長崎の過去と今-02

朽ちていく建物、護られる建物(その2)

ソラシドエア

06:54
搭乗開始となり、あわてて食べかけの蕎麦をすする。優雅な朝ごはんのつもりが結構あわただしくなった。もっとも、たぬきそばを食べて「優雅」なんて嘘に決まってるんだけど。

バスに乗って、沖止めの飛行機に向かう。笑っちゃうくらい、遠い。

こんなに遠くまで駐機スペースがあるのか、と驚かされるくらいだ。

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スルスルとバスがターミナルから遠ざかっていき、エアドゥやソラシドエアの飛行機が見えてきたな、と思ったら、さらにその最果ての地まで案内された。

羽田空港

07:00
なにしろ、これだ。

飛行機の中から撮影した写真だけど、はるか向こうにエアドゥの飛行機が何機か見え、羽田空港第二ターミナルはかすんでしまうくらいの遠方だ。(写真右奥にあるのだけど、小さくなりすぎてぜんぜん見ていない)

てっきり、このままバスで長崎まで行っちゃうのかと思ったぜ。

「機材の都合上、飛行機は利用できなくなりました。つきましてはこのままバスで皆さまを長崎までご案内します」

とかなんとか言って。

くまモン

2016年の熊本地震を受けて、登場口にはくまモンが「がんばるけん!くまもとけん!」と旗を振っていた。

くまモンは力強い顔をしていて、頼もしい。

こういう表現、いいな!と思った。むしろ、「支援してください」というスタンスより、応援したくなる。

ただ残念ながら今回のアワレみ隊の舞台は長崎県・佐賀県だ。熊本の頑張りはまた今度、応援させて欲しい。

ソラシドエアのシート

ソラシドエア、初搭乗。

そら豆色をした座席カバーが印象的。

普段乗っているANAと比べてシートが分厚い気がするけど、気のせいかもしれない。見慣れないので、ついきょろきょろしてしまう。やめろ、いい歳をしたおっさんがきょろきょろすると、不審人物だ。

長崎空港

09:08
観念して、あとはもうずっと機内で寝ていた。なにせ、朝が早すぎだ。ちょっとでも寝ていないとこのあとの3泊4日がしんどくなる。

ドリンクサービスがあったようだけど、寝ていたのでどんなものがあるのかわからなかった。
目が覚めたのは長崎空港着陸のため高度を下げ始めたところだった。

長崎空港といえば、大村湾の海の中にある海上空港。大村にあるボートレース場の上空を飛び、海に突っ込むかのような見え方で空港に着陸した。

アワレみ隊、長崎上陸!

個人的には、長崎県に足を踏み入れるのは高校2年生の修学旅行以来だ。そういえば、「最近ぜんぜん行ってないなぁ都道府県ランキング」では今回の訪問地・長崎/佐賀がベスト1位(26年ぶり二度目)だ。ちなみに同率1位で鹿児島県があるので、今回の旅で鹿児島県が単独1位に躍り出ることになる。まってろ、いずれ行くから。開門岳登りに行くから。

長崎空港ターミナル

09:12
長崎空港ターミナル。

大きな鐘楼がそびえているデザイン。教会が多い土地柄を反映してのことだろう。

まさかあれが管制塔・・・なわけ、ないよな、さすがに。鐘風の建物のなかに管制官がひしめいているわけはない。

のぼり

空港の近くで待機していたばばろあと合流するため、しばらく待つ。

エントランスには、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 世界遺産登録を実現しよう!」というのぼりが立っていた。

あれっ、そんな名前だったんだ。

五島列島の教会群を世界遺産にしよう、という動きがあるのは知っていたけど、あれは「隠れキリシタン」の史跡ではない。どうしちゃったんだろう。

調べてみたら、以前は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」という名称で世界遺産登録をしようとしていたんだけど、あれこれあって、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に変更されたらしい。単に教会があります、というだけだったら、キリスト教社会であるヨーロッパの人からすると「当たり前やんけ」ということなのかもしれない。それじゃ弱いので、「弾圧を受けながらも信仰を続けた」ということに主眼を移したのだろうか。

看板

「天正少年使節のまち 大村」

と書かれた看板が空港前に掲げてあった。おー、そういえばそうか。というか、そうなのか。
天正遣欧少年使節団なんて、学校の歴史の授業で覚えたっきりだ。それ以降20年以上、ひたすら脳の奥深くに沈殿したままですっかり忘れていた。そういえば習ったなあ。ジュリアンとかマルチノとかそういう人だったよな(やっぱり記憶が曖昧)。

こうやって忘れられていた記憶が呼び覚まされるんだから、町おこしなり地域活性というのは愚直なまでに基本に忠実でなければならんということだな。

・・・で、「天正少年使節のまち」にはなにがあるの?え、使節団の4名の像?そいつァいいや(棒読み)。

飛行機の中から見えたボートレース大村のほうがよっぽど興味深いけど、いずれにせよ今回大村市はスルーだ。ばばろあと合流して、すぐに長崎へGOだ。

長崎駅

10:06
ばばろあと会ったのはいつ以来だろう?

「おう」
「よう」

といったそっけない挨拶での再会となった。今更の腐れ縁なので特に気恥ずかしさなどはないけど、さりとていったい何から話せばよいのやら、状態のお久しぶりだ。

「最近、どう?」

と聞くには「最近」の幅が広すぎる気がする。後で思い出してみたら、2013年の神島再訪のとき以来だった。

アワレみ隊結成20周年記念
発祥の地・神島再訪 日 時:2013年(平成25年) 05月03日-06日 場 所:三重県鳥羽市 神島、三重県伊勢市 伊勢神宮 参...

まず、車内で今回の旅について再確認を行った。予約のほとんどをばばろあ任せにしてある今回の旅なので、内容の再確認をしておく必要があるからだった。

アワレみ隊のメーリングリストを通じて蛋白質には旅のリクエストやこれまで立てた計画の同意を求めていたのだけど、彼からはほとんど反応がなかった。今回の長崎行きについては、信心深い蛋白質が喜ぶような内容(長崎の教会巡り等)にしたいと思っていたので、リクエストがなかったのはちょっと意外だった。というか、ちゃんとメールを読んでいたのかどうかも怪しい。

アワレみ隊のメンバーは、いくら「親兄弟の次に付き合いが長いヤツら」とはいえ、住んでいる場所も、職業も、収入も、家庭環境もバラバラだ。「昔のよしみで、阿吽の呼吸で通じ合う」なんてことはない。ニュータイプじゃないんだし。

価値観や金銭感覚の違いというのはもはや決定的で、たとえばどういう店でメシを食うのか、どういう宿に泊まるのかというのはちゃんと事前にすりあわせをしないといけない。最大公約数でみんな納得、というのはなかなか難しい。

その点、ばばろあに手配を任せると気が楽だ。彼のセンスと僕のセンスは結構違うのだけど、十分僕の許容範囲にある場所をチョイスしてくれる。さらに、僕とかがゴネても、「ええじゃん、これで」という彼独特の強引さで話がまとまるので、それはそれで話が早いな、と僕は思っている。

僕だったら、「折角なんだから宿メシを堪能したい。一泊二食付き、温泉宿がいい」なんて考えるが、ばばろあは違う。彼は日本各地の砲台跡巡りで日々旅を重ねているので、「宿泊は素泊まりで構わない、メシはスーパーの惣菜でオッケー」という考えがある。蛋白質は・・・どうなんだろう?このあたりがよくわからない。なので事前に聞いておきたかったのだけど。まあ、連絡なきは良き知らせ、ということでこの旅については賛同しているのだろう。

蛋白質から、前日夜に大阪を出た深夜高速バスは無事に長崎駅に到着したという連絡が入った。

ばばろあから

「我々が長崎市街に到着するまで、路面電車の一日乗車券でも買って浦上天主堂とか見て回ったら?わしらと合流したあとは軍艦島行って、次の日は長崎を発つことになるけえ、見たい教会とかあるんじゃったら初日の午前中に行っといた方がええで」

と伝えてあったのだけど、どうもそこまでの気力はなかったようだ。

「駅前のネットカフェに行ってシャワーを浴びます」

と言う。さすが43歳、夜行バスの直後にウキウキで観光、しかも一人で、というテンションにはなれなかったらしい。

しかも彼の場合、4月29日、30日と広島に帰省し、大阪に戻り、5月1日は何食わぬ顔で仕事をこなし、その日の夜にまた移動を開始し、今日5月2日に長崎だ。恐るべきことに、広島帰省も夜行バスを利用しているので、「一人水曜どうでしょう」状態。どれだけバスが好きなんだ。というか、これはさすがに若者でもキツい。

4月28日 夜行バス泊
4月29日 実家泊
4月30日 夜行バス泊
5月01日 夜行バス泊
そして今日長崎、ここから3泊4日の旅。家の布団ではぜんぜん眠れない日々。

きっと、隠れキリシタンの弾圧に思いを馳せ、自らもその苦しみを少しでも追体験しようとしているに違いない。そういうことにしておこう。

ちなみに蛋白質と合流したら、案の定というかなんというか、彼の目の下が若干黒ずんでいた。ああ、クマが出来る一歩手前じゃないか。旅の初日なのにアンタどうなってるんだ。しかし本人は「シャワーを浴びてすっきりした」と余裕の発言だった。顔は疲れていたけど。

車で移動

10:17
長崎駅はJR長崎本線の終着駅だ。レールはどん詰まりになっていて、旅情を感じる。

高校の修学旅行の際、この駅前で福砂屋のカステラを買った記憶がある。バスガイドさんに「どこのカステラがおいしいんですか?」と聞いたら、「福砂屋だ」と教えてくれたからだ。カステラといえば文明堂しか知らなかった僕にとっては初耳のメーカーで、なんだか通な商品を買った気になって高揚したものだ。

その福砂屋は当然今でも長崎駅前のビルに入っているのだけど、四半世紀も前のことなので全く様子が変わってしまっていた。といっても、そもそもぜんぜん当時のことを覚えていない。
今回の旅は、「修学旅行に行った場所を巡り、当時の記憶を呼び起こす」という目的もある。実はアワレみ隊、昨年秋に奈良界隈の旅を行っている。僕は都合がつかず不参加だったのだけど、ばばろあ、蛋白質、しぶちょおが「中学校の修学旅行の地・奈良」を探検した。今回はその第二弾、という位置づけだ。

「でも、そもそもどこのホテルに泊まったかさえ、覚えていないんだが」
「わしも」
「わしも」

全員一致して、宿泊したホテルさえ覚えていなかった。どのあたりにホテルがあったか、ということも記憶が曖昧だ。駅前だったような気がするけど、その程度の記憶では、「当時泊まった宿」の確定は無理だった。

修学旅行のお約束といえば、消灯時間以降に繰り広げられる、「夜更かしをする生徒 VS 見回り先生」の構図だ。悪事が見つかった生徒が廊下に正座させられている、なんて姿は風物詩ともいえるレベルだ。

一方僕がいた班はというと、僕の発案により「先生の裏をかくぞ!」と早々に就寝していた。22時前にはきっちり明かりを消し、本当に寝た。・・・そのかわり、深夜2時に起き出し、そこから朝までカードゲームやボードゲームをやっていた。朝6時過ぎ、起床時間になって「先生が来るぞ!」の声であわててゲームを片付ける、という日々だった。

そういう記憶は残っているものの、後の記憶は相当曖昧だ。前日雲仙から移動してきた我々は、長崎で半日の班ごと自由行動が付与されていた。そこで、中華街で昼メシを食べ、グラバー邸やオランダ坂に行ったのは覚えている。浦上天主堂とか平和記念公園には行っていないし、出島跡にも行った記憶はない。何をやっていたんだろう??

久しぶりの長崎散歩で記憶がフラッシュバックしてくれるといいな、と思っている。さてどうなるか。

商店街

10:30
ばばろあの車は、まず今晩の宿の提携駐車場に向かった。一旦車を停め、そこからいろいろ歩いて見て回ろう、という段取りだ。本日のメインイベント、「軍艦島上陸ツアー」は14時から3時間で、それまで3時間ちょっとの時間がある。

駐車場の前には、情報密度がやたらと多い通りがあった。電柱と電線が多いのに加え、飲み屋を中心としたお店の看板が連なっているからだ。

このあたり、夜歩くと風情がありそうだ。

東京にはこういう風景、減った気がする。東京の繁華街だと、雑居ビルとして天高くそびえてしまうからだ。このように「3階建て程度の建物が連なる飲み屋エリア」って、案外少ないのではないか。思わずものめずらしくてきょろきょろしてしまった。

マリア

「おい蛋白質、これも教会か?」
「ちゃうわ!『スナック』って書いてあろうが」
「そうなのか。でもこういう名前がつくのは長崎ならでは、なのかな?」
「さすがにそれはないと思うけどねぇ・・・」

ちなみにマリア様信仰があるのはキリスト教の中でもカソリックの特徴だ。プロテスタントにはその考えはない。あくまでもキリストだけを信仰するという考え方らしい。

「おかしいじゃないか、三位一体説で父と子と精霊は一体である、というのはともかくとして、マリア様を信仰する根拠はなんだ?神様なのか、あの人も」
「いや、マリア様はこちらの言葉を神に『取次ぎ』してくれる、とされているんだよ」
「ええ?取次ぎ?なんだそれは、口利きみたいなものか」

たとえが下品だな、と自分でも思うが、「取次ぎ」という概念は予想外だった。どうやら、自分の祈りをマリア様が一緒になって祈ってくれる、みたいな意味合いもあるようだ。

だから、日本の仏教のように、大日如来とか薬師如来とか、いろいろな仏様がいて、それぞれ信仰対象となるというのとは違うっぽい。マリア様は畏敬の対象ではあるけど、信仰の対象というわけではない、という理解でよいのだろうか。

「このお店の中に入ると、生きたマリア様が出迎えてくれるんだろうな」

とかいろいろ思いついたことがあったけど、口にはしなかった。信仰と絡む話なので、あんまり茶化していい話題ではない。

本日の宿

この日の宿泊先、「ホテルマリンワールド」。

名前からして、海沿いにあってヨットハーバー併設、というリゾートホテルを想像していた。しかし、場所は内陸だし、リゾートホテルとも違う。

出島跡からさほど遠くない場所にあるので、昔はここも海だった・・・その頃からある宿に違いない・・・とか妄想たくましくしたけど、別にどうでもいいか。

ホテル内部

ホテルは丘の中腹にあり、駐車場があるところからはエレベーターで一旦5階まで上がる必要がある。5階がフロントで、そこから上がホテルだ。

天窓、ギリシア建築風の柱といった装飾が施された廊下を歩く。景気が良かった昭和時代に建てられたのかな?と思っていたが、開業したのは2012年だという。えっ?まだ5年しか経っていないの?

それにしてはずいぶん味わい深いんだけど、昭和回顧趣味だろうか?

ホテルフロント

10:37
確かに、フロントに行ってみると壁やらカウンターが新しい。年季が入っくすんだ感じのホテルとはぜんぜん違う。新しい、というのは本当らしい。

その割には、なんだろうこの貫禄は?

・・・調べてみた。僕、我慢するのが苦手なので。調べちゃった。

この建物、昔は「マリンワールドビル」という雑居ビルで、なんと100店舗以上もの飲食店が入居していたんだそうだ。マジか!この巨大ビルが雑居ビルだったの?そりゃあすげえ。外観では、最初っからホテル用に作られたとしか思えないのに。

で、テナントが減っていき、空部屋が目立ってきたので、中華系資本が建物を買い取ってホテルにリニューアルしたんだそうだ。へー、びっくりだ。それでホテルの開業が2012年、ということなんだな。なので建物自体はもっと古い。

それにしても、長崎って景気がすげー良かったんだろうな。100店舗以上入居できる巨大雑居ビルが丘の上におっ建ってしまうくらいなんだから。三菱重工の造船マンなんかが夜な夜な飲み歩いていたのだろうか?

(つづく)

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