長崎の過去と今-11

朽ちていく建物、護られる建物(その11)

高島港

15:01
他のツアー客から随分遅れて、船着き場に戻ってきた。15時5分に出航する、と指示を受けていたので、これでも少しは早く戻ったほうだ。

遠目で見ても、船には既にみっちりと人が乗っている。当たり前だけど、この船では特等席にあたる「デッキ席」は鈴なりだ。今更我々が入る余地なんてない。

軍艦島の上陸に関しては、他社のツアーと連携をとっていて、時間の割り当てがちゃんと決まっているらしい。軍艦島の船着き場には一隻しか停泊できないし、島内の遊歩道だって決して広くはない。交替で上陸しないと大混乱だ。

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で、我々のツアーは15時半から1時間、時間が与えられているのだそうだ。15時半までは島の周囲で待機、ということになる。

ガイドさんからは、「島を反時計回りでぐるっと回ります」と丁寧に説明があった。どっち向きに船が動くかによって、座るべき席が変わってくるからだ。しかし、ガイドさんは

「軍艦島、といっても、実際に軍艦に見えるポイントというのは限られています。そのポイントに着いたら、船の向きを変えますので、どの席からでも写真撮影できますのでご安心ください」

とのことだった。なんでも、軍艦島を見るやいなや、「うわあ!本当だ!軍艦みたい!」と言っちゃう人が多いそうだが、いやいや、その角度からじゃ全然軍艦に見えませんから、という現実があるらしい。

ブラックダイヤモンド号再度乗船

15:05
「あれっ」

どうせほぼ最後に乗船した我々のことだ。先ほど座っていた、眺めがよくない通路席を覚悟していたのだけど、既にそこには船客がいっぱい。どうやら、ガラス越しの船内席よりも、屋外の通路席の方がよいと思ったらしい。

いやいや、そこって引き上げられたタラップが壁のように景色をふさぎ、全然見えないですよ・・・?と思ったが、お陰で船内のちゃんとした座席に空きがあった。ありがたく座らせてもらう。

もちろん、ガラス越しに軍艦島を撮影するというのは、写真写りが悪くて残念ではあるけれど。しかし、通路席よりはマシだ。

軍艦島が見えて来た

15:15
いよいよ軍艦島が見えてきた。

遠目でも、異様な光景にぎょっとする。直線的な島影は、見たことがない景色だ。山があります、崖があります、浜辺がありますといった、いわゆる普通の島とは全く違う。

軍艦島1

船着き場には別のツアー船が停泊していた。まだ上陸まで時間があるので、反時計回りに船は軍艦島を周回しはじめた。

これは島の北側の景色。

百葉箱のようなものが見える。端島神社だ。あのあたりはもともと端島を形作っていた岩礁で、手前の大きなビルがあるあたりは埋め立て地だ。

神社の左側に見える、岩場の上に建つ建物は3号棟職員住宅。「職員」、すなわち三菱の社員が住む場所だ。ここでは「職員」と「鉱員」(実際に炭鉱に潜る人たち)ははっきりとわけられていたらしい。職員住宅は高い場所にあり、鉱員住宅は低いところにある。

軍艦島2

引き続き島の北側。

白っぽい大きな鉄筋コンクリートビルが、朽ちている。

これが70号棟、端島小・中学校。小中学校併設とはいえ、かなり大きい。少子高齢化社会の現代から考えると、こんなに学校がデカいことにただただ驚かされる。

70号棟にすぐ隣接する、黒っぽい建物は65号棟(鉱員社宅)。軍艦島最大の建物。最上階には幼稚園があった。

思わずしれっと眺めてしまうけど、65号棟は9階建てだ。1945年から建てられ、増築を繰り返し1958年に完成したというけど、当時こんなデカいのをよく作ったなオイ、と呆れる。今でこそ小さな廃墟島だけど、当時は国のエネルギーを担うとても大事な場所だったからこそだ。

建物は西に向けてコの字型になっていて、この「コ」の字の内側から撮影した写真がすごい迫力だ。ネットで探せばあちこちで見つかるだろうから、一度みてみることをお薦めする。日本の景色とは思えないくらいだ。

各部屋のベランダはコの字の内側に向いているのだけど、柵が木で出来ていて、未だに残っているところがある。鉄で柵を作ると、塩で腐食してしまうので木で作られているからだけど、むしろ「木」のほうがちゃんと残っているというのは皮肉な話だ。

軍艦島3

写真左が65号棟、そして右側の低い建物が69号棟(端島病院)。

この島にしては珍しく低い建物。さすがに病人に「階段を使え!」というのは酷だと思ったのか、低い。写真ではよくわからないけど、端島病院に併設される形で68号棟(隔離病棟)があるようだ。

隔離病棟、と聞くとなんか恐ろしい病気のような印象を持ってしまうが、昔のことなので「結核」の患者がいたのだろう。

軍艦島4

しつこく、同じところの写真を撮ってる。

何しろ、ちゃんと撮影できているのか、デジカメの小さな液晶画面でのプレビューではよくわからない。ええい、連写だ!あとで写真を選別すればよい!とばかりに撮影しまくり。

というわけで、小中学校と65号棟を引き続きお楽しみください。

それにしても建物が密着している。地震が起きたら、壮大なドミノ倒しが発生しそうだけど大丈夫だろうか?

軍艦島5

建物が折り重なるように建っているので、どれがどれだかよくわからなくなってくる。特に、写真にしてしまうとなおさらだ。望遠で撮影していることもあり、遠近感が失われてべちゃっとした構図になる。

奥が65号棟、手前が69号棟の病院。右端手前の白っぽい建物が68号棟の隔離病棟だと思う。

となると、隔離病棟の奥に見えるのはまた別の建物で、67号棟(鉱員合宿(単身))か。

軍艦島6

改めて写真を見ると、しつこいな。また小中学校を撮影している。

軍艦島7

船は軍艦島西側にむかいはじめた。ここから先が居住エリアの核心地。

正面に65号棟、左手前に68号棟(隔離病棟)、そこから海沿いに右側に向かって67号棟(鉱員合宿(単身))、66号棟(鉱員合宿(啓明寮))、61号棟(鉱員社宅)、60号棟(鉱員社宅)と続く。

「鉱員合宿」と「鉱員住宅」の違いがよくわからないのだけど、期間工と正規雇用の人と扱いが違ったということだろうか。そういえば、人が住むエリアの中では、67号棟が一番船着き場からも職場である鉱山からも遠くて不便だ。

ちなみに61号棟の地下には浴場、60号棟には購買所があるらしい。

軍艦島8

24-70mmレンズなので、この望遠が最大。

船はもっと島の近くまで寄ってくれてもよいのに、近寄らない。多分このあたりは波が強いので、うかつに近づけないのだろう。

奥に65号棟、手前に67号棟、66号棟。

軍艦島9

それにしても、端島神社の右側にある3号棟(白い建物)のそびえ立つことよ。4階建てなんだけど、崖の上に建つのでなんとも見晴らしが良い。職員住宅(しかも幹部)とは、かくも格が上なのだということを見せつけている。

この軍艦島は、海のまっただ中に急に存在する島。なので、天気が悪い時は猛烈に波が島を襲ったという。そのせいで、波しぶきが雨のように天から降ってきたらしい。海抜が高いところこそ快適、というわけだ。

3号棟(職員幹部住宅)の右側には、5号棟(鉱長住宅)があるのだけど、目視では確認できなかった。木造2階建てだという。すげえ、鉱長ともなるとこの狭い島でも、2階建ての一戸建てに住めるのか!

一方、プロレタリアートの人たちが住む平野部では、右側海沿い白い建物が51号棟(鉱員社宅)、その奥にある大きな黒っぽい建物が「日給社宅」と呼ばれる、16号棟~20号棟。

1918年に建てられたものだというから、今から100年近く前のものだ。ボロボロにはなっているけど、まだ現存しているというのが驚きだ。当時、日払いの労働者が住んでいたのでこの名前になったらしい。

16号棟~20号棟は廊下で繋がっていて、櫛形をした一つの建物になっている。しかし櫛形は山側を向いているため、ここからはその様子は見えない。殆ど緑がない島なので、この日給社宅の上に屋上庭園を造っていたらしい。

日給社宅の奥に、貯水タンクを兼ねた2号棟が見える。ここも職員住宅。

軍艦島10

建物が折り重なっていて、もう何がなんだか状態。

何か一つ「これだ!」という目印を見つけて、そこから地図と実物を見比べていくしかない。

とはいえ、実際に船はそれなりのスピードで移動している。悠長に地図を確認しているような余裕は全くない。本当は、島一周に30分くらいゆっくりと時間をかけてくれれば最高なんだけど、そうはいかない。

岩山の上にそびえる3号棟、その手前に立ちふさがるように14号棟(職員住宅(中央社宅))、さらにその手前に8階建ての51号棟(鉱員社宅)、ええーと、あとはなんだ?パズルみたいじゃないか。すごくややこしい。14号棟は高い位置にあるけれど、5階建てだ。

地図は平面で描かれているけど、実際の建物は立体的に折り重なっているので特にややこしい。

51号棟の右側にある海沿いの建物が48号棟(鉱員社宅)。その奥には老人クラブや学校教員住宅、派出所、役場の人の家とかいろいろあったようだけど、もうこんがらがってわからん。それから、海からだと全部は見えない。

ちなみに51号棟の隣に公民館、映画館、お寺といった公共の建物が続く。48号棟の地下にはパチンコ店があったという。

軍艦島12

島の西側から南側に向かっている最中。

50号棟(昭和館:映画館)や23号棟(泉福寺)があった界隈は崩壊してしまっている。もともと児童公園があった場所でもあるので、ここだけ広い空間ができている。

崖の中腹には、木造二階建ての7号棟(職員クラブハウス)があったらしい。夜な夜な宴会がそこで行われたのだろうか?

海沿い右側には、まるで防波堤のように長い31号棟(鉱員社宅+共同浴場+郵便局)がある。

人だかり

船の中で殺到する人たち。

船の片方に重心が偏って、転覆するんじゃあるまいか。

この光景を見て、往年のプロレスを思い出した。ブルーザ・ブロディやスタン・ハンセンが入場する時の花道に群がる人たちの図。

ばばろあ撮影中

ガラス越しだけど、頑張って撮影するばばろあ。

蛋白質も撮影中

蛋白質も撮影中。

蛋白質は一眼レフカメラを持参している。

(つづく)

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