10:05
ああ、東京が遠ざかっていくよ・・・。
鉄道だと、都市部をさんざん通過した後に徐々に田舎になっていくし、飛行機だと空を飛ぶので「さようなら」感に乏しい。それが、船だとなんと旅情に富んでいることか。遠ざかる日常光景。
今、僕らは確実に都心の雑踏から引き離されていっているんだなあ、としみじみと感じる瞬間。もう後戻りはできないし、する気も無い。
ちらりと、自分が勤務している会社のビルが見えたが、もう知らん。小笠原でトラブったり何かしたら、船の便の都合で最低一週間出社が延期になるんだ、それなりの覚悟と諦め(言ってることが逆だが・・・)が必要だ。
「あ、もしもし部長。いやぁ困ったことになりまして。ええ、旅行先で交通機関がトラブりましてですね、戻れるのが・・・そうですねえ、一週間後になるんですけど」「えっ!?アナタ今どこの国にいるの?」「いえ、日本ですけど。東京ですが何か?」
なんて会話を電話ですることになるかと思うと、ちょっと楽しそうな気がしてくる。
10:08
出航してからまず最初の見どころが迫ってきた。レインボーブリッジだ。陸から見る風景と何ら変わりはないのだが、やはり「船の上から眺めている」「徐々に接近してくる大きな建造物」というものにはわくわくさせられる。
出航の時をデッキで過ごした人たちも、レインボーブリッジ見たさに多くの人が居残って橋の下の通過を楽しみに待っていた。
10:09
レインボーブリッジの下を通過。
一同、首を90度上に向けてあんぐりと口を開けて眺めている。
カメラを持っている人は、全員「真下からのレインボーブリッジ」を撮影していた。ついつい釣られておかでんも撮影してしまったが、後で写真を見ると別に特に楽しい写真というわけではなかった。
しょーもない写真といえるが、「いつもは橋の上を通っているけど、今日は下を通ったぞ」という、友達に自慢するための通行証明書みたいなものと考えれば可愛いもんだ。
レインボーブリッジを越えるとお台場のビル群が見えてくる。
いつも対岸から見ている光景なので、特に珍しくないハズなのに、「船に乗っている」だけで撮影したくなってしまうのは不思議な心境だ。
恐らく、「これから数日はこういったビル群ともおさらばだ。あばよ」という気持ちも込められていたのだと思う。・・・ということにしておこう。そうでもないと、何だかおのぼりさん的な行動を取っている自分が恥ずかしい。
高笑いする二人。
遠路からわざわざ東京に来たばかりか、こうしてこれから1,000kmも先の南の島まで行こうっていうんだから、もう開き直って大笑いするしかない。
「なるようになるさ、わははは」
だって。
10:22
Cデッキの掲示板に張ってあった注意書き。「南島の利用にあたって」と記されている。
南島とは、父島の南西すぐにある小さな島のことで、どこぞの文献によると
「島は石灰岩地質が侵蝕されてできた沈水カルスト地形で、鋭くとがったラピエと呼ばれる奇岩が目をひく。ラピエとは、隆起した珊瑚礁が風雨にさらされてできたもので、独特な景観を生み出している。」
ということらしい。なんのこっちゃよくわかりにくいが、要するに本来海中にあったハズの珊瑚礁が地殻変動で隆起して、島になったという「全島これ珊瑚礁」な島、というわけだ。世界的にも珍しいらしい。また、その独特な光景は大変印象深いらしく、「地球の景色とは思えない」とまで思うという。とにかく何だかスゲーらしい。
その南島だが、景観を守るためにオンシーズン中は「1日あたり入島制限数100人ですよ」と書かれているのが、この注意書きだった。しかも、公認ガイド1人あたり15名の随行まで、という制約までついている。なかなかに厳しい制約だ。つまり、プレジャーボートをチャーターして、勝手にこの島に上陸するなんてことをやってはイカン、というわけだ。
他にも、動物持ち込み禁止、とか石や植物の持ち出し禁止、とか様々な制約が科せられていた。一般観光客が上陸できる島でここまで制約が厳しいのは日本ではこの島ではあるまいか。
われわれは、既に申し込み済みであるシーカヤックツアーでこの南島を目指す予定になっていた。たぶん「1日100名」のうちに入っているハズだ。ひとまず安心。
おっと、そういえば今回の旅の行程について、まだ説明をしていなかった。この場を借りて、ざっと説明しておく。
[5月2日(火)] おがさわら丸で終日移動
[5月3日(水)] 父島上陸。ビジターセンター見学後、ははじま丸で母島に移動。母島観光。
[5月4日(木)] 母島の乳房山登山。午後ははじま丸で父島に戻る。三日月山で夕日を眺める。
[5月5日(金)] 終日、シーカヤックツアー。
[5月6日(土)] 午前、父島戦跡巡り。午後、おがさわら丸乗船。
[5月7日(日)] 午後、竹芝桟橋到着。解散。
こんな予定だ。母島1泊、父島2泊、おがさわら丸2泊の計5泊。往復交通で2泊もするなんて、何しに旅行に行っているんだかって感じだ。やっぱり、せっかく小笠原に行くなら2航海(約2週間)の休暇が欲しいもんだなあ・・・。
10:23
館内放送が流れた。
特2等以上の席に若干の空席が出ているので、2等客室からの振り替えを受け付ける、というものだった。希望者はCデッキの受付までどうぞ、と。
2等が例のザコ寝なのに対し、特2等になると2段ベッド、カーテン付きになる。一部屋14名だったり18名だったりするので、相変わらずザコ寝に近い状況ではあるが、自分のプライベートスペースが確保できるということで人気が高いらしい。
その上の1等、特1等、特等になるともうこれはツインベッドルームなんぞになったりして、快適な船の旅をお楽しみください状態となる。2等の貧乏人共とは格が違う。
ただ、格が違うからには理由があって、当然お値段にもその「格」が反映されてしまう。特2等で、2等と比べて1万円強アップの33,850円(片道)。特等になると、56,490円(片道)になってしまう。「良い席はお早めに」なんてよく言う言葉だが、それはそれ、これはこれでお金も必要なんデスヨ。
ネット予約画面で見る限り、全席満席となっていたハズのおがさわら丸だが、われわれが偶然チケットを確保できたように上級席も「リリース」があったらしい。それが売れ残っているので、「現地直売」というわけだ。
値段が相当高くなるので、いくら空席があってもグレードアップする人はいないだろう・・・と思って冷やかしに様子を見に行ったら、あらら、結構行列ができているではないか。2等客室の惨状を見てしまい、「これでは25時間半耐えられない」と思った人がそこそこ居た、というわけか。特に若い女性はイヤだろうなあ、あの2等客室。
しぶちょおはもともと、「高い金を払ってでも特2等がいい」と主張していた人間だったわけで、これをきっかけに特2等にアップグレードしてはどうか、とわれわれに提案してきた。しかし、さすがに1万円も片道で値上がりするのはちょっとねえ、それはどうなのかねえ、というわれわれの煮え切らない態度で、なんとなく却下となってしまった。
10:24
受付の横には小さいながらも売店もある。
簡単なお土産は当然として、お菓子、アルコール、ジュース、雑誌という「長旅の暇つぶしツール」が充実。乗客心理をよく分かってらっしゃる。
10:25
おっと、こんな案内も発見したぞ。
本日は、おがさわら丸にご乗船を頂きまして、誠にありがとうございます。
ゴールデン・ウィーク便となり、船内が混雑をいたしまして、皆様方には大変にご迷惑をお掛け致します事、深くお詫び申しあげます。
皆様方には譲り合いの上、楽しい船旅ができますよう、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。
又、5月6日父島発便は更なる混雑となりますので、ご了承ください。
混雑して申し訳ないと思うなら増発しろ!と言えないのが船便の難しいところだ。それはそうと、最後の一行に大変に怖いことが書いてあるではないか。われわれの帰りの便、これ以上の混雑なんスか?えええ?
てっきりもう、今回の便で(少なくとも2等は)満席で、これ以上お客さんは詰め込めませんよ状態なのかと思っていた。しかし、まだこれ以上詰め込もうってか。ギネスに挑戦する気か、小笠原海運。山小屋泊ならともかく、2等客室であれ以上寝床同士の感覚を詰めるのはもう無理だってば。うへー。
今から身震いしてしまう。
何しろ、丸1日閉じこめられる船の旅だ。「狭い」「身動きがつきにくい」というのは非常に恐ろしい事だ。大げさな話ではなく、アワレみ隊メンバー3人とも震え上がった。
10:25
Cデッキ片隅にあった貴重品ボックス。
食事や洗面所に行っている間の盗難が怖いので、心配な方はこちらをどうぞー、というワケだ。
10:27
船内地図を睨んでいたしぶちょおが、「おい、穴場的な2等客室があったぞ」と叫んだ。Eデッキ船尾に、ぽつんと1カ所小さな2等客室があるのだった。機関室に挟まれていて、われわれがいるEデッキ前部とは直接繋がっていない。
「ひょっとしたらここなら空いているかもしれない」と偵察しにいったら、案の定誰もいなかった。
「おお、これは素晴らしい。アワレみ隊専用大本営として活用できるではないか」
ぜひ引っ越ししよう、という話になったが、入口を塞ぐように配置している毛布がどうも気になる。
受付に、「E-3号室って誰も使ってないみたいなんですけど、そっちに移動してもいいですか?」と念のため問い合わせてみたら、「使っちゃダメです」とあっけなく断られてしまった。ちぇっ、空室があっても、客をできるだけ密集して特定の部屋に押し込める作戦だな。清掃や準備が楽だもんな。
「しまったなあ、こっそり勝手に使っちゃっとけば良かったか。わざわざご丁寧に受付に聞いちゃってダメって回答があったら、もう諦めるしかないもんな」
未練たっぷりにまたE-3号室に戻ってみたら、今度はドアの鍵が閉められていた。使用禁止の部屋、ということで鍵をかけてしまったらしい。
「あぶねぇ。勝手にこの部屋に潜り込んでいたら、外から鍵を掛けられて僕ら閉じこめられるところだったぞ!」
やっぱり何事も、持ち主に確認することが重要ってことですな、はい。
10:30
「さっさと昼飯にしようぜ」
ばばろあが食堂をのぞき込みながら提案する。
「えっ、でもまだ旅は長いんだぜ。食事っていうある意味もっとも船旅の楽しみな部分を、出航直後に体験しちゃうのってもったいない・・・」
変なところで「旅情」にこだわりを持つおかでんは猛抵抗したのだが、ばばろあ曰く
「あのなあ、まだ東京湾の内側にいるうちはええで?外海にでたらものすごく揺れるんじゃけぇ。今食えるうちに食っとかにゃ、後で後悔するで」
なんだそうで。造船系のスペシャリストである彼の言う事には間違いはないので、悔しいが素直に従う事にする。
確かに、おがさわら丸乗船体験記をwebで調べてみると、「カレーを食べようとしたが、船が揺れてスプーンが口に入らない」なんていう話もあった。黒潮を乗り越える+悪天候が重なると、相当難儀するようだ。酔い止め、大丈夫かしら。まだ効いてきた気はあまりしないのだけど・・・。
10:31
まだ、「ああ、船に乗って旅に出たんだなあ」という思いに浸りきる前に、もう御食事タイム。Cデッキにある食堂に入る。
食堂はカフェテリア方式になっていて、欲しい料理をトレイに載せて、最後にお会計をする仕組み。調理に時間がかかるものについては、番号札を渡されるので、後で番号を呼ばれたら受け取りに行くことになる。
トレイはさすがにちょっと重めで、滑りにくい作りになっている。揺れでトレイが机を華麗に滑り落ちる、というわけにはいかないもんな。
10:31
メニュー一覧。
[麺類]
おが丸しょうゆラーメン 680
おが丸塩ラーメン 680
きつねうどん・きつねそば 680
ざるそば・ざるうどん 650
ナポリタン 800
ボンゴレビアンコ 800
ツナクリーム 800
和風きのこ 800
ミートソース 800[カレー・丼物]
キーマカレー 800
カツカレー 1,000
豚キムチ丼 750[アラカルト]
ハンバーグ(デミグラスソース) 680
和風ハンバーグ 680
豚の生姜焼き 680
ロースとんかつ 680
うな重(セット) 1,260
おが丸島塩ステーキ 980
鯖の味噌煮 680
麻婆飯 800
中華飯 800
おでん 520
もつ煮 520
ミックスピザ 840
手作り焼きプリン(売り切れ) 250[おつまみ各種](各300円)
さつま揚げ、フライドポテト、しゅうまい、やきとり、鶏の唐揚げ、春巻き[単品]
ごはん(ライス) 150
おかゆ(白粥) 150
みそ汁 150
お新香/たくあん 100
きんぴら/ひじき煮 210
筑前煮 380
紀州五代梅 300
クロワッサン 190
バターロール 100
カップスープ 310[本日のおすすめ]
カキフライ定食(ごはん・みそ汁付) 1,000
むー、微妙な選択だ。どうしようかな・・・。往復6食、ここで食べることになるかもしれないことを考えると、どのメニューを「メインイベンター」に据えて、どいつを「前座」にするか十分に思案しておかなければならない。
やはりここは、メインイベンターは「おが丸島塩ステーキ」だろうな。小笠原の塩を使ったステーキだというし、船の名前がついてるし、旅情あるじゃん。
・・・とおもったら、先行していたしぶちょおが店員に「おが丸島塩ステーキ、お願いします」ってあっけなく注文しちゃってた。ああ、俺のメインイベンターが前座に。
同じ物を頼むのは非常に悔しい。かといって、旅の始まりということでビールは飲みたい。ビールが飲める食べ物、しかもお昼ご飯といったら何だ?
10:36
結局、こうなりました。
中華飯、きんぴら、筑前煮、瓶ビール(中)2本。
シンガポールでおなかを壊して以来、食事には野菜類・乳酸菌・納豆関係を多く取り入れるようになった。というわけで今回も野菜の小鉢を2品。
きんぴらと筑前煮って、何だか口の中が醤油っからくなりそうな気がする組み合わせであることに買った後気づいたが、まあいいや。
10:36
ばばろあはハンバーグにライスをつけていた。
おや、売り切れになっていたはずのプリンも。
「おがさわら丸」と書かれた箸袋がかわいい。
10:36
で、しぶちょおは堂々の「おが丸島塩ステーキ」にライスとみそ汁を。
ありゃ、案外小さいんですね。
しぶちょお、「うーむ、値段相応といえるのかもしれんが、これはちょっと小さい」と悔しそうだった。
メインイベンターに据えなくて正解だったかも、とおかでんの心中ほっとした瞬間。
10:54
で、ビールを飲むわけですよ。
「さあこれから一週間の旅を祝して!」と、勝手に盛り上がって、ばばろあを巻き沿いにしてぐいぐいとビールをあおる。
ばばろあが「部屋に戻ればビールや酒持参しとるんじゃけえ、何もこんな高いところで飲まんでもええじゃん」と言っていたが、イヤイヤ何を言う、祝宴の席で飲んでこその美味さだ。
くー。今までのチケット手配などの苦労を思い出しつつ飲むと、これが旨いんだ。そして、これから未曾有の25時間半の旅・・・ああ、既に40分経過したからあと24時間50分の旅・・・うわ、まだあと1日あるんか・・・というわくわく感、そして到着した先にある未知なる南国。この全てがビールを旨くしてくれる。いやもうたまらん。今年度のビール・オブ・ザ・イヤーは早くもこのいっぱいに決定。
しかも、酔っぱらうと船酔いにならなくなることが後ほど判明。薬を飲まなくても、船の揺れが気にならなくなった。まあ、要するにアルコールってのは三半規管の機能をバカにしてしまうという証拠ですな。道理で、酔っぱらうと千鳥足になるわけだ。実学だ。実に実学だ。
11:26
この食堂、椅子が船の揺れで右往左往しないようにガチガチに床に固定されていた。見た目、普通の食卓椅子なのだけど、座面の裏側には鎖がピーンと床とつなげられている。おかげで、椅子は足を蹴飛ばしてもほとんどびくともしないくらいのねばり強さだった。さすが船の食堂は違う。
11:38
食堂のモニターでは、小笠原までの残り距離と現在の航行速度などが表示されていた。
父島まで、961.9kmです・・・だ、そうで。あはは、まだ全然進んでないや。
速度は14.5ノット。22.5ノットのスピードが出せるおが丸にしてはやけに遅いが、これは恐らく東京湾航行中の速度規制があるからだろう。
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