長崎の過去と今-64

朽ちていく建物、護られる建物(その64)

バス

バスがやってきた。日の丸がナンバープレート横についている、珍しいタイプ。

・・・ああそうか、今日が祝日だからか。

「桜の里ターミナル」行き。我々のようなよそ者からすると、これで本当に目指すところにたどり着くのか、さっぱりわからない。バスに乗る可能性がある場合は、事前に入念な下調べが必要だ。

といっても、まさか自分たちがバスに乗るとは思っていなかったもんなー。車があるのに、バスだなんて。

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バスの行き先表示板は、二分割されている。ちょっと見たことがないタイプ。

ひょっとすると、出発地と目的地、2つを併記できるようにしているのかもしれない。

バスの中

バスで移動。

こっちは必死だ。スマホでGoogleマップを表示させながら、現在地を確認する。なにしろ、我々が車を停めている神浦港そのものズバリにバス停があるかどうか、わからないからだ。

さすがにバス停はあると思うが、それが「神浦」という名前かどうかわからない。瀬戸港の最寄りバス停が「NTT大瀬戸」という名前だったように。もし、瀬戸港に行こうと思っている人が、「瀬戸港、っていう名前のバス停があるに違いない」とたかをくくっていたら、素通りしてしまう。

神浦港

15:22
ビビりながらも、神浦港近くのバス停に到着。

バス停の名前は、そのものズバリの「神の浦」だった。

神浦バス停の目の前には、ホテル外海イン。ああ、こうなっていたのか。昨日、このすぐ近くに車を停めたけど、なにしろ慌てていたのでほとんど見ていなかった。

「さて、どうする?」

ばばろあが伺いを立てる。

「このまままっすぐ嬉野温泉に行ってもええけど、あともう一カ所くらいはどっか立ち寄れるで」

どっか、といっても時間が時間だ。本格的な施設に行く余裕はない。しかも、「立ち寄る時間がある」とはいえ、嬉野温泉にはここから2時間近くかかる距離。もう、現地で温泉三昧というわけにはいかない。

「どうせ温泉には大して入れんけえ、せいぜい早めにメシ食うくらいじゃろ」

ばばろあは淡々と言う。彼は嬉野温泉界隈の宿を探しまくったものの、全然見つからずかなり苦労したらしい。武雄温泉などの周辺地も探したけど見つからず、今晩は「メシなし、風呂なし」の宿をかろうじて確保していた。

温泉地なのに風呂なし、というのはかなり大胆な。共同浴場が発達している温泉地で、「風呂は宿に備わっていないので、共同浴場を使ってくれ」と割り切っているところはある。たとえば僕が以前温泉療養に使った那須湯本の民宿なんかは、そうだ。

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僕の2014年は、本当にあわただしい年だった。2013年の終わりに引越しをした話は「俺の引っ越し2013」に詳しく書いたとおりだ。この引っ越...

とはいえ、素泊まり&風呂なしというのは欲がない宿があったものだな。温泉地なのに。

「昨年の熊本地震で配管が壊れたらしくて、まだ治っておらんらしいんよ。で、内風呂は入れんって。そのかわり、近くの『シーボルトの湯』には入れるって」

つまり、温泉地ではあるけど、お風呂はワンチャンスあるのみ。夜寝る前にダメ押しで入るとか、朝風呂というのは無理だ。残念だけど仕方がない。これがゴールデンウィーク。

「昔はもっと空いてたはずなんじゃけどね、やっぱり最近中国とかあっち方面から観光客がようけくるけぇ、なかなかどこも空いとらんのよ。夕メシも早く食いに行かにゃ、どの店も一杯で?6時頃には食えるようにしとかんと」

そう心配するばばろあだけど、その彼が「あともう一カ所くらいは」というのだからお言葉に甘えよう。

本来なら、神浦からまた瀬戸方面に戻って、ハウステンボス方面に向かう道になる。その界隈で手頃な教会がないものか・・・と探したが、見つからなかった。

ええい、こうなったら出津文化村と神浦港の間の山中にある、「大野教会」に行ってみることにしよう。駐車場から歩いていかないといかん、という噂を昨日ちらっと聞いたけど、それは内緒だ。ここも、ド・ロ神父の手によるものだという。せっかくだから昨日に引き続いて、ド・ロさまのお勉強だ。

大野教会の駐車場

15:32
海沿いの道から山に分け入り、ちょっと行ったところに広い駐車場があった。ここに車を停めるらしい。神浦港から10分もかからない近い場所。

大野教会を目指す

駐車場脇の階段に、「大野教会堂」と書かれた案内看板が出ていた。整備されていて、観光客にはありがたい。

「それにしても相変わらずスゲーところに作るな、ド・ロ神父も」
「昨日の出津教会があるところよりも一層マニアック感がある」

地元の人からすると、部外者から「マニアック」呼ばわりされて腹が立つかもしれないけど、許してくれ。なにしろ、我々の出身地である広島には、街の中心にバーンとデカい幟町教会、というのがある。教会というのはそういうものだという先入観がある。「山の中の、しかもまとまった集落さえない土地」に教会があるというのがにわかに信じられないのだった。

民家

大野教会堂への道中、何やら独特な石壁を持つ家があった。

「ド・ロ壁かな?」
「こんな面倒な作り方をするのはド・ロ壁じゃろ」
「ということはここが教会?」
「いやさすがにこれは違うんじゃないか?」

三人して中を覗き込む。人の気配はない。あと、教会っぽくもない。

あとでばばろあが大野教会堂の教会守の人にこの家について聞いたら、教会守は笑って

「ああ、あれは普通の民家ですよ。教会とは関係ないです」

と答えて仰天した。うわ、いけない!我々、人んちをジロジロ見ちゃったよ。

「ド・ロ壁はこのあたりではよく知られているので、真似をする家も時々ありますね」

だって。なるほどー。

あと、改めて写真を見ると、これは全然ド・ロ壁とは違うものだ。

大野教会への道

15:34
教会に向けて歩いて行く。

駐車場から200メートル。高低差はあるけど、数分歩けば到着だ。

(つづく)

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