長崎の過去と今-06

朽ちていく建物、護られる建物(その6)

大浦天主堂

12:34
グラバー園を下ったところに、大浦天主堂がそびえていた。

修学旅行の時にグラバー園に行ったのだから、当然ここにも立ち寄ったのだろう。しかし、「立ち寄った」という記憶すら全く残っていない。そうなると、修学旅行って本当に「修学」の意味があったのだろうか?と考えてしまう。同級生との思い出作りにはなったかもしれないけど、肝心のその「思い出」さえ曖昧だし。

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つくづく思うのは、こういう旅の記憶ってのはちゃんと記録として残しておくべきだなと。最近はデジタルデータで保存するのは簡単なんだし。

よく、「観光地で写真ばっかり撮っているヤツは馬鹿だ。写真を撮るのに夢中で、それしか目的がない。心にしっかりと刻めばそれでいい」と偉そうに語るヤツがいるけど、僕はそれには反対の立場だ。もちろん言いたい事の本質は全く「その通り!」と思う。でも悲しいかな、人間の記憶ってすごく弱いのよね。すぐに忘れてしまう。しかし、写真があれば記憶を呼び覚ますきっかけになる。

写真を撮ることが目的化してしまうのは良くないと思うけど、記憶の補助として写真を撮るというのは、むしろ賛成だ。僕がこのサイトをやっているのは、まさにそういう「記憶の補助」としての写真を一般公開しているに過ぎない。(なので、決めッ決めの、カッコいい写真というのは全くない。ぱっとカメラを出し、1秒で撮影、1秒でカメラを片付けるという撮り方をしているからだ)

大浦天主堂物語

それはともかく、「うおっ」と思わず声を上げてしまったのは、この施設には拝観料がかかるという事実を知ったからだ。しかも、600円。うまいとこ、つくなあ。1,000円だったら諦めるし、300円だったら無条件で払う。でも、600円というのは、「払うか、払うまいか」と悩んだ末ギリギリ払っちゃう値段だ。そういえばさっきのグラバー園もこの値段だったな。

「どうする?入る?」

お互い顔を見合わせる。建物が立派だし、外から眺めるだけでも十分満足度が高い建物だ。中に入っても、所詮は教会なので何十分も滞在できるような場所ではない。

「まあ、折角だからねえ・・・」

結局、「折角だから」という観光地における殺し文句が口から発せられ、中に入ることになった。ホント、観光地っていうのは、この「折角だから」という言葉に感謝しなくてはいけない。

大浦天主堂

大浦天主堂を下から見上げたところ。金色に「天主堂」とい文字が光る。

「天主、というのはイエス・キリストのこと、でいいのか?」

蛋白質に、念のために聞いておく。

ラテン語の「ゼウス」が日本語で訛って、「天主」になった、というのが正解らしい。つまり、キリスト教における「神」だ。

ええとややこしいな、キリストは神なんだっけどうだっけ。「三位一体」だから、父と子と精霊は一緒?だとすると天主=神=キリスト、ってことか?

やめだやめだ、このあたりは下手な解釈をここで書いても嘘になりそうだ。

「ゼウス」と聞くと、ビックリマンチョコのキャラクター「スーパーゼウス」を条件反射で思い出してしまう。あの素っ頓狂な顔を思い浮かべると、なんだか微笑ましくって敬虔な気持ちにはなれなくなってしまう。

マリア像

マリア様がお出迎え。そういえば、「白いマリア様」以外を見たことがない。処女懐胎でイエスを産んだ、清廉の象徴ということで「白」を用いているのだろうか?このあたり、蛋白質に聞いておけば良かった。きっと意味があるのだろう。

その点、日本仏教における路傍のお地蔵さんって「灰色」だよな。日々信仰すること自体が大事なのであって、外見の色には拘らなかったのだろう。お地蔵さん一体を立派にすることよりも、ずらっと並べて「数で勝負」っていう節が日本人にはある。

大浦天主堂は、幕末にフランス人宣教師が長崎に駐留するフランス人向けに作った教会だったが、浦上の隠れキリシタン15名がこっそりやってきて、信仰を告白したということで「信徒発見」の地として知られる。日本では禁教令があってキリシタンはもういない、とされていたのに、実は長崎には多くの隠れキリシタンが存在していた!という事実はバチカンまで届き、時の教皇をも喜ばせたという。

「めでたし、めでたし」で話が終わるのかとおもったが、後日談を調べて見るとそうでもなかった。時はまだ禁教令が解除されておらず、このあと浦上の信者たちは弾圧を受け、拷問を受けたという。その数、3,000人以上だというから一体どれだけ「隠れ」てたんだと驚かされる。それだけ信仰というのは深く人間の心に根ざす、ということだ。

天主堂内の写真撮影は禁止。これは国宝の建物だから、というだけでなく、どこの教会も同じ。

かたわらに、マリア像がある。「信徒発見」の際、浦上の隠れキリシタン15名は神父に対し「私の胸、あなたと同じ」と信仰を告白したのち、「サンタ・マリアの御像はどこ?」と尋ねたという。戦時中に被爆しているため傷んではいるけど、その時のマリア像が現存している。

キリスト像を祈らせて欲しいと願ったのではなく、マリア像を望んだというのが興味深い。長年潜伏している間に、信仰の対象がマリア様にシフトしていったのだろうか?神父のような信徒を導く人がいないし、発覚を恐れて聖書の類は殆どなかっただろう。そもそも識字率が低い当時だと、聖書があったとしても読めない人の方が多い。口伝で江戸時代を乗り切ったのだから、随分オリジナリティのあるキリスト教になっていたのではないかと想像するが、どうなのだろうか。このあたりの話は、当然ながら大浦天主堂のパンフレットには載っていない。

大浦教会

12:42
大浦天主堂を出て、微妙な顔をする僕の顔にすぐ蛋白質が気がついた。

「おかでんも気がついたか。聖体がここにはなかったな」

そう、大浦天主堂には聖体のありかを示す赤いランプが、祭壇には見当たらなかったからだ。

「たぶんここではミサをやっていないと思う。だからすぐ隣にもう一つ、教会があるんじゃないかな」

カソリックにおいてミサを執り行う上では、聖体(てっとり早く言うと、パン)が必須となる。参列した信者に神父が与える,という儀式があるからだ。その聖体を置く場所には、聖体ランプと呼ばれる明かりが24時間灯っていて、ミサが行われていない時に訪れた信者は、このランプに向けて祈りを捧げることになる。

今回の旅で訪れた教会のどこだったか、「信者でない人がミサ中に聖体を受領しないでください」といった注意書きが書いてあった。聖体を頂けるのは、信者に限定される。僕自身何度となくミサに参列したことはあるが、もちろん一度たりとも「聖体」を食べたことはない。間近で見たことさえない。遠くから見る限り、せんべいのような姿形をしていて、いわゆる普通のパンとは違うようだ。

「あのパンは一般でも買うことができるんだよ」
「えっ、そうなの?ご自宅でも聖体を食べることができるのか!」

買わないけど、気になるといえば気になる。

「いや、買えるのは単なるパンだ」
「??」
「聖変化させて、初めて『聖体』になるの。それまではただのパン」

何を言っているのかよくわからなかったのだが、つまり、『聖変化』なるプロセスを経て、「ただのパン」はイエス・キリストの体と同一になるということらしい。キリスト教信者において、この「聖変化」したパンは既にパンではなく、主の肉体そのもの、ということになる。「主の体という概念」というなまっちょろい話ではない。「そのもの」だ。

なるほど、そりゃそうだ、キリスト教の信者さんだって普段からパンを食べる。それは「単なるパン」だ。聖体というのは、全く違うものだということだ。

こうなると、ミサが執り行われる教会にも行ってみたくなった。大浦天主堂のすぐ向かいにある教会にも行ってみた。こちらは「カソリック大浦教会」という。

「一階に土産物屋がテナントで入ってるぞ?」

観光地らしい俗っぽさもある。

大浦教会に入る

「ああ、ほら、これこれ!」

蛋白質がにっこり微笑んで振り返る。彼が指さす先には、教会の掲示版があった。ミサのお知らせなどが貼ってあった。

「教会といえばこれなんだよ。必ずこういうのが入口のところにある」

それにしても、人の気配がない。こちらは観光地ではないからだ。れっきとした、信者のための施設。入って大丈夫だろうか。

「大丈夫、教会は原則いつでもオープンだから」

信者である蛋白質がいるから心強い。はっきりいって僕とばばろあは「観光」だけど、蛋白質はれっきとした「信仰」だからだ。

珍しく彼が率先して中に入っていき、居合わせた教会の方に確認をとっていた。オッケー、とのことで中に入らせてもらう。

広いお堂の中で、静かな時間を過ごす。蛋白質は最前列までいき、黙想をしていた。

教会を出てきて、蛋白質が晴れやかな顔をしている。

「お祈りができて良かった」

そうか、それは良かった。ここ数日、夜行バスの連続で心も体も休まるときがなかっただろうから。

お寺はこの裏

12:49
「それはそうと、急がんと」

ばあろあが時計をちらっと見る。軍艦島上陸ツアーの出航は14時。メシ喰って、ツアーの手続きを行って・・・という時間を考えると、もう余裕がない。

「路面電車で移動しようかと思ったけど、こりゃタクシーだな。割り勘にすれば大してかからんじゃろ。一旦ツアーの手続きを済ませてから、残りの時間でメシを喰おう」

御意。では車が走る通りに出よう。

道中、ビルの向こう側へ突っ切れる、トンネルのような通路があった。その通路には「真言宗大谷派 妙行寺」と書いてある。どうやら、このビルの向こう側にお寺があるらしい。

「ああ!思い出した。さっきオランダ坂のところで見た、入母屋造りのデカい建物ってこのお寺だったんだ!」

ビルの中に参道があるって、斬新だな。

観光客向けのとおり

車の通りに向かう道。観光客が大浦天主堂とグラバー園に向かう際の目抜き通りということになる。

左の建物がカソリック大浦教会。カソリックの教会で、一階部分にテナントが入っているという作りのものは初めて見たので驚いた。

ルルドの水が売られているらしい

12:51
「おう、なんだこれは」

看板にマリア様の絵が描かれているな、と思って読んでみたら、

「フランスよりルルドの水 届いております」

と書いてあった。

ルルド、といえば難病も治るとされるわき水が出る場所だ。カソリックの巡礼地として世界的に名高い。

・・・が、その水をこうやって日本でも買えるのか。

「これってご利益、あるのか?現地に行ってこそナンボじゃないの?」
「うーん」

蛋白質はそれ以上語ろうとはしなかった。

というか、「ご利益」という言葉を使う時点で、キリスト教的ではないものの考え方だな。

軍艦島クルーズ

12:57
車道に出たらすぐにタクシーが見つかったので、軍艦島ツアーの受付までダイレクトに運んでもらった。わずか5分。あっという間だ。

道中、運転手さんに「どうです?GWの景気は」と聞くと、「あんまりですねえ」とのこと。まあ、この手の話題を運転手さんに振ってみて、「もう、ウハウハっすよ!」と答えた例は一度もない。バブル期でもない限り、常に「微妙な景況感」というのがタクシー業界の常なのだろうか。

長崎から出る軍艦島のツアーは、4つの会社が実施している。それぞれ特徴があるので、どれが良いのか見比べてみるといい。個人ブログなどでも、4つのツアーを徹底比較しているサイトがある。ただし、世界遺産であるということもあり大変な人気だ。現実的には「空席があって、予約が取れるツアーに参加」ということになるだろう。

4つのツアーはそれぞれ発着場も集合場所も違う。間違った場所に行ってしまい、慌てることがないように気をつけないといけない。タクシーで行き先を指示した際も、正しく場所が伝わるように気をつけた。

軍艦島クルーズルート

今回利用する「軍艦島上陸クルーズ」は、1日2回のツアーを実施している。午後は14時出航なのだけど、受け付け開始は13時からだ。ツアー参加にあたっては誓約書を書かなければならないので、自宅で誓約書をプリントアウトしていない人は、13時20分までに受付を済ませるように・・・と指示を受けていた。誓約書準備済みの人は、13時40分までに受付だったと思う。

13時前に受付場所である事務所に入ろうとしたら、「受付はまだはじまっていないので、外で待っていてくれ」と指示された。しかも、壁沿いに一列に並ぶようにと言われた。細かいな、と思ったが、その理由はすぐにわかった。

まだ出航前だというのに、どんどん人がやってくる。うお、我々はたまたま早く到着しちゃっただけだけど、確信犯的に早く来る人もいるのか。

待っている間、クルーズの航路を示す地図を確認しておく。

軍艦島、というのは長崎市街からはけっこう離れている。長崎からツアー各社が就航しているのは、単に観光客の利便性を考慮しているからで、軍艦島から近いから、というわけではない。

湾の最奥にある長崎港から出港し、伊王島の横をすり抜け外海に出て、一旦軍艦島の手前にある「高島」に立ち寄る。ここも軍艦島同様、炭鉱の島だった場所で、炭鉱資料館が存在する。そこで炭鉱について学んだあと、軍艦島へ。このツアーでは実際に島に上陸することができる。そして長崎へと戻る、という3時間コースだ。

以前の軍艦島は一般人立ち入り禁止だった。しかし最近は、観光客が安全に歩ける歩道が島の一部に整備され、公認ツアー参加者に限り上陸が認められている。それでも一日あたりの上陸人数制限があるはずだ。軍艦島に上陸できる、というのはとてもラッキーなことだ。

ツアーによっては、軍艦島には上陸せず、島周辺をぐるっと回るだけ・・・というものもあるので注意が必要だ。船に乗ってから「えっ?上陸できないの!」とびっくりしないように。

誓約書に記名

13:04
受付が開始となったので、誓約書を書く。

注意事項

受付の段取りが書かれた掲示。

札とチケット

受付終了後、我々が受け取ったもの。

「軍艦島上陸クルーズ」と書かれた、首からぶら下げるストラップ。そして軍艦島のチケット。なんだこのチケットは?

どうやら、どのツアーであっても、軍艦島に上陸するためにはこのチケットが必要となるらしい。300円となっているこのチケット代は、軍艦島の維持整備のために使われるのだろう。

というわけで、ツアー代金はクルーズ料金3,600円+端島見学施設使用料300円=3,900円、ということになる。

(つづく)

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