長崎の過去と今-35

朽ちていく建物、護られる建物(その35)

池島港。

団地

16:41
池島の船着き場から、団地が見える。炭鉱がまだ閉山していなかった頃は、この島に大勢の人が住んでいた証だ。最盛期は7,700人が住んでいたというが、2001年の閉山時2,100人を経て今や150人程度。少なくなってしまったものだ。逆に、150名とはいえまだ住んでいる人がいるということが昨日見た軍艦島とは違う。

軍艦島の場合、炭鉱専用の人口島だったわけで、閉山してしまえば居続ける理由がなかったのだろう。一方で、軍艦島(端島)のお隣の高島も炭鉱の島だったけど、閉山後の今でも人は住んでいる。ここもそう。もともと島としてちゃんとした土地があるなら、漁業をやるなりなんなり、やりようがあるのかもしれない。

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とはいえこの島、「新鮮な海の幸を提供する漁師料理の店!」みたいな気の利いたお店はまったくない。あるのは1店舗だけ。しかもそこは18時にしまってしまう。島民のための赤ちょうちんもスナックもない。いくら炭鉱ツアーの観光客がやってくるとはいえ、観光客+島民の規模では商売が成り立たない。それくらい、限界集落もいいところの場所。

目の前に見える団地は、軍艦島のものとは全く違う。あちらが密集し殺気立っているのに対し、こちらは若干のんびりとした配置だ。そこまで土地に困っていたというわけではないのかもしれない。高層アパートでもない。

池島マップ

「池島を探検しよう」

と銘打たれた地図。0.9㎡しかない島とはいえ、アップダウンがあるし思ったよりも広い。

今我々いる船着き場は、島の一番上、入り江の先端だ。赤い字で「現在地」と書かれているところにいる。

ここは今となっては入り江だけど、昔は大きな池だったらしい。それで「池島」。なんでこんな島に池があったのか謎だ。

その池を深くして、外海と繋げて、石炭の積み出し港と船の発着場にしたのは人間の力技。なにしろ炭鉱を何十キロも掘り進める技術がある集団だ、池を港にしてしまうことだって当然できる。

池島ウォークマップ

池島ウォークマップ、というのが無料で配られていたのでゲット。

ただしこれをじっくり読んだのは宿についてからで、それまでは池島がどういう作りになっているのかほとんど理解していなかった。宿もどこにあるのかさえ、まともに理解していなかったくらいだ。

蛋白質がぼんやりしていて、何日目にどこに宿泊するのかさえよく理解していなかったわけだが、僕自身なんとなくしか状況を理解していなかった。仕事が忙しくて、旅行についてあれこれ調べる暇がなかったからだ。

池島解説

あとになってこうやって写真やら地図を見て、「ああなるほど、そういうことか」と島の状況を理解する。撮影した時点では、全く理解できていない。

特に、「池島ウォークマップ」は二次元に描かれているが、実際は起伏がある島なのでもう少しややこしい地形をしている。なので、航空写真と平面地図を見比べて、ようやく島の全貌を実感できる。

そんな状態なので、てっきり宿は船着き場からすぐの場所だと思っていた。当たり前の話だけど、ほとんどの島において街の中心地というのは、港のそばだ。絶海の孤島のような厳しい環境の島なら、港と集落は別という場合があるけれど。

・・・しかし、目指す島唯一の宿「池島中央会館」はここから徒歩で20分くらいはかかるのだという。えっ、そんなに?

あとで地図を確認すると、その名に偽りなしで、まさに池島の中央にある建物だった。

船着き場から見える鉱山の、裏側。山を登っていかないといけない。やー、こりゃ面倒だ。

コミュニティバス

16:43
船着き場の脇に「池の口」という名前のバス停があり、「そとめ」とかかれたコミュニティバスが停車していた。驚いた!この島にはコミュニティバスが走っているのか!

「乗れるんなら乗せてもらおうぜ」

ということで、運転手さんに声をかける。

「中央会館に行きたいんですが」
「まだ出発まで数十分あるから、歩いたほうが早いよ」

ありゃ、そうですか。どうやら、このあとやってくる船と接続するらしい。進栄丸の乗客向けには運行ダイヤがないというわけだ。

「それにしても住民がほとんどいない島なのに、成り立つのかね」

いや、成り立つわけがない。だからこそのコミュニティバスだ。これを民間会社が自発的にやるなんてことは、どうやっても無理。

歩く

16:46
コミュニティバスが利用できなかったので、自分自身の足で中央会館を目指す。3泊4日分の旅行荷物に加えて、今晩と明日の朝用の食事を抱えている。もちろん飲み物も。そのせいで3人とも荷物が多く、足取りが重い。

しかもよりによって船着き場は島の最果て、入り江を塞いでいる岬の先端にある。まず入り江をぐるっと回り込むだけでも遠い。

「なぜもう少し便利の良いところに船着き場を作らなかったのか・・・」と思う。あとで池島の写真を見ると、昔は入り江の奥に船着き場があったらしい。しかしある時から現在の不便な位置に移転しているわけで、ちゃんと理由があるのだろう。おそらく、石炭を積む船の運行の邪魔にならないように、ということだろう。

団地

入り江に沿って立つ団地の脇を歩いて行く。

港にもっとも近い場所、ということで今となっては一等地だ。昔は職場である坑道の入り口に近いほうが「職住隣接」だっただろうけど。

軍艦島の、どす黒くなったアパート群とは違い、まだクリーム色がいきている。くたびれてはいるものの、人が住んでいる家というのはこういうことだ。人がいなくなると、途端に建物はへばる。

廃墟になりかかっている

って、うわあ!

完全に油断していた。この団地、人が住んでいると思っていたけど、廃墟だぞこれ。

ベランダの柵が風化してしまい、全くなくなっている部屋がいくつも見える。そういうところは、窓に板を貼り付け、風雨でガラスが割れないようにしてある。

それ以外の家も、柵代わりのトタンが割れてしまっているところもある。

「すげえ!こんな身近に廃墟が!」

なんて大声を出してしまったが、よく見るとまだ窓にカーテンがついている家がある。どうやら、住んでいる人もいるようだ。そりゃそうだ、ちゃんと有人島なんだから。どこかには住んでいる。

あんまり「廃墟だ!廃墟だ!」とはしゃいだら、住んでいる人に失礼なので気をつけないと。

かといって、軍艦島のときの蛋白質みたいに、神妙な顔をするというのも違う気がする。この池島は閉山した炭鉱の島、ということを売りにしているわけだし。ああ、またどういう顔をしてりゃいいのか難しい場所にやってきたな。

わずかに商店

16:48
しばらく入り江沿いを歩いていると、バス停があった。「桟橋前」と書かれている。ここに昔は桟橋があったのだろう。島の玄関口跡。

今はその面影はない。ばばろあが

「これが『みなと亭』じゃろ。電動アシスト自転車を借りられる場所」

と教えてくれた。ああ、言われてみればそうだ。いわゆるレンタサイクル屋のように、店頭にずらっと自転車が並んではいない。ぱっと見、営業している店舗にさえ見えない。

池島に現存する、わずかなお店の一つ。

電動アシスト付き自転車を借りると便利だとは思うけど、今回はパス。歩いて宿を目指す。

(つづく)

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