長崎の過去と今-32

朽ちていく建物、護られる建物(その32)

出津教会

14:58
丘の上に、出津教会が見えてきた。

「マジか!水平移動するんじゃなくて、一旦下ってからまた上がるんか!」

思わずぼやいてしまう。

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とはいえ、いまさら引き返す気は三人とも全くなかった。当初の僕の頭の中では、「場合によっては遠くから教会を眺めて、『はい、出津教会を満喫しました』ということにする」というのもありだと思っていた。

しかし、改めて実物を間近・・・といってもまだ距離はあるけれど・・・を見てしまうと、ついつい魅入ってしまい、行かずにはおれなかった。

不思議な建物だ。西洋のお城のようだけど、瓦屋根でもある。行かなくちゃ!

出津教会

15:00
出津教会までの石段を登っていく。

砲台巡り愛好家である前は山城巡りを趣味としていたばばろあは、教会手前の崖に作られた石垣を見て驚きの声を上げていた。

「蛋白質、見てみい。こんなん普通素人だけで作ろう思ったらかなり大変で?時間も金もかかる。こんな何もないような集落でこれだけのものを作るって、すごいことだと思うで」

確かに。

ド・ロ神父という傑出した偉人が長年滞在し、地域の発展に寄与したとはいえ、彼一人で作業をしたわけではない。信徒からの人的、金銭的な支援があってこその賜物だ。

「昔はここにどれだけ人が住んどったんかしらんけど、今と大してかわらんじゃろ。それでこの石垣とか教会で?そんな裕福な土地とも思えんし、どれだけキリスト教が信仰されてたんや、ってことじゃね」

出津教会遠景

15:01
カトリック出津教会。

教会の前には広場があり、駐車場となっている。しかしこれはミサなどに参加する信徒専用であり、観光客は利用できない。

青空、ということもあって、白い壁が特に映える。美しい教会だ。

基本的に教会はどこも美しい。いや、正確にいうと「カトリックの教会は美しい」というのが正しい。プロテスタント系の教会や小規模な宗派の場合、オフィスビルの一室が教会ということもあるので、なんとも評価のしようがない。おそらく、そういう宗派の人たちは、「教えこそが大事なのであって、華美に装飾にこだわるのはまやかしという考えもあるのだろう。仏教だって、そういう考え方の違いが宗派ごとにあるし。

出津教会独特のつくり

変わった作りの教会だ。

一般的に教会というのは天井が高く、室内空間の広さを強調するものだ。そのほうが神聖感が出るという効果があるからだろうが、ここは平屋建てだ。建物の大きさの割に、やたらとぺしゃんこ感がある。

どこかで見たことがある光景だな・・・と思ったら、ああそうだ、山小屋だ!山小屋がまさにこんな作りだ。

ちょうどガイドさんとなる信徒の方がいらっしゃったので話を聞いてみたら、このあたりは海からの風が強いので、低い建物にしているのだそうだ。

「建物の設計はすべてド・ロ神父がおやりになったんですよ」

と教えてくれ、この建物独特な工夫点をあれこれ教えてくれた。窓は水が中に入ってこないように、外側に向けて傾斜がつけられているとか、白い外壁は日本の技術である漆喰をつかっているとか。

「でも、実際に建物を作るのは、地元の信者なわけで、ほらこのあたりの釘の打ち方はけっこう雑です」

なんてのも教えてくれる。いやいやいや、素人を動員してここまでの建物ができてしまうって、信じられないぞ。なんという情熱だ。

壁はものすごくぶ厚い。窓を閉めなくても雨が入ってこないようにする工夫だろう。しかし、結局風雨が強いときには雨が振り込んでくるようで、ブラインド風の雨戸が外にとりつけられている。

そこでばばろあがあることに気がついた。

「この雨戸、不思議じゃね。普通、雨戸って片方からしか閉まんのよ。でもこの雨戸、窓を中心として、左からも右からも閉められるようにレールが長く設置されとる」

些細なことだが、確かに言われてみればそうだ。雨戸自体は一枚なので、こんなに雨戸に自由度をもたせる必要はないはずだ。

ガイドさんにこの疑問を問いただしたばばろあだったが、ガイドさんは苦笑して

「さあ・・・そこまではわからないです。言われてみればそうですね。でも、そんなこと聞かれたことも、意識したこともなかったです」

と仰っていた。

ばばろあはその後もしつこくこの謎を解明しようと、首をひねっていた。

出津教会鐘楼

ツインタワー、いや、トリプルタワーだ。こういう形をした教会は初めて見た。どれが鐘楼だろう?

教会そのものの屋根の前後に、2つのタワーがある。奥の塔には十字架、て前にはマリア様。

あともう一つ、建物とはど区立した塔があって、こちらは・・・イエス・キリストかな?両手を広げて、「どこからでもかかってきなさい」ポーズをとっている。リオデジャネイロの山の上に建っている像とおなじっぽい。

この教会は、マリア様の鐘楼がある真下が正面玄関になる。しかし建物の両脇何カ所かに、小さめの入り口もあった。

「蛋白質、これは信徒さんがミサのときに出入りする場所か?」

「たぶんな。あんまり見たことないけど」

「便利だよな、一度にどーっと帰ろうとしたとき、出入り口が混雑しなくて済む」

そういえばこの教会は土足禁止だった。下駄箱があるので、靴を脱いで建物の中へと入る。ミサを執り行う神父は一体どういう足元なのだろう?裸足、ということはさすがにないだろうけど、サンダルだったらちょっとラフでおもしろい。

井戸

エリアサイネージのご案内、という看板があった。

スマホやタブレットでこの施設の紹介を見ることができますよ、ということだ。

「ほー、すごいなあ、時代は進んだなあ」と思わず感心してしまったが、よく考えてみれば単にwebサイトがありますよ、というだけのことだった。物理的な看板は省略しました、詳しくはWebで!というわけだ。

時代の流れだな、だんだん観光地もこうなっていくのだろう。そのかわり、動画コンテンツとかVRによる施設紹介といった新サービスを来場者に提供できる。

井戸端にマリア様

15:16
出津教会をあとにする。教会直下の崖下に何かあずまやがあるね、と見てみたら、古井戸だった。ああ、ここには地下水脈があったのか。

その傍らに、何か白いものが見える。あ、ここにもマリア様が。

「ちょっとまってて!」

そう言い残して蛋白質はマリア様のところに立ち寄り、なにごとか対話をしたのち写真を撮影していた。

彼、昔は写真部に属していたこともあるんだし、このまま「マリア像専門カメラマン」として世界を股にかけてもいいんじゃなかろうか。

(つづく)

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