写真データが紛失したのは前泊した「地獄温泉」の「仇討ちの湯」だけじゃない。この日の晩も、データが一部消し飛んでしまった。だから、断片的にしか紹介できないのが惜しい。
上は前菜。大皿の上に小鉢3種類、とちょっと酒肴をこらした・・・じゃなかった、趣向を凝らした作り。
下は馬刺し。熊本ではなく大分で馬刺しを食べることになるとは。ちなみに熊本では猪、鹿、キジを食べ、ここで馬を食べたのだからなんとも「非主流の肉」ばかりを食べていることにになる。
陶板焼き。
こういう熱々の料理が大変に愛おしい。ぐつぐつ、という音があるだけで幸せだ。さっきまで奥歯がガタガタ言っていたので、ガタガタの対極であるぐつぐつはなんと甘美な響きに聞こえることか。抱きしめてあげたいくらいだ。
ここ寒の地獄温泉は高原に位置する。だから平野部と比べて気温は低めだ。まだ夏といってもいいこの時期でも過ごしやすい。そんな冷涼な環境に加え、地獄の業火ならぬ地獄の冷水でガチガチに凍えさせられているわけだ、暖かい料理はなによりのごちそうだ。
ある意味、「四季折々の料理」なんてこの宿には必要なく、「とにかく暖かい料理を。」年中出せばそれで喜ばれるんじゃないか、とさえ思う。いや、実際そんなことを調理場の人に言ったら、激しく創作意欲を削がれ、やる気がなくなってしまいかねない危険な発想だけど。
まあ、夕食前にあれだけ冷水に浸かりまくる客っていうのはごく稀だと思う。そんな稀な客の妄想は相手にしなくて良いです。
結局、ビールは1杯でやめにして熱燗に切り替えた。
9月で熱燗というのはどうも季節感が無いが、これ以上ビールを飲み続ける意欲が完全にうせてしまった。お燗をつけた清酒で、体内から暖まらないと。陶板焼きも良いけど、暖かい液体を流し込まないと本当に暖まらない気がするからだ。
ぐいっとあおる。
ううむ、良かった。これでようやく暖まりそうだ。
大げさだって?いや、真剣にそう思ったもん。
「真剣にそう思った」証拠に、並ぶ徳利。
結局熱燗を追加注文したので、徳利が二つ仲良く並んだ。
徳利二本目と同時に、鮎の塩焼きと蕎麦が届けられた。暖かい料理を暖かい状態で出そうとする宿の姿勢に感謝。今回に関しては自身の状況が状況だけに「激しく」感謝。
最後、炊き込みご飯とお吸い物。これにお漬物がついて夕食終了。写真が欠損したので一部料理の写真が欠けているけどご容赦を。実際はもう少し品数多かったです。
食事とおもてなしの心で暖がとれた。十分に満足し、食後に外に出てみた。
かがり火が焚かれていて、幻想的だ。良い演出だと思う。
先ほどから涼しげな虫の鳴き声が聞こえる。
ああ自然の中にいるんだなあ、と思っていたが、それにしては鳴き声が大きいし近い。夕食は窓側の席だったので、熱燗を飲みながら「このあたりには鈴虫がたくさんいるのかなあ」とぼんやり思っていた。
「ああ、もう秋が始まろうとしているんだねえ」
なんて四季の移ろいを感じる余裕など、食事中は無かった。何しろ、寒かったから。暖まったら同時に酔っ払っていたし。
浴室棟に通じる道で、その正体はわかった。大きな虫かごに、鈴虫が飼育されていたのだった。その入れ物の中から、「りーん」「りーん」とさわやかな音色が聞こえてくる。
なるほど、宿側の心憎い演出だったか。感心するなあ。
この飼育籠のおかげで、宿全体が鈴虫の音色に包まれていた。
しばらく音色に聞き惚れる。
昨日はヒグラシが鳴いていたが、今日は鈴虫か。一気に季節が動いた感じ。そして、自分自身も一気に老けた感じ・・・は無いな。そんなネガティブ思考よりも、「2日で2つの季節を味わう」事に対する喜びと驚きの方が強かった。
それにしてもとても大きな声で奏でるものだ、鈴虫という生き物は。久しぶりに間近で聞いたので驚いた。もっと繊細に、はかなく歌うのかと思っていた。
何しろ、館内にまでその音色はよく響く。
・・・と思ったら、その正体発見。玄関脇にも虫かごがあった。中には鈴虫くんが数匹、「館内担当は俺たちに任せろ」とばかりに時折りーん、と鳴いていた。
そのご褒美として茄子が餌として与えられていた。
それにしても不思議なもんだ、自然界では鈴虫ってナスとかキュウリって食べないはずだ。しかし、ちゃんと餌として成立していて、鈴虫も恐らく何の疑問ももたずに食べている。鈴虫の餌として他に何があるのかと思って後で調べてみたら、にぼしや熱帯魚の餌でも良いらしい。不思議な生き物だ。
フロント脇に、「九重連山登山記念バッジ」が売られていた。
これ買って、登ったことにして実際は登らないという手もあるなあ・・・と一瞬悪い考えが頭をよぎった。
何しろ明日は強行軍だ。朝、朝食を食べたら弾丸のように飛び出して、久住山を目指す。下山したら、そのまままた熊本に戻ってレンタカーを返却しなければならない。返却時間、15:30。
当然、そんなわけだから「明日朝もあの冷水で地獄を体感するぜ」というのは無理だし、下山後「どこかの温泉で汗を流そう」というのも計算上だと無理な時間だ。
九重連山に登るのも良いけど、ここは日和って楽するのも良いのではないか、と思えてきてしまうのですよ。
あれだけ地獄をおみまいされておきながら、まだあの極寒の冷水に未練があるというのは凄いな。いやぁ、スゴすぎて逆に惹かれるんですわ。
とはいっても、さすがにここまできて九重連山に登らないという選択肢はあり得ない。何のために飛行機で九州に乗り込んだんだ。そこに山があるからだろう。初心忘れるべからず。今、一瞬忘れかかったけど。
バッジくらいで動揺するなよなあ、まったく。みっともない。
部屋に戻って、あらためて館内案内を見る。
入浴法、という項目があった。チェックイン直後、いつもの癖で館内案内は斜め読みする。しかし今日は「早く寒の地獄に行かなくちゃ」と気持ちが急いていたのでろくに案内を読んでいなかった。水着に着替えなくちゃ、というイベントがあったし。
入浴法
水着でそのまま入浴します。最初の1~2分間は含有成分により大変冷たく皮膚に刺激を感じますが、3分くらい経ちますと刺激を感じなくなります。それからは各自の体力と忍耐で入浴時間はまちまちですが、ある程度時間が経ちますと体の中で震えが始まります。その時浴槽から上がり、体を拭かずに別室の暖房室(ストーブ)で十分あぶりこみ暖をとってください。
ありゃっ。あららら。勘違いしてたみたいだぞ、おかでん。
どこで仕入れた情報だ、「15分浸かって、30分採暖」って。少なくとも、「宿の公式情報」にはそのようなことは何一つ書かれていないではないか。「震えが始まったら浴室から出ろ」とされている。
おいおい、ガタガタ震えながら我慢しちゃったよ。あれ、あんまり意味無い我慢だったのかな。
まあ、とはいえ、地獄の成分をたっぷりと時間をかけて吸収できたんだから良いじゃないか、と自分を慰め・・・ようとしたら、それもまた間違った認識だったようだ。「暖房室で十分にあぶりこみ暖をとってください」とのこと。「暖をとる」のが暖房室の目的ではないのね。「あぶりこむ」ことも重要だったのか。やべぇ、あぶりこみなんて全然意識しないで、体が温まったと思ったらすぐにまた浴槽に突撃してたよ。体に成分を焼き付けないといけなかったのか。
「体を拭かずに」って書いてあるけど、「暖を取れば良いんだろう」という認識だったので、体についた水滴を手で振り払ったぞ。これも間違いってことか。
二重、三重に間違えてる。しまったぁぁぁぁ。
まあ、浴槽に長時間浸かっていただけでも十分効能はあったはずだ。良しとしようじゃないか。
とはいえ、なんだかちょっとだけ損した気分。
損をした、というわけではないが、「ああ惜しいな」と思ったのはこのポスター。天空の散歩道、というキャッチコピーがつけられている。
なんでも、「九重大吊橋」というのがこの近くにあって、そこが日本一の吊り橋なんだとか。
「せっかく九州まで来たんだから・・・」
とは思うが、そんなことを言い出すときりがない。「せっかくここまで来たんだからあともう少し」「おお、これはいいな。ではさらにもう少し」「あれっ、帰りの飛行機の時間は?」って事になる。
余計な事は考えず、とにかく明日は久住山登頂を果たし、無事交通事故も違反もなく熊本市街のレンタカー営業所に車を返却することだ。シンプルすぎて面白みが無いような気がするが、それを言っちゃおしまいよ、なんのために九州まで来たのよ。山登りのためでしょ。・・・あれ、違ったか。博多で焼き鳥だったっけ。ええと。
まあいいや、とりあえず今日はこれにて終了。寝るぞ、寝るぞ。
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