絶景、されど孤独【白馬岳】

2000年09月30日(土) 2日目

[行程]
05:51白馬山荘→06:02白馬岳山頂06:10→06:35三国境→07:08小蓮華岳07:16→08:43乗鞍岳08:52→10:02ゴンドラ乗り場→10:40下山、栂の湯→11:10昼食11:50→11:50栂池高原(川中島バス)→13:15長野駅13:32(あさま518号)→14:50大宮

さあ二日目だ。写真もないことだし、あとは山を下りるだけ。ちゃっちゃとそのときのでき事を振り返って行こう。

案の定、熟睡できず。夜中目が覚めて、腕時計で時間を確認したときにまだ23時だったときはさすがに途方に暮れてしまった。朝5時30分からの朝食。まだはるかに時間は先だ・・・。

朝5時前から、がさがさという音があちこちから聞こえてくる。早起きした人が荷物をまとめていたり、着替えている音だ。山小屋のように相部屋で赤の他人と寝泊まりするときに常に思うのだが、あのビニール袋のがさがさ音はどうにかならないものだろうか。非常に気になる。しかし、登山をする人にとって、スーパーのビニール袋というのはちょっとした荷物を入れるのに最適だし、防水になるし、きゅっと口を縛っていればある程度の防臭にもなる。非常に最適なのだな。その利便性は僕も享受しているのだからとやかく文句を言える筋合いはないが、もう少し音が鳴らない素材を安く大量に提供できる技術ってのは無いかしらん。朝からそんな事を考えながら、床の中でぼんやりとした時間を過ごした。

朝5時20分、「朝食ができました」とのアナウンスが館内に流れた。おお、予定より10分も早い。山小屋の人たち、やる気満々だ。下界でも怪しい宿に泊まったら、朝食時間なんて10分くらい遅れるのはざらだというのに、10分も早いとは!

話はそれるが、以前宿泊した温泉宿で朝食時間の20分前にようやく厨房に灯がともったというのを見たことがある。「おい、ひょっとしてこの宿の人は全員寝坊してるのか?」と、朝食30分前に厨房の横を通りかかった時心配になった。結局、そのときは8時10分くらいだったかな、準備ができたのは。まあ、料理はメインディッシュがハム2枚だったので、調理そのものに時間はかからなかったのだろうけど。

この日の朝食。

鮭の切り身、玉子焼き、れんこん、山菜、海苔、ご飯、みそ汁

朝早く料理を作ってくれたんだ、その心意気に答えなくては!ということでこっちも妙にガッツを燃やしてしまい、5時30分にはもう食べ終わってしまった。早い。その勢いで、5時51分出発。これまた、早い。

今日は下山・・・といっても、最後のお仕事が残っている。そりゃそうだ、まだ白馬山荘に着いただけであって、白馬岳山頂には到着していないのだから。山小屋裏の最後の登りを、えっちらおっちら登る。ちょうど日の出直後らしく、山の上から降りてくる人たちをやり過ごしながら、登った。よく山の雑誌やガイドに載っている「白馬山頂の写真」だと、白馬山荘からものの5分も歩けば山頂じゃーん、という風に見えるがこれは大間違いだ。各種ガイドブックを眺めれば、いずれも15分~20分のコースタイムを設定している。実際、僕もこの間に11分を要した。

では、なぜこのような「見た目」と「実体」に乖離が出るのか?答えは簡単、やっぱり白馬山荘が馬鹿みたいにデカいからなんである。大抵、白馬山頂の写真というのは「手前に白馬山荘、その後ろにとんがった山頂」という構図になっている。で、この手前のイチモツがあまりにデカいため、肝心の山頂が非常にお手軽お気楽なものに見えてしまうようだ。思えば可哀想な山頂である。

さて、そんな山頂に06:02到着。

朝早くということもあり、誰もいない山頂を独占。360度見渡すと、北、中央、南アルプス丸見え。八ヶ岳も見える、富士山も見える。信州側は雲海、富山側は晴れ。富山湾も見える。

ああ、孤独だ。しんと静まり返った山頂。見下ろしたところにある白馬山荘では、今頃になってようやく出発しようとする人がわらわらと見える。しばらくは誰も来ないだろう。・・・絶景を見るには孤独に限る。自分の見たい物を、見たいだけ見ることができる。しかし、そのありさまを写真に押さえて、下山してから友人知人に「ほら、これはこんなに凄かったんだぞ」と語ってこそ、この絶景を見てきた甲斐があるというものだ。ああ、無念。06:12、未練たらたらのまま出発。

06:35三国境到着。どことどこの境だって?えーっと、長野県と新潟県と富山県。こんなところで殺人事件を起こしたりしてはイケナイ。ましてや、ちょうど県境に死体を遺棄するようなことは、絶対にやってはイケナイ。もっというと、死体をバラバラにして、それぞれの県に案分するような事は間違ってもやってはイケナイ。

暖かくなってきたので、フリースと帽子を脱ぐ。とはいっても、気温はまで5.4度しかないのだが朝日が照りつけると、廻りに遮るものがないので体感温度が高くなる。

さすがに気温が低いだけあって、ここまでの稜線歩きはちょっとスリルがあった。日陰のところに雪が積もっていたり凍結していたりして、滑る滑る。さすがシーズンオフの山だ。

さて、ここから縦走路は二本に分岐する。まっすぐ行けば、雪倉岳経由朝日岳行き。さらに突き抜けると親不知まで行けてしまう。ただ、そうなるともう一泊は必須なので、進路を東にとる。目指すは白馬大池だ。

—手記—

小蓮華岳07:08着。三国境から30分で到着したので非常に気分がいい。・・・はずだったが、コースガイドを見ると標準コースタイムが40分となっていた。くそ、てっきり1時間だと思っていたのに!がっくり。自分がマッチョかと勘違いしてしまった。ああ。

さああとは下るだけ、4時間で栂池だ。13時には下山完了だな、こりゃ。今日の昼飯用に買っておいたアルファ米とカレーはやめておこう。これだったら、下界でビールを飲むに限る。うひひ。

相変わらず絶景の国だ。ここから白馬大池が見える。カルデラ湖みたいに、山上にひっそりと。いいなあ。これからあそこに行くのだと思うと、わくわくしてくる。

反対側を見れば、白馬岳から五竜、遠くは槍ヶ岳まで見えて絶景は相変わらず。カメラーっ。カメラもってこいー。07:16発。

07:40船越ノ頭通過。仕事上のお客さんで、「船越」さんという人がいるのでついつい連想してほくそ笑んでしまった。

反対側から登ってきたオッチャンに、「大池から先は大きな岩をよじのぼらなくてはいけなくて難所だ、気を付けろ」と言われた。「あんなデカい岩は初めてだ」とまで言っている。後から追いついた兄ちゃんも「そんじょそこらの岩の100倍はあるよ!」と言ってる。どんな岩なんだろう。暑いので軍手を脱ごうと思っていたが、やめ。

コースガイドは2時間30分と手元のガイドブックには書かれているが、オッチャン言うには「3時間はかかる」とのこと。兄ちゃんもそれに同意していた。うーん、これは気を付けないと。

船越ノ頭から白馬大池に降りるなだらかなハイマツ帯は「雷鳥坂」と呼ばれるらしい。雷鳥が多いという事なので、こちらもできるだけ音を立てず、そろーりそろりと歩いた。が、日頃の行いが悪かったのか出てこなかった。がっかり。

白馬大池は間近で見てもその神秘さは変わらず。池の主が潜んでいて、池の深いところで数百年も生きているような気になってくる。あそこで釣り糸を垂らしたりしたら、きっとバチが当たるに違いない。

その湖畔にある白馬大池山荘は、全身真っ赤でハデハデな作り。しかし、大池のくどいまでも真っ青な色とよく似合い、嫌味にならないのが素敵だ。

ここでビールでも買おうかと悪巧みをしていたのだが、さっきのオッチャンが言ってた「100倍もある岩」が気になってやめることにした。酔っぱらって岩から転落じゃ死んでも死にきれない。08:10着、08:17発。

08:43乗鞍岳着。15.2度。さすがに気温が上がってきた。Tシャツ1枚姿になる。ここに来る途中、白馬大池湖畔のごつごつした岩をぴょんぴょんと飛び移りながら登ったのだが、ところどころ指導標のペンキが不明瞭でルートファインディングに難航。一度、大幅な退却を強いられた。

しかし、これがさっきのオッチャンが言っていた「100倍の岩」だとするとちゃんちゃら可笑しい。河原歩きをしたことがあれば、この程度の岩は珍しくも何ともないのだが。

乗鞍岳直下で、若い女性の一人歩きという珍しいシチュエーションに遭遇。これから蓮華温泉に行くんですよぉ、と言う。時間が余りそうなので、小蓮華岳にも寄ってから蓮華温泉まで歩くつもりです、とうれしそうに語ってくれた。凄いよなあ。逆にこっちは、朝からほとんどしゃべっていないまま下山を続けていたためろれつが廻らなくなってしまい、恥ずかしいところを見せてしまった。ああ情けない。

その女の人の依頼で、白馬大池をバックに写真を1枚撮ってあげる。乗鞍岳山頂でこうして手記を取っている間にも、3人組のパーティーに写真を撮ってあげた。乗鞍岳までくると、よぅやく眼前に白馬岳が迫ってくるので開放感があるのだろうか。

08:52 手記を書き終わったので出発

09:25 天狗原到着。途中、白馬大池湖畔の岩よりもはるかにデカいヤツに多数遭遇。でかくてまるまるとした岩があちこちにごろごろと転がっているので、まるで、造園業者の資材置き場だ。これがオッチャンの言ってた岩か。期待していたほどデカくはなかった。こちらは下りだから比較的楽に岩を飛び降りるが、登る方はきっとしんどかったのだろう。だから、必要以上にデカく見えたのだろう。

サイズはともかくとして、ひたすら岩を飛び降り続けるのでいい加減うんざり。うんざりし過ぎた頃合いを見計らって、いきなり森がとぎれて湿原が出てきた。天狗原。サイズは大したこと無い。庭園といった感じ。

この手記をベンチに座って書いていると、人がたくさんやってきた。一度にどかっとやってきたところを見ると、ロープウェイの始発が動き出したのだろうか。そろそろ下界だ。

ここで軍手を外し、09:31発

途中、これから白馬大池に行くという5人の中年グループと歓談。「早いですねェ」と言われて、得意になってしまい「山頂付近は雪が積もってるところもありますからねぇ、気を付けて!」なんてエラそうな事を言ってしまった。ついでに、「あれが槍ですか?」と南アルプス付近を指さして聞いてきたので、あれは南で、こっちが八ヶ岳で、と修正しておいた。残念ながら槍ヶ岳はまだ先に行かないと見えませんよ~。

それにしても人が多い。どんどん登ってくる。何なんだ、この人数は!これが、白馬岳の本当の姿なのだろうか。金曜日出発の山歩きで本当に良かったと思った。1日遅いと、この数だもんなあ・・・。「こんにちは」とあいさつするのにいい加減疲れた。その数、1時間で200人以上。この人達は今晩白馬山荘に泊まるのだろうか?混雑するなあ。

10:02下山。10:05ロープウェイ乗り場。ちょうどロープウェイが到着したところで、人がごったがえしていた。乗り場に行くと、臨時便の改札開始とのこと。ラッキーだ。一人独めして下山。

途中、栂の森でゴンドラに乗り換え。ここから栂池高原スキー場のゴンドラ「EVE」に乗る。当然、下りに乗るのは僕一人だ。上りのゴンドラは、乗車率100%。まるでスキーシーズンのようだ。こんなに人気があるとは驚いた。

雪の無いスキー場では、パラグライダーの姿が。気持ちよさそうだ。

10:34栂池高原到着・・・のはずが、おかしい。ゴンドラから見たところ、道路があるような開けたところはさらに先だ。こんなど真ん中で下車して、歩けってか。いや、よく見ろ。まだ先にゴンドラが延びてる。どうやら乗り換えるらしい。

ゴンドラ駅で降りたとしたら、職員が「真ん中ですけど、いいですか?」と聞いてきた。何のことかさっぱり分からなかったのだが、「すいません乗換はどうしたらいいんですか?」と逆に聞き返したら職員黙ってさっきまで乗ってたゴンドラを指さす。どうやらこの駅は途中下車可能になっている駅らしい。黙って乗っていればそのまま下に降りられるというわけだ。あわてて、降りたばかりのゴンドラに乗り直す。紛らわしいぞ!説明書きとかつけとけよなあ・・・。

10:40、完全下山。栂池公園。

下山して、まずはバス乗り場を物色してみた。風呂もいいが、便数の少ないバスを確認するのが最優先だ。このバス次第では、長野から新幹線に乗るのか白馬からスーパーあずさになるのかがらっと変わってしまう。

バス停には、すでに長野行きのバスが停車していた。「げっ、また大菩薩峠の二の舞か?」とどきどきしてしまったが、時刻表をみると11:50発のようだ。よかった、まだ1時間ちょっとある。

ダイヤがスカスカなのに感謝しつつ、風呂に行く。つい最近(H11.12)にできたばかりという「栂の湯」。ゴンドラリフトを降りてすぐのところにある。大人700円だが、リフト券を見せると600円になる。

もちろん、こんな時間から風呂に入るヤツなんているわけもなく、ここでも施設を独占。ああ気持ちいい。やっぱり、山はシーズンオフに限る。こういう施設一つとっても、ゆっくりとできるんだから。

さあて、これからがこの2日間最大のヨロコビっつーか、メインイベントなんである。山に登っておきながら、山頂に立つことが最大のイベント扱いされていないというのも如何なものかとは思いつつ、「だってしょうがないじゃないの」とつぶやきつつゴンドラ駅近くのレストランに入った。

こういう「スキー場にあるレストラン」にはいい評価を持っていないんだけど、何しろ風にたなびく「エビス樽生」ののぼりと、威勢の良い「営業中」の電光掲示板にぐらぐらしてしまった。他のお店と天秤にかけて、一番良さそうなお店に入ろう・・・なんていう選択の余地なんぞこれっぽっちもなかったんである。そうかそうか、営業中なのか。ならば僕がお客になって無理矢理でも営業させてやるぞコノヤロー。ずかずかと店内に我が物顔で突入。

早速、ビールジョッキ600円也ときのこスパゲティ800円也を注文した。本当は食券を入口で買ってから着席するスタイルらしいのだが、お客が僕以外いなかったということもあっておばちゃんは「いいですよぉ、そのままで結構ですから」と愛想がいい。

失礼ながら、どうせ普段はスキー場のレストラン。味を期待してはいけない。蕎麦とかメニューにあったが、やめにしておいた。かといって、カレーやカルビ丼というのも如何なものか。で、結局スパゲティだ。

手記をつけながら、大人しく待っていたらおばちゃんがビールを持ってきてくれた。「ごめんなさいね、冷え過ぎちゃってるけど・・・」と、えらく恐縮しながら。見ると、ジョッキが霜で真っ白。いや、霜というのは甘い、これは氷だ。うひゃぁ、こういうのが欲しかったのだよ!おばちゃんありがとう!

「いえいえっ、こういうのが下山後には最高なんですよ。逆に感謝したいくらいです。ありがとうございます」
「そうですか?山の上は寒かっただろうから、ちょっとどうかと思ったんですけど。良かった」

一口ぐびりとやってみると、案の定めっぽう美味い。腰が砕けて、へなへなになってしまった。ここまで腑抜けになってしまった経験はそうそう無い。少なくとも、会社帰りに焼鳥屋でいっぱい、のビールとは質が全然違う。へへんざまーみろ、山登りやらない奴にはこのうまさが分かるまい。

(4時間の下山+お風呂)=すこぶる冷えた生ビール

と、ちょうどイコール関係が成立するのではないかと真剣に考えてしまった。ああ、日本百名山はたったいっぱいの生ビールにさえ勝てないのだろうか。

いや、これはビール一般が山より優れているわけじゃない。ビールの勝利をもたらしたのはこのお店のおかげだ。ビールのお供として、突き出しで漬け物各種が添えられたのだ。スキー場内のレストランでこんな事、普通やるか?ますますうれしくなってしまい、ビールをもういっぱい追加。

二杯目もまたおいしく頂戴していたら、おばちゃんが「二杯目なので替えてみました」といいながらもう一品突き出しを持ってきた。今度は、夕顔の煮物だ。気が利いてるなあ。気の利いた蕎麦屋は、お酒をお代わりするたびに別の突き出しを用意してくれるところがあるけど、この店はまさしくそんな感じ。すっかり感激してしまって、危うく3杯目に突入しそうになった。さすがに3杯も立て続けに飲むと、おばちゃんから「この人単なる酔っ払い?」と煙たがられそうだったので、やめにした。新幹線の中で、釜飯を食べながらビールを飲むことにしよう。

きのこスパゲティはこれも結構おいしかった。いろいろなきのこが容赦なく入っていたのは壮観だった。ただ、ビールの感激を一生懸命手記で書き綴っていたため、ちょっと麺が延びてしまったのは申し訳ないことをした。

11:50、きっちりと予定通り長野行きバスに乗車。バスの中では、先ほどのビールが強烈に効いてしまい居眠りをしてしまった。おかげで1時間20分のバス旅はあっという間だったのだが、寝違えてしまい首が猛烈に痛かった。13:10長野駅着。

長野駅13:32発あさま518号。ちょうど良い接続時間で新幹線に乗ることができた。もちろん、ビールと峠の釜飯を携えて。あっと言う間の白馬紀行だったが、見て良し、食べて良し、飲んで良し。なかなか幸せな一泊二日だったな。あとはデジカメさえ壊れなければ・・・まあ、それは追求しないことにしよう。当面の問題は、新しいデジカメを買う費用の捻出だな、こりゃ。

—メモ帳の一番最後に書き殴られていた、手記—

軽井沢到着時点で乗車率90%くらい。隣に座ったおじさんは、外国にでも行くのかデカいスーツケースを自分の前に置いている。おかげで窓側席の僕は外に出られない。おい、トイレを我慢しろ、と言うのか!!

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