こういうちょっとしたところにも、西欧の占領文化というのが根付いているから面白い。
エッグタルトをやっつけた後、ぶらぶらと深水歩の街を歩く。
・・・相変わらず、看板が多い。尖沙咀あたりのでかい看板はさすがになりを潜めたが、その代わり小さめの看板がずずずいとせり出してきている。
こういう看板を見ていると、日本の看板ってお上品だな、と思う。ビルの壁面や上にあるのが日本の看板だ。この場合、道を歩く人は「おや、あれは何だろう」と首を90度近くひねらなければならない。
その点、香港の広告というのは「進行方向正面」にあるわけで、イヤでも目に入ってしまう。広告宣伝としては、より強烈だ。
こういう、強引さも香港の魅力なのだろう。
強引と言えば、このブロックも屋台が多い。移動するつもりが全く欠如している屋台で、路上占拠と形容せざるを得ない。警察は取り締まらないんか、これ。
・・・でも、この年期が入ってるっぽい屋台を見ていると、どうやら許可されてるのか黙認されているのか呆れられているのか、いずれにせよおとがめらしらしい。
ジーニアスがうれしそうに「蛇スープ行こうぜ、蛇」と言う。なんでも、深水歩は蛇スープ屋が多いらしいのだ。
「でもよ、君さっき街市の豚をグロがってたし、亀ゼリーも苦くて『ぬおー』とか言ってたじゃないか。蛇、大丈夫なのか?」
と聞いてみたら、
「蛇は別腹」
とか訳の分からないことを言う。まあ、蛇の味は淡泊で全然げてものではないと聞いたことがあるし、香港ならではのグルメということで食べないわけには行くまい。
しばらく、雑然とした街を歩いていたら、目の前に赤地に黄色文字で「蛇」と書かれている看板を発見した。蛇スープ屋だ。
入り口には、なぜかベルトがたくさん吊されていた。近づいてみたら・・・うわ、ベルトじゃないぞ、蛇の皮がつり下げられているじゃないか、これ。
そして、入り口脇にはでかい鍋があって、何やら絵本の中で魔女がぐつぐつ何やら煮込んでいる様を思い出させる、怪しいスープが煮えていた。
あ、あれが蛇スープなのか。
一度、怖じ気着いてしまい、お店の遠景などを撮影してココロを落ち着かせてから、店の中に。
店は、丸テーブルが数脚しかない、小さな造りだった。
テーブルにつくと、オッチャンがメニューを持ってきた。・・・さすがに、日本語解説はないか。
このお店の名前は、「蛇王善」というらしい。蛇の王様は(カラダに)善い、という意味だろうか。・・・そのまんまだが。
どうやら、ここのお店には「蛇羹」というメニューと「蛇湯」というメニュー、二つの蛇料理があるらしい。いずれも、大・中・小の3サイズから選べるというユーザーフレンドリーさ。とりあえず、蛇スープが飲みたいので、「蛇湯」の小、12HKD(180円)を注文。
オッチャンが何か広東語で熱弁をふるっていたが、全く理解できなかった。
「何だったんだ?あれ」
「さあ?もっと大きいヤツにしなくていいのか?って事じゃないのか」
しばらくして、出てきたのがこれ。
白濁したスープだ。鼻を近づけて臭ってみると、やや生臭い・・・というかケダモノ臭い臭いがする。
すすってみる。ややにおいがするが、あっさりとしたコンソメ味っていう感じ。いや、でもあっさりとした味の陰で、何やらどす黒い陰謀がうずまいているような、何やら怪しい味であるな。
卓上に、餃子の皮を揚げたチップとレモングラスが用意されていたので、適当にかけて食べる。結構いける味だ。生姜が結構きいていることから、恐らく蛇スープそのままだと相当生臭いのだろう。
裏が有りそうな味だなあ、と形容しながら、すいすいと頂く。想像通り、蛇!だからといってグロいことはなかった。しかし、単なるスープだな、これだと。具が全く無い。
店内を見渡すと、蛇がつけ込まれたお酒の瓶があったり、生きた蛇が鎮座していらっしゃったり。いやぁ、女性にはお勧めできん場所だよなあ、と苦笑い。しかし、肝心の蛇スープが案外普通なんで、ちょと困った。せっかくだから、もう少しインパクトが強いヤツを試したい。
ということで、追加で1個だけ、「蛇羹」というものを頼んでみた。小で、28HKD(420円)。
すると、店のオッチャンは深くうなずき、注文を受けた。どうやら、さっきオッチャンが言ってたわけのわからん広東語は、「蛇羹の方がお勧めだぞ」という意味あいがあったらしい。
出てきたものをみて、「ああ」と二人とも納得。なるほど、こっちは蛇肉が入っているのだなと。
「羊羹」の「羹」という字が使われているのは、どうやらとろみがついたスープだからだろう。片栗粉でとろみをつけたのか、それとも蛇肉からゼラチン質がしみ出て来てのかは不明だが、お椀いっぱいに入っている蛇肉の姿は壮観だ。いいぞ、こういうのを期待してたんだよ、俺ら。
中に時々見受けられる黒いのは・・・蛇の皮?などと思ったのだが、食べてみたらこれはキクラゲだった。もし、本当に皮だったらグロさが1ポイントアップだったのだが。
蛇肉の味は、まあ、月並みな表現ですが鶏肉とほぼ一緒。鶏肉が混ざっていてもわからないんじゃないか、というのは言い過ぎか。鶏肉の食感と味なのだが、やっぱり何か妙な味がする。これが蛇の味なのか。
「ふーん」「ほへーん」と感心しながら、二人で蛇スープを平らげた。蛇は体を暖める働きがあるというが、言われてみれば暖かくなったような、ならなかったような。
そうそう、深水歩にやってきたのはデジカメの代替品を探すためだった。
近くにあった電脳中心ビルに入ってみる。
うーん・・・。イマイチだなあ。日本で言うところの「ビックカメラ」のような家電量販店スタイルを期待していたのだが、小さな店舗の集合体が建物の中にびっしりと入っている状態だった。秋葉原駅前の電子パーツを扱っているお店地帯、みたいなもんだ。
そのため、「でかい店舗面積を武器にした、多様な商品取り扱い」なんて事は全くなく、小さなお店が少ない商品ラインナップして売っているだけ、となっていた。これでは、カメラを探そうと思っても、いくつものお店をうろうろしなければならなくて面倒。しかも、品そろえはイマイチなお店ばっかり。結局、購入を断念した。売られているカメラも、日本円で7,500円以上するものばかりだったので金銭的魅力も無かった。
ちなみに、この写真は電脳中心の中を撮影したものだ。画面右下に、なぜかZガンダムのポスターが貼ってあった。
蛇スープ飲んで元気が出たところで(多分)、地下鉄で二駅戻ったところにある旺角(モンコック)に向かった。
尖沙咀がホテル宿泊客を中心とした旅人向けの街だとすると、ここ旺角は庶民の繁華街といった感じだ。ホント、「繁華」してる。
看板の大きさで、その街の規模が分かるようになってきた。ほら、ここの看板、でかいでしょ。栄えている証拠。
街には、いたるところで「日式」という字を目にした。日本由来のいろいろなものが街には出回っているようだ。中には、「至豪」という字もあったが、これはオーストラリア由来の何か、だろう。オージービーフだろうか?
・・・ちなみに、この写真に写っている看板で、レストランらしきものがあるが、そこには
「全港装修至豪 潮流至日式放題」と書いてあった。至豪って、バイキングの事を指しているのだろうか?
街のあちこちで、ビルの改修工事をやっていた。改修なんてしないで建て直せよ、と思うのだが、使える限りは事故にならない限り使い続けようという魂胆なのだろう。
工事の足場は、全て竹を組んだものだった。今時、竹で足場を組むというのも意外だが、香港の光景に非常によく馴染む。
「でもよ、あの足場で使わなくなったヤツが日本の割り箸になるんだぜ。気持ち悪いよな」
とジーニアスが言う。本当だろうか。何も、足場の古材を割り箸にしなくってもいいような気がするのだが。
写真左には、「新の城」というお店があった。「の」という表現は明らかに日本語なのだが、けっこう香港ではその意味を理解されているようだ。コンビニで見かけた雑誌の表紙にも、「代官山の新店」と書かれていた。漢字の「乃」と似ているから、理解しやすいのだろう。
香港では、DVDはあまり普及しておらず、ビデオCD(VCD)が一般的なメディアになっているらしい。日本にいると、DVDが当たり前になっているが、所変われば品変わるということか。
でも、PS2が普及すればDVDにメディアがシフトしていくのでは?と思うのだが、調べてみたらアジア版PS2ってDVD再生の変わりにVCD再生ができるようになっていた。これじゃ、いつまで経ってもDVDは普及しなさそうだ。
ちなみに、キル・ビルは広東語で「標殺令」と言うらしい。
もう既にお昼下がり。エッグタルト、蛇スープという間食をした後だったのであまり空腹ではなかったのだが、さっさとお昼を頂くことにした。
今晩は、北京ダックを頂かなければならんのだ。夕食時点で胃袋を最大限開けておかなければ、後で後悔する。
・・・というわけで、九廣鐵路という鉄道の旺角駅近くにある、「金龍船海鮮酒家(カムロンシュンホイシンザウガー)」に向かった。
今日のお昼は、ここで飲茶だ。
店内は、意外と広かった。奥行きがあり、テーブルがびっしりと据え付けられている。そのテーブルのほぼ全てが埋まっているのだから、結構な繁盛店なのだろう。
「ま、地球の歩き方に載ってるくらいだからな。案外結構な割合で日本人観光客なのかもしれんぞ」
「あり得るな。・・・隣の席は、香港人って事でいいよな?」
「あれか?ああ、ありゃどうみても香港人だろう。試しに日本語で卑猥な言葉を投げかけて見ろよ。反応したら日本人、反応しなけりゃ香港人だ」
「国際問題にしたいんか、アンタは」
などとアホな会話をする。「あの禿っぷり、そしてわずかに残った髪での隠蔽っぷりは香港人」「日本語しゃべってるから日本人(そのまんまや)」と、国籍あてクイズで時間を潰す。
「それにしても悔やまれる!これから食べる事になってる飲茶の数々が、写真をまともに撮れないんだから」
いかれたデジカメをバシバシ叩く。1枚くらいは偶然に撮れるかもしれないが、継続してうまいこと行くはずがない。
「もう諦めてカメラ買いなさい、せっかくの写真が撮れなかったら一生後悔するぞ」
「まあな。最も後悔するのは、『アワレみ隊OnTheWebのネタにできなかった!』という事かもしれないけど。それにしても、傾向と対策がはっきりしないんだよなあ・・・初期症状の頃は、カメラの角を殴れば、直ったんだよな。それでも言うことを聞かなくなったら、コマを投げるようなスィングでカメラを振れば、直ったんだよな。で、今となっちゃ、どうにも言うことを聞かないわけで・・・ほら」
液晶画面がピンクに染まる。写した画像も、ピンクだ。
「どこに原因があるのか、わからないんだよなあ。叩いたり振ったりしたら直る、ということはどこかの回線が外れかかってるんだろうけど・・・あれ?」
液晶画面が正常に戻った。
「直った」
「はあ?何だ、それ。どこをどういじったんだ?」
液晶の右脇数センチのところを、親指でぐっと強く押すと画面が正常に戻るのだった。親指の力を抜けば、またピンクに戻る。どうやら、「叩く」「振る」という行為で直っていたのは、その衝撃で直ったわけではなく、「叩く瞬間、振る瞬間に右手で強くカメラを握った」ために直っていたらしい。原因箇所特定。
「よし、抜本的対処方法が解った以上、香港でフィルムカメラなんて買わないで済むぞ。よーしよーし、浮いたお金でがっぽり食うぞぉ」
このお店は、ウェイトレスさんがあれこれと料理をワゴンに積んで、テーブル間を練り歩くスタイルを取っている。各テーブルごとに、「この料理要ります?」って聞いて回っている。蒸籠をカパ、と開けて料理を見せびらかし、「どうです?」とこっちの顔色をうかがう。
気をつけないといけないのは、次から次へと料理が押し寄せてくることだ。何だかおいしそうだから「とりあえずもらっときます」ってやってしまうと、テーブルに料理があふれてしまう。「あっ、これ食べたい!」というモノ 以外は取っちゃダメ。
話は脱線するが、以前、広尾にある「香港ガーデン」で飲茶バイキングをやったことがある。どれだけ食べてもお値段一緒なので、ついつい取りすぎてしまい・・・結構地獄でした。女性2、男性2の組み合わせで訪れたのだが、最後になると女性は「もうおなかいっぱい」とリタイアしてしまうので、期待していたほど料理が裁けなくなった。後は男性陣で「ううう」と呻きながら、残った料理を平らげる羽目に。ワゴンサービスの飲茶は要注意なのだ。
さて、そんな話はどうでもよくて、ポーレイ茶を飲んで一息つく間もなく、「敵発見!」とばかりにウェイトレスさんによる飲茶総攻撃だ。
「左舷何やってるの!弾幕薄いよ!」
と叫びながら、ウェイトレスさんの猛攻をブロックする。
まずは、ダイコン餅をセレクト。おお、このもちもち感がもうたまらんです。
点心の王様、鮮蝦餃(シィンハーガウ)。要するに海老入り蒸し餃子。
向こうが透けて見えそうな皮にくるまれて、湯気を立てている。
「何やら深窓の令嬢、という感じで、これから食べよう、ってぇのは有る意味犯罪的というか、エロチックというか」
「はあ?何を言ってるんだ?ちょっとヤバイんじゃないですか、餃子からそういう妄想を抱くのは」
ゆば巻き。
「・・・どうだ?」
「湯葉の味しかしない。以上」
どれどれ、と箸を伸ばしてみた。
・・・
確かに、湯葉の味が圧勝。中には、豚肉とか海老のすり身が入っていたはずなのだけど、湯葉の味が前面に出過ぎていた。
「でもよ、蛋白な味の湯葉がこれだけ濃い味を出すって、やっぱり凄いよな」
適当な理由をつけて、フォローしておく。
飲茶三昧のおかでん。
デジカメのコントロール方法が編み出されたため、今までは「おかでんによる専門的動作」でしか撮影できなかったものが、ジーニアスの操作でも写真が撮れるようになった。
牛肉シュウマイ。
シュウマイって言っても皮がないじゃん、肉団子じゃないのか?っていうできばえ。
広東語では、「山竹牛肉球」と言うらしい。
牛肉球って、確かにそのまんまだな。
単なるミートボールかと思ったが、中にクワイが入っているそうで食感が楽しかった。
牛肉球と対峙するジーニアス。
「徴兵されてよ、モビルスーツ部隊に配属されたはいいけど『お前、今日からこのボールに乗れ』って上官に命令されたら泣くよな。死ね、って言ってるようなもんだもんな」
「僕ら子供の頃、人気で入手困難なガンプラでもボールだけは売れ残ってたからな。人気なさすぎ。あ、あとビグザムもよく売れ残ってた」
と場違いなガンダムネタで盛り上がる。
最後、ジーニアスが「マンゴープリン食いたいんで、注文するのだ」と高らかに宣告。店員を呼び止めて、マンゴープリンを注文していた。
で、来たのがこれ。なんとも可愛いプリンちゃんでした。
時々、われわれのテーブルに若いウェイター君がやってきてあれこれ話しかけてくる。しかし、さっぱり何を言ってるのかワケがわからず、困惑してしまった。雑談を仕掛けている様子ではなく、何やらお勧めをしたいらしいのだが、相手は英語が理解できないし、こちらは広東語がわからないし。筆談をしようとしたけど、やっぱり通じない。
ジーニアスが「いや、もうお前何言ってるかわからんからアッチ行け」と日本語で最終宣告していたが、もちろん通じるワケもなく、しばらく不毛な一方通行会話が行われていた。一体何だったんだろう。
「恐らく、この店に来たからには、○○を食べないと後悔するぞ、みたいな話だったんじゃないかな」
「好青年だったんだけどな、でも言葉が通じないんだからいい加減何か対策打てよなあ。通じないって分かってても、広東語しゃべりまくりで、通じないモンだから困り果てちゃってさ」
お代は、一生懸命頑張ってコミュニケーションを取ろうとしたおにーさんの頑張り分も含めて、150HKDを置いていった。
「安いなあ。あれでチップ込みで150HKDか。ええと、2000円ちょっと。一人あたり千円ってところだな」
「ということは、あの料理1皿で400円程度だったのか。あれだけ店員が店内にわらわらとうごめいていたのに、あの値段。やすぅ。香港、いいなあ。段々住んでもいいやって気になってきた」
コメント