裏切りの山、裏切りのビール【鹿島槍ヶ岳】

8時35分、「とっとと下山してしまおう」という事で山小屋を後にした。昨日きた道を逆戻りで、種池山荘経由の扇沢行きだ。

昨日、突風に帽子を飛ばされかかった冷乗越に差し掛かった。今日は、より一層風が強い。いきなり突風が吹くため、防風体制をとってその場でじっと踏ん張らないと危ない。そのため、なかなか前に進むことができない状態になった。

雨が、強烈な風と共に顔に吹き付ける。雹が降ってきたかのように、痛い。

爺ヶ岳直下の道を進む。時々、カラフルなレインウェアを身にまとった団体とすれ違う。今日はこの天気で、一体どこまで行こうというのだろうか。荷物が相当大きいので、恐らく鹿島槍から五竜岳方面に縦走するつもりなのだろう。しかし、鹿島槍と五竜の間には、「八峰キレット」と呼ばれる難所があり、この天気で果たして通過できるのかどうか、不安だ。大丈夫だろうか。

爺ヶ岳を通過し、稜線が東西に向かうようになったら風はある程度収まった。南北に稜線が走っているときは、ひたすら黒部側から吹き上げてきたのだが、ここだと楽。

それにしてもなあ、こういう開放的な稜線の登山道なのに、行きも帰りも、ガスしか見えなかった。

今回の山歩きの成果:ガスと雨と風と戯れることができた。風景?いや、そんなもの全然見てません。

道もずいぶんと整備されてきた。そろそろ種池山荘だろう。

早く下山したいという気持ちがある反面、種池山荘を通過してしまうと、稜線歩きが終了してしまうので残念な気持ちもある。やっぱり、稜線歩きというのは山の上に上り詰めた人間しか味わえない快楽だ。たとえ天気が悪かったとしても、だ。

種池山荘がガスの中から浮かび上がってきた。稜線歩きの最終地点。ここから、扇沢に下っていくことになる。

9時57分、種池山荘到着。この時点で、おかでんはトレードマークの眼鏡を外して歩いていた。水滴が付着して、前が見えなかったからだ。視力が0.1以下に落ちるが、そっちの方がまだマシだった。

種池山荘の入り口に、昨日同様心霊写真が!

・・・天気が悪い日だと、小屋の中の人が心配そうに外を眺めている光景によく出くわすので、「心霊写真もどき」は撮りたい放題だ。

種池山荘のすぐ脇に、小さな池を発見した。こ、これが種池なのか。

立派なお宅の庭には、これ以上の規模の池ってありそうだぞ。ニシキゴイが泳いでいるってやつ。

晴天つづきだと、ひからびそうな感じの池だった。

種池山荘前で、ザックの中でぺしゃんこに潰れたコロッケパンをもそもそと食べ、行動再開となった。

下山しながらあらためて、柏原新道がよく整備されていることに驚きを感じる。斜面が崩れないように、タイヤバリアが作られていたり、石畳状の段差が作ってあったり。非常に手間がかかる作業だ。頭が下がる。

なぜこの山は疲れにくいのかと思ったら、大きな段差がほとんど・・・いや、全く?存在しないからだった。普通、「よいしょっと」と乗り越える、膝の高さくらいはある段差はよくあるもんだ。しかし、今回の道のりの中で、そういう段差は見あたらなかった。膝に不安を持つ方でも安心して登れる、かもしれない。

種池山荘から下りはじめてしばらくしたところで、沢の音が聞こえてきた。

「おい、えらく沢の音が聞こえてくるのが早くないか?」
「確かにそうだな、昨日はこの辺りだと音がしなかったはずなのだが。雪渓が崩れたかな?」

会話をしながら歩いていくと、その先に雪渓が見えてきた。

あー、なんか昨日と景色が違う。

土砂がどしゃーっと(お約束)、雪渓を汚していた。こんなの、昨日は無かったぞ。雪渓上部で崖が崩れたか。

子供がペンキをひっくり返したって感じ。せっかくの白い雪渓が台無しだ。

こんなところの氷を削って、「わはは!山で氷アズキは最高だ!」なんて言って練乳とアズキを取り出して食べる人が居たら、神認定だ。

一足先に通過した兄貴が、

「ゆっくりと、かつ素早く渡れよ」

とどう考えても相反するオーダーをこちらに出してきた。一体何事かと思ったら・・・

うわあ、雪渓が崩れておりますがな。

反対側から見たところ。ぽっかりと大きな穴が開いている。

そこから中を覗き込むと、マンモスのミイラ

おい妄想はいい加減にしろ。

はい。

当然のように、中は空洞になっていて、山肌にそって水が流れていた。こんなところで「よーしオニイサン相撲取りだぞー」って四股を踏むと、雪渓を踏み抜いてしまい帰らぬ人になるだろう。

「へー、凄い凄い」と写真を撮りまくっていたら、兄貴からしかられた。

「馬鹿、早くこっちにこい。落ちるぞ」

夏休みのよい子のみなさんに注意。溶けかかった雪渓上で、チンタラしていたら命に関わります。さっさと通過しましょう。

雲の下に下りてきた。雨も、風も止んだ。雨は時々ぱらぱらっと降るが、先ほどまでのすごさを知っている身からすると、お子さまみたいなもんだ。

あちこちの雪渓が、昨日見たとき以上に土色に染まっていた。完全消滅するまで時間の問題だろう。

11時19分、その視線の先に扇沢の駐車場が見えてきた。下界が近づいてきた証拠だ。

気温も上がってきた。

山の上の暴風も不快だが、こうやって暑いのも不快だ。

11時20分、ケルンに到着。

今シーズン初の山なので、足が疲労してきた。立ち止まると膝がガクガク言う。あと、珍しく右膝を痛めたらしく、歩くと痛みが走る。

こういうとき、ネガティブに考えるのではなく「そうか、だったら下山後はアルコールで鎮痛させないとな」と思うのがいつものおかでん。

しかし、今回は車で来てるんだよぉ、お酒は飲めないんだよぉ。

山に降った雨が、谷の急斜面を滝のように、細く滑り落ちていた。この瞬間だけは、日本でも有数の落差を持つ滝と言えるだろう。

途中、子供達がいっぱい登ってきた。引率の大人が、「すいませんね、これから100人通過しますから」なんて物騒な事を言う。確かに、それからしばらくは元気いっぱいな子供達がドドドドと登ってきた。あいさつするだけでも大変、大変。

恐らく、林間学校として爺ヶ岳に登るんだろう。子供達の体力を考えれば、種池山荘で一泊といったところか。

子供でも登りやすい山ではあるが、山の上は現在大荒れ中。大丈夫かいな。

子供の遠足として、集団登山ってのはもうご時世じゃないと思うんだがねえ。万が一があったとき、引率の先生(当然登山には詳しくない)が責任とれるか、って問題があるわけだし。

昨日も撮影をしたポイントから、今日も信濃大町方面を撮影。

あーあ、下界ってこんな感じだよ。呑気な天気じゃあないか。さっきまで寒さで震えていたわれわれは一体何だったんだ。

これから山に登っていく人たちが、僕らの雨合羽姿に「おやっ」という顔をする。

「上って雨降ってるんですか?」

なんて呑気な事を聞いてくるので、

「いやもう、暴風雨ですごい目に遭いました」

と答えて置いた。大げさでも何でもない。

ふいー。ようやくおりてきたぁ。

登山道入り口からケルンまでの間は「急登」と登山地図には書かれていたが、登りの際にはあまり気にならなかった。しかし、下ってみると確かに結構な傾斜だ。元気がいいうちに登ったから、あまり気にならなかったのだろう。

膝をガクガクいわせながら、なんとか無事帰り着いた。

いやぁ、すごい山歩きだった。全編、ほとんど救い無しハッピーエンド無しのガスと風と雨だったもんな。

自分の車を停めている駐車場が見えてきた。良かった、車上荒らしには逢っていないようだ。

それにしても、さすがに三連休明けというだけあって、車の数が減っていた。普通の方は、今頃筋肉痛に苦しみながらお仕事中、というわけか。

川の水は、昨日以上に轟音を響かせて流れていた。増水していて、川遊びなんてやったらすぐに流されてしまいそうだ。

川遊びをやったためか?流された木。

こんなデカい木、昨日は無かったぞ。上流からごろんごろんと転がってきたのか。えらいこっちゃ。

12時6分、下山完了。

「いやー、疲れたねえ、では最後に記念撮影」

といって、ブーニーハットを外してカメラに収まろうとしたら、兄貴が

「あっ、帽子かぶっとけ、やめた方がいい」

という。

「髪の毛、ぺっちゃんこになってて相当みっともないぞ」

はあ、さいですか。

記念撮影をやった直後、登山口を塞ぐ形で待機していたタクシーの運転手さんに話しかけられた。

「これからバス?車?タクシーあるけど?」
「あ、いや、僕ら車なんで」

どうやら、山小屋からの予約に応じてやってくるタクシーの他に、「流し」のタクシーもいるようだ。こうやって、下山してきた登山客に話しかけて、バス利用のつもりだ、と答えたらタクシーを勧めるのだろう。

「下山客待ちかまえ」で商売が成り立つんだから、面白い。思ったより、登山客が多いって事だ。

こういった場所のタクシーは、大抵「○○まで幾ら」というのが決まっている。だから、メーターは使わない。定額制なので結構安心だ。また、バスの運賃と同額でいい、なんて言う事もある。3-4名いれば、タクシーは決して高い乗り物ではない。

先ほどの流木を、別の角度から。あーあ、落っこちそうだぞ。

車に帰り着いて、後かたづけをする。靴は泥まみれになっていたので、近くの側溝を流れる水で洗った。非常に流れが速く、しっかりと靴を持っていないと一気に流されそうだ。

山を下りてからの楽しみは、温泉だ。

扇沢からだと、大町温泉郷にある「薬師の湯」が有名で、定番。われわれもそちらにお世話になることにした。

本当は、ちょっと山奥に入ったところにある葛温泉に行きたかったのだが、兄貴が面倒がったのでこちらにGO。

温泉、というより、日帰り入浴施設といった表現の方が正しい。

ただし、ぬるいけど源泉100%の湯船もあるので、悪くはない施設だと思う。

風呂上がり、さっそく兄貴から

「おい、生ビール飲むなんて言うんじゃないだろうな」

とけん制を受ける。さすがに、車の運転があるのでそれはできない。

その代わり、足裏マッサージをやってみた。5分100円。

イマイチ。

山歩きで疲れた足には、この程度の指圧では足りぬ。もっとハードにぐいぐいと押してくれないと。

薬師の湯から爺ヶ岳方面を見上げたところ。

下界は晴れているが、やっぱり山の上は雲、雲、雲。全く山の姿を伺う事はできなかった。

恐らく、この時点でも山の上では雨と風が凄いのだろう。山に残っている人々、がんばれ。僕はさっさと家に帰る。

刀屋の蕎麦

最後、遠回りして上田の「刀屋」で昼食。チョモランマ盛りという別称がある「もりそば(大)」を頂く。

「今日は1日2座制圧だな」

と勝手に悦に入りながら、東京方面に車を向かわせた。

刀屋のテレビでは、東京で39.5度の気温を観測したと報道していた。うえー、朝方寒いと言ってたのに、この気温差は何だよ。体調崩してしまいそうだ。

今回、ほとんど景色らしきものを見ていない、何をしにいったかわからない山歩きとなった。これも山、と割り切って考えたいが、「登ってしまった」という実績ができてしまった以上、なかなかもう一度鹿島槍に登り直そうという気になれないのが現実。最低一泊の行程を要求するルートゆえに、なおさらだ。ひょっとすると、今回無理して登らなかった方が、自分にとって良かったのかもしれない。

しかしなあ・・・考えさせられるよな。車で登山口まですいすいと移動するのは、すごく機動力が高くて良い。しかし、下山後、ビールが全く飲めないというのは参る。旅が全く、締まらないんだよな。こうやって記事書いてる現在、どうオチつけていいのか困ってるし。

たまには、公共交通機関を使った山登り、しなくちゃなあ。

というのが今回の結論ってことで。

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