恩師閣下の公開授業が終わった。この公開授業には、同期の1/4以上が集まるという異常事態となり、さすが人徳に篤かった先生ならではだと感心させられた。
そして僕自身、二十年ぶり以上となるような人たちと再会を果たした。もちろん、「ええと・・・誰だっけ」というのも一杯いたけど。
顔と名前は一致したけど、この人とどういうエピソードが学生時代あったっけ、とか、残念なことがいっぱい。
同期たちはこの後、同窓会を広島中心地の飲食店で開催する。しかし、僕はそちらには辞退していた。メンタルがずいぶん疲弊していた時期で、久しぶりの人たちと話をするのがしんどかったからだ。
「自意識が邪魔をする」性格の僕は、人付き合いが疲れてしまうことがときどきある。運悪くまさにこの時がそうで、久しぶりの人と「お、おう・・・」とかいいながら話を合わせたり、話を聞いたり、自分のことを話したりするというシチュエーションはキツそうだった。そもそも、今回の広島入りさえ辞退しようかと思ったくらいだ。
かなり、心がザワザワしそうなので、みんなとは別行動とした。久しぶりに会う仲間の近況を聞きたかったけど、仕方がない。もう二度と会わない人も、中にはいるかもしれないので残念だけど。
そんな僕の体調を察してくれていたばばろあが、僕に付き添ってくれた。彼も同窓会には参加せず、僕と一緒に広島の夜で飯を食おう、という話になった。
同窓会に向かう仲間達と今生の別れをし、我々二人だけで歩いて母校から広島の中心地へと向かった。「学生時代、毎日歩いた通学路を四半世紀ぶりに歩く」という名目で。
「こんな建物、あったっけ?」
「あったあった、これは覚えとる」
歩きながら、お互い話をする。
通学路の傍らに神社があるのだけど、その存在を僕はすっかり忘れていた。立派な鳥居がある神社なのに。あれだけ毎日見ていたはずなのに、人間の記憶というのは薄情なものだ。
とりあえずお昼ご飯にお好み焼きを食べた、西広島駅前まで戻ってきた。
この後、全く何も計画がない。ええと、せっかくだから広島名物を食べたいところだけど、何があるかな。激辛つけ麺か、汁無し担々麺か?小いわしの天ぷらや刺身、牡蠣は時期として微妙だから却下として・・・
「ああそうだ、ホルモンの天ぷらは面白かったな。あれは他ではなかなか見かけない」
何の気なしにそう言ったら、ばばろあが
「じゃあ、とりあえずそこまで行ってみよう」
と前向きな発言。なにしろ、今いる西広島駅から市内電車で1駅の距離だ。今更もう少し歩く距離が伸びても、なんということはない。
「ま、中に入るかどうかはともかく、一応行こう」
ということになった。
16:58
とはいっても、広島のディープなB級グルメである「ホルモン天ぷら」のお店をいくつも知っているわけではない。以前1度だけ僕が行ったことがあり、初めて「広島市西区福島町界隈限定で、ホルモンを天ぷらにして食べる独特なホルモン文化が存在する」ことを知ったお店、「あきちゃん」に向かう。
その「ホルモン天ぷら初体験」に僕はかなりの衝撃を受けたものだ。当時の記録が、記事として克明に残されている。
ホルモンを天ぷらにするという食べ方もさることながら、卓上にまな板と包丁が置いてあるという店内の様子もびっくりだ。よっぽど治安が良い場所、という証拠だろうか。
ばばろあはこの手のお店に行ったことがない、という。彼の実家は広島なので、今でも時折広島に帰省している人物だ。それでも、食べたことがないという。それだけ、マニアックな存在というわけだ。
最近、「せんじがら(せんじ肉、ともいう)」という食べ物を広島のB級グルメとして大絶賛売り出し中だ。これは油を絞りきったあとの豚の内臓肉に塩こしょうで味付けをしたもので、福島町界隈がルーツだ。大阪界隈で食べられる「かすうどん」の「かす」と一緒。見た目はビーフジャーキーっぽいけど、当然ビーフジャーキーとは違う、独特の味わいだ。噛めば噛むほど味が出る。
この存在を僕が知ったのはつい最近(2017年)で、銀座にある広島県アンテナショップ「tau」店頭で商品を見て初めて知った。へえ、こんなものがあったのか、と感心させられたものだ。これもまた、広島に長年住んでいても存在すら知らなかった食べ物。動物の内臓系料理については、存在そのものがディープだ。
(特に僕の場合、高校を卒業したら上京してしまったことも大きい。ホルモンのような酒のつまみになる大人の食べ物は、学生時分に食べる機会は皆無だった)
今回、ばばろあと繁華街に向けて進軍するついでに、この福島町エリアの独特な食文化の様子を観察するつもりだった。観察する、だけ、のつもりだったのだけど・・・
「ありゃ、店員さんが開店準備をしているぞ」
目の前で、「只今準備中」の札が「営業中」にひっくり返された。ちょうど17時からの夜営業開始タイミングなのだった。
「せっかくだから軽く食べていくか」
ばばろあ、今日は攻めるなあ。
「もうなかなか広島に帰ってこんのじゃろ?じゃったら、喰っておかんと後で後悔するで」
ごもっともだ。この界隈は完全に住宅地であり、観光客風情が宿泊するホテルは皆無だ。もし今後広島を訪れる機会があっても、なかなかここまでやってくる機会はなさそうだ。
「よし、食べていこう」
行き当たりばったりで、急遽広島の夜はホルモン天ぷら、ということに決まった。
「あれっ、店頭に『せんじがら あります』って看板が出てるぞ。昔はなかったのに」
どうやら、本当に「せんじがら」はブーム(?)になりつつあるようだ。
17:03
ひとまずビールで乾杯。あ、僕は水で。こういうざっくばらんなお店には、ノンアルコールビールのようなものは置いていない。
「ああああー」
ばばろあが苦悶の表情を浮かべながら、生ビールをあおる。今日は公開授業を受けたあと、ここまで何十分も歩き続けた。そりゃあビールがうまいに決まってる。
「同窓会、リーガ(=リーガロイヤルホテル)だかパセーラ(広島中心地にあるショッピングモール)で今頃はじまっとるんじゃろ?」
「一方僕ら二人は、ホルモン天ぷらをつまみに生ビールよ。渋いな、俺ら」
しばらくして、同窓会に参加している最中の蛋白質からLINEで写真が送られてきた。スーツ姿の蛋白質が、白ワインを注いだグラスを手に、夜景をバックに気取ったポーズの写真だった。
「ネタ。笑え。www」
と書き添えてある。
「おう、あっちはすごいな。なんかワイン飲んでるぞオイ」
しかし、しばらくして、今回は名古屋に留まっていて不参加のしぶちょおから返事。
「全然笑えない...結婚詐欺師にしか見えないとひびさんの談」
と身も蓋もないコメントだった。
蛋白質曰く、「外ヅラだけでも見繕えば、内面はともかくハリボテのイメージは作れる」という、「インスタ映え」など昨今のブームに対する批評をしたものなのだという。
なるほどその通りだが、しぶちょおが喝破した通り、「外ヅラをよく見せた」というよりも単に「胡散臭い写真」になってしまっていた。その迂闊さがいかにも蛋白質っぽくて良い味付けだ。
なお、ひびさんは「単なる詐欺師」と言ったのではなく、「結婚詐欺師」と言ったということなので、半分は褒めているという理解で良いのだろう。少なくとも、「女性がひっかかりそうな要素」をこの写真から感じとったからこその比喩表現なのだろうから。
一方の僕らはというと、欲望にいたって忠実、店頭に置いてあるおでんの鍋に興味津々だ。
あまりにどす黒いつゆで、中に何が入っているかさっぱりわからない。すくい上げるまで正体がわからないという、「闇鍋」に近い要素がある。しかも、油膜が張っているので、うっすらと水面がテカっている。見ようによっては、「重油?」という感じもする。
以前はこの鍋にホルモンが入っていた。今回も「ホルモンおでん」に期待したのだけど、店員さんに聞いたら無いとのこと。あら、残念。
実際、鍋をすくってみたら、こんにゃくや大根といった普通のものだった。
しかし、普通ではないものもあった。食道。
写真には、定番の大根とすじ肉が並んでいるが、その奥にくるんと巻き気味のイカソーメンのようなものがある。これが食道だそうだ。多分、豚。
食道!そんなものまで食べるのか。というか、これまで食べたことがありそうでない部位だ。これだけ知名度が低い部位、というのは、「一頭から1つしか取れない」という希少性があるから、というだけでなく、「あんまりおいしくないから」でもあるのだろう。うまくて希少性があるなら、とっとと知名度が高くなってるはずだ。イチボとかサンカクのように。
食べてみる。軟骨のようにコリコリしているけど、軟骨とはちょっと違う食感。もっとこっちの方が歯ごたえがある。
「どうだ?うまいか?」
ばばろあに聞いてみたら、
「まあまあ・・・じゃね」
という微妙なこたえ。
「これだけ細かく縦にも横にも切れ目を入れてるくらいじゃけえ、そのままだとよっぽど食べにくいんじゃろう」
ひたすらコリコリした食べ物であり、それ以上でもそれ以下でもない、といった感じ。
面白いね、こういう食べ物があるとは。
後で知ったけど、一般的には「ナンコツ」と呼ばれる部位らしい。で、僕らが食べていたのはその中でも「キカン」という部位。
ああ!豚軟骨って、焼肉店で食べたことがあるし、精肉店で買ったことがあるぞ。「食べたことがない部位」という表現、前言撤回。あれって、喉のことだったのか。一般的には薄い輪切りにされていて、コリコリした食感を塩こしょうと共に楽しむ食べ物だ。そうか、「なんだか管っぽい形をしているな」とは思っていたけど、まさか食道だったとは。
壁のメニューを確認してみる。
「天ぷら」の欄に、
せんまい、ビチ、オオビャク、ハチのス、チギモ、野菜類
と書いてある。各110円。なんと、7年前から値段が変わっていなかった。儲かっているのか、心配になる低価格路線。
「せっかくだから全部一つづつ頼もう、野菜以外」
ばばろあが提案する。
「まだ一軒目にして、いいペースだねぇ。いいぜ、一つずついこう。どうせ包丁が卓上にあるんだし、切り分けられるしな」
昔なら、こういう提案は僕の方がむしろ積極的で、ばばろあは
「やめとこうで、この後まだ別の店に行くじゃろ」
とたしなめる立場だった。しかし今やすっかり逆で、彼が僕のお調子乗りっぷりを先取りするようになっている。
「わしはあんまり胃が強くないけぇ、うまいもんをちょっと食えればええんよ」
と言ってた男とは思えない。
いや、むしろ僕がつまらない人間に成り下がってしまったのかもしれない。躊躇して、遠慮して、昔の「無茶してナンボ」感が薄くなってしまった。残念だ。
ただ、残念がってもしかたがない。今日はばばろあ師匠の路線について行くことにする。
ホルモンの天ぷらがやってきた。
卓上にある、お寿司屋さんの付け台のようなまな板に天ぷらをのせ、包丁・・・というより実質はペティナイフのような小刀・・・で刻む。酔っ払ってケンカになったら大変にやばいシチュエーションだけど、片方が包丁を手にしたら、片方はまな板を盾がわりにできるので攻守拮抗してちょうどいいのかもしれない。
いや、それ以前にこのお店でケンカをするほど泥酔する人は滅多にいないだろう。軽く飲んで食べて、さっと帰る店。しかもご近所さん向けだ。外部からやってきた人や、別の飲み屋から流れ着いた人が入るお店ではなさそうだ。
ケンカがないにしても、食い逃げ・強盗をするために包丁を使うことができるのでは?と心配してしまう。でも、天ぷら1品110円のお店で、強盗をする客が果たしているだろうか。
結果的に、とても平和なお店や地域だからこそ、こういう無防備なことができるというわけだ。
ポン酢に一味唐辛子を振りかけたつゆで食べるホルモン天ぷらは、相変わらず独特で面白い。とってもエキサイティングなひとときを過ごすことができた。
17:59
特にアイディアがなかったので、「あきちゃん」を出た後は、もう少し歩いてから市内電車に乗って、紙屋町・八丁堀といった繁華街を目指すことにした。
この福島町界隈のホルモン事情をもう少し知りたかったからでもある。
歩いてみると、ところどころ焼肉屋さんがある。この近くに食肉加工市場があった名残だ。僕が小学校の頃は、このあたりを通るたびに独特の匂いが立ちこめていたものだ。
そういう立地条件だったからこそ、一般には流通しなかった内臓肉がこのあたり限定で取り扱われたのだろう。内臓肉は「放るもん」とも言われて使い道がない扱いだった。でも、いざ食べるとなると鮮度が重要で、昔は市場近辺でないと食べたくても食べられなかったはずだ。
しかし、小学校・中学校・高校とこの福島町からさほど遠くないところに住んでいた僕なのに、ホルモン天ぷらのことは全く知らなかった。実際のところ、この界隈に何店舗ほどホルモン天ぷらのお店があるのだろう?
・・・そんな疑問を感じながら、観音町電停に向けて歩いていたら、「天ぷらひよこ」という黄色い看板に遭遇した。
こんなお店、以前からあったっけ?記憶にない。
昔からあったのかもしれないし、新しいかもしれない。
「これ、ホルモン天ぷらのお店だろうか?」
「多分場所柄そうだと思うんじゃけどねぇ、全然わからんね」
二人してお店の様子を外からうかがうが、ここでいう「天ぷら」が何を指しているか、わからなかった。
「中に入ってみるか?」
「うーん」
もう少し福島町ホルモン文化を掘り下げてみたい気はする。しかし、ここが単なる「天ぷら屋さん」だった場合、食べたくもない海老の天ぷらとか、はすの天ぷらを食べることになってしまう。それは不本意だ。
また逆に、ここが本当に「ホルモン天ぷらのお店」だったとしても、さっき食べたばかりのホルモンをもう一度食べるというのはちょっとしんどいシチュエーションっぽい。
結局、店頭でしばらく悩んだけど、お店に入るのはやめにした。
後で「食べログ」で確認してみたら、ここもれっきとしたホルモン天ぷらのお店であるということが判明した。扱っているのは、
白肉、小腸、ビチ、ハチノス、センマイ、チギモ、とり天
など。
お昼のメニューである「天ぷら定食」では、「ホルモン汁」が付くらしい。気になる。
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