長崎の過去と今-15

朽ちていく建物、護られる建物(その15)

歩道最奥

16:00
歩道で島の南側をしばらく歩き、西側に回り込む。そこで歩道は打ち切りになり、第三見学広場があった。

この正面が魅惑のエリアだけど、近づくことすらできない。

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・・・まあ、無理だろうなあ、と遠目でもわかる。ビルの間隔の狭いこと狭いこと。これじゃ、急に頭上からコンクリート片が剥離して落ちてきて、怪我するということだってあり得る。

廃墟

というわけで、第三見学広場の柵ギリギリから撮影した住居エリア。

正面が軍艦島最古の建物、今年で築102年になる30号棟。隣が31号棟。二つの建物の間から、奥に位置する25号棟(職員社宅、宿泊所)がちらっと見えている。

廃墟

30号棟アップ。

いやー、年月の経過とともに壁がこうも壊れるものなのだな。

とはいえ、1世紀が経過して、閉山して半世紀近く経つのに、まだこれだけの形を残しているのはすごい。頑丈に作ったものだ。

やっぱり一番の弱点は鉄骨のようで、鉄が錆びて膨張し、そのせいでコンクリートが破壊されていた。

この30号棟は、ロの字型の形になっていて、採光は建物の内側から行っていたそうだ。外に向けて大きく窓を開けると、風雨、さらには波にやられてしまうからだ。

廃墟

30号棟と31号棟の間、そして奥の25号棟。25号棟に向かう階段が見える。

いやー、ワクワクするなあ、あそこを歩いてみたいけど、今は学術研究目的など、ちゃんと許可をとっていないと無理だからなあ。

廃墟

31号棟はくの字に曲がった長い建物で、防波堤の役割も担っていたという。ガイドさん曰く、建物がくの字になっているのは、波の力を分散させるためだそうだ。

貯炭場から続くボタ運搬用ベルトコンベアはこの建物の横っ面をぶち抜いているんだけど、ここからはその穴を確認することはできなかった。

廃墟

31号棟アップ。

窓枠が一部残っている。

この建物は、海沿いは内廊下になっていて、住居部は山側を向いている。「我が家はオーシャンビュー!」なんて気楽なことを言っていられる場所ではないので、敢えて眺めの良い海には背を向けている。

1階には郵便局、地下には大浴場があった。

廃墟

ちなみに30号棟は共同トイレで、建物左に見える小窓がトイレ部分にあたる。

この30号棟に限らず、全て古い建物なので風呂トイレ共同は当たり前。風呂が部屋に備わっているのは、岩山の上の幹部宿舎だけだったらしい。

汚水は全て近隣の海に流していたわけで、「海に囲まれているから、岸壁から釣り糸を垂らせばすぐに今晩のおかずゲット!」というわけにはいかない。

廃墟

仕上工場跡。

どういう役割を果たしていたのか、ガイドさんの説明があったかもしれないけど覚えていない。

記念撮影

16:08
30号棟をバックに、記念撮影。蛋白質はたまたま居合わせなかったので、ばばろあと二人で。

やっぱり微妙な顔になる。

周囲のツアー客もめいめい記念撮影をしていたけど、「イエーイ」なノリの人は皆無だった。

(つづく)

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