長崎の過去と今-60

朽ちていく建物、護られる建物(その60)

坑道

トロッコを降りたあたりと比べ、ずいぶんと坑道が狭くなってきている。さっきまではいかにも観光客向け、でもこっちはより実践向けな味付けになっている。

この界隈は、道路のトンネルのように壁面がのっぺりとコンクリートで固められていない。そのかわり、特殊な機械が取り付けてあった。シリンダーでジャッキアップして壁を支える機械だ。

なにそれすごい。

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こんな概念の機械があるということすら想像したことがなかったので、事前に説明を受けたときにはいまいちピンとこなかった。しかし実物を見て、僕だけでなく一同「おおお」と声を上げてしまった。

鉱山で怖いのは落盤事故だ。それを防ぐために、いわゆるチョンマゲ鉱山では丸太をやぐらのように組んでトンネルを支え、崩落しないようにしている。

鉱山というのは「そういうもの」だと思い込んでいた。しかしさすがは平成の時代まで稼動していた鉱山は違う。トンネルを支えるのも、メカだぜメカ。

この白いメカは小さく折りたたむことができる。で、掘削機がトンネルを掘り進んだ後にこのメカが運ばれてきて、シリンダーに高圧の水を送り込んでジャッキアップ。そうするとぐーっと大きくなって、トンネルの壁面を支えるサイズになる、という仕組み。

「えっ、トンネルが長くなればなった分だけ、これが必要になるってことですか?」

そういうことだ。ものすごいコストがかかる話だというのが、素人目にもよくわかる。しかも、掘るだけ掘って使われなくなったトンネルにあったものを取り外して利活用、というわけにはいかず、残置しっぱなしにするのだという。もったいないけど仕方がない。

こういうのを見るだけでも、「そりゃあ、海外の露天掘り鉱山とコスト競争で勝てないわけだ・・・」と納得させられる。ダイナマイトでドカーン、そのあとダンプカーとショベルカーでごっそり持ち去ってOK、だもの。

坑道

右の写真が、「コンパクトにまとまった状態」のメカ。これに水を注入すると、ぐいーんと伸びてトンネルの壁面を支えるところまで大きくなる。

坑道

ハリネズミ状のドラムカッター。

坑道

石炭。

「記念に持って帰ってもいいですよ」

といわれたので、みんなひとつずつ貰って帰った。ダイヤモンドは持っていないけど、俺は今こうして「ブラックダイヤモンド」を手にしているぜ!!

この石炭だが、家に持って帰ってリビングに飾ってみた。しかし、いまいち見栄えが悪く、ぜんぜんサマになっていない。どうしようかな、この黒い石。

まだ碁石を置いたほうが見栄えがよさそうだ、と思ってしまう。

ためしに燃やしてみようかとも思ったけど、ライターの火程度では燃えないと思う。今度、キャンプをする機会があったら、焚き火に投げ入れてみようか。いやダメだ、それじゃ燃えたとしてもぜんぜん目立たなくて意味がない。

一人一人、穿孔機を体験させてもらっているところ。ズドドドド、と全身に響く振動は圧巻。

坑道

あちこちに看板が出ているのだけど、観光客向けのものではない。東南アジアから受け入れた研修生向けのものだ。

何語だろう?これ。

下の言葉はベトナム語かな?「トイ」というのはベトナム語で「私」という意味だから、えーと?

いや、悩むなよ、上に日本語が書いてあるだろう。「差し」と書いてある。指差し確認せよ、ということだろうか?

ちなみに、Google翻訳で「ター トイ」を翻訳させてみたら、「恩赦」という言葉が出てきた。あれっ、ベトナム語じゃないのかも。

まさか、獄中の人を強制労働で炭鉱で働かせる、というわけではあるまい?カイジかよ。

ちなみに「MAJU」はインドネシア語で「進捗」という意味らしいけど、これもまた謎。恩赦で進捗で差し?

坑道

雨がっぱのように、頭からすっぽりかぶることができるビニール袋っぽいものがぶら下がっていた。

ビニール袋はパイプから釣り下がっていて、パイプで供給される酸素を吸ってしばらくの間生きながらえろ!というわけだ。炭鉱ともなれば、こういうサバイバルな思考と設備が常に求められる。

ちなみにビニールっぽい生地には、メッシュのような模様が入っている。これは、静電気による発火を防ぐための工夫だとかなんとか。いちいちあちこちに細かい事故予防の配慮があって、本当に驚かされる。それだけピリピリした現場だったということだ。

坑道

池島小学校の児童が書いた絵や習字も展示されていた。習字の授業で書く文字が「よし」「保安」「保全」「安心」なんだから、さすが炭鉱の島だ。「うんこ漢字ドリル」でニヤニヤしている今時の小学生とは気合いが違う。

振り返ってみて、小学校時代の僕なんて「安全」はともかく「保安」なんて概念は全くなかったな。

半紙の左隅に書いてある名前を見ると、カタカナの名前もチラホラ見受けられる。あれっ、と思ったら、海外からの研修生で子供がいる場合、池島小学校に通ったのだという。

坑道

坑道の奥まで行くと、そこには急ものすごく急な斜坑があった。そこにトロッコ用のレールが敷いてある。ケーブルカー並みの斜度。

そのはるか先に、地上の明かりが見える。

斜坑を出たところは、選炭場がある山の向こう側。第一立坑のあたりだ。

おそらく海底奥深くから掘り出した炭は、ここから地上に運ばれ、そしてベルトコンベアで山の上の原炭ポケット、選炭場に向かったのだろう。

坑道

斜坑を下から見上げたのち、折り返し次の坑道に向かう。

昔のツアーはこの斜坑をトロッコで下ることもやっていたようだ。今はやっていない。トロッコが老朽化したからだろうか?メンテナンスをするにしても大変だろう。

坑道を塞ぐように壁ができている。まるでビニールハウスの中に入るような見栄え。なんだろう?まさか、暗闇であることをいいことに、ここでホワイトアスパラやモヤシの栽培をやっていたら相当ビックリなのだが。

(つづく)

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