長崎の過去と今-33

朽ちていく建物、護られる建物(その33)

変わった瓦

15:19
瀬戸港から出る池島行きの船は15:34発。もう間に合わないので、開き直って次のの16:27の便に乗ることにする。ここからだと、たぶん30分もあれば瀬戸港に到着することはできるだろう。ということは、ここにいられるのはあと30分。

ゆとりができたので、先ほど通り過ぎた曰く有りげな施設に立ち寄ってみることにした。

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瓦が独特だ。コンクリートのようなもので固めてある。強風で飛ばされないようにするためなのだろうけど、あまり見たことがない作り。

解説

看板には「旧出津救助院」と書いてあり、この界隈一帯の施設を総称しているらしい。

ド・ロ神父が貧しい外海の人々のために作った授産施設だという。パン、そうめん、マカロニなどを作っていたというのだからすごい。そうめんは落花生油を混ぜているので、独特の風味でオツなものらしい。

後で知ったのだけど、「ド・ロさまそうめん」という名で今でもそのそうめんは作られ、販売されているらしい。しまった!それを知っていれば、手に入れたのに。せっかく「ド・ロ神父って誰だ?」と関心を持ったのだから、お近づきの印にたべてみたかったな。

ちなみに敷地内にはマカロニ工場跡がある。明治時代、マカロニって誰がどうやって食べたのだろう?長崎にいる外国人を対象にしていたのだろうか。

中へ入る

15:21
鰯漁のための網を作っていたという建物が「ド・ロ神父記念館」になっていたので、入ってみることにした。入館料300円。

この建物は重要文化財に指定されている。

えー、地味だけど、これも重要文化財なのか!もうね、価値のインフレがすごすぎて、どういう肩書をもっていればすごいのかどうか、わからなくなってきた。「世界遺産」という肩書が一応一番偉そうな感じ。その概念がでてきたおかげで、「重要文化財」というのはちょっと目立たなくなってきている気がする。

独特の建物

建物の入り口を塞ぐように壁が立っている。入り口に強風が入らないようにするための目隠しだ、という説があるとかないとか。

独特の石積み塀で、この塀のことを「ド・ロ塀」というらしい。「泥塀」じゃないぞ、「ド・ロ塀」だ。

平たい石はこの界隈で採れる「温石(おんじゃく)」というもので、これを使った石塀そのものは以前からあったそうだ。しかし石同士を接着するための赤土と藁が溶けやすく脆いので、ド・ロ神父はか医療を加え、石灰などを使ってより強固な壁を作り上げたのだという。それが、「ド・ロ壁」。

何者だよこの神父様。布教に来た人じゃないのか?まるで「青年海外協力隊」みたいじゃないか。技術者か?建物のデザインから建築、そして材料まであれこれ知識を持っているのには驚きを通り越して呆れる。

施設の人が教えてくれたのだが、ド・ロ神父はもともと貴族の出だったそうだ。しかしフランス革命があり、神父の父親が「これからは貴族社会の時代ではない」と悟り、若かりしド・ロ神父にいろいろな技術を身に着けさせたのだという。それがまさか地球の裏側、日本のしかも長崎の集落で役立つことになるとは。

わざわざ石版印刷機をフランスから自腹で輸入し、印刷を行ったりもしていたそうだ。そういう遺品が施設内に展示されており、アワレみ隊3人揃って「へええええ」と感嘆しっぱなしだった。

こちらは別料金

記念館の向かい側も救助院なのだが、こちらも別途入館料がかかるという。おっと、どうしたものかな。でも今更「見ません」というわけにはいくまい?300円払ってド・ロ神父に思いを馳せる時間、続行。

ばばろあはすっかり前のめりになっている。

「わし、最初は教会とかあんまり興味なかったんよ。蛋白質が喜ぶならそれでええかな、って思いよったんじゃけど、ええね!おもろいわ。ド・ロ神父すごいわ」

ばばろあの趣味である「砲台巡り」は、建築とも絡んでくるジャンルだ。なので一連のド・ロ建築を見ているうちに、俄然盛り上がってきたらしい。

解説を受ける

この施設にはガイドさんがいて、わざわざ我々のために施設を案内してくれた。お陰でいろいろな話を聞かせてもらえて、とてもおもしろかった。

壁

石垣。大改修が入ったそうだが、石垣左側のほうが昔のもので、右側が補修後のもの。右側のほうが新しいのに、石積みが荒い。昔ながらの左のものは、平らな小さい石がびっちりと詰まっていて美しい。執念すら感じる出来だ。

授産施設

授産施設だった建物の中を見せてもらう。

そうめんを作っていた状態を再現してある。ほかにも、当時使われていた機材が保管されていた。

ところどころに鉄骨で補強がされていた。さすがに昔のままだと耐震ができないからだろう。

斜めの煙突

出津教会に向かう途中、この授産院の上から建物を見下ろした際に気になったものがある。

なんだろう、と近くで見てみると、レンガで作った煙突だった。ああ、煙突か。

一瞬そのまま納得してしまったが、よく考えると和風の建物なのに煙突、しかもレンガというのが面白い。和洋折衷だ。

おくどさん

というわけで、釜が据えてあるおくどさんも、レンガで作られているのだった。へえー。

煙突は斜めになっていて、外に煙を排出している。二階を吹き抜けにしてしまうと、二階のすペースが確保できないから、という配慮だろうか?

ここまでガイドさんに説明してもらっていたら、ガイドさんが

「二階もあるので、二階も紹介しますね。そっちはシスターのほうがいいので・・・おーい、シスター!」

ここからシスター登場。

あ、いや、そろそろ僕ら、船の時間が・・・と気になったが、もうこうなると引き下がれない。話自体とても面白いし。

二階

16:00

ガイドさんに変わって現れたシスターに連れられ、二階に上がる。

二階は、まるで教会のような雰囲気だった。椅子がずらっと並ぶ。

「ここは昔は修道女が寝泊まりしていたんですよ。ふとんをずらっと並べて」

へえー。

壁の下部が引っ込んでいて、押入れのようになっている。朝起きたら、寝具はそのスペースに仕舞っていたのだそうだ。

和音が鳴るオルガン

シスターに昔の話をいろいろ聞かせてもらう。これもまたとても面白い。面白いんだが、時間がそろそろ本当にやばい。

きさくなシスターは、部屋の隅に置いてあったオルガンの蓋を開け、演奏してくれた。これもまた、ド・ロ神父が輸入したものだという。100`年ものなのにまだ現役なのか!

それにしても昔のオルガンだからか、家具調だ。かなりごつい。鍵盤の下に、まるで引き出しのようなものがついている。

「これには変わった機能がついているんですよ」

シスターが嬉しそうに教えてくれる。昔のオルガンだ、せいぜいからくり人形がついていて音楽に合わせてくるくる回る程度のハッタリではあるまいか?

誰もがこのシスターの謎掛けに正解が出せないまま、シスターの様子をうかがう。するとシスター、鍵盤の下の引き出しっぽい部分をがちゃんといじった後に鍵盤を一つだけ押した。

ファーン

あれっ、和音がなってる!

シスターはもう一度別の鍵盤を一つだけ押す。ファーン。今度もそうだ。

「和音が自動的に鳴ってくれる機能なんですよ」

それはすごい。どういう仕組みなんだこれは。おそらくシンプルな、メカニカルな設定でそうなっているのだろうけど、これなら演奏が下手な人でもそれっぽい音楽を奏でることができる。

試しに蛋白質が適当に賛美歌のフレーズを弾いてみたが、ちゃんと音楽になっていた。こんな機能、今のオルガンにあるのだろうか?いやー、昔のオルガンで驚かされるとは思わなかった。

とか言ってるうちに、本当にもうアウトだ!時間切れ!いや、もう完全に間に合っていない。シスターとはまだあと10分でも20分でもお話を聞かせてもらいたかったのだけど、船の便が迫っているんだ!ごめん!

シスターに謝りながら、救助院を後にした。

現在の時刻は16:06、瀬戸港発のフェリーは16:27。あー、完全に間に合わないやつやー。まず駐車場まで、歩いて結構距離があるし。

「予想外におもしろすぎて、話を切るに切れんかった」

早足でばばろあが言う。

「もう瀬戸には間に合わんから、手前の神浦から出る船に乗るしかないだろうな」
「何時なん?」
「16:25」
「厳しいのぅ、でもこっちなら間に合うかもしれんか。今日はええかもしれんが、明日は大丈夫なんか?」
「明日、13:17に池島発の神浦行きフェリーがあるんよ。それに乗ればバッチリよ。むしろ瀬戸発着よりこっちのほうが便利よ?」
「池島の炭鉱ツアーの案内で、『帰りの便は14:17の瀬戸港行きをご利用ください』って書いてあったけど大丈夫か?」
「それ、たしかに僕も読んだ。でも、多分間に合うと思うんだよなあ。ツアーの紹介を見ると、一応所要時間2時間らしいし。しかも実質90分で、食事時間30分っぽいぞ。だったら、ツアーが11時に始まって13時には終わるはずだから、なんとか」
「まあ、どっちにせよ瀬戸港のフェリーには今更間に合わないから、神浦を目指すしかないか・・・」

我々は方針転換し、神浦港を目指すことにした。

(つづく)

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