長崎の過去と今-34

朽ちていく建物、護られる建物(その34)

神浦港

16:17
神浦港に到着。ナビがなかったら素通りしてしまいそうな、ちょっとした漁港だった。定期便は池島に向かう1日7便しかないので、もちろんターミナルなんてものはない。

神浦港から出る池島行きの船は、「16:25頃」と時刻表に書いてあった。事前情報によると、直前にならないと船はやってこないし、のんびりしていたら船は定刻を待たずに出発してしまうこともあるそうだ。あらかじめ乗る気マンマンの態度を示しつつ、船着き場に待機していないといけない。

一応、間に合った。

これなら16:27発瀬戸港発の便にも間に合ったんじゃないか?と思えてくるが、欲張ってはだめだ。慣れない場所なので、駐車場がどこにあるのか、チケットの購入はどこか、船はどこに停泊しているのか、なんてバタバタしているうちに出港時間が過ぎてしまう。神浦からの便に間に合っただけで、儲けものだと思わなくちゃ。

神浦港の建物

船着き場の前には、「ホテル外海イン」というホテル兼レストランがあった。

神浦港の地図

神浦。

ここでいう「神」とはキリスト教なのか?と地図を確認してみた。ド・ロ神父が作ったというもう一つの教会、「大野教会」は地図で確認できるが、それよりもお寺とか神社が目立つ。さすがに地名まで影響をおよぼすほどキリスト教は強くないか。明治に入るまでご禁制だったわけだし。

神浦港桟橋

16:18
写真を撮っているおかでんを尻目に、ばばろあは一人で桟橋まで行き、そこにいた人に池島行きの船について確認をとっていた。もしここが神浦港ではなかったら、もしここが神浦港でも、渡船乗り場が別だったら大変だ。

「池島行き?あの防波堤の先から出るんだよ、ほら今ちょうど出港するところだ」

なんて、目の前で船を見過ごしてしまうというのは悲劇を通り越して喜劇だ。

ばばろあが戻ってきて、

「ここでええそうで。行くで」

と僕を急かす。

池島に向かう船

16:19
渡船、というのはたとえで使った表現だったけど、本当にそれっぽい船が待っていた。これ、よく岩場に釣り人を連れて行くのに使うような船だ。

進栄丸、という。立派に神浦~池島を結ぶ定期航路を担う船だ。ちゃんとダイヤにも船名が書かれている。「船がドック入りしているので、急場しのぎで漁船を借りてきました」というわけではない。

漁業の傍ら、船を提供している・・・というわけでもなさそうだ。この進栄丸は神浦と池島を毎日5往復している。

狭い船内

16:20
運賃350円を乗船時に船員さんに払って、乗り込む。小銭は用意しておいたほうがよさそうだ。「1万円札しかないんですけど」というのは、多分困る。

「うわ、マジかよ」

思わず声を上げてしまうような狭い扉から船の中に潜り込む。普通に座れば大人3人程度のベンチシートが向かい合わせになっている。

「道理で便数が多いわけだ。池島って島民の数は少ないはずなのに、やけに便数が多いな?と思っていたんだけど、船自体が小さいんだな」

もちろん、この船とは別に、高速船もフェリーもある。とはいえ、今や人口わずか150名程度しかいない、0.9㎡の小さな島だ。神浦と瀬戸、2つの港から船がやってくる事自体がすごいことだし、便数が多いこともすごい。昔の名残なのだろうか。

池島接近

16:38
客は結局我々だけで、チャーター船の状態となった。狭い穴蔵のような船室なので、他の団体がやってきたらどうしようかと思ったが、杞憂だった。

それにしても船がかなり揺れる。波は穏やかな日だと思うが、小さな漁船クラスの船が高速で突っ走るのだから、時にはトビウオのように空中を飛び、時には横に揺れる。

船の舳先に向けて窓があるのだけど、座っている限りは空しか見えない。立ち上がろうとすると、頭が天井にぶつかる。そもそも、船が暴れているので立ち上がるのは危険だ。

こりゃー、長時間乗ってると酔うぞ・・・と少しだけ心配になる。遠くを見ることができれば酔いにくいけど、それができない。視界は狭い船室しかないので、揺れをモロに見てしまう。

「プライベート・ライアン状態だな。ノルマンディー上陸直前の連合国軍の気分だ」
「船から降りた途端に銃撃されるのか」
「メーディーック(衛生兵)!って叫ばないと」

池島上陸

16:41
ほとんど何も見えないまま、「あ、減速したな・・・」と思っているうちに池島到着。

「危ないところだった、あと10分もこのままだったら酔っとったで、わし」

ばばろあが苦笑する。

確かにそうだ。所要時間15分程度。天気が良くてこれだから、天気が悪いとどうなることやら。

池島鉱山跡

おおう・・・

船着き場周辺は入り江になっているのだけど、船着き場の対岸の山腹には鉱山施設が見える。もちろん、今は使われていない廃墟だ。

そして海沿いには、石炭の積み出し港の跡が残っている。

これが池島なのか。

軍艦島のように、すでに「歴史遺産」になってしまった世界とは全く違う。まだ、「今」と地続きになっている世界を目の前にし、僕はかなり興奮した。

半年ほど前、鉱山の面影を求めに栃木県の足尾銅山跡をさまよったことを思い出した。あそこもそれなりに廃墟と現役住居が残っていて味わい深い。しかしこっちはスケールが違う。すごい!これはすごい!

(つづく)

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