長崎の過去と今-09

朽ちていく建物、護られる建物(その9)

高島港の待合所

14:36
船は高島港に着岸した。

閉山した炭鉱の島だけど、今でも人が住んでいる。定期便だって就航しているので、立派な港がある。ほら、桟橋のたもとには、ターミナルのビルだってあるぞ。

着岸する前、ガイドさんのアナウンスがある。

一旦ここで上陸して、軍艦島のミニチュアジオラマ模型があるのでそこで解説を行うという。そして隣にある石炭資料館を見学したのち、船に戻っていよいよ軍艦島だよ、と。

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あー、と思う。

何がって?そりゃあ、さっき乗船した際に我々が見たとおり。船内でいいポジションを確保するために、みんなモウ必死よ。

僕としては石炭資料館をじっくり見たい。でも、いいポジションも確保したい。・・・無理だろうな、一挙両得は。たぶん、石炭資料館なんてみんなほとんど見ないで、我先にと船に戻って、絶好のポジション取りをするだろう。場合によっちゃ、高島に上陸さえしない人もいるかもしれない。

なにしろ、これまではあくまでも「長崎⇒高島クルーズ」に過ぎない。これからが軍艦島本番だ。良い場所を取りたい!という気合も、ますます高まろうというものだ。

僕らももちろん良い席はとりたいけど、そこまでしてがっつきたくはない。「冷静に装っているオレ」という生き様にプライドがある。内心穏やかじゃないけど。なので、「ああ、次もたぶん眺めが悪い今いる席なんだろうな」という諦めが既にある。

乗船前までは、「船のどっちがいいんだろうね?」なんてばばろあとわいわい話をしていたのに。

「時計回りで軍艦島をぐるっと回るのか、反時計回りなのか、それによって座る場所が変わってくるよな」

なんて話はどこへいった?もう、座れるだけで文句言いません状態。眺め?それすら既に諦めている。軍艦島にちゃんと上陸できればいいや。

高島のレンタカーなど

時間が許すなら、ここ「高島」で半日ないし一泊くらいしてみたいものだ。たぶん、バリバリの観光地ではないので、数時間もいれば飽きてくると思う。でもむしろ、そういう「何もない島」のほうががっちり気持ちが安らいで気持ちいいだろう。

この島にはご丁寧に電気自動車のレンタカー(30分500円)や、電動アシスト付き自転車のレンタル(4時間未満500円)のサービスがあった。商売にはならない格安価格なので、島の外からやってきた観光客への便宜なのだろう。

高島の団地

14:37
一見なにもない島だ。

しかし、港の近くに、いかにもなアパートがずらりと並んでいた。炭鉱が営業していたころの名残なのだろう。今はここにどれくらいの人が住んでいるのだろう?

Googleマップで高島の衛星写真を確認してみたが、特に「炭鉱の余韻」は見当たらなかった。閉山後、完膚なきまで鉱山施設は撤去してしまったらしい。今となってはもったいない話だ。炭鉱跡、というのは観光資源になりえる。

とはいえ、昔は九州のあちこちに炭鉱があったわけで、ぜんぜん珍しくはなかったのだろう。閉山したから撤去。ごく当たり前のことだ。

たとえば21世紀の今、「スーパー銭湯がありましたが、倒産して閉鎖しました」という場合、やっぱり建物や温泉をくみ上げるポンプは壊すだろう。それと一緒だ。ひょっとしたら100年後くらいになれば、「スーパー銭湯!そんな珍しいものをなんで壊しちゃったの?文化遺産になったのに・・・」なんてことになるかもしれない。たぶんならないと思うけど。

炭鉱資料館

14:39
船着場から歩いてわずかのところに、「石炭資料館」があった。

思ったよりも小さい、二階建ての建物だ。

軍艦島が世界遺産になって、こうやってたくさんの観光客が訪れるご時勢。折角だから、ここに大きくて立派な石炭資料館を作ってもいいと思う。軍艦島の話からはじまって、炭鉱関連の展示をもろもろ。そして高島も炭鉱の島だったのだから、坑道探検ツアーをやるとか。

・・・と思ったが、そういえばさっき乗ったタクシーの運転手さんが「長崎市街にも軍艦島の博物館がある」って言ってたっけ。軍艦島デジタルミュージアムとかいう名前の施設。長崎市街に博物館が出来てしまっているなら、いまさら高島に新たな施設を作るのは難しそうだ。惜しい。

ちなみにその軍艦島デジタルミュージアムだけど、繁盛っぷりを聞いてみたら運転手さんは「入場料が高いからねえ・・・」と苦笑していた。調べてみたら、入場料1,800円!Oh・・・

「軍艦島行きのツアーに参加したかったけど、予約が取れなかった」という人にとっては払える値段かもしれない。でも、ツアーに参加して、さらにその予習復習でより知識を深めよう、と思っているならこの値段はイタい。

軍艦島ミニチュア模型

石炭資料館の脇の屋外に、あずまやのようなものがあると思ったら、これが軍艦島模型。

ここでガイドさんが軍艦島上陸前に島の概要を説明するという。船の乗客全員が模型の周囲に張り付く。

軍艦島ミニチュア模型1

14:40
軍艦島模型。

学校のグラウンドがある北側から眺めたところ。

軍艦島ミニチュア模型2

軍艦島の東側。

掘り出してきた石炭を貯めるスペースが広がる。そして手前に船着場。ここが唯一の、外界との交流口。模型のとおり、船着場で上陸した人は、鉱山施設の下をトンネルでくぐっていくことになる。

鉱山施設の奥にそびえる屏風のようにあるのが岩山で、これがもともとの「端島」の正体。岩山の周囲を埋め立てていって、岸壁で取り囲まれた「軍艦島」が出来ていった。

軍艦島ミニチュア模型3

島の東側から南部分を眺めたところ。

右下に先ほどの船着場がある。

南側は鉱山施設が立ち並ぶ。

火の見やぐらみたいにみえるところが縦坑で、この地下深くに坑道が広がっている。

軍艦島ミニチュア模型4

軍艦島、南側から。

岩山の左手、すなわち島の西側エリアにビルが密集している様子が伺える。これが、軍艦島を有名にした光景。

日本最初の鉄筋コンクリート高層マンションだったし、当時は日本最高の人口密度を誇る場所でもあった。あれ?世界最高だったっけ?どっちだったか覚えていない。

軍艦島ミニチュア模型5

軍艦島、西側から。

いかにビルが密集しているかがよくわかる。建蔽率容積率完全無視。そりゃそうだ、ここは完全に私有地で、外界から独立している世界だ。しかもこれができたのは、建築基準法なんて知ったことかという時代だっただろうし。

右下に入母屋作りの建物があるが、これはお寺。その手前の青い屋根は、映画館。ここに超過密で人が住んでいたわけだから、生活に必要なものだけでなく福利厚生的なものまで何でも揃っていたという。

エレベーターがない当時、住みやすさでいったら低層階だと思うだろうが、実際には偉い人は上層階、臨時工員などは低層階というすみわけがあったそうだ。というのも、これだけビルが密集しているので、低層階まで太陽の光が入ってこず、薄暗い上にジメジメするからだ。

じゃあ高層階の人たちは、毎日ヒイヒイ言いながら階段の上り下りをしていたのかというと、横のビル同士、連絡通路でつながっていて、水平移動をするためにわざわざ1階まで降りないといけないというわけではなかったそうだ。

軍艦島ミニチュア模型の解説を聞く

僕は10年以上前からだろうか、この軍艦島に惹かれ続けてきた。世界遺産認定前後からのブームになる以前からこの島について調べるのが好きだった。

産業遺産としての軍艦島も面白いが、建築という観点での軍艦島もとても面白い。そして社会学的なアプローチでも面白い。どういう切り口でも、すごく興味深い対象だ。

なので、東京電機大学阿久井研究室の「軍艦島実測デザインサーベイ」の取り組みなんて大好きで講演や展示を見に行ったことがあるし、昭和を代表する写真家の一人、奈良原一高が軍艦島閉山前の人々の様子を撮影した写真も大好きだ。そういえば、はるか昔、(既に廃墟となった)軍艦島を舞台としたエロゲーもやったことがあったな。これは大して面白くはなかったけど。

語りだすと非常に長くなるけど、ここでは書かない。調べようと思えば、今やwebでたくさん情報がある。又聞きの僕がここであれこれ書くことはあるまい。

模型を前に、みんなでガイドさんの解説を聞く。

(つづく)

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