長崎の過去と今-05

朽ちていく建物、護られる建物(その5)

建物

12:06
旧オルト住宅。お茶の輸出で財を成したイギリス人、オルトさんの家。

この界隈に移築している家は、開国とともに来日して成功した人のものなのでいちいち立派で、デカい。感覚が麻痺してしまう。

入口のところに青いTシャツのばばろあが立っているが、それと比べてこのひさしの位置の高いことよ。

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当時の日本で「豪商の家」といっても、天井の位置がここまで高いというのはあまり見たことがない。当時の日本じゃ、お寺くらいじゃないか?こんなに高いひさしは。

なんて無駄な作りなんだこの家は!?と当時の人はビックリしたにちがいない。

西洋料理発祥の地

12:10
おっと、今度は21世紀の僕らがビックリする番だ。「西洋料理発祥の地」という看板が出ているぞ。

「あれ?西洋料理発祥の地って・・・山猫軒じゃなかったっけ?」

随分記憶が混同している。「山猫軒」というのは、宮沢賢治「注文の多い料理店」に出てくるお店の名前だ。あれも確かに洋食屋だけど。

日本人初の西洋料理コック、草野丈吉のレストラン「自由亭」を移築したものだそうだ。今は2階が喫茶店になっている。

当時の西洋料理ってどうなっていたんだろう。調味料もなけりゃ、肉もなかなか手に入らない。だいたい、胡椒で肉を味付けました、っていうだけでも調味料慣れしていない日本人は「うわっ、なんだこれは!スパイシー!」と叫んだかもしれない。いや、さすがに「スパイシー!」とは言わないとは思うけど。

「隠し味に味噌を使っています」くらいの裏技はやっていそうな気がするけど、どうなんだろう?むしろその最初期だからこそ、愚直なまでにオリジナルな西洋料理を出していたかもしれないし、よくわからない。

階段を下る

どんどん階段を下っていく。

最初に一番高いところからスタートしているので、下りていく一方で楽だ。これ、逆方向からやってくる人は大変だ。お年寄りには酷な観光地といえる。金比羅さんに詣でるようなものだ。

と思ったら、ちゃんと動く歩道が別の場所に完備されていた。そりゃそうなるよな。

建物

12:11
これが旧グラバー住宅。

ベタベタな観光地なので、建物そのもののうんちくは割愛。

アワレみ隊メンバー同士の性格や立ち位置がよくわかる構図の写真。

ばばろあはこういうとき、常にぐいぐい前へ進んでいく。後ろを振り向かないし、躊躇はしない。蛋白質はその後に続く。そして最後に僕は全員の顔色をうかがいつつ、カメラを手に最後尾を勤めている。

豪華ディナー

旧グラバー住宅の中に、「150年前の西洋料理」という紹介があった。先ほどの山猫亭・・・じゃなかった、自由亭で扱っていたような食べ物がこれ、というわけだ。

豪華ディナー1

「なんか茶色いな」
「ああ、全体的に茶色い」
「豪華!・・・と一瞬思ったけど、どうなのこれ」

三人揃って、人様の料理に難癖を付ける。すいません、そんなことをやっちゃあいけないんでしょうけど。

「お皿が素っ気ない、というのが当時の限界なんだろうな」
「一人一つずつ、吸い物椀みたいなのがあるんだな。和風の器だけど、下が洋風でチャンポンになってる」
「で、あのフタをとると中から茶碗蒸しが出てくるのだろうか?」

いちいち興味津々だ。

豪華ディナー2

茶色い料理その1。

「タルトみたいなのがあるけど、色が悪いな。これはリアルにこんな料理だったのか、それとも食品サンプルが劣化してこういう色になってしまったのか」

解説を見ると、「かぼちゃやにんじんを使ったタルト」なんだそうだ。なるほど、カボチャではこういう色になるだろう。当時の、苦心して料理を作っていた様がまざまざと想像できる。

その奥には「ラーグー」、多分今で言うところの「ラグー(煮込み料理)」がある。鳥、椎茸、葱を煮込んだものだそうだ。西洋料理で「椎茸」って食べるんだっけ?東洋独特のキノコだと思っていたけど。これも、食材がないから「ジャパニーズポルチーニ茸」とかなんとか思い込んで、なんとか作ったに違いない。涙ぐましい。

豪華ディナー3

「こんな料理って、日頃から食べてたのかな」
「さすがに毎日は無理だろ」
「だよなあ、そもそもご飯もパンもないぞ、このテーブルには」

ばばろあとひそひそ話をする。

こういう料理を食べながら、ワインをぐいぐい飲んで過ごしていたのだろうか。体を悪くしてしまいそうだ。もっと野菜を食べなさい、と思うけど、どうなんだろう?大根とかサツマイモを食べたいと当時の西洋人は思っただろうか?

出入り口から長崎湾

グラバー住宅の玄関から、長崎湾を眺める。いい景色だ。

双眼鏡を見る

12:24
展望台には、双眼鏡が設置されていた。それを見た蛋白質、

「おお!双眼鏡があるぞ!折角だからね、旅のお約束だからね、これはやっておかんと」

ととても喜んでいる。

「100円玉、入れるところがあるはずなんだよね。あれ・・・?あ、あったあったこれだ」

100円玉投入口を発見して蛋白質はむしろ「我が意を得たり」と目を輝かしている。そして財布をまさぐり、100円玉を探し出した。

「え、100円入れるの?」
「お約束はやっておかんと」

ばばろあと僕は顔を見合わせる。「100円取るのか!相変わらず観光地はいい商売やってるよなあ」と苦笑しながらスルーするのがこの展望台双眼鏡のお約束だと思っていたのだけど、むしろ「100円払うというお約束」を喜んでいる人が身近にいたとは。

「どうだ、見えるか?」
「うお、何か目の前に邪魔する物が!」
「おっさんおっさん、やめとけ。わずかな時間しかないんじゃけえ、邪魔したら可哀想じゃろうが」

僕が双眼鏡の前に立ちふさがるという「お約束」をやって、ばばろあからたしなめられた。

三菱重工ドック

グラバー園の展望台正面には、三菱重工の造船所があり、護衛艦が二艘停泊していた。

一方の蛋白質はというと、たまたま僕が遠い山の上に仏舎利塔らしきものを見つけたので、その捜索に気を取られていた。

「蛋白質、あの山の上に白いものが見えるんだよ」
「どれ?・・・よくわからん。ええと、もっとこっち?」
「そっち。あんなところに白い人工物があるといえば、仏舎利塔なのかなあ?と思うんだけど、確認できるか?」
「どれだろう・・・」

しばらく探す蛋白質。

「ああ、あったあった。あれはなんだ、仏様がいるぞ?」
「えっ、仏舎利塔に?」
「いるぞ、塔の中にいるのが見える」

とかなんとかやりとりしているうちに、時間がきてしまい双眼鏡停止。

「ああー!」

結局彼は、100円を払ってひたすら仏舎利塔を眺めていたということになってしまった。

建物

グラバー園内

石のアーチ

グラバー園内

石を組んだだけのアーチがあって、思わず一同感嘆の声を上げた。石の重みだけでバランスがとれていて、これが接着剤のようなもので固定されているわけではない。長崎の観光名所のひとつ、眼鏡橋と同じつくりだ。近くでみるとすごいものだな。

グンカン

12:30
グラバー園の出口にあったお土産物屋。

軍艦島Tシャツが売られていた。誰が着るんだよ、これ。そして誰が買うんだよ。「軍艦島!!」なんて書かれているぞ。あと、軍艦島キャップとか、誰が買うんだよ。謎過ぎて、何度も疑問型で文章を書くぞ。ホント。

ただし、右側のTシャツはちょっと欲しくなってしまったのは内緒だ。東海林さだお風の絵で、ちょっと味わいがある。ただし、これを見て「ああ、軍艦島をおもしろおかしく表現したんだね」と気づく人がどれだけいるだろうか?

「変な軍艦巻きだなあ」と思われて終わりな気がする。

グラバー園を出ると、そこは観光客向けのお土産物屋さんが並ぶ通りになっていた。びいどろがたくさん売られていて、ぺこんぺこんと音を立てている。

ここでフラッシュバックした。ああ!そうだ、長崎土産としてびいどろを買って自宅に持ち帰ったぞ!と。

最初は嬉しくて、ついついペコポコ鳴らしていたんだけど、当たり前だけどすぐに飽きた。そんな懐かしい思い出。

ちなみにセットで思い出したのが、雲仙で買ったお土産が「かにみそ」だった。荒波と大きなカニが描かれたパッケージで、大ぶりな容器だったことを覚えている。高校2年生のころなんて、酒のお供になる珍味、「かにみそ」は食べたことがないし見たこともない。しかし、一匹しかわずかしか取れない稀少品であるということは知っていた。

「稀少品のかにみそが、こんなに大きな容器で!しかも安い!」と興奮して買ったっけ。しかし家で開封してみたら、「たっぷりのお味噌と、カニをほぐした身が少々混ざったもの」だったので仰天した。そりゃあ安いわけだ。「カニの味噌」ではなく、「カニ&味噌」だったというわけだ。大人って怖いな、と青年おかでんは思った。

さらについで話をすると、同じく雲仙で買った土産が「湯の花」だったんだけど、見事にこの湯の花で家の浴槽が傷んでしまい、大変気まずい思いをした。温泉成分が強すぎたらしい。雲仙には嫌われているらしい、僕。

(つづく)

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