島流し御赦免ツアー

[A ふれあい牧場 2005年04月30日 15:32]

高台

八丈富士の五合目をぐるりと車で周回したのち、山腹南側にある「ふれあい牧場」に向かった。これも、名前から非常に内容が想像しやすく、こちらとしても気分が楽だ。

「でも、触れあえる対象が牛ではなくて、全然違う生き物だったら笑うけどな」

・・・まさかして、地底人?

いや、そんなことはあるまい。

このふれあい牧場、空港や八丈植物園からもはっきりと見えた。何しろ、富士山のような形をした山の中腹がぽっこりと木がなく、いかにも牧場ですよ、という外観になっていたからだ。

明日葉茶

牧場、といってもよくありがちな観光牧場ではなかった。売店があってグッズが売られていたりするわけでもないし、ヒツジや小動物が飼われているわけでもない。ただ、広大な牧草地帯に牛が点在しているだけだ。

その中にあった建物で水分補給をする。2時間の山歩き中、一滴も水分を摂取していなかったから体に良くない。

ではせっかくだから体に良さそうな水分を、ということで選んだのは「明日葉茶」。

JA東京島しょ、というところが作っているというのが興味深い。

青汁のように、罰ゲームに最適!な苦さのある飲み物かと思ったが、案外すんなりと飲むことができた。健康に良いです、と称して売ればそこそこ売れると思う。ただし、「健康に良い」という肩書きが無い限りは、あんまり美味いものではない。

八丈島農協牛乳の自販機

牛乳スキーなしぶちょおは「八丈島農協牛乳」を飲んでいた。

八丈富士がパックに描かれた牛乳だ。200mlで100円。

しぶちょお曰く、「なかなか美味い」とのことだった。

牛の積み出し

建物内に飾られていた、八丈島の歴史写真。

なにやらショッキングな写真なので思わず目が惹き付けられた。

牛の積み出し(昭和29年頃)

はしけから沖の本船に積み込まれる牛は、吊られた苦しさと驚きのあまり、吊られたまま放尿することもあり、容易な作業ではなかった。

なるほど・・・。牛も失禁するのだな。勉強になる。

「牛が暴れるから大変な作業だった」のではなく、「牛が放尿するから大変な作業だった」と書くあたりがいかす。

ま、確かに誰だって空から牛の尿が降ってくるような仕事はしたくないよな。

展望台

この牧場は、ちょうどテラス状になっている山の傾斜をうまく利用して作られていた。そのため、駐車場方向から展望台がある方向をみると、まるで断崖絶壁か地平線に展望台があるように見える。そして、そこに向かって一直線に伸びる歩道。なかなか気持ちよい。

景色は八丈富士山頂で眺めたものと大差ないのだが、こちらのほうが標高が低い分、民家のディティールがよく分かって面白い。

展望台側から山を眺めたところ

展望台側から山を眺めたところ。

[No.11 大越鼻灯台 2005年04月30日 16:15]

八丈島の見どころは、島中央部及び南部に集中している。北側は、八丈富士が海岸線までせり出しているため土地が狭く、あまり見どころは存在しない。ダイビングスポットだったりするようだが、潜らない僕らにとってはあまり関係がない。

というわけで、「初日からおいしいところを食べるわけにもいくまい」という判断で今日は見どころが少ない島北部をぐるっと半時計回りにまわることにした。

大越鼻灯台

海岸線ドライブ。

八丈富士を左手に見つつ、右側に海を・・・なんだけど、北側周回道路に入るために、いったん神湊を通過することになった。島なので、何かをしようとすると必ず同じ場所を通らなければならない。

途中、立派な観光ホテルが2軒ほど見受けられたが、営業していたのだろうか。廃業しているように見えた(もし違っていたら申し訳ない)。以前八丈島は「東洋のハワイ」と言われていたようだが、そのときに過剰投資をしてしまったのだろう。観光地の中に廃墟が一軒あるだけで、その周囲の雰囲気が悪くなる。島全体が落ち込んでいるように感じられ、ちょっと暗い気持ちになる。できれば撤去したいところだろうが、倒産した側は「そんなお金はありませーん」としらばっくれるんだろう。

さて、島北部をシーサイドドライブし、ほぼ北端にある「大越鼻灯台」にやってきた。

霞がかかっていて、御蔵島などの島影は全く見えない。しかし、それが逆に太平洋のど真ん中にある島だということを思い出させる。

とはいっても、ここを「観光地」として認定するには相当苦しい。なかなかな通な人じゃないと、こういう場所に来ても面白くないと思うのだが。

永郷展望台

永郷展望台

此処に立つと、地球の円さを示す水平線が一望されて 絶海の孤島に居ることを実感し、時には望郷の念に誘われる。天気の良い時には右手に御蔵島や三宅島が望まれ、八丈小島に落ちる夕日はあくまでも美しく、大越無人灯台のスペクトルは、寂しい孤島の夜を彩る。

大中上交差点から、直線の道路を通り此処に至るが、都道で約4kmの直線道路があるのは、八丈島の永郷道路だけであることを銘記してほしい。

なかなか詩人な書きっぷりだ。恐らく地元観光協会の人が書いたのだと思うが、その人は八丈島以外から訪島して、そのまま定着した人なのだろうか?慣れない土地、慣れない人たちのもとで疲れたとき、この展望台までやってきては望郷の念に駆られたのだろうか?・・・そう考えると、奥が深い。

でも、案外実際のところ、生まれも育ちも八丈島の人が「まあ、望郷の念、じゃないですかねえここは。多分。恐らく」とか言いながら文章を執筆したような予感がしなくもないが。

よくわからないのが、最後の都道4kmの直線道路、のくだり。そんなに自慢なのか。「だけである」と自慢しただけでなく、「銘記してほしい」とまで高らかに宣言しとる。いや、まぁ、唐突にこんな変なおらが町自慢が始まったので、しっかと銘記されちゃいましたけど。そうですか4kmですか。はぁ。

八丈小島に落ちる夕日

八丈小島に落ちる夕日はあくまでも美しく・・・

ということだが、まだ日没までは時間がかかりそうだ。

なにしろ水平線に落ちてはじめて日没だ、本州に住んでいるのとでは日の出・日没の感覚がちょっと違う。

ついでに、灯台のスペクトルなるものを体感し、寂しい気持ちになろうかとも思ったが、これも相当時間がかかりそうなのでやめておこう。

今できるのは、水平線を一望すること。そして、望郷の念に誘われること。

「・・・望郷の念、駆られました?」

「いや、ぜんぜん」

「だって僕ら、今日八丈島に来たばっかりだもんな。まだ帰りたくない」

「まったくだ」

[No.12 永郷展望台(アロエ園) 2005年04月30日 16:24]

アロエ園

大越鼻灯台と、島周回道路を挟んで山側にアロエ園が広がっていた。いや、その一体だけアロエが植わっているのではなく、八丈島は全体的にアロエが多い。発育に向いている気候風土らしい。

アロエ園

アロエは南アフリカ原産の植物だが、我が国には漢方薬として古くから持ち込まれ「医者いらず」とも呼ばれていた。

八丈島の気候風土に合っているのか、余り手入れや肥料をやらなくても盛んに繁茂し、他の花が咲かない年末から年始にかけて、真っ赤な花のじゅうたんを展開し、胃腸や傷の薬にもなる。

内地からの観光客は、アロエにも花が咲くのですかと、驚いたり、誉めたり。

アロエに花が咲くのは確かに意外だったが、この文章やっぱり変だ。さっきの「銘記して欲しい。」と同じ人が書いたな、さては?

「アロエにも花が咲くのですかと、驚いたり、誉めたり。」

僕たちは、こんな微妙な文章を解説文として採用することに、驚いたり、誉めたり。

「味があるなぁ。味がありすぎるぞ」

「というか、ここの観光協会、看板を文章好きな人に私物化させてないか?面白いからいいけど」

今後、島内観光地巡りをしていく際、どのような味のある解説文が出てくるのかが楽しみの一つに加わった。

とはいっても、今後これ以上の「味」のある文章はお目にすることが無かった。

アロエが大量に自生している

アロエ園、という名前が付いているから、何か農園っぽく作られているのかと思ったがそうではなかった。

単にアロエが大量に自生しているだけだ。

でも、「単に」と一刀両断できないところがこのアロエ園のすごさ。

見渡す限り、アロエ、アロエ、アロエ。

やけどした人はぜひお越しください。使いたい放題です(勝手にむしっては駄目だと思うが)。

「腐るほどある」という比喩表現が日本語にはあるが、まさにこれはその言葉が相応しい。「アロエにも花があるのですか」と驚く前に、まずこの光景で驚けよ、内地からの観光客。驚くところが違うぞ。

写真後方の小高い丘まで、びっしりと、純度100%でアロエだ。いつもは鉢植えの中で、ベランダや玄関に鎮座しているのしか見たことがないので呆れる。こんなに繁殖力が高いとは。島全体がアロエに覆い尽くされてしまうんじゃないか、と心配になる。

このアロエ、とげがある外観だし、緑色が濃いし、あまり見目美しいものではない。それがどわーっと山の斜面一面に広がっているので、気持ちの良い景色とは言えないものだった。

[No.24 南原千畳岩海岸 2005年04月30日 16:38]

南原千畳岩海岸

アロエ園を後にして車で数分。あっという間に次の観光名所に到着だ。今までこの手の企画は、「四国八十八カ所巡り」「東北道の駅スタンプラリー」「日本三大巡りの旅」などをこなしてきたが、いずれも目的地と目的地の距離が開いていて時間に追われたもんだ。

それが今回はどうだ、たった数分のドライブですぐ次だ。車に乗っている時間よりも観光名所に滞在している時間の方が長い。これは幸せなことですよ?アワレみ隊初ですよ?

「さすが八丈島。コンパクトにまとまっていて大変によろしい」

企画初日にして、全観光名所を見て回ることができそうだ、という余裕ができてきた。一番時間を要するであろう八丈富士にも登ってしまったし。今回アワレみ隊としては初の「気楽に、時計を気にしないで楽しめる」ことになりそうだ。

さて到着したのは、だだっ広く平らな岩場だった。南原千畳敷、というらしい。ここで野球やサッカーをしたら面白そうだ。球がどこに転がっていくかわからない。選手だって、足下のごつごつを意識しないと危なくてしょーがない。

南原千畳敷

南原千畳敷

八丈富士は慶長10年(1605)の噴火を最後に火山活動を停止している休火山であるが、それ以前、悠久の昔から噴火活動が繰り返され、その都度吐き出された莫大な溶岩が、裾野を覆い、海にせり出して、このように広大な千畳溶岩の景観を作り出したのである。

正面やや左側の海岸近くまで歩を進め振り返って陸側の溶岩層を見ると、何段にも重なっているのがよくわかります。

「文章、普通じゃん」

「つまらん」

内容云々より、「銘記して欲しい」「驚いたり、誉めたり。」に続く名文を期待していた二人。目の付け所が明らかにおかしい。

「いや、でも『悠久の昔から』という表現を使うあたり、さっきの人と同じだと思うぞ。妙に文学的だもんな」

「手抜きだ。もっと面白い文章を書けるだろ、同一人物だったら。『こんなに溶岩が流れ出たのですかと、驚いたり、誉めたりしたことを銘記して欲しい』くらいは書いてもらえないかね?」

陸側の溶岩層

看板のお告げに従って、陸側の溶岩層を見る。

あ、なるほど。白い層、茶色い層、何層かわかれている。

噴火の度に、パイ生地のように積み重なっていったのだろう。噴火当時はもっと海岸線がなだらかだったはずだが、太平洋の黒潮に削られて今や絶壁に。

この島には大きな砂浜がどこにもない。そりゃそうだ、これだけ波に洗われていたら、砂が沈殿する余裕なんてあるわけがない。

八丈小島

八丈小島、どこから見ても絵になる光景だ。

日没まではあともう少しあるが、そのシルエットがとても美しい。

失恋したときはぜひここに来よう。

・・・あ、このご時世、失恋→一人で砂浜に行く→沈みゆく太陽に向かってばっきゃろーと叫ぶ という構図はもう現存しないか。そりゃ30年~40年くらい前の話だろうか。

地図看板

「あ!」

なんとはなしに、千畳敷駐車場そばにあった地図看板を眺めていたら、大変なものを発見してしまった。

その地図には、誇らしげにずずずぃとまっすぐと延びる永郷道路。確かに立派だ。平野部があまりない島としては、この長さは確かに素晴らしい。・・・銘記、するかどうかは兎も角として。

で、その永郷道路、確か先ほどの解説だと「4km」とされていたはずだが、この地図を見ると「3.8km」となっていたのであった。

「なんだよ、距離実際はもっと短いじゃん」

「見栄張ったな?」

デジカメで、先ほどの「4km」が記載されていた写真を確認してみる。

「あー。約4km、と書かれている」

「約、か!四捨五入したな」

なるほど、そういう手があったか。驚くやら、誉めるやら。

ジュースを買うしぶちょお

350mlのジュースを買おうとしたしぶちょおだが、出てきたのは300mlのものだった。同じジュースなのだが、これは結構悔しい。

島の南側に向かう道路

島の南側に向かう道路が見えた。

まるで銀河鉄道999が駅から出発する時のような傾斜だ。

島の生活を維持するためには、人口あたりで見ると相当なインフラ維持費用がかかるんだな、と思う。

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