長崎の過去と今-16

朽ちていく建物、護られる建物(その16)

廃墟

16:10
見学用の歩道は一本しかなく、船までは今きた道を戻ることになる。船に向けて戻る。

島の最南端に位置するところに、だだっ広い、四角いスペースがある。特に説明もなかったし、気に留めていなかったのだけど、ガイドさんが「ここはプールの跡ですよ」と教えてくれた。へえー。言われてみれば、プールっぽい。

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プール、といっても恐らく真水は使えないだろうから、海水プールだっただろう。しかし、海水浴なんて到底無理な場所なので、こうやってプールがあるのは貴重だったに違いない。

北側にある学校脇にでも作る事ができれば良かったのだろうけど、場所の制約上学校とは対極の南に作らざるをえなかったのだろう。

廃墟

16:10
仕上工場と、その奥の30号棟。

このあたりの建物は全く残っていない。わざわざ壊したとも思えないので、長年の風雨で粉々に砕けてしまったらしい。

廃墟

綜合事務所跡。

廃墟

東からみた仕上工場。ぽつんと建っている。

廃墟

30号棟、貯水槽、灯台。

30号棟の下半分をふさぐ形でコンクリートの土台が見える。ここには第二竪坑捲座があった。

捲座(まきざ)とは、採掘した炭を運び上げたり、鉱夫を地下に下ろすためのケージを操作する巻き上げ機があるところ。ちなみにこのケージ、分速480メートルだったというから信じられない。時速30キロ近くで垂直落下するんだから、体が浮き上がりそうだ。

先ほど見た、鉱夫たちが地下に潜っていく「第二竪坑 坑口桟橋」とはちょっと離れた場所にある。捲座そのものは竪坑のすぐ脇にある、というわけではなさそうだ。

廃墟

綜合事務所跡。

廃墟

鉄骨が錆びてボロボロになっている。

廃墟

綜合事務所は、レンガで装飾されていた。レンガ造りの建物、というわけではなく、コンクリート造りの表面をレンガで化粧していたようだ。

廃墟

思惑ありげな建物の形ではある。二階部分に渡り廊下があったり。

厳重に装備を固めた鉱夫さんたちがここを歩いていたのだろうか?当然、身支度をするロッカールームなどがこのあたりにあったはずだ。

風呂はこの建物にあった、とガイドさんから聞いた。みんな真っ黒になって地下から戻ってくるので、奥さんであっても自分の旦那が判別できなかったという。

そして、風呂に入って身ぎれいになってから、ワイシャツに袖を通しぱりっとした身なりで帰宅していくというのが炭鉱マンのプライドだったという。

記念撮影

セルフタイマーで、綜合事務所前で記念撮影。

デジカメの液晶画面を覗き込んだ通りすがりの女の子たちが、「バッチリです!最高のアングルです!」と大絶賛するので、苦笑しているところ。決して「カメラ写りがいいように笑っている」わけではない。

綜合事務所前は第二見学広場として整備されている。我々がいるあたりは昔第三捲座があったらしいが、その気配はもう残っていない。瓦礫がある程度だ。

(つづく)

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