長崎の過去と今-14

朽ちていく建物、護られる建物(その14)

立坑跡

15:41
第一見学広場から南側に、なにやら変な形をした建物が見える。

これが第二竪坑の坑口桟橋。ここから鉱夫たちは地下へと潜っていった。

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この横に竪坑の櫓があったらしいが、現在は影も形も残っていない。

解説

ガイドさんの説明を聞く一同。

階段

岩山で島が東西に分断されているのだが、その東側、つまり貯炭場やドルフィン桟橋がある側の岩肌には歩道が設けてある。ドルフィン桟橋から地下トンネルを通り、地上に出るのが30号棟の脇。そこから島の西側を通っていくこともできるけど、岩山経由で島の北側の65号棟方面に抜けて行くこともできる。

建物の高層階に用事があるのか、低層階に用事があるのか次第で、ルートを使い分けるわけだ。島の建物はお互い連絡橋で連結されていたり、岩山に通路が繋がっているので、高層階同士でも水平移動は容易だったらしい。

廃墟

島の南側にある30号棟。

廃墟

ふさがれたトンネル。防空壕じゃあるまいし、なんだろう?と思ったら、石炭の選別でいらないと判断された砂利(ボタ)を捨てるためのトンネルだという。

貯炭場側の海に捨てたら、積み込み船が着岸できなくなってしまう。そのため、この岩山をくりぬきベルトコンベアを通し、島の西側の海に捨てたのだそうだ。

えっ、でも島の西側には住居が・・・。

というわけで、恐るべきことにマンションの横っ腹に穴を開け、その中をボタ運搬用ベルトコンベアが貫通していたのだそうだ。荒技。

廃墟

遊歩道を伝って、島の南側へと移動する一同。

祈る蛋白質

見ると、蛋白質が廃墟に手を合わせている。

いやいやいや、手を合わせる必要なんてないぞ?何やってるんだ、一体。

ただ、確かに「どういう表情をして写真撮影すればいいのか、難しい場所」ではある。ニッコニコでイエーイ、と撮影するのは憚られるし、かといってお通夜のような顔をするのも違う。

強制連行とか落盤事故とかいろいろ不幸なことはあっただろうが、あんまり陰気な顔はしなくて良いと思う。

でも蛋白質は、ずっとこの表情のままだった。というか、手を合わせているツアー客なんてこの人ただ一人だった。

廃墟

15:52
第二竪坑の桟橋と、その奥に続く総合事務所。

ここから先島の南側も鉱山関係施設があったエリアだけど、主に事務所などがあった場所らしい。

(つづく)

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