南紀旅行

安乗崎

別に海を見たい気分でもなかったが、渡鹿野島に行くかどうするか決めかねていたので、渡鹿野口から先の半島にある安乗崎に行ってみることにした。人はなぜか、岬などの先っちょに行きたくなる生き物だ。

途中、すごく狭い道だし、交通の便は不便きわまりないのに、あちこちに「料理旅館」「料理民宿」を掲げる宿が散見された。こんなところで、といったら地元の人に失礼だが、海産物がきっと豊富に採れるので、それ目当てに不便を承知で訪れる観光客がたくさんいるのだろう。

ま、われわれも、今晩の宿は似たようなところに泊まるわけだが。

さて、「おいこの道曲がれるのか?」「しまった、集落のど真ん中に入ってしまった」などとぎゃあぎゃあ言いながら進んでいった先に、安乗崎発見。

「すばらしい感動をあなたに」

だそうで。そりゃぜひ感動させてもらいましょう。ご丁寧に、「登って見ようよ」なんていう張り紙までしてある。

安乗崎灯台

野球ができるほどの広い芝生の広場を突っ切ったところに、安乗崎灯台はあった。なるほど、ここが「すばらしい感動」なわけで、「登って見る」べきな場所なのだな。近づいてみる。

大人150円 小学生20円

おい!

「これより先 感動する景色が広がります 大人150円 小学生20円」

って書かれてるじゃないか。

誰が行くかー!

感動する前に非常に落胆してしまった。

崖と灯台

素晴らしい景色はこっちで十分じゃボケぇ、と、灯台の脇の方から荒波を眺めることにした。これで十分だ。

さっき牡蛎フルコースで豪遊していた人間とは思えないケチ臭さだが、こういうところで散財しているようじゃ、牡蛎が食える立場にはなれんのだよ。たかだ150円、されど150円。

いや、十分に良い景色でした。感動した。

渡鹿野島に向かう

「やっぱり、渡鹿野島には渡っておかないとイカンと思うんだ」

岬からの帰り道、語る。

どーせ今日の予定はこの後宿にチェックインするだけだし、時間としては十分すぎるほどある。

「渡るか?」 「お、おう」

ややドキドキしながら、何だか悪いところに行くかのような心境で渡鹿野口に車を戻す。

島にある宿専用の駐車場には、さあこれから三連休楽しむヨー、という感じの家族連れがぞくぞくと車で訪れていた。おおかた、昼間は志摩スペイン村あたりで遊んで、今晩の宿に移動するのだろう。

「?えらく普通だぞ。ちいさな子供連れの家族なんているし。もっといかがわしい島なのかと思っていたのだが・・・」

三人とも、顔を見合わせる。

「オトーサンだけ、夜になると違うところに繰り出すのだろうか?」
「それを知っててオカーサンが許すわけないだろ。それは無い」
「ということは、フツーの島に成り下がってしまった、というわけか」
「いやまあ、成り下がったのか成り上がったのかはしらんが、そういうことだろうな。普通にwebで調べたら、この島の宿って検索で引っかかるモン」

しぶちょおは言う。あら、そうだったんでスか。もっと、裏ルートの闇予約サイトでないとダメな宿ばっかりなのかと思っていた。

「だから、島の過去の歴史は知らなくても、普通に島に船で渡って一泊して楽しいネ、っていう家族連れが宿泊しても何らおかしくないわけだよ」

さすがにこのご時世、志摩の奥地で別天地の遊郭が忽然と現る!なんていうことは無いということか。

対岸に島が見える

ええと、それにしてもどうやって向こうにいけば良いんだ。

渡船乗り場はあるし、次から次へと船はやってくるのだけど、それぞれの船は宿専用の送迎用のものだった。

「ひょっとして、宿泊客以外島に入れないようにするための作戦か!?」

ついつい、うがった考え方をしてしまう。

聞くところによると、やっぱり風営法であるとか、入国管理法であるとかに絡んで時々警察のガサ入れがあるという。しかし、島なので、船で現地に向かっている間に島の女達は逃げる、という。・・・噂を、聞いたことがある。あくまでも噂なので、真偽のほどは、知らないが。

※このあたり、島の人たちの名誉に関わることなので、あんまり断定口調で書くの控えてます。

渡船に乗る

「君たち、島に渡るの?泊まり?」

荷物を運んでいた船の船頭さんに声をかけられた。

「あ、いえ、観光で島に行こうと思って」
「じゃあこれに乗って」

停泊していた船が、どうやら一般客向けの渡船らしい。よく見ると、赤い旗がたなびいていて、「渡船」と書かれている。ちょっと普通の人には判りにくい。

渡船出発

料金は前金制。前乗りのワンマンバスみたいに、最初にお金を払って乗り込む。

しばらくしたら、ガルルルと音をたてて出航。

乗客は、宿泊客ではないので恐らく島の人なんだろう。おばちゃんばっかり。

「・・・このおばちゃんたちが、夜になると?」

うーん、多分違うと思うが、それはちょっと怖い。

渡船料金

船内にあった料金表。

大人150円、という大変にリーズナブルな価格といえる。

ただし、「おやっ?」という記述が下の方に書いてあって、「夜間料金」なる設定がこの渡船料には存在するのであった。

午後6時~8時 200円
8時~10時 300円
10時~最終時間 500円

なんと、2時間刻みでどんどん値段が上がっていくのであった。まあ、そりゃタクシーだって深夜料金を設定するくらいだし、誰だって夜は働きたくはないからこの料金増は理解できる。しかし、こんな小さな島に、旅館くらいしかない島に、夜10時以降も渡船が行き来しているというのが凄い。

最終便の時刻は11時45分です、なんて書いてある。ド深夜だ。僕が住んでいる路線の最終列車の時間とあまり変わらないではないか。

しぶちょおと顔を見合わせる。

「なるほどな・・・こういうところが、やっぱり『独特の島』であることを物語っているわけだな」

なんだか秘密をかいま見たような気がして、ちょっとワクワクドキドキする。

わたかの島上陸

5分少々で船は島に到着した。

大きな宿は、自前の桟橋をもっていて、その桟橋からそのまま敷地内に入ることができるようだ。われわれは一般桟橋。

さて。

「降りた瞬間に、おばちゃんが『遊び?泊まり?』って聞いてくるらしいから気を付けろよ」

なんて男性二人、戒めあっていたのだが、なんだか普通な島。

がらーんとしている

というか、がらーんとしている。

ん?

呼び込みのオババもいないし、それらしい女性もいないし、そもそも、もっときらびやかなネオン街をイメージしていたのだが、全然そんな印象すらない。

「・・・単に普通の、漁村って感じだなあ」

観光案内図

随分と古くなっている観光案内図があったので、所在なく眺める。風化しているところが多くて、何がなんだかよくわからん。まあ、いずれにせよ大して見るべき観光スポットは無いと言うことは理解できた。

宿の一覧をみると、廃業したのだろうか、塗りつぶされているところも結構あった。それでも残っているのは9軒。

この島、漁港があるようにも見えないし、ほとんど宿泊などの第三次産業で生計を立てているのだろう。

島のメインストリート

島のメインストリート。

うーん、誰もいない。

「時間が早すぎたかな。まだ14時だもんなあ」

後で調べたところによると、活気がでるのはやはり夜になってから、らしい。宿に泊まる人は、夕食時にコンパニオンを呼んでわーっと楽しむし、日帰りの人も夕方訪れて夜島を去っていくらしい。むむ。

客引き禁止

こんな事が書かれている注意書きがある。

わざわざ注意書き出すのは良いんですが、ここの島民の数って知れてるはず。わざわざ観光客に注意を呼びかけるんじゃなくて、客引きをやっている人自体に注意した方が話が早いと思うんですが、気のせいですかそうですか。

裏道を歩いてみる

いろいろ裏道を歩いてみる。

狭い、曲がりくねった道の両脇に家が建ち並ぶ。島の奥、山の斜面の方には二階建てのアパートなんぞがいくつか立っているが、どれも結構年季の入ったものだ。

「ああいうところに、コンパニオンが住んでいたりすんだろうか・・・?」

いろいろ想像を膨らませるが、何しろ人一人すれ違わないので想像の域を超えない。

ひっそりとした島だ。

三連休初日、いまのうちにこれからの忙しさに向けて体力温存しているのだろうか。

裏道を歩くが人がいない

結局、何ら恐怖に震えたり興奮で立ちつくしたりするようなでき事はなく、島を後にした。唯一、メインストリートで、フィリピン人とおぼしきおねーさんがジュースを自販機で買っているのを目撃した程度だった。

不完全燃焼な島の旅だったけど、でも、だからこそ面白かったと言える。本当に勧誘されても、そういう遊びには興味がないので、対処に困っていたであろうから。

楽しくなるであろう時間まで島に居座っている暇はない、日々の疲れを癒すのが今回の旅の目的。さあ、さっさと今晩の宿に向かおうではないか。

磯笛料理 あおやま荘

しぶちょおが予約してくれていた宿は、的矢からほど近い、相差という地区にある「磯笛料理 あおやま荘」というところだった。

相差という場所、漁港があるとはいえ、決して風光明媚でもないし交通の便が良いというわけでもない。しかも、波打ち際でざっぷんざっぷん、スゲー絶景だぜこりゃ海の幸が旨そうだぜ、という場所 が宿の密集地であるわけでもない。主要幹線道からも外れている。なのに民宿旅館があちこちに点在しているのは一体どうしたことか。先ほど行った灯台周辺の事情と同じなのだろう。ほぼ全ての宿が、「料理民宿」「料理旅館」を 標榜していた。

さてこの宿だが、現役の海女さんが経営しているということで、料理の質とボリュームには定評があるんだとか。それは大変楽しみだ。お昼にしこたま海産物である牡蛎を食らったが、夜また海産物でも全然問題ない。

「やっぱ、伊勢海老なんぞが出てくるんだろうか?」

「さあ?海女さんが捕まえるのか、伊勢海老って?やっぱり、アワビとか、ウニとかそういうのじゃないのか?」

このあたりは不明。

ただ、最近「伊勢海老」とはいうものの、どうしても海老の需要が供給に追いつかず、オーストラリア産のロブスターなんぞを代用品として使っている宿が多いという。ま、そりゃそうだ、あんなデカい海老、一カ月そこらで促成栽培できるわけでもないわけで、乱獲したら一発で絶滅してしまう。

「で?磯笛料理って、何だ?」

「さあ?」

よく分からなかったが、後で調べたら、「磯笛」とは海女さん独特の呼吸法の事だという。水面に浮き上がってきたとき、まるで笛を吹くかのような音を立てながら息を吸うので、「磯笛」。要するに、この宿は「海女さんの料理を出すぜ、期待してなアンちゃんたち」と食い地獄死刑宣告をしているわけだ。おおう。

磯笛料理 あおやま荘の館内

すいませーん。磯笛料理食べにきましたー。

あおやま荘の室内

お部屋はこんな感じ。

シンプルイズベスト。

窓から外を見た

窓を開けたらこんな感じ。

隣の家の屋上にたくさん並べられている盆栽を愛でることができまする。

ホント、普通の畑と、民家があるなかに、こんな宿があるんだから面白い。「料理で勝負!」という売りがなかったら、普通ここに宿泊はせんぞ。観光地からも微妙に遠いし。

でも、ぎゃくに、この周辺にこの手の宿がたくさんあるということは、それだけ「旨いものを食わせる」ことで定評がある・自信があるということなのだろう。

さあ、昼に続いて食べまくろうじゃないか。そろそろ小腹も空いてきたし。

「本当はね、1日目と2日目の宿を逆にしたかったんだよなあ」

しぶちょおがぼやく。

「初日できるだけ遠くに行って、徐々に名古屋方面に戻りながらというルート設定が良かったのと、あと、どうしても2泊目のホテル浦島の食事が」

ホテル浦島。すごい宿であることはつとに有名。この宿については後ほど詳細に説明するが、とにかく巨大であり、温泉の質もシチュエーションも素晴らしい。ただ、飯がまずいというのは誰もが一致した意見であり、そのバイキング料理は批判が強い。

「そういうわけで、今日を旨い物のピークと考えて、ぜひたくさん食べちゃってください」

しぶちょおが厳かにおかでんに言う。

「わかった。満喫させてもらうよ」

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