長崎の過去と今-30

朽ちていく建物、護られる建物(その30)

サティ

12:53
長崎水産食堂の向かいに、都合がよいことにスーパーがある。

「おっ、サティがあるじゃないか!ここで買い物していこうぜ」

後で写真を見て気がついたが、このお店「サティ」じゃなくて「ステイ」なんだな。道理で変だと思ったんだ、サティって赤い看板だった筈だから。

ここでパックもののお総菜や刺身、そしてビールなどの飲み物も買う。

「あれ?お前らご飯もの喰わんの?」

僕以外、ご飯パックを買おうとしないので聞いてみたら、二人とも「いらん」という。酒飲みだからだろうか。

「最近小食になってね、あんまり入らんのよ」

ばばろあが苦笑しながら説明してくれる。元々彼は昔から大食漢ではなく、「うまいもんを少量ずつ喰えればそれでええ」という人だった。

「蛋白質は?ご飯いらんの?」
「なくていいかな」

彼は今日は、「ノンアルコールワイン」を店頭で発見したのが嬉しかったらしく、それを買っていた。

「ホンモノのワイン、買えばいいのに」
「いや、むしろこういう時じゃなきゃノンアルコールのワインなんて飲まんじゃろ?」

確かにそうかもしれない。居酒屋で「じゃあボクはノンアルコールワインで」とは頼まないだろうし、一人で家で飲みたい気分、という時に買うものでもない。「どんな味がするんだろうねえ」と仲間でワイワイ言いながら飲んだ方が楽しいだろう。

一方のおかでんは、ノンアルコールビールを買っておく。ノンアルコールビールも飲むけど、シメでご飯も食べる。

おっと忘れてはいけない、明日の朝ご飯も買っておかなければ。菓子パンがワゴンセールになっていたので、そこから見慣れない菓子パンを見繕っておいた。

教会

13:37
買った食材の重さよりも、もらった氷の方が重いんじゃないか?というくらいクーラーバッグに氷を入れてお店を後にした。

次に向かったのは、カトリック黒崎教会。

遠藤周作文学館のすぐ手前にある、国道202号線沿いにある教会だ。

このあたりは「外海(そとめ)」と呼ばれるエリアで、一つ一つは小さいけれど味わい深い教会があちこちにある・・・筈だ。以前取り寄せた「五島巡礼手帳」さえあれば、全ての教会が紹介されているのだけど、あいにく今回の旅では持参しそびれた。かえすがえす、惜しい。

ばばろあが池島に行く時間を気にする。しかし、「通り沿いだから、すぐに終わるよ」といい、立ちよってもらうことにした。

肝心のクリスチャンである蛋白質はぼんやりしていて、「行けるなら行きたいねえ」程度のスタンス。むしろ僕が一番教会巡りをやりたがっている構図になっている。

それもこれも、巡礼手帳などを見て、教会の美しさに感化されたのと、なんといっても「スタンプラリー的要素」をそこに見いだしたからだ。

カトリック黒崎教会

13:39
黒崎教会は丘の上に建っているので、国道202号線からははっきりと見えない。車を降り、坂を登ってみるとそこにはレンガ造りの教会があった。

「おお・・・」

思わず息をのむ美しさ。今日が晴れている、というのも良かった。

正面にはマリア様がお出迎え。黒崎教会のマリア像は、青いケープのようなものをまとっている。蛋白質は、まるでアイドルの追っかけカメラ小僧のようになって、このマリア様を激写していた。かなり自分の中でグッとくるものがあったらしい。あとで、「この写真、いいだろ?」と自分なりのベストショットを見せてくれた。確かにいい写真だった。

この教会には下駄箱がある。そういえば、教会によって「土足のままであがってよし」とするところと、「靴を脱いでお上がり下さい」というところに分かれている。もちろん西洋渡来のキリスト教なのだから、教会というのは土足が当たり前だろう。しかし日本に根付いた際、靴を脱ぐという考え方が混じったらしい。こういうのも、微妙に和洋折衷で面白い。

外海の景色

黒崎教会から海を眺めたところ。

この黒崎界隈が、遠藤周作の名著「沈黙」の舞台となったところ。蛋白質は感慨深そうに・・・というより、物憂げな顔でこの海を眺めている。

「今はこれだけ美しい海なのに、一昔前は弾圧があって多くの人が苦しめられたなんて・・・」

ばばろあと僕は、「お、おう」としか言えなかった。「そんな昔の話、今更気に病んでも」とかいうのは無粋というか、彼の信仰に対して失礼だ。彼にとって今回の旅は、自分と同じ信仰を持った人たちが昔ここにいた、ということに思いを馳せる意味がある。だから、我々がとやかく言う話じゃない。

一方のばばろあはというと、すっかりかすんでいる空を見ながら

「これ全部PM2.5なんで?本当ならもっとすっきり晴れとる筈なのに。みてみい、東の空の方が青いじゃろ。西にいけばいくほど白くかすむ。ええ加減にしてくれや、って思うでホンマ」

と大陸に対して抗議していた。

遠藤周作文学館

14:00
遠藤周作文学館到着。

黒崎教会とは目と鼻の先、岬の付け根に遠藤周作文学館はある。

現地付近は駐車場に入ろうとする車で渋滞が出来ていた。うそ!?そんなに大人気なの?信じられないのだが・・・。

唖然とする車中アワレみ隊ご一行様。

駐車場に誘導しているおっちゃんに聞いてみたら、ここは道の駅「夕陽が丘そとめ」であり、遠藤周作文学館はその奥にある、ということだった。

かといって、道の駅の併設施設というわけではなく、場所は独立している。

我々は道の駅の脇をすり抜け、遠藤周作文学館へと向かった。

遠藤周作文学館間取り

「超巨大な建物だったらどうする?見るのに1時間じゃきかないくらいデカかったら、きりがなくなるよな」

と蛋白質には悪いが若干そういうのを気にしていたが、さすがにさほど広くはないようだった。館内図を見ると、右側の青色の部屋2室のみが展示室らしい。

さすがに作家さんの展示ともなると、展示できるものには限りがある。「直筆原稿」「執筆に使っていた机」「執筆にに使っていた部屋を再現」「好んで来ていた服」といったものが定番か。画家とはその点違う。

遠藤周作文学館リーフレット

14:02
料金を払って、いざ館内へ。

「沈黙」の企画展開催中ということで、小説「沈黙」における登場人物の分析などが細かく図解されていた。なるほど、これさえ読めば原作を読まなくても大丈夫!というくらいだ。小学生の「読後感想文」ネタに困った時にはぜひここに・・・と思ったが、小学生にこの小説を理解させるのは無理だ。

出津文化村

遠藤周作文学館からちょっと先に行ったところに、「出津(しす)文化村」というエリアがあるらしい。教会があったり、明治時代、外国から派遣された神父さんが作った授産施設があったりするようだ。

なんとなくは事前知識として持っていたけど、改めてこうやって地図をみると俄然興味が出てきた。船の時間を考えるとそろろそヤバいんだが、なんとか立ち寄っちゃおう。

遠藤周作文学館の展望台

「14時30分で一旦集合な?それでまだ見たりないとお前が思うんじゃったら、延長でええけえ。一旦14時30分ということで。それでどうするか決めよう」
「わかった」

ばばろあと蛋白質が話し合い、館内見学は30分間ということになった。

結果的に30分あれば一通り見て回ることはでき、我々は建物を出た。

そこには広い展望台があり、外海の海が一望できた。

(つづく)

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