長崎の過去と今-56

朽ちていく建物、護られる建物(その56)

2階会議室

11:27
まず、全員でビデオ鑑賞があった。何分ぐらいだっただろうか?それほど長いものではない。

ビデオの中で、「坑道が長くなって移動に時間がかかるため、ドイツから高速で人を運べる高速人車を導入した」と紹介されていた。白いシュッとした車体でおしゃれ感さえある。無骨なトロッコのイメージとはかけ離れている。どう見ても、最近のデザインだ。

えっ?平成8年導入?1990年代末ですやん。

で、この鉱山が閉山したのが平成13年(2001年)。あーあーあー、なんでこうなった。

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せっかく大金払ってドイツから購入したのに。導入計画が立ち上がったとき、もちろん「そろそろ閉山のピンチ」っていう雰囲気はあっただろう。でも、起死回生でコイツを導入すれば、事態が改善すると思ったのだろうか?

時速50km出た、というのだから素人が乗るとおしっこちびるスピードだ。なにしろナローゲージの小さな車体だし、ギリギリまで小さなトンネルだ。危険と隣り合わせだ。IVVFを搭載していた、というのだから、ひょっとしたら京急みたいに「ドレミファソラシドー」と加速時に音がするのだろうか?と思ったが、さすがにそれはないだろう。音階がなるのは京急の遊び心だ。

名前は「女神号慈海」と名付けられていたそうだ。島の子供たちにもアンケートをとって決めたのだというけど、小学校1年生の子供が小学校を卒業する前に終わっちゃった。

あとで知ったが、第二立坑前にあった女神像、あの名前が「慈海」というらしい。

そういう不幸な話はともかくとして、総延長96キロにも及んだ池島炭鉱は「移動手段」といのが大変だったようだ。敷地内出勤時間が膨大で、時間の無駄が多すぎる。さすがに「坑道内単身赴任」というわけにはいかないし。

今なら、最新技術を使って、地上同様の快適な空間を地下深くでも実現!ってできるかもしれないけど、それでもいつ落盤するか、閉じ込められるかという不安は拭えない。地下にいる時間が短いにこしたことはない。

鉱夫さんたちは、トロッコ列車で行けるところまで行ったのち、「マンベルト」なる乗り物に乗り換えてさらに奥深くまで向かっていったのだという。その映像が流されて、場内一同どよめきの声が上がる。というのも、「マンベルト」っていうのはベルトコンベアに人がそのまま乗り込んじゃうという代物だったからだ。進行方向に背を向け、体育座りでベルトに飛び乗って移動。

「鉱山は危険と隣り合わせ」というけど、それはガリガリと穴を掘り進めていく現場のことだと思っていた。いやいや、違う、移動するだけでも危険だらけだ。

そのビデオを見終わったあと、「それではこれから食事になります」という。あれっ、もうご飯なの?

我々、お互い顔を見合わせる。

というのも、てっきりご飯はツアーが全部終わってからで、帰りのフェリーまでの場繋ぎ時間だと思っていたからだ。ツアーが長引いて船の時間がヤバくなったら、「飯をかきこんですぐに港へ」ということになるだろう、と思っていた。いや、そもそもツアー自体は90分、メシ時間は別に30分だと思っていたので、これはちょっと予想外。

炭鉱弁当

ツアーは第一班、第二班にわけれれた。一度にどかっと大人数が施設に入ると収拾がつかなくなるからだろう。我々は第二班。

「こりゃー、もう駄目だな、神浦行きの船には間に合わないぞ」

第二班のツアー出発時刻が11:50だと告げられ、そうそうに断念する。13:17の便に乗れるわけがない。あまりに清々しく無理なので、そわそわしなくて済む。

「神浦行きの船、次はいつなん?」
「15:47」
「そりゃ無理だ、遅すぎる」

というわけで、我々は14:17発の瀬戸行きフェリーに乗ることになった。当初から、ツアー側が推奨していた便だ。推奨するからにはちゃんとわけがあったのだな。

ツアー1班、2班にわかれて食事をする。1班は1階の会議室、2班は2階の会議室。参加者全員が「炭坑弁当」を頼んでいたようだ。

弁当箱

炭坑弁当。お茶つきで800円。このあと、「みなと亭」の方が集金にやってきた。

アルマイト製の弁当箱、久しぶりに見た。

実際に炭坑でこういう弁当が食べられていたのかどうかはわからないけど、「旅情」という点ではワクワクさせられるビジュアルだ。

炭鉱弁当を食べる

弁当食べるぞー。カロリー摂るぞー。

炭鉱弁当の中

これが炭坑弁当。

案外具だくさんでびっくり。

海老の天ぷら、鶏の唐揚げにはじまって切り干し大根や卵焼き、かまぼこなど。さすがに、日の丸弁当に塩ジャケだけ、というわけにはいかないだろう。うん、うまいです。

講堂

11:48
この開発センターには、講堂もあった。

布団が並べられて干してある。修学旅行かなにかがあったあとだろうか?

ここで寝泊まりがOKなら、我々が泊まった池島中央会館はどうなってしまうのだろう。こっちのほうが便利だし建物が新しい。

団体の人数がおおいときは分宿、ということになるのだろうか。

宿泊室

講堂の隣には和室もあって、そこでも布団が干してあった。

装備

11:52
呼び出しを受け、2班は1階に降りる。

そこで、坑道に入るにあたっての装備品を装着することになる。三井松島リソーシスの方に手伝ってもらいながら、ヘルメット、ヘッドライト、バッテリを装着していく。

装着

装着済みの姿。

ヘルメットの頭頂部に溝があるのはなんで?と思ったら、ヘッドライトのケーブルを這わせるためのものなのだな。

そしてそのケーブルは、ブラブラしないように後頭部のところで紐で固定するようになっていた。安全第一、機能性重視。

背後

そして背中には小さなリュックを背負う。中には、ヘッドライトのバッテリが入っている。

独特なリュックの形。おそらく、肩甲骨のあたりは自由度を確保したいので敢えてがら空きにしてあるのだろう。プロっぽくてかっこいい。ワークマンの世界だ。

(つづく)

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