14:15
登山届ポストからは、舗装道となっている。ようやく地に足着いた状態で歩けるようになった。
高岳を背にしながら、下山を続ける。あともう少し。
・・・あ、分かった。なぜ標準コースタイムより時間がかかっているのか、ということだが、こういう写真を撮っているからだな。わざわざカメラを行く手前方に据えて、セルフタイマーを設定して、かなり後ろまで全速力で駆け戻り、10秒後にはニコヤカに歩いている。こんなことやってたら前に進まないわけだ。
14:17
そういえば、「仙酔峡」って名前がついているけど渓谷なんて無かったよなあ、地図上にも川の表記はないし・・・と不思議に思いながら下山していたのだが、駐車場目前になってそれらしきもの発見。
あまり水流はないけれど、とりあえず渓谷っぽくはなってるでしょ?ああん?という感じでひっそりとそれらしいものが存在しておりました。以上報告終わり。
14:19
下山完了。怪我もせず、膝をガクガクさせることもなく、みなさまのおかでんが無事下山して参りましたですよ。
標準コースタイムよりも時間オーバーしたのはしゃくに障るが、まあいいや。この時間に下山できたことは幸いかな。なぜならば、これから移動して寒の地獄温泉に行けば比較的早い時間にチェックインできるからだ。
もう既に阿蘇山の事は忘れられてる。心は温泉か。
いや、それはあんまりなのでもう少し山について。・・・といっても、高岳山頂は相変わらず雲に覆われたままでございまして、なんと寸評して良いものやら。
山の形として、尾根がゆるやかに登っていって、あるところでがくん!と急激に傾斜がきつくなっているんだな。下から見上げるとよく分かる。仙酔尾根は登山地図上で「危険」マークがついている箇所だが、それほど危険ではないと思った。傾斜がきつい分負担はあるが、一番危険なのはそれまでの行程でヘロヘロになって足下がおぼつかない状態な時に危険ゾーンに突入することだと思う。その点、中岳と高岳はそれほど負担感なく登ることができるので(ただしロープウェイを使った上での感想だが)、やばいと感じる事はなかった。
ただし、バカ尾根という別称(蔑称とも言う)が与えられているだけあって、ひたすら下り(上り)をせねばならん。「私、体力ないでーす」と笑顔であっけらかんと語る人にはおすすめしない。
仙酔峡を後にして、本日の宿泊地である寒の地獄温泉に向かう。寒の地獄温泉は、その名前だけはよく聞いていた。源泉は14度の冷たい水であり、温泉とはいえない。しかし、そんな冷水であってもとてもすばらしく、温泉=40度程度あるのが良い、という既存の概念を覆す、という噂だ。
もともと寒の地獄温泉ありきで九重連山登山を思い立ったわけではなく、その逆だった。久住に登ろうと思い、地図を見ていたらアラ、かの有名な寒の地獄温泉があるじゃないですかと。それでぽんぽんぽーんと企画が決まっていったわけ。
そんな経緯があるので、熊本県を乗り越えて大分県に入り込んでるなんて全く考えていなかった。間が抜けていた。さすがに県越えするとなると、「んー、やっぱり二座登頂はやめておこうか?」と考えていたかもしれない。
その思慮の浅さが、現在こうして快適なドライビングに繋がっているわけで、サイコロの目はどう転がるかわからないものだ。
とにかく、道が快適。阿蘇から九重連山方面に抜けていく道は、「やまなみハイウェイ」と名付けられている。ハイウェイ、という名称通り信号が無く、草原の中を非常に快適に走る。北海道にいるような気分だ。こんな広い場所が日本では北海道以外にあったのか、と驚きを隠せない。
でも、ハイウェイという名前につられて時速100kmとか出しちゃだめだぞ。ここは一般道路。制限速度は守ろう。お巡りさんがその気になれば、いくらでも取り締まりできちゃう場所だ。通る車の何割かをスピード違反で捕獲できるだろう。
その点この軽自動車は安心。60km/hくらいで既にエンジンがうるさく絶叫している。わかった、これ以上はスピード出さないからもう少し落ち着け。
遠方に九重連山が見えてきた。大草原の中から忽然と現れる山々なんだな。ちょっと自然の神秘という感じがする。
わざわざ「山塊」とか単に「山」と言わないで「連山」と呼んでいるのがよくわかる。この場所だけ、急に山がにょきにょきと育っている。
ちなみに豆知識。「くじゅうれんざん」は「九重連山」と書くが、日本百名山とされている九重連山の中の一座、「くじゅうさん」は「久住山」と書く。読み方が一緒でも漢字がなぜか違うのであるよ。
寒の地獄温泉に到着。
入り口の門には、「山の温泉 寒の地獄」「秘湯 寒の地獄温泉」と書かれている。「山の温泉」と聞くと、「ほっこり絶景を愛でつつ体の芯まで温まり、疲れを癒してくれる」という印象があるけど、「寒いぞこのやろう」「地獄にたたき落としてくれる」と宣言しているのだから恐ろしい。
この表記を見る限り、温泉名は「寒の地獄温泉」で、宿名は「寒の地獄」なんだな。九重と久住の違いみたいで、非常に微妙だ。
建物はコの字型になっていて、向かって右側が宿泊棟兼お食事処、正面がフロント、左側が温泉棟になっている。ただし、「寒の地獄」の名前たらしめている極寒の冷泉はこのフロントの奥に別棟がある。
風情のあるたたずまい。
・・・あれ。前言撤回。玄関には「寒の地獄旅館」という札が下がっている。ややこしいな、では正確には、温泉名が「寒の地獄温泉」、宿名が「寒の地獄旅館」ということで最終結論。この後何か違う論証が出ても見なかったことにする。
フロント入り口のところに、日帰り入浴の料金がかかれていた。
冷泉、大人500円。1時間という時間制限が厳しいところだ。なぜなら、ここの冷泉は15分くらい我慢して浸かり、その倍の時間(即ち約30分間)採暖室にて暖をとる、ということを繰り返して入浴する事が良しとされていると聞いているからだ。1回転で45分間。1時間というのは長いようで短い。
おや、一方温泉の料金表もあるのね。当然冷泉だけじゃ宿として成立しないので、加熱湯が別にあるのだが、そちらはそちらで別料金ということなのか。つまり、「冷泉だけじゃ寒くてやってらんねぇ、暖かいお湯にも浸かりたい」となると、500円+500円で1,000円が必要になる。ただ、温泉の方は時間制限が無いのか、特に料金表に時間についての記述がなかった。
そうそう、書き忘れていた。地獄に堕ちる際はなりふり構わず、というわけにはいかん。地獄にもちゃんとマナーと掟が存在している。水着着用だこの犬畜生め。冷泉は混浴だから、そうなんよ。「地獄だからいいじゃん、減るもんじゃないし」は許されんのでごわす。
そんなわけで、今回は山歩きが主目的の旅行だったにもかかわらず、ちゃんと水着を持参していたのだった。その点抜かりはない。家を出るとき、「水着・・・ちゃんとパッキングしたよな」とザックの中を再確認したくらいだ。準備万端。
中にはいると、囲炉裏とボンボン時計がお出迎え。比較的近年にリニューアルしたのか、建物は奇麗だし旅人の旅情をくすぐるツボを良く心得てらっしゃる。
結局この囲炉裏端でのんびりすることはなかったが、友達と来る時はここで団らんするのもまた乙なものだろう。
通された部屋がこちら。6畳間。1~2名用の部屋だろう。
既に布団が敷かれていた。
さて、寝るか。
いや、そんな馬鹿な。ここに到着したのはまだ15時半。格好の温泉タイムではないか。入って入って入り倒さないと、あのバカ尾根の努力は何だったのと言うことになる。努力してないけど。
ちなみに一泊二日二食付きで12,750円だけど、一人泊ということで追加1,000円が加算されて13,750円となる。宿もいろいろで、「一人泊歓迎」のところもあれば「一人泊なら50%料金アップ」、中には「二人泊と同じ料金を頂きます」なんてところもある。この宿は1,000円加算だから良心的な方だ。ただ、全13室しかない知名度の割には小規模の宿なので、週末一人泊はまず無理だろうな。
窓から下を見下ろす。コの字型の宿のちょうど中庭を覗いている状態だ。
中央に小川が流れているのだが、冷泉の析出物でやや黄色みを帯びた白色に岩肌が染まっていた。なかなか濃厚そうじゃないか。
施設ご利用案内
チェックインPM15:00 チェックアウトAM10:00
●冷泉 AM8:00~PM6:00
男女混浴のため、水着着用となっております。(7月~9月のみ)●温泉(互久楽湯、家族湯) AM6:00~PM10:30
互久楽湯(檜湯、切石湯)は男女日替わりとなっております。
家族湯(檜湯、岩湯、切石湯)は帳場で鍵をお受け取りください。●お食事処「八重喜」(やえき)
夕食 PM6:00~8:00 朝食 AM7:30~8:30(以下省略)
あれっ、冷泉って夏だけしかやっていないんだ。寒の地獄という名前を轟かせている名物は1年のうち3カ月だけの特権。地獄に堕ちるのも時の運なのだな。ここに来るまで知らなかったが、ちょうど今は9月。良かった。何もしらずに、「よーし地獄まみれになってやる」とGWとか晩秋に行っても、「いや今は加熱した温泉だけッス」と言われて轟沈だ。
あと、あれっと思ったのは冷泉は加熱する必要がないのだからいつでも入れるものだと勝手に解釈していた。しかし、入浴時間は午前8時から午後6時まで。始まりが遅くて、終わりが早い。「夕食後、酔い覚ましに一発冷たいヤツを」というわけにはいかないのだ。お天道様が昇っている時間だけの限定開放。なかなかハードルが高い。
しかも夕食時間は18時から20時と短い。多くの宿だと、「21時までに食べ終わってくれればOK」という姿勢を見せるが、ここは20時終わりだ。こりゃあ時間配分が難しいぞ。
まず一つ考慮すべきは、明日は朝食後すぐに久住山登山口に向かわないといけないこと。ということは、翌朝冷泉に浸かるのは無理だ。今日、18時までに堪能しまくるしか手段はない。むむむ、本当は温泉でまずは汗を流し、頭を洗ってから冷泉、と思っていたのだがそれは無理だぞ。15分冷泉-30分採暖の45分周期を何セットか実行しようとすれば、今すぐにでも冷泉に行って夕食時間まで冷泉オンリーでねばるしかない。「早い時間にチェックインできて良かったねー」というのは甘い。急いで水着スタンバイ!
冷泉に向かう。簡易な脱衣所があるので、そこで着ていた服を脱ぐ。そして、「ここを踏み越えれば地獄だ。ええいなすがままよ」と冷泉がある建物に飛び込む。
飛び込む、という表現は大げさだな。訂正。一歩足を踏み入れた、くらいが正解だ。
すると、なんだかヘンだ。入ってすぐに湯船・・・いや、お湯じゃなくて水だから水船とでも言うべきか・・・があると思ったら、なにやらついたて状の壁があって向こうが見えない。
そう簡単には地獄に落とさないぞ、ということか。憐憫の情をかけられてる?ひょっとして。
行く手を塞いでいる仕切りには水が流れる戸井状のものがあり、それはところどころ穴が開けられている。穴からは盛大に水がどぱー。
これが地獄の正体の一部なのか。
飲泉所としてぜひどうぞ、ということらしいが、それにしても飲泉所でかすぎ。毎分2,160リットルわき出るということだが、そのパワーを余すところ無くぶちまけているといった感じだ。
わき水、なんていうレベルではない。川をせき止めて、灌漑用水を引き込んでいるようなありさまだ。
これが「寒の地獄」の正体。プールのようになっている。この地獄プールは二つに分かれており、男女別浴槽になっているかのような仕切りがプールの真ん中にある。すなわち、先ほどの戸井がある壁とあわせるとT字型の壁が形成されている。なぜ地獄プールを二つに仕切ったのかは謎。昔は男女混浴じゃなくて別々でした・・・ということだろうか?
地獄棟の片隅に男女別更衣室があった。
宿泊客は部屋で水着に着替えていくので問題ないが、外来入浴客はまさか朝から水着を着込んでいくわけにもいくまい。ここで着替えてね、というわけだ。カーテンで仕切っているだけのシンプルな作り。
地獄に堕ちる前に最後の下ごしらえをこちらでどうぞ、というわけだ。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出したな。あれは山猫に食べられるために「塩を振りかけろ」だのなんだのいろいろ注文される話だが、ここでは地獄の鬼に折檻されるために「水着を着ろ」ということだ。
成分表が壁に掲げられていた。古いせいもあるが、表があちこち錆びている。・・・いや、錆びている、というより腐食している、という表現の方が正しそうだ。ところどころ斑点状に腐食しているのは、冷泉の水しぶきが付着して、そこが腐食したと思われる。
せっかくなので、寒の地獄についてお勉強ターイム。昨今じゃ、地獄に堕ちるのも勉強が必要なのですよ。この地獄の基礎知識くらいは仕入れておいてから入浴・・・うーん、この表現はきっと正しくないな、入水、しなくては。
冷泉寒の地獄は九重連山の表玄関、三俣山と星生山の麓1,100mに湧き出る冷たい温泉です。江戸時代末期、傷ついたサルが毎日入浴している様子を見た村人が効能に気付いたのが始まりと言われています。
冷泉の温度は14度、無色透明の硫黄泉で毎分2,160リットルが湧き出ています。水が湧くところにそのまま浴室を建てたことから、今でも浴槽の底には自然石がごろごろと転がっています。水着着用で入浴し、隣にある暖房室で温泉成分をあぶり込みながら暖をとります。皮膚病や神経痛、リウマチに効能があるとされ、湯治のほか運動選手のアイシングや登山後の疲労回復、美肌などにも効果があります。
「運動選手のアイシングに効果」って、温泉ではまずあり得ない効能だよな。アイシング。あらためて、14度という温度にびびる。さすが地獄だぜ。でも効能がある地獄だぜ。
「まるで男風呂と女風呂の仕切りみたい」と表現した仕切り部分に、「冷泉行進曲」という歌詞が掲げられてあった。
全5番まである曲だが、とりあえず1番だけを抜粋する。
なほして来るぞと勇ましく
誓って家を出たからは
根治させずに帰らりょか
冷い水の面見る度に
瞼に浮かぶ母の顔
なんという壮絶な歌詞。悲壮感すら漂う。
この曲を勇壮に歌って、寒さを誤魔化しながら水に浸かり続けるらしい。地獄なのは冷泉なのではなく、病魔に冒されて苦しんでいる入水者の事なのかもしれない。
その割には、ここには湯治棟などといったものはなく、日帰り入浴もしくは13,000円前後の一泊二食付き宿泊のみとなる。本当にこの霊泉(あえて冷泉ではなく霊泉、と呼ぶ)に惚れ込んだ人は、外部から通い詰めないといけないので大変だ。しかも1時間あたり500円払って。ハードルは相当高い。
もうね、なんだか壮絶なんである。
壁面には、「冷却心身養蟬心」(心身を冷やすことは禅の心を養うことだ)なんて書かれている。その後に「堪え忍ぶ力を示せ此の地獄」ときたもんだ。まさに地獄なり。ただ、本当の地獄と違うのは、ここの地獄は「寒い!ギブ!」といって暖房室に逃げても良いが、本当の地獄は未来永劫責め苦が続くということだ。
難有り 有難し
なんだって。冷たいことをネガティブに考えちゃいかん、有り難く思えって。こりゃ相当寒いんだな。「いやぁありがたいなあ」と言いながら浸からないと、禅の心だと思って浸からないと、とてもじゃないが耐えられないということだ。
極めつけは、これ。
浴室中央の壁面にででーんと鎮座まします何かのほこら。何が祀られているのかはよくわからない。薬師如来様ではないことは確かだ。まあ、なんだか有りがたい気持ちになる。
垂れ幕にはなにがしさんから奉納され、比較的新しい。奉納があった、ということはこの冷泉で難病から脱却したということだろうか。感謝のしるしとして垂れ幕奉納。いやあありがたい。
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