長崎の過去と今-46

朽ちていく建物、護られる建物(その46)

コミュニティバス発見

09:17
「あれっ!」
「あれっ?」

思わずみんな声を上げてしまった。それは、くすんだ光景しかない中に、突然カラフルなものが見えたからだ。

コミュニティバス。こんなところにもやってくるのか!

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ちょうど道がロータリーになっていて、その片隅に小屋があり、バス停の看板が出ていた。意外だった。

「このあたり、人が住んでいないだろ?・・・いや、住んでいるのか?」

思わず目の前の8階建てアパートを見上げてしまうが、どう見ても人が住んでいないっぽい。それ以前に、建物の手前には立入禁止の柵があり、物理的に人が住むのは無理だ。

「ちょうどいい転回場ってことでここにバス停があるんだろうな」

おそらく、「かあちゃんの店」からこっち側は誰も住んでいないはずだ。それでも、いちいちスイッチバックで転回するのは面倒なので、ロータリーがあるここまでやってきているのだろう。どうせ、車だと1分もあればここまで来ることができる。全体のダイヤには全く影響しない。

運転手さん、いるかな?と思って覗き込んでみたが、いなかった。まさか放棄されたわけではないだろうから、出発時間になるまでどこかで休憩をしているらしい。

バス停の名前は「神社下」。

神社、というのは先ほど四方山に登る途中にあった、池島神社のことだろう。ちょっと場所が違う気がするけど、「アパート下」という名前にするわけにもいかないのでしょうがない。

第二立坑手前

我々は神社下バス停からもっと先へ進んでいく。一本道が島の西に向かって伸びているので、行けるところまで行ってみようというわけだ。

道路は途中でぐるーっとヘアピンして、東側に向けて折り返す。その折り返したところにゲートがあり、そこから先は立ち入り禁止になっていた。

この先が第二立坑跡だ。

第二立坑

第二立坑。

滑車が2つ、縦に並んでいる。

あそこから日々、炭鉱マンが地下深くに潜っていったのだろう。一日三交代制で24時間操業だから、深夜でもこうこうと明かりが灯っていたはずだ。

三交代制の人たちが大勢住む島なので、一日中常に誰かが起きている一方、常に誰かが寝ている島でもある。

池島の写真をあちこちの文献やwebサイトで見てみると、アパートの中に「とうちゃんをねかせよう」という標語が掲げられている写真があった。昼間とはいえ、アパートの廊下をドタドタと走り回ったり、大声を上げるのはやめよう、というわけだ。昔の池島の子供たちは、独特なマナーがあったというわけだ。

第二立坑ロータリー

第二立坑前のロータリーには、女神像がある、と地図に描かれている。見ると、確かにそれっぽいのがあった。僕のカメラではこれが限界。

「どうだ蛋白質、お前のカメラだと女神は見えるか?」
「おお、見える見える」

カメラがぶれないように、フェンスにもたれかかってカメラを固定しながらズームで撮影する蛋白質。今回の旅では、マリア様だけでなく池島の女神様も写真撮影成功。

ところでこの女神様って一体なんの神様だろう?ギリシャ神話?

アパートの裏手に回る

09:26
第二立坑は遠目で眺めておしまい。さすがにフェンスを乗り越えて中に入り込むようなけしからんことはしない。しかし、あの建物の中がどうなっているのかはとても気になる。

鉱山見学というのはあちこちでやっているけど、最大の見せ所は坑道内に入ることだ。しかし、それだけじゃなくて、「鉱夫たちのたまり場」とか「立坑のリフト」とか、そういう鉱山におけるバックヤード的な部分というのももっと知りたい。

お金がかかってしまうので実現は無理だろうけど、せっかくの池島なんだし、いろいろな設備を修復・復旧させて「池島の炭鉱暮らし」の一連を再現するようにできないものだろうか?

住居の中にも入れて、身支度するためのロッカールームにも入れて、身支度して装備点検を受けたり、立坑を見たり、夜のスナックがあったり。島全体をテーマパーク化する。

しかし、これだけすごい島なのに、GWなのに、来島者は少ないし宿泊場所は「池島中央会館」一つで事足りているのが現状。いくらリアル炭鉱ライフを再現するテーマパークを作っても、儲からないだろうなぁ・・・。惜しいなぁ・・・。

そんなことを考えながら、道を進む。

今度は、8階建てアパートの裏手に伸びる道を歩くことにする。ここからなら、5階部分へのアプローチが間近に見えるはずだ。

少し坂道を登っていく。

8階建てアパートの奥に立つアパート

09:28
八階建てアパートの裏手に5階建てのアパートが建っている。白い建物だ。

この島の中では一番高い位置にあるアパートということになる。ひょっとしたら軍艦島同様、偉い人が住んでいたかもしれない。だけど、炭鉱事務所がある第一立坑にはちょっと遠いので、違うかもしれない。

そういえば、この島で鉱山長のような偉い人はどこに住んでいたのだろう?一戸建てが与えられていたのだろうか?

軍艦島のように、詳細な地図が残されて公開されていないので、よくわからない。それもまた惜しい。多分、軍艦島同様、「鉱山の正社員」「契約社員」「臨時雇い」といった階層構造はあっただろうし、それによって住む家の場所やグレードが違ったはずだ。そういうのも知りたいものだ。

8階建てアパート上部

09:29
8階建てアパートの5階部分につながる渡り廊下。もちろん今は有刺鉄線で塞がれ、中に入ることはできない。

「このアパートだと、何階に住むのが一番いいんだろうね?」

素朴な疑問を口にする。

「ん?」
「ほら、1階から4階までって、目の前に山の斜面が迫ってきてるんだぞ。見晴らしが悪いし、虫が入ってくるだろうし」
「だったら、5階に住むのが一番正解かのう?」

バス停は1階にある。あと、池島ストアーなり小売センターなりに行くのだって、1階が便利だ。なので、いくら5階から道路に出られる!といっても、便利さは限定的だ。だったら、5階というのが1階にも行けるし、道路にすぐ出られるしで便利なのかもしれない。

8階建てアパート上部

8階には、ボロボロになった渡り廊下がつながっている。日常利用のため、というよりは、火事などが起きた際の避難路だったのではなかろうか?ちょっと作りが弱っちい。

あの橋、数年後には落っこちていそうだ。もうすでに穴がところどころに開いていて、危ない。

8階建てアパート上部

渡り廊下と、アパート。

昔の団地アパートの作りなので、階段の数が多い。1つの階段に対して、1フロア2戸。

今なら、大規模マンションなら階段は真ん中または端っこに1つあり、そこから長い廊下が伸びて家が連なっているのが当たり前だ。なぜ昔のアパートはこういう「一つの建物に階段がいっぱい」の作りをしていたのだろう?何か合理的な理由があったはずだけど、よくわからない。

ただ、このいわゆる「2戸1階段」方式のおかげで、山側にも学校側にも、両方に窓を作ることができて開放感は十分だ。共用廊下がないからこそできるメリットだろう。

8階建てアパート上部

8階建てアパートの一部には、ツタ系植物が侵食を始めていた。

このアパートも、じきに緑に埋もれていくのだろう。

(つづく)

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