長崎の過去と今-66

朽ちていく建物、護られる建物(その66)

大野教会から出発する際、「北上して佐世保方面から嬉野を目指すか、それとも一旦長崎市街まで南下して、高速道路に乗って行くか」とばばろあがうんうんうなっている。

距離だけでいうと、北上してハウステンボスの脇を通って行くのが近いのだが、なにせずっと下道だ。大回りとなる高速道路ルートとどっちが近いか、思案のしどころ。

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結局、高速道路のほうが早いだろう、ということで一旦南下し、大村湾を反時計回りに回って嬉野温泉を目指すことにした。今晩の宿は嬉野。明日の予定は・・・まだ何も決まっていない。本当に、何も決まっていない。

決まっているのは、せいぜい「夕方に久留米の『モヒカンラーメン』でメシを食って解散」ということだけだ。

嬉野温泉の宿

17:44
嬉野温泉に到着。

今晩の宿はこちら。

僕は嬉野温泉にやってくるのは初。多分蛋白質もそうだろう。嬉野温泉といえば、なんといっても湯豆腐が有名。なので、今晩はぜひ湯豆腐を食べたいものだ。

そう思って、今晩の夕食候補地であった「宗庵よこ長」の横を車で通り過ぎたら、この時間にして既に店の外に行列ができていた。

「まじか!まだ6時にもなってないんだぞ?」
「ほらみてみいや、ゴールデンウィークなんじゃけえ、人が多いんよ」
「いや、でも普通温泉地っていったら宿メシだろ?なんで外メシ?しかもなんでこんな時間に?」

びっくりが止まらない。こりゃー、湯豆腐はピンチかもしれん。まあ、嬉野温泉といえば湯豆腐だ。このお店にかぎらず、あちこちで取り扱っているはずだ。第二候補、第三候補を考えておかなくちゃ。

宿のロビー

宿のロビー。

宿の廊下

あてがわれた部屋は3階の一番奥だった。エレベーターはないので、徒歩で。建物自体は結構古い。何故か階段の脇にぶら下がり健康機が置いてあった。

近くに外湯「シーボルトの湯」があるとはいえ、給湯設備の故障を直さないうえに食事の提供もない。商売っ気はあまりないようだ。

宿の部屋

部屋に入る。

入ってすぐのところに、椅子と机が窓際に設置されているのでちょっと面食らった。これは普通、部屋の一番奥にあるものだからだ。角部屋とはいえ面白い構造。

すでに布団がしいてある

既に布団は敷いてあった。

「ああそうか、食事がないわけだし、食事中に布団の上げ下げをする必要がないのか」

と納得した。

テレビは久々に見た、ブラウン管。デジアナ変換でまだまだ現役らしい。僕らは全くテレビを見なかったので、映り具合がどうなのかは不明。

スイッチ

おー、スイッチひとつとってみても年季が入っているなぁ。

パチン、パチンと音がするスイッチ。

「洗面」「トイレ」と書いてあって、一番下のスイッチは「☓」が記してあった。うっかりここのスイッチを触ると、電撃ショックのお仕置きがあるのかもしれない。触らないでおこう。

洗面台

肩幅プラスαくらいの幅しかないところに洗面台。右にトイレ、左に風呂場がある。トイレの扉を開け閉めするときは、若干身の処し方に気をつけないと、狭くてやりづらい。居酒屋のトイレを思い出させる。

この通路、部屋の畳部分から段差があるので危険。うっかり足を踏み外してしまいそうだ。

風呂

浴室も狭い。そのかわり結構浴槽が深い。

ここは確か使えなかったはず。風呂は「シーボルトの湯」を使ってくれ、と。

窓からの景色

窓の外の光景。特にこれといった見どころなし。

外湯行きのための紙袋

シーボルトの湯に行くための洗面セットが、紙袋に入って部屋に備わっていた。へー。紙袋に入っているのを見るのは初めてだ。面白い。

中を覗くと、歯ブラシセットをはじめとし、タオル、バスタオルが入っていた。

(つづく)

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