長崎の過去と今-51

朽ちていく建物、護られる建物(その51)

番所解説

10:06
坂を下りきったところに、「池島小番所跡」と記された看板が出ていた。

江戸時代、ここには密輸を行う船を取り締まるための番所が設置されていたのだという。

中国船、オランダ船などが幕府の許可なくやってきてこっそり貿易をするのを監視するため、外海エリアには合計16カ所の番所を設けていたそうだ。

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番所ができるくらいなので、昔っから池島というのはこのあたりが表だったというわけだ。今の港がある場所とは大違いだ。

当時は港になるような場所があったのだろう。しかし今となってはこの池島北岸一帯はずっとボタを廃棄した結果埋立地になっていて、江戸時代当時の面影は残っていない。

郷地区

小番所跡から港へ向かう道。郷地区は谷間だけでなく、平地になってからも続いているようだ。港に向けて民家が続いている。

ただし道が狭いため、車は一方通行になっていた。

今背中を向けている側にも、まだ集落は続いている。四方山の直下で行き止まりになっている、島のどん詰まりなのだが、地図をみるとそこに教職員住宅があるらしい。

小中学校の先生たち、随分端っこに追いやられてるな!待遇悪いな!と思ったが、おそらくその住宅から小路があって、すすすっとすぐに学校にアプローチできるのだろう。直線距離は非常に近い。

ただし、炭鉱華やかなりし頃も今も、お店やらなんやら、日常生活をする上で必要な施設からは遠い。やっぱり不便だと思う。車があれば・・・と思うが、それはそれでぐるーっと大回りしないと学校方面にはいけないのでちょっと面倒。

閉店した理髪店

理容まえかわ、というお店が道路沿いにあり、こちらも閉店していた。

「閉店のお知らせ」が貼ってある。

何の気無しに近づいて張り紙を読んだばばろあが、驚きの声を上げる。

「平成29年4月27日。おい、これってつい先日だぞ」
「えっ」

そう、わずか一週間足らず前にこのお店は閉店したのだった。「ああ・・・」と思わずやるせない嘆息が出る。

うーん、部外者である僕らが、やたらと同情して残念がるのも変な話だし、かといって「ふーん」とつれない態度を取るのも嫌だし、なんだか微妙な気持ち。でも、いずれにせよ寂しい気持ちにはなった。

閉店のお知らせ

長い間ご愛顧を賜り誠にありがとうございました

この度一身上の都合により
閉店させていただく事となりました

池島の皆様に支えられ
今日まで迎える事が出来ました
事を大変感謝申し上げます

ありがとうございました

平成29年4月27日
理容まえかわ

お疲れ様でした。おそらくこの島で、この場所で何十年もやってきたと思う。島を支える貴重なインフラだっただろう。その役目を果たし終えたのか、まだ道半ばだったのかはわからないけど、とにかくお疲れ様でした。

10:07
郷地区を歩く。

まだこのあたりは人の気配がある。もちろんシャッターがしまっている廃墟もあるけど、人もまだらに住んでいるようだ。生活感が残っている。

そういえば、この島ではアパートばかりを見てきたけど、このあたりは一戸建てだな。炭鉱のために住んでいる人ではなかったのだろう。炭鉱以前に住んでいた人たちの家、ということだろうか。

アパートに何千人が住む中、一戸建てとは贅沢な!・・・とも言えるけど、何しろお店などの殆どが炭鉱エリアにある。生活の便利さという点では、炭鉱関連の人たちのほうが上だっただろう。

家の脇に、プロパンガスのボンベが取り付けられている。まだ現役で動いているようだ。「丸木ストアー」の文字が見える。丸木ストアとは、港地区にある「港ショッピングセンター」内にあるお店だ。この島で現存するのは、「かあちゃんの店」と「みなと亭」、そして「丸木ストア」だけだ。

パチンコ店

10:10
こんなところにもパチンコ屋があったのだな。いかにパチンコという娯楽が親しまれていたか、というのがよくわかる。

取り外された台が失敗したドミノのように並べられている。木枠だし、今のパチンコのように大画面液晶がついているようなことはない。

閉まるシャッター

パチンコ屋跡地。

いくら最盛期とはいえ、周辺住民の数なんてしれているだろうに、それでもパチンコ屋の経営が成り立っていたのだから、好きな人がどれだけパチンコにお金をつぎ込んでいたかというのがよくわかる。

看板は全く残っておらず、なんという店名だったのかは今となってはわからない。

いわゆる「三店方式」はこの島ではどうなっていたのだろう?清く正しく、お菓子とかちょっとした商品と交換していただけとも思えないのだけど。

ここにも団地

10:11
「おっと!こんなところにも団地があるのか」

パチンコ屋を抜けたら、海側に向かって開放感があると思ったらアパートが建っていた。

この無骨さ、炭鉱関連施設だろう。

布団を干している部屋が複数あるし、錆びついてはいないパラボラアンテナが設置されている部屋もある。もちろん、無人となって朽ちている部屋もある。しかし、他のアパートとくらべて現役バリバリ感がとても強い。

一体、どういう法則性で人が住んでいるのか、さっぱりわからない。

港の近くにも人が住んでいるし、母ちゃんの店があるような島の奥にも人がまだ住んでいるし、そしてこの郷地区にも人がいる。人口が200人を大きく下回っている島なのに、一カ所に集まろうという話にはならないものなのだな。

そんなことを思いながら眺めていたら、目の前をコミュニティバスが通り過ぎていった。おっと、コミュニティバスはこんな行き止まりルートも走っているんだな。そりゃそうか、ちゃんと人が住んでいるんだから。

このアパートの左脇に、プールがあるらしい。水深が深くて海水浴ができない島なので、泳ぐとなるとプールだったそうだ。

広々

10:12
海が見えてきた。だだっ広い平地。

ボタを投棄して出来た埋立地なのはわかるが、なんでここに何も作らなかったのだろう?狭いところに密集しないで、ここで広々過ごせたのではないか、と思うがそうではないのだろうか。

あ、そうか、ボタの埋立地は鉱山の持ち物。密集しているのはもともとの島民。土地の所有者が全く別物なので、そうかんたんに埋立地に移住します、というわけにはいかないか。

(つづく)

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