長崎の過去と今-12

朽ちていく建物、護られる建物(その12)

軍艦島遠景1

15:24
一旦船は軍艦島から遠ざかった。

南西の沖合で再度停泊する。

「ここからの景色が、一番軍艦に似ていると言われるものです」

とガイドさんから説明がある。

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なるほど、右側に船の舳先があって、真ん中にブリッジがあって、ととても船をイメージしやすい。

軍艦島の左、実際には北側に「中之島」という小島がある。こちらは、軍艦島の人たちの公園であり、火葬場であり、墓地でもあったそうだ。なにせ、軍艦島には墓地など作る余地がない。お寺はあるのだけれど。

軍艦島遠景2

軍艦島だけを写したところ。

やっぱり、幹部宿舎である3号棟がそびえ立っている。

軍艦島

島の南側。

岩山のてっぺんに灯台があり、その奥に大きな貯水タンクがある。

掘ってきた炭とその他の砂利を選別する際、水に浮かべると「炭は浮くけど、砂利は沈む」という法則がある。なので、水というのは炭鉱には必須となるアイテムだそうだ。

灯台は白く新しく、島全体から見ると不釣り合いだ。これは、閉山後無人島になってからできたものだそうだ。操業中のときは24時間営業の不夜城だったわけで、付近を往来する船が「うっかり衝突する」なんてあり得なかった。しかし閉山後は真っ暗になってしまい危険なので、灯台が設置されたというわけだ。

しかもこの灯台、1975年に初代が設置された後、既に二代目だという。

灯台下の海沿いの建物が31号棟、その奥がこの島最古の建物である30号棟(旧鉱員社宅(下請飯場))。1915年に建てられた、日本最古の鉄筋コンクリート住宅。

軍艦島

改めて、島の西側を。

軍艦島

島の西側から北側に向けて。

軍艦島

船はぐるっと軍艦島の南側を周り、東側にやってきた。灯台と、30号棟が見える。

左側の箱みたいな建物は、鉱山関係の建物。恐らく仕上工場の一部だと思う。このあたりは住居エリア以上に崩壊が激しい。

接岸間近

15:33
上陸が許可されている時間になったので、クルーズ船「ブラックダイヤモンド」は島東側の船着き場に近づいた。「ドルフィン桟橋」と呼ばれる桟橋だ。

なにしろ、防波堤なんて気の利いたものはない。しかも岩礁を無理矢理拡張して出来た島なので、周囲は海流が早いし水深は深い。浮き桟橋なんて作ったらすぐに流されるので、無理矢理固定式の桟橋を作ってある。海底からコンクリートで固められた桟橋だ。

そのせいで、天気が良くてもちょっとでも波が荒いとツアー船は着岸できず、上陸が果たせない日が結構あるらしい。ガイドさんは、「こんなに天気が良くて波がおだやかなのは幸運だ」としきりに今日のお天気を褒めていた。

上陸

15:37
ドルフィン桟橋から上陸。

さすがに観光客を迎え入れることができるように、このあたりの階段や手すりはちゃんと整備されている。

注意事項

ドルフィン桟橋には、「無許可係船及び無断立ち入り禁止」という看板が大きく掲げてあった。

この軍艦島への上陸規制は、れっきとした長崎市の条例で定められている。勝手に上陸しちゃいかん。たとえば、ジェットスキーでやってきて上陸するのもNG。

軍艦島

軍艦島東側をドルフィン桟橋から眺める。

崖の上に3号棟住宅、右手奥に70号棟端島小中学校。

東側海沿いはずっと貯炭場などの炭鉱施設なので、今は広いスペースができている。

ブラックダイヤモンド号の人々

ブラックダイヤモンドから続々上陸する人々。

まるでトロイの木馬に潜んでいたギリシャ兵みたいだ。

(つづく)

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