2003年08月03日(日) 3日目
朝5時過ぎ。カーテンがあるわけでもない車中は、夜明けとともに強制的に目覚めをプレゼントしてくれる。
さすがに寝付けなかった。「うつぶせ寝スタイル」が基本のおかでんの寝相にとって、車のシートは寝心地が悪いなんてものじゃなかった。寝るな、といっているのに等しい。
しかも、温度調整が難しく、ウィンドウを締め切ると蒸れるし開けると寒い。・・・寒い?8月だというのに寒かった。寝袋を出そうかと真剣に考えたくらいだ。人間、居眠りをするときは何か布きれをかぶっていないとどうも居心地が悪い。掛け布団など何もないのに、ついつい無意識のうちに体のそばに布団がないかまさぐってしまったくらいだ。
また、夜中2時くらいにドリフト小僧が駐車場にやってきて、よりによっておかでんカーの脇で何やらメンテナンスをおっぱじめた。ドドドドドとエンジン音がうるさい。チューニングされているからなのだろうが、遠慮も何もあったもんじゃない。
そんなこんなで、体が痛くなった体を引きずりおこし、車内からはいずり出た。ああ、今日は暑くなりそうだ。
道の駅裏磐梯から磐梯山は近い。本日は、まず朝イチで磐梯山を踏破し、そのあと安達太良山を攻め込み、午後早い時間でフィニッシュという流れを想定している。
まず、一発目の磐梯山は、猪苗代湖畔から登り出すと結構面倒な山だ。しかし、その脇をすり抜けている有料道路「磐梯山ゴールドライン」の途中にある「八方台」から登り始めれば、標高差を縮める事ができる。その差、400m弱。
ゴールドラインという名前だけあって、高い通行料金を支払わされて有料道路に入る。しばらく走ると、正面に磐梯山が見えてきた。
写真だと二つの山があるように見えるが、もともとは一つの大きな山で、大爆発によってごっそり真ん中の部分が吹っ飛んでしまった結果ああいう形になってしまったというのだから恐ろしい。自爆という言葉は、まさにこの山を形容するためにある。
八方台駐車場に到着。まだ朝6時過ぎだというのに、結構車が停まっている。見ると、車中泊していたりテントを駐車場内に張っていたりしているようだ。この時間にしてこの駐車台数なので、昼頃になると駐車しきれない車が出てくることだろう。それだけ人気がある登山道ということか。
しかしみなさんよく車中泊できますねえ・・・あたしゃ、たった一晩の車中泊でやられまくってますが。
6時23分、磐梯山登山開始。標準コースタイムだと、登り1時間55分、下り1時間25分。午前10時前には下山完了の見込みだ。
さすがに昨日の西吾妻山の悲劇があるので、今日はきっちりと地図を熟読しておいた。今回、道を間違えると猪苗代湖に降りてしまったり、とんでもない所に行ってしまいそうだから。
「クマ出没注意」という看板が気になる。
登り始めは、楽な道だ。林道といった風情で、車のわだちが若干残っている。ここから30分先に、「中ノ湯」という今は廃業した温泉があるらしく、そこまでは道がしっかりしているようだ。
20分ほど樹林帯の中を歩いていると、急に開けたところに出てきた。
目の前に看板が突き刺さっている。
ガスという字が毒々しく、どきっとしてしまう。
ところで、この看板は「ここはガスが出るので近づいちゃ駄目よ」という意味なのか、それとも、「ガス」と書いてあるところには近づいちゃ駄目よと教えているだけなのだろうか。
それにしてもこのあたりは、クマに注意したりガスに注意したりと、二文字カタカナに注意しまくりだな。忙しいったらありゃしない。
開けた場所の奥に、青い屋根の建物が見えた。あれが中ノ湯だ。こんなところに温泉が!これは、間違いなく秘湯だ。ゴールドラインが開通してなけりゃ、相当山深い場所にあたる。どうして廃業しちゃったかなあ・・・。
聞くところによると、経営者が死去してしまったため廃業という事だが、建物はまだ廃墟と呼ぶにはほど遠い状態だった。まだ廃業してそれほど間が空いていないようだ。
建物は、「何でこんな狭い所に作ったのかなあ」と首を捻る、ちょっとした高台の上に作ってある。しかし、それだけでは収まりきらなかったらしく、渡り廊下を下に這わせて、別棟を高台の下に作ってあった。目の前に、広々とした場所があるのに・・・。
中ノ湯の建物前には、このように青白い水の池が広がっていた。まさに温泉って感じだ。ところどころボコボコと泡がでているので、お湯か水が現在も湧き出ているようだ。
これだけムードたっぷりなのだから、登山客用の立ち寄り湯兼茶屋として再開すればきっと繁盛すると思うのだが、難しいのだろうか?
非常にもったいないと思う。
廃墟の脇をすり抜けるようにして、道を進んでいく。
中ノ湯の裏手から本格的な登りとなる。げっそりするレベルの坂ではないので、ほいほいと登っていく。
道のあちこちに、ヘリで降ろしたと思われる木材がネットに包まれたまま放置されていた。登山道の整備をするつもりらしい。確かに、この登山道は非常に多くの人が通るからか、あちこちが崩れかかっていた。
なるほど、こういうのは人力で一本一本運んでいるのかと思ったが、最近は全部ヘリでやってしまうのだな。感心。
旧噴火口を見下ろしながら登っていく。
途中で、道が旧噴火口から離れ、下り坂になったので焦った。「もしや、また道を間違えたか!?」
地図で念入りに確認したが、道の間違いは無いことが判明。ほっと一安心。昨日の事件があるので、どうも過敏になってしまう。
山頂が見えてきた。ややガスっている模様。
山頂が拝める位置になると、周囲が笹藪になってきた。
この登山道は、きっつい登りが無く、そこそこの坂がずっと続く。だからどこで一息いれればいいのかわからず、結局疲れた疲れたといいながらどんどん先に進んでしまう。
07:40 笹藪を抜けると、急に風景が開けた。売店が二つ並んでいる。
岡部小屋と弘法清水小屋だ。まだ朝が早いので、小屋そのものは営業を開始していない。
ここには「弘法清水」と呼ばれる水場があり、水を汲んでいる人がたくさんいた。そのうちの一人が、「いやぁ、ここの水はおいしいので、よく汲みに来ているんですよ」と大きなポリタンクを見せながらしゃべっていた。わざわざこの水を汲みに!恐れ入った。
そんなありがたい水なら早速頂戴しないと、と飲んでみた。うむ、冷たくておいしい。
・・・ほかには?
いや、冷たくておいしかったな、と。
こういう水の善し悪しが分かるようになるのって、どうすりゃいいんですかね。
岡部小屋にあった看板。
お土産として、オリジナルバッチ、キーホルダー、テレフォンカード、バンダナ・・・などが売られているらしい。
ふと思ったのだが、ここでお土産を売るために、わざわさ下界からこれらを運び上げているわけだ。で、登山客はここでその商品を買って、下界に運び降ろしているわけで。・・・なんたる位置エネルギーの浪費!
登山口の八方台駐車場に売店を作った方がよっぽど儲かるんじゃネーノと思うのだが、旅情ってのはそんなに単純なモノじゃないのかもしれない。同じモノを下界で売ったところで、それほど売れない可能性大。
しかしだ、山の上で売っているわけだから、どうしても重かったりかさばるものは売ることができない。なぜなら、二本足で山に登ってるわけだから、そんなおみやげ邪魔になるばかりだ。たとえば「鮭をくわえたヒグマの木彫り人形」なんて、間違ってもこんな山中の売店で売ることはできない。
ってことは、だ。「重くてかさばる」=「値が張る」ものを売る機会を損失しちまっているのではないかと思うのですよ。やっぱ、この山小屋型ビジネスモデルが正しいのかどうか疑問だなあ。
弘法清水から見上げた山頂。おお、まだもう少し先だな。ここからコースタイムで30分。時間は短いが、キツい登りにさしかかるようだ。
ほらー。
今まで楽させて貰ってきた分、ここで取り替えされたァ、って感じで。
登山道の左側がすっぱり切れ落ちていて、崖になっていた。
こ、ここが爆発によってけしとんでしまった場所だというのか。なんたるパワーだ。
と、とりあえず驚いてみる。
ガレた岩場になってくれば、山頂近しのしるしってぇのはお山の定番。それ、もう少し。
8時9分、山頂到着。標高1818.6m。
うーん、いまいち充実感が欠けているんだよなあ、山頂についても。まだ朝が早いので、「よぉぉぉし、山頂に登りつめたぞぉぉぉ」という感慨もないし、早くも頭の中は次の安達太良山へのスケジューリングでいっぱいになりつつあるし。ああ、やっぱり一日に二つの山に登ると、不幸だ。
山頂は、アブとハエとトンボの天国だった。じっとしていると、次から次へと「登頂おめでとう」とあいさつをしにやってくる。「寄るなアッチいきなさい」とシッシと追い払っても、すぐ次の昆虫めがやってくる。正直うっとおしいったらありゃしない。一体こいつら、何をエサにして生きているのだろう。霞か?
山頂から西方面をみると、アルツ磐梯スキー場が眼下に見下ろすことができた。
逆向きに、東方向は・・・ごっそりと火山爆発によって消えてしまった山のあとが見える。もやがかかっていて、写真撮影はしっぱい。
北側に目をやると、檜原湖を中心とした裏磐梯がよく見える。さすがに昨日苦渋を舐めさせられた西吾妻山系は見えなかった。
この時間にして、ぞくぞくと人が山頂に登ってきだした。数十分もすれば、この大して広くない山頂は人でいっぱいになるだろう。8時19分、下山開始。
9時45分、下山完了。
途中、300回以上も「おはようございます」「こんにちは」攻撃を放ったし、食らった。いや、なんという人の多さだ。ヘタな道を歩くよりも人が多いではないか。
おかげで喉が渇いた。あいさつしっぱなし。
オアシス運動、推進しっぱなし。
・・・あれ?オアシス運動って、何の略だったっけ。
おはようございます、ありがとう、しりません、すいません
だったか?いや、「しりません」はあんまりだな、「しあわせです」・・・でもないな、ああ、「しつれいします」だ。すっかり忘れていた。
途中、あいさつがあまりにうっとおしくなったので、団体で登ってきている人たちに対してはまとめて一回で済ませようとして、「おはよーございまーーーーーーす」と言葉を伸ばしてみたのだが、失敗。息が上がった。あと、単なるバカみたいになってしまった。
悲しいのは、下山しながら頭の中は既に次の山・安達太良山の事を考えてしまっていることだった。今踏みしめている山を満喫できていない。あるのは、「次の山の登山口まで車で移動して1時間足らず、ルートは有料道路を使った方が早いけど短縮効果が少ないので一般道を・・・」という計算ばかり。今回の企画が時間との勝負でありパズルゲーム的要素があったことが、山そのものに集中できない理由のようだ。
山に登った!というとき、「ひゃー、もうこれ以上ひぃひぃ言いながら坂道を上らなくてもいいぞ!」という開放感が本来あるべきものだ。そして、下山したときは「いやー、下界に降りてきたぁ。お疲れさま、無事で良かった」とほっとするものだ。しかし、「はーい、次の山が控えていますので、駐車場にお向かいくださいー」って事になっているので、山のてっぺんでも下山口でも全くカタルシスが無いありさま。何のために山に登っているのだか。
・・・百名山ピークハントのためでしょ?
いや、それ言っちゃお仕舞いよ。やっぱ、3つめの山に登った時点で結論めいた事を言うのもどうかと思うが、「1日に複数の山に登るのは(・A・)ヨクナイ!」ということで。
安達太良山の登山口に到着して、思わず笑ってしまった。現在の時刻10時48分。さっき磐梯山を下山して、まだ1時間しか経っていない。それなのに、もう次の山の登山口に到着してしまっているこの事実。
足はまだ、先ほどの下山で使った筋肉がクールダウンされていない。「そろそろ出番ですよ」と声をかけたら、「え?また登るの?」とえらくびっくりしていた。軽くストレッチを行う。
・・・行う。
・・・行う。
おっさん、早くその登山口の標識の前から離れてくれよ。そこにいたら邪魔で、記念撮影ができないじゃないか。
結局、誰を待っているのかしらないが、おっさんが登山口を塞いでしまっていたため、なんだかわけのわからん写真になってしまった。決して、おっさんを撮影したかったわけではない。
安達太良山は、途中までゴンドラで楽することができる。これを使うと10分足らず、使わないと1時間20分の山歩きとなる。
当然使うしかないでしょう。
スキーシーズンと変わらない量のゴンドラが動いていたので、待ち時間はゼロでスタート。いやあありがたい。文明ってスバラシイと誉めてつかわそう。
眼前に、これから登る安達太良山が見える。
そういえば、朝ご飯を全然食べていなかった。朝起きてすぐに磐梯山に登ったので、朝食を確保する気にもなっていなかった。磐梯山に登る直前、チーかまを1本食べたが、それではあまりにカロリー不足だろう。ゴンドラの中で、残っていたもう1本を食べた。よし、これで栄養摂取完了。
・・・それ以外、食べるものを持ち合わせていなかったというのが真相なのだが。しかし何だい、こりゃ。「チーかま1本で1つの山を登ろう」チャレンジになってしまっている。
山に登るときは、炭水化物を多めに採ることを心がけないといけないし、疲れたと思ったらチョコレートや飴のように甘いものをすぐに舐められるようにスタンバイしておかなければならない。にもかかわらず、この舐め腐った装備。我ながら驚いてしまった。今頃になって、だが。
よい子のみんなは絶対にマネしちゃだめだぞ!
と正義の味方みたいな事を言ってみるが、お前一体誰だよ、と自らにツッコミを入れてみる。山を舐めるから、昨日のように道を間違えるんだから。
11時10分。ゴンドラにて一気に標高1,350mまで上がってきた。すでに この地点で植生が下界と違ってきている。いやあありがたいなあ、ここから登ることができるなんて。
今回は、昨日の西吾妻山みたいに悲惨な目にあわないよう、きっちりと事前学習済み。しかも、まだ午前中なので迷って日没を迎えてしまうという事はない。だから非常に気楽だ。
山頂が1,699.6mなので、約350mの登りとなる。
うーわーあー。
どこぞの小学校の学校登山だ。
うっとおしいったらありゃしない。登山マナーを全く知らない児童はしゃーないとして、やっぱり登山マナーを知らない教師が引率しているものだからたちが悪い。
こっちと比べてはるかに歩くペースが遅いのだが、最後尾についている引率の先生がこっちに配慮し、「先に行かせてあげてー」と前に指示を出すことをしない。天下の公道、誰にも文句いわせないぞえへんえへんと堂々と歩いている。
しばらくこの集団の後ろについていて様子をうかがっていたが、あまりにペースが違いすぎるので我慢できなくなり、「すいませーん、先行かせてくださーい」と大声をだして、強引に前に進んだ。
で、一つの集団を追い越すと、その先にまた別の集団が・・・これが延々と続く。
もう、学校登山ってやめてもらえませんかね、学校のセンセがた。他の登山客にすっごく迷惑かけてるってこと、分かってないでしょ。しかも、最近は学校登山中に生徒がはぐれてしまい遭難、なんて事件がぽつぽつと発生しているわけで、山の引率をきっちりとできる自信と技術と知識が無いのだったら、生徒を山に連れて行くのはやめた方がいい。
どうしてもやりたいんだったら、まず小人数のパーティーに分けて欲しい。多くて10名程度。それを、5分程度の時間差で徐々に出発させる。一度に全員が出発すると、今回のおかでんみたいに追い越したい人からすると凄く大変だし、迷惑する。すれ違う人にとってもそうだ。しかも、登っている人によって体力が違うため、時間が経つにつれてどんどん列が長くなる。ますます迷惑だ。
それから、こんな夏山シーズン真っ盛りの日曜日に登山を設定するのもやめて欲しい。ましてや、安達太良山という人気の高い山に登るなんて、そこのけそこのけお馬が通る、って状態だ。
時にはみんなが避けているぬかるみに足を突っ込みながらこの集団を追い抜いていった。みんなが避けるぬかるみ、ということはちょうどその部分だけぽっかりと登山道が空いているわけであり、ここで抜かないわけにはいかない。どうせ昨日時点でズボンと靴はどろどろになっているのだから、今更泥まみれになっても構うもんか・・・と、ずいずいと進む。児童達から「わあ、そのまま行ってるよ!」という驚き呆れた声が聞こえる。君たちの引率がなっとらんから、こういう事になるんだゾと思いつつ、イライラしながら先を急ぐ。
しばらく追い越しを続けていたが、ついには先頭がストップしてしまった。完全停滞だ。狭い登山道に人がずらりと立ち往生。ちっ、仕舞いにはこんなところで休憩にでもしようというのか。ふざけたマネをする引率者だ。恐らく、リーダーとなる先生は先頭を歩いているはずなので、先頭に到着したらその先生に苦言を呈してやろう。
「すいませーん、ここで停まらないでもらえます?先に行きたいんですけど」
と怒気を含んだ声で前に向かって叫んだら、
「ちょっと待ってて・・・おーいみんな、のいてあげて。人が通るから」
と何やら含みを持たせつつ、登山道の端によってくれた。「こんなところに停まるなよ、ケッ」とイライラしながら追い越してみると、そこには足が悪くてロボットみたいな補助具を足にとりつけた子供が、杖をつきつつ、同伴の大人に支えられながら一歩一歩登って行っている姿があった。
・・・学校登山に抱いていたいらだちのやりようがなくなってしまった。なんだか自分が悪いことをしちまったみたいな気分になって、リーダーを説教する気もうせてしまった。
安達太良山山頂が見えてきた。
あの、ぼこっと膨らんだ部分が山頂。通称、「乳首」というらしい。ハアハア
登りはじめの頃は、左右に覆い被さるようなシャクナゲの中を歩いていき、展望は全然きかない。
しかし、ある程度すすんだところからいっきに眺めが開放的になり、非常に楽しい山登りになる。傾斜がそれほどキツくない上に、振り向くと下界がずばーんと広がっている。登っていてとてもとても楽しい。
どこで休んでも、絶景。
疲れたら、その場で休めばいい。心地よい風と、眼下に広がる景色が楽しめること間違いなしだ。
山頂が見えてきた。あともう少しだ。
こうやって見ると、槍ヶ岳を思い出させる。
槍の肩があって、槍の穂先があるという構図。しかも、砂地になっているあたりも、なんとなく似ている。
山頂は狭いらしく、多くの人は山頂を制覇したのち、肩まで降りてきてそこで食事をとっている模様だった。
安達太良山の縦走路。北方面を臨む。鉄山が見える。
このコースを縦走すると、さぞ気持ちよいことだろう。
まるでアルプスの山々を見ているようだ。標高が低いのに、このように植物が生えていないのは、火山の山だからだろう。
乳首への最後の登頂。鎖場が用意されている。
こりゃ本格的だぞ・・・と身構えたが、よいしょ、よいしょと登ったらそこが山頂だった。意外とあっけない。
安達太良山山頂。
八紘一宇と書かれた墓標みたいなものが、違和感ばりばりだ。誰だ、こんなものを建立した人は。安達太良山にこんなものを建てるんじゃなくて、ニイタカ山にでも置いてきたほうがいいのではないか?
西方面を眺めると、はるか彼方にうっすらと磐梯山が見えた。
4時間ほど前には、あの山頂に居たのかと思うと・・・感慨深いというより、アホくさくなってきた。何をやっとるんじゃ。
普通、山頂についたら記念撮影をして、そして「じゃあ食事でも」なーんて流れになるのだが、いかんせん食事は先ほどゴンドラで食べたチーかましかなかった。何一つ、食べるものがない。予備食料すら無い。
すなわち、やることがない。
水をぐいと飲んで、おしまい。しゃーないので、写真を撮りまくった。
この写真の中で、山あいで白っぽく見える場所が沼ノ平。火口になっていて、広場のように平らな場所があるらしい。そこにはもともと登山道があるのだが、ガスが吹き出ているために現在は立ち入り禁止。何でも、昔は地元の子供達がそこでソフトボールをやっていたらしい。白い岩肌の沼ノ平に立つと、まるで月面にいるかのような錯覚になるとも聞いている。いつか行ってみたいところだが、当分は無理だろう。
阿多多羅山の山の上に 毎日出ている空が 智恵子の本当の空だといふ
・・・これが、智恵子の言う「本当の空」だった。しばらく、雲の流れゆく様を眺める。
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
うつとりねむるやうな頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬のはじめの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
下を見てゐるあの白い雲にかくすのはよしませう。あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、
むしろ魔物のやうに捉へがたい妙に変幻するものですね。あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。ここはあなたの生まれたふるさと、
あの白い白壁の点点があなたのうちの酒庫。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸ほう。
あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、
すんなりと弾力のある雰囲気に肌を洗ほう。私は又あした遠く去る、
あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、
私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。
ここはあなたの生まれたふるさと、
この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。
まだ松風が吹いてゐます、
もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へてください。あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
(高村光太郎「樹下の二人」)
智恵子抄の一節を思い出しながら、山頂に滞在することしばし。
・・・そろそろ下山するか。
今回の山歩きの中、唯一ゆっくりと山頂に滞在したのち、下山を開始した。この山は、もう一度登りたいという気にさせてくれる山だった。次は、誰かと一緒に訪れてみたいものだ。
下山途中、行きでぶち抜いた学校登山の人たちと登山道ですれ違った。「ええっ?もう下山なんですか?」とえらく驚かれた。「ええ、もう山頂でたっぷりと楽しんできましたからー」と、答えた。
「くろがね温泉の方に降りた方が面白くないです?行きと同じ道じゃなくって」と鋭い質問が飛んできたが、まさかあれだけエラそうに「のいてくれー、先に行くぞー」とやってきた立場上、「いや、行きも帰りもゴンドラ使ってるんですよ」とは言えず、「いやあ、この風景が気に入ったので、帰りも同じ道でアハハ」なんて適当にごまかした。ううむ、やはり恥ずかしいな、楽して山に登るってことは。
13時20分。完全下山完了。これにて、「2日で百名山を4座登れ」という指令は無事完遂ということになった。
お疲れさまでした!
って、ちょっと待て。これから4時間かけて、車を運転して東京に戻らなければならない。自宅まできっちりたどり着かないと、企画そのものが終了したというわけではない。
ううむ、何という達成感のない企画だろう。山に登りました、という達成感は「次の山にはどうやって登ろうか」という次のプランを考えることで阻害され、下山後の「やぁー、お疲れさまでした」というヨロコビは、「バカいうな、これから長いドライブが待ってるぞ」という事でやっぱり阻害されまくり。ああそうだ、ビールを飲むという「節目」の行為が無いから、だらだらと緊迫感が続くのか。
しかし、車に乗りつつ山に登るとなると、こればっかりはいかんともしがたいところで・・・
今回の企画、全然「へべれけ紀行」じゃない。ううむ。
リフト券の半券を出すと、リフト乗り場すぐ横にある「富士急ホテル」の入浴が割り引きになるらしい。この地は「奥岳温泉」と呼んでいるようなので、立派な温泉地だ。
とはいっても、源泉は安達太良山中腹にある「くろがね小屋」近くにあり、そこから引き湯をしている。だから、「くろがね小屋」の風呂と、ここ「奥岳温泉」と、さらに下界にある「岳温泉」は同じ源泉ということになる。
岳温泉は比較的名の通った温泉であり、当初そちらに行こうかと思っていたのだが、割引券があるということと「同じ源泉だったら、引き湯の距離が短い奥岳温泉の方がお湯がいいだろう」という判断で、ここで入浴することにした。
スキー宿らしく、ざっくばらんな建物というのがやや気になったが。
建物の中も、やっぱりスキー仕様で非常にざっくばらんだったが、温泉は良かった!
効能書きを見ると「単純泉」ということだったが、やや青緑色なお湯と、硫黄の臭いが心地よい。
もちろん源泉かけ流しだ。二つの山に登ってきた体にとっては、ぜいたくすぎるお湯だった。
そういえば、この3日間で3カ所の温泉巡りをしたなあ。
1日目:長野県 扉温泉
2日目:山形県 小野川温泉
3日目:福島県 奥岳温泉
いずれも源泉かけながしのお湯で、大変結構でございました。満足感が一番高かったのは、この奥岳温泉。
どろどろになったズボン。お疲れさまでした。
さあ、風呂に入ったことだし、気合いを入れ直して「無頼の都、混沌たる愛憎の渦」の東京に戻ることにしよう。途中、居眠り運転をしないように気を付けつつ。
結局、朝飯・昼飯を食べ損なってしまった。まあいい、家に帰るまで我慢して、その代わり帰宅後は盛大に飲み食いするか。
ということで、百名山無謀チャレンジはこれにて終了。合計、3日間で5座登るというアホな事をやったわけだが、これはこれで楽しい企画ではあった。ただし、「山に登る」という事ではなく、ネタ的に、という意味で、だ。山歩きという観点からすると、やっちゃあいけない部類に入ると思う。
まず、リフトで楽をするのは別に構わないとは思う。そういう便利なものがあるのだから、活用したければすればよい。しかし、それによって時間短縮ができたのなら、その空いた時間を使って山頂でゆっくりするとか、より山の奥まで進んでみるとか、山に還元するべきかなと思う。それを、短縮これ幸いと次の山に向かうっていうのは、やっぱり間違った事だと思う。頭の中が、ひたすらパズルゲームになってしまい、「ここを何時何分に通過したら、あそこに何時に到着できるから、そこから車で移動して、○時のリフトに乗って・・・」となる。山そのものを楽しむことができない。
ま、ここでいくら反省したって、こんな変なチャレンジができる山(及び山域)はもう他にはないわけだし、これが最初で最後。いい思い出に美化しておこう。数十年後、「あのころはむちゃやったなあ」って苦笑いをするための。
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