10:56
ぐいぐい登ってきたリフトだったが、最後はやや穏やかな光景の中を進んでいった。
正面に、なにやら噴火口のように見える丘がある。ここが八方山。Cの字に稜線が流れていて、南側は草が茂っているのに対して北側斜面はがれきになっている。このため、蔵王のお釜みたいな噴火口に見える。
よーく目を凝らしてみると、山のいたるところに白い「何か」がある。何だろう、と思っていると、これが全て人、人、人。服だったり、日差しよけの帽子だったり、そういうのが山道のいたるところに。うわぁ、人だらけだ。高度を上げてきたから人の数は少なくなるだろう、なんて思っていたが、そんなことは全然無しだ。考えてみたら当たり前だ、みんなこのアルペンルートのチケットを購入しているのだから。全員、一番標高が高いところまでやってくるに決まっている。
いや、それにしても多いですな。写真だとよく見えないが、山の稜線の登山道と中腹の迂回路にはまるでシロアリのように白い人がてくてくと歩いていた。
10:59
何が人々をここまでやってこさせようとしているのか、というと、このあたりはどうやらトレッキングルートとして山ヤさん以外でも気軽に楽しめるように整備されているらしい。おおかた、ガイドブックなどでも紹介されているのだろう。
見どころは、登山道沿いにところどころ、石が積み上げられたケルンがあるということ。そのケルンをたどりながら、標高1,800mオーバーの絶景を楽しむことができるというわけだ。そして、とりあえずの終着点としては、徒歩1時間ちょっとのところにある八方池ということになる。
この池は、雲上の池ということで人気が高いらしい。晴れていれば、白馬岳を湖面に映した光景を眺めることができる。標高、2,120m。お手軽とはいえ、片道1時間の山歩きは必要だ。微妙な距離感が、ハイキング客にとって達成感を与えてくれる適度なハードルになるだろう。
10:59
おっといかん、観光地案内みたいな事をやってる場合じゃない、早く登りはじめないと。10時59分、ようやく「公共交通機関」から解放された僕は、そのまま登山開始だ。
ストレッチや靴ひもの調整はゴンドラ内とリフトの上で万全だ。リフトからおっこちないように、慎重にストレッチは実施済み。
さあ、行くぞ。
・・・とずずいと登山道に足を踏み出したら、この人の多さ。いやー、観光地ですなあ。ま、上高地よりは人が少ないと思えば、こんなのは「多い」うちに入らない。
ハイヒールとかサンダルで挑戦!という無駄に自らを追い込む強者が居ないかどうか、すれ違う人の足下をチェックしたのだが・・・ああ、いたいた。よりによって金色にてかるサンダルを履いているおねーさんがいたぞ。頑張れ。無理だけはすんなよ。
無謀、とも言えるが、ま、やばくなったら途中で引き返すだろう。自分の限界を目指せ!
11:00
八方池山荘の横を通過して、登山道に入る。ようやく登山話の開始でございます、山好きの皆様大変お待たせ致しました。
八方池山荘は通年営業の山小屋で、冬はスキー向け、夏はハイキング向けとその指向性を変える。こういう絶景の地で一泊するのはさぞ気持ち良いだろう、と思う。のんびりした旅が好きな人だったら、ここで一泊というのは魅力だ。でも僕みたいにせっかちな人は、「ああいいなあ、こういうところで一泊してぼんやり過ごすのって、最高のぜいたくだよな」と思いつつ、思いっきり素通りする。
11:01
今僕が歩いている八方尾根から南側に、長大な尾根が見える。これが遠見尾根。明日はこの尾根を延々と歩いて、下界に向かっていくことになる。
尾根の途中にスキー場が見える。ここからはゴンドラに乗って帰ることができる。八方尾根のリフト終着駅よりは200mほど標高が低い。
11:01
今歩いてきたところを振り返ってみる。
あれれ?何だ、全然前に進んでいないじゃないか。
下界と、リフト乗り場のギャップが素晴らしい。まるで絶壁の上に建っているかのようだ。
そんな絶景の中を、パラグライダーがふわり、ふぅわりと飛んでいた。楽しそうだ。
でも、パラグライダーで山のてっぺんに行けるわけでもなし。後はもう、己の日本の脚で大地を踏みしめていくだけだ。
・・・大丈夫かなあ。膝の痛みが再発するんじゃないか、というのも心配だし、今年初の山登りというのも少々不安だ。もちろん、この膝問題を解決すべく、昨年からはフィットネスクラブで脚力向上に努めてきた。その成果を今回発揮するわけだが、いきなり山中一泊の山行はやりすぎのような気が。
おい待て待て、山に登り初めてまだ2分でそんな事を考えるな。とりあえず先へ行け、先へ。
11:06
ま、万が一調子が悪くなったとしても、「いやぁ今日は天気が良いし、八方池を見に来たんですよハハハ」と笑って、八方池で引き返すという選択肢があり得る。これだと、すげー悔しい思いをしなくても済みそうだ。自分自身に言い訳が立つ、というかなんというか。
まぁ、白馬あたりの温泉巡りをするというのも乙なもんですよ。
と、自らに逃げ道を作ってあげて、山のぼりを続行。
11:06
それにしても人が多いこと多いこと。
一般のハイカーさんたちと僕とでは、当然歩くスピードが違う。ぐいぐいと追い抜かしながら、前へ進んでいく。下山してくる人とすれ違うタイミングなども計算しつつ、どのタイミングでどれだけスピードをあげて追い抜くか、ということを考える知的ゲームとなった。
11:09
蓮華岳、乗鞍岳方面を見ようとしたが、雲だらけ。
11:14
それにしても良い眺めだなあ。
登るのも楽しいし、下るのも楽しい登山道だ。行きと同じ道をピストンするのはもったいない、と思う事がよくあるが、ここだったらぜひ往復したくなる。
眼下の赤い屋根が八方池山荘。
11:14
八方山ケルン到着。
このあたりは広い尾根道なので、濃霧の時いは道に迷いやすいのだろう。だから、あちこちに大きなケルンが建てられている。
11:14
とりあえず、タッチ。
タッチしたからといって、何か御利益があるわけではないのだが、ただなんとなく。
山登りをする人で、山頂にある三角点を我が足で踏みつけないと登頂した気になれない人がいるが、あれと似たようなもんだ。
11:17
尾根道、というのはもっとストイックなイメージを持つのだが、ここはなんと開放的なことよ。まさにハイキングコースの風情だ。
とはいっても、これから向かう先はガスに覆われている。あの向こうには、さらなる濃いガスが待ちかまえているのか、それとも一過性のものなのか。
11:20
第二ケルンの手前で、人口建造物を発見した。
近づいてみると、これがお手洗い。驚いた、登山道中にトイレがあるなんて。
これだけの一般観光客が来る場所である以上、トイレの整備も必須だったということだろう。「こんなところで一日ぼーっとできたらいいなあ」なんて、さっきから僕は考えているわけだが、「ぼーっと」するためには、排泄物を適切に処理できる場所は必須だ。まさかこんな開放的なところで、キジ撃ちもしくはお花摘み(屋外で用を足すことの隠語)をするわけにはいくまい。
本来であれば八方池の近くに作るべきだったのだろうが、さすがにそこは立地条件が悪かったようだ。第二ケルンという中途半端な場所にトイレが設置されていた。ここから八方池までは徒歩15分くらいの距離が離れている。「八方池で一日のんびり過ごす」事を考えた場合、トイレに往復30分かけなければならない。調子に乗って絶景を肴にしてビールをぐいぐい飲んではいけない。
11:21
随分雲が増えてきた。目の高さに雲がある。
金斗雲に乗っている孫悟空の視界って、きっとこんな感じなんだろう、と思う。
ただ一つ違うのは、孫悟空はすいすいと雲の上で空を飛ぶ事ができるけど、凡人である僕は額に汗を流しながら雲の上を目指さなければならないということだ。
11:22
気持ちの良い尾根歩きは続く。
手前が第二ケルン、奥に見えるのが八方ケルン。
数分おきにケルンが設置されているので、「よし、あそこまで頑張ろう」という励みになるのではないか。
僕としては、早速もう「ケルンにタッチして到達感を味わう」ことに飽きてしまい、この時点ケルンに興味を失っていた。記念撮影すらしないで素通り。
ま、そりゃそうだ、単なる石を積み上げたものだからな。一つ一つのケルンで記念撮影していたら、「石とわたくし」という写真ばっかりになってしまう。後々この旅のアルバムを誰か別の人が紐解いたとき、「・・・新手のマニアさんですか?」と質問されたらどうしよう。
11:27
とはいってもこの写真は撮っておかずにはいられなかった。八方ケルン。
わざとだと思うが、黒い石の配置が、人間の顔に見える。シャキーンとひきしまったいい顔をしてるぜ、アンタ。「この尾根の安全は私が守る!」という強い意志が感じられる。・・・石だけに。
うわ。
さっさと先に進もう。
11:27
「さっきの顔は、どっちかといえば『楽しみにしていた弁当、フタを開けたら腐ってたんですわ。えらいショックですわ』と途方に暮れている人っぽいかな?」
なんてちょっと気になって、時々八方ケルンを振り返りながら、丘を登っていく。
さすがにこのあたりは木道は既にない。サンダルでやってきた女の子はどうするんだろう?根性で頑張って登るのだろうか。
11:28
遠見尾根を眺めていると、八方尾根をずいぶんと下ったところにぽつんと池があることに気が付いた。
登山道から大きく外れているし、ほとんど人が入ったことがない池だろう。どんな池の主が住んでいるのか、気になる。
このほかにも、ところどころ池が点在していて、そういうのを発見するとすごく「お得感」を感じた。
11:30
丘を登ったところに、「白馬連峰展望図」と書かれた案内板が設置されていた。
恐らく、晴れていればババーンと白馬連峰が眼前に迫ってくるシチュエーションなのだろう。
だが、本日の公演は定休日だか臨時休業だかしらんが、行われていない。真っ白な霧のカーテンがかかっているだけだ。
目の前のおばちゃんが、この案内板を一生懸命眺めていた。一生懸命見ても、実物は見られないのに。
きっとこのおばちゃん、心の目で白馬連峰を眺めていたに違いない。
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