山で疲れたのではない、寝床で疲れたのだ【唐松岳~五竜岳】

五竜山荘、ビール冷えてます

15:32
受付の一角に、ビールを発見した。

山小屋ビール値段評論家の僕としては(たった今決めた)、即座に値段をチェック。

置いてあるのはサッポロ黒ラベル。そういえば山小屋でこの銘柄を見るのは初めてだ。サッポロの営業さん、頑張ったな。

そんなのはどうでも良く、えーとお値段は350mlで600円、500mlで800円だった。そのほか、氷結の350mlが500円、ワインの1/4ボトルが600円。まぁ、そんなところか。

評論家を名乗ったわりには、「まぁそんなところか。」の一言で終わらせてしまうあたり、底が浅いというか評論家として成り立ってないわけだが、まぁそんなところか。

こうやって冷蔵されているわけだが、宿泊客はひっきりなしにビールを買い求めていた。一体一日で何本売れるんだろう。こうも売り上げ絶好調だと、ビール補給だけでも大変だ。儲かってよいですねー、とばかりも言ってられず、空き缶の処理は結構手間がかかるはずだ。

ガスに包まれる屋外

15:34
500mlの缶ビールを買い求めて、山小屋の外に出る。

山小屋の中は、どこもかしこも人でいっぱいで、居場所が無かった。

外に出ると、すっかり外は霧の世界になっていた。有効視界は50mもない程度。まだ15時半だというのに、薄暗かった。

山小屋の正面がテン場になっていた。テン場として整備された場所というよりも、ただ単に山小屋の前の広場にテントが張られているといった風情だった。既にテントは山小屋周辺にびっしりと張られており、後からやってきた家族連れが既に組みあがったテントを一致団結して持ち上げつつ、ウロウロしていた。そのテントは明らかに山用ではない、結構大きなもので、そんなテントを塩梅よく設営できる場所を探している様子だった。しかし、平坦で地面の石ころが少ないところで、それなりの大きなスペースというものは既に全部占拠されており、その家族はまるでパズルのピースをはめるかのように、あっちこっちにテントを置いてみて、「んー、ここは駄目だ。傾いてる」「こっちは石があたって痛い」と言い合っていた。

正面の黄色いテントには、若いカップルが寝っ転がりながらくつろいでいる真っ最中。非常に小さなテントとはいえ、われわれが今晩寝泊まりする山小屋と比べればものすごく快適そうだ。羨ましい。やっぱり、重いテント用品を持ち込むとそれなりのメリットがあるということだ。高い金払って山小屋に泊まって、苦痛を味わうとは、なんとも間抜けな話だ。

天気が悪くてもビールをぐいぐい

15:36
しかし、しかしですよ。ゆったりおくつろぎ中のカップルも大変に結構なことでござんすが、こうしてビールを飲んで幸せ、という気持ちは万国共通なわけで。こんな僕でも、ちょっと高いけどお金を払えばビールの至福の時を与えてくれる。

「山に買い物をしに行くようなもんだ、山小屋は山の良さを壊している」

という批判をよく聞く。もっともだと思う。でも、ビールだけはお目こぼしして、お願い。

こういう「逃げっぷり」がつくづくロハスじゃねぇなぁ、と思うわけだが、じゃあなんだ、ロハス的山登りビールというのはペットボトルにビールを詰めて、ペットボトルはお持ち帰りか。ぬるくなる上に気が抜けちまわぁ。

・・・そこまでするくらいだったら、最初から飲もうと思わないか。うむ。

やっぱ理想は、ビア樽を背中に背負うことだよな。ほら、野球場で売り子のお姉さんがやってるじゃない、背中に重そうな10リットル樽を背負って。あの格好で山に登ってみたい。そして、山頂で、我が背中から注ぐビールをぐびりとやってみたい。もちろん、おつまみはショルダーベルトにくくりつけてある柿の種やピーナッツで決まりだ。

危ない、そんなことを一人登山でやったら、確実に酔っぱらって谷底に転落だ。もしやるんだったら、車でも行けるような低い山で、なおかつ仲間がいっぱいいるときにしなさい。ビール飲んで本当の意味で天国に昇天するのはやめとけ。

・・・

はい、妄想終わり。お預け終了。ここまでよく我慢しました。飲んで良し。

はーい。

一面のガスを眺めながら、そして、焦点が定まらないのでしょうがなく目の前のカップルテントを眺めつつ、ビールをぐいーっと。いや、そこで止めちゃだめだ、そのままさらに缶の傾斜をきつくして、ぐいいーーーーーっと。

にゃーん。

「ぷはぁ」って感じじゃなく、今日は「にゃーん」という感じだった。特に意味はない。ちょっと骨が軟化したような気がした。昔、コカコーラ飲んで寝ると骨が溶ける、なんて言われたもんだけど、今なら確実に新説を唱えることができる。「ビールを飲んだら骨が溶ける」と。

ウソつけ。信じる人がいたらどうするんだ、やめとけ。

五竜山荘館内図

15:52
ビール一本、いくら500mlとはいえ飲み干すのは造作ない。

暇だ。

何をして過ごそうか。

天気がよければ、日没までずーっと風景を楽しむこともできる。しかしこのガスだ、気温も下がり気味で、ずっと外に居たい気分じゃあない。

山小屋の夕食は早い、というイメージがあったが、本日の五竜山荘は大混雑のため僕の夕食は19時40分から。一般家庭の夕食時間とあまり変わらないのではないか。ま、これくらいがちょうど良いのかもしれない。17時頃に夕食食べてしまって、その後やることがなくてあぜんとしてしまうのと比べれば、夕食を待ちわびて呆然としているほうがまだ気楽だ。

それにしても、まだ夕食まで4時間もあるんスか。そうですか。

下界だったら、「この4時間を使って何か別のことを」と思うせっかちな僕だが、山の上だとそうもいかない。一気に山頂を往復してこようか、なんていうわけにもいかない時間だし、軽量化のために書物をあれこれもちこんでいるわけでもない。

夕食前の食堂

15:53
寝床はひどい人口密度と湿度と熱気と薄暗さ。あんなところに今から潜り込むわけにはいかない。喩えが大変に失礼だとは思うが、戦時中に傷病兵が収容された病院ってこんな感じだったのではないか、という想像すらしてしまったくらいだ。

我が寝床チングルマの惨状を目の当たりにし、こりゃぁここには居られないぞ、ときびすを返した。とりあえず、時間稼ぎ用の雑誌をザックから取りだして食堂に。ふぅ、一息ついた。

と、思ったら、16時半頃になると従業員さんから「これから夕食の準備に入りますので、食堂から出て欲しい」と言われた。あと3時間、僕はどこで過ごせば良いの?

早い組の人達が夕食を食べ始めた

16:59
この山小屋唯一のくつろぐスペース、食堂がふさがってしまった。

廊下に座るというわけにもいかない。廊下はザック類でいっぱいだ。人一人歩くくらいの幅しか残されていない。そして、外は寒い。

仕方がないので、玄関のあがり部分のわずかな場所に自分の居場所を設け、そこで時間を過ごすことにした。ここ以外はもう、山小屋に残された場所はない。ここを死守せねば!

確保した場所からは、ガラス格子戸を挟んで食堂の中を見ることができた。予定よりも前倒しの時間から、第一回目の食事が開始されているようだ。それにしても第一回目の夕食にありつく人たちって、一体何時頃にこの山小屋に到着したのだろう。

ガスの状態は一進一退

17:16
下界方面では少しだけガスが晴れてきた。

遠大な遠見尾根を見下ろす。明日はこの尾根沿いにずーーーーっと下っていくことになる。明日、天気が悪く無ければよいのだが。

日没

18:55
ひたすら雑誌を読むのにあけくれていたわけだが、いい加減疲れてきた。山に登っていて疲れるなら兎も角、雑誌読むのに疲れ、尻が痛くなり、というシチュエーションはどうなのよ一体。何しに来てるんだか。

いやいや、そういうものも含めて、癒しなのですよ山というのは。

本を読むのが辛い?何しに山に来た?・・・違う違う、アンタ全く分かってないよ。そういう発想じゃ、駄目。山登り=自然を満喫、なんて安易すぎて笑っちゃうよ。山小屋で「どうして僕過ごせばいいの?」と悩み、考え、そして解決策を実行する。そういうゆるい時間の過ごし方、これも癒しの一つ。雷鳥見ることができたからハッピー、とか高山植物かわいぃー、というのと一緒。さあより一層、ディープに無駄な時間を有意義に過ごそうじゃないか諸君。

とはいってももういい加減飽きてきたんですが。飯まだか、飯。

外は既に真っ暗だ。

暗闇の中のテント

18:57
外に出てみたら、ガスのせいもあって何も見えず。山のシルエットすら見えないし、下界の明かりも見えない。

唯一見えるのが、例のカップルテントの暖かそうなランタンの光、というのがこれまたちょっと羨ましいぞコノヤロ、という感じなんである。

中秋の名月

19:00
そういえば今日は中秋の名月・・・

いや期待した私が馬鹿でした。そりゃそうだよな、ガスっていて、空だけ澄み渡っているわけがない。

でも、月明かりは見ることができた。とりあえず季節の風物詩はなんとなく体験できたので良しとしよう。

「あの雲がもう少し右に行ってくれれば・・・」

なんて、一緒に空を見上げているおっちゃんたちが言う。

「あともう少し」

なんて言っていると、別の雲がひょいーと流れ込んできて、その場にいる一同を「ああー」と落胆させる。これはこれで結構面白い暇つぶしになるかもしれない。なかなか姿を見せてくれない月を眺めるのと、一喜一憂するオッチャンウォッチングの両方の意味で。

おっと、そうこうしているうちにアナウンスがあったぞ。僕の番の夕食準備が整ったようだ。予定よりも40分前倒しで夕食になった。素晴らしい回転状況だ。

この山小屋の場合、40分を1回転と定義していた。食事30分、下膳+配膳10分ということなのだろう。ただ、この宿の夕食は「カレー」と決まっていて、そのおかげもあって老若男女、食事に30分もかからずさっさと引き上げるようだ。その結果、すばらしい回転で次々と宿泊客が夕食にありついていた。

五竜山荘の定番、カレー

19:08
これが五竜山荘名物?のカレー。具として、スコッチエッグが入っている。夕食は、このカレーと味噌汁、フルーツ缶詰。福神漬けとらっきょうもある。カレーのおかわり自由。

本来であれば、夕食を楽しみつつもう一度ビール、という段取りを踏みたいのだが、いかんせんここは夕食ローテーションがタイトだ。のんびりしていたらこの後まだまだ控えているお客さんに迷惑がかかる。・・・350mlでやめておこう。

飲むんか、やっぱり。

男性客の半分くらいはおかわりをしていたようだ。やはり国民食カレーは、食欲を喚起するのだろう。そのカレーだが、見た目通りの濃厚さ。きっと、ずーっと煮込んで、足りない分を継ぎ足して、を繰り返しているからだと思うが、結構塩味と粘度が高い。ある意味ご飯が進むのだが、好き嫌いが分かれる味かもしれない。

15分足らずで食べ終わり、食堂を後にする。さあもう後は寝るしかあるまい。そろそろ寝床に戻っておかないと、先んじて本格的に寝始めた人が「先住権」を主張して広い場所を占領しているという事になりかねない。僕は僕なりに、しかるべき場所の権利は主張しないと。

・・・

・・・

・・・

これはひどい。

ひどすぎる。

全宿泊客が食事を済ませ、山小屋全体が「さあ後は寝るだけだ」モードに入った時、事態の気まずさに気が付いた。それまでは、壁を背もたれがわりにして本を読んでいたのだが、いざ全員が「寝ます!」体制に入って、僕も寝る体制に入ってみて、あまりにスペースが無いことに気が付いたのだった。

あまり効率が良くない、寝相サンプル

いろいろ言いたいことがあるが、さてどこから言おうか。横?おう、横か。横幅、狭すぎだぞ。

ま、期待はしていなかったが、仰向けになる床面積が存在していない。できるのは、横向きだけだ。時折、うまいこといけば仰向けになれるのだが、隣の人とべったり肌と肌のスキンシップが待ちかまえている。一日の山歩きでしっとりうるおい肌になっているお互いの肌がべちゃっと着くのは、恐怖以外のなにものでもない。ごめんなさい許してください。

あまりにけしからん状況なので、横一列の配置を確認してみた。誰か、どさくさに紛れて場所を広く取っているのではないか?・・・犯罪者ではないかというくらいの怖い目つきで睥睨してみたが、わずかな差こそあれ、ほとんど等しくみな窮屈そうだ。では、この列にだけ大目に人が配置されてしまい、別のところではやや空いているとか?・・・同室の別列を見てみたが、やはり状況はほぼ同じだ。「隣の芝は青い」ということわざどおり、やや向こうの方が空いているようにも見えるが、気のせいだろう。その証拠に、一番通路側の人は足を廊下側の転落防止柵にひっかけているありさまだ。地べたに場所がないので、中空に活路を見いだしたというわけか。これ、階下の人からみたら非常に気味悪いだろうな。廊下の頭上に、にょきっと男性の足が突き出ているのだから。幽霊屋敷じゃないんだぞ、ここは。

横はもう仕方がない。じゃあ、縦はどうか。縦すらまともに場所が確保できていないんだな、これが。

他人と比べると長身長の自分ではあるが、そうだとしても他人様と比べて数十センチも長いわけではない。なのに、今こうして寝ていると足下にびしばし人の体温、もっというと肌の感触を味わってしまうのはなぜデスカ?

↑の写真における真ん中の配置例をわれわれ「チングルマ(上)部屋」では実践していたわけだが、この真ん中に寝ておる人の領土と思いっきり重複してしまっているのであった。よく見ると、この真ん中の人、図のように一列ではなく二列に配置にされていた。片方からは蹴りつけられ、もう片方からは抱きつかれ。ここはここで生き地獄状態が展開されているのであった。

ま、結論として等しくみなさん寝苦しい夜を過ごす羽目になっているわけであり、これはもう誰に対して怒るとかそういうのは無しだ。もっと広い山小屋作れ!というのはむちゃな論法だし、混んでいる時期にあえて山に登って、しかも山小屋に泊まるアンタが悪いというわけだ。

くっそう、理性的には理解しているのだが、人間眠ることができないと非常に怒りますな。そして、疲弊しますなぁ。

最初は「うわ、冗談みたいなシチュエーション」と心の中では楽しみつつも床についた。しかし、この壮大なる「わずか数センチの幅を隣の人と奪い合う」戦いが朝まで続くかと思うとげんなりしたのと、実際その通りになってしまったので時間の経過とともに衰弱していった。しかし、眠れない。この二律背反っぷり。

よく、「いやー、昨日は眠れなかったよぉ」と朝に語る人がいるが、実際その人の睡眠を測定してみると、実は3時間程度は寝ていたりするものだ。人間が「眠れなかった」と感じるのと、実際の睡眠時間とにはギャップがある。とはいっても、今回だけは間違いなく「眠れなかった!」と言い切れる。ちょっとうつらうつらして、目が覚める都度時計をみていたのだが、まとまって30分以上眠れたためしがなかったからだ。

堅い床、薄い布団。その結果寝返りをうつ機会が増える。ただ、寝返りをうつ際、派手にやってしまうと隣の人にぶつかってしまう。そろり、そろりと体を反転させていくという太極拳的な荷重移動が要求されるのであった。で、隣の人とぶつかってしまったら、「あ、こっちには寝返り打てない」と諦めて、またそろりそろりとさっきの場所に戻ることになる。そうなると、痛い体を我慢しつつ、しばらく時間を過ごさなければならない。しばらくすると、隣でごそごそ音がする。おっと、あちらさん寝返りを打ったな?では空いたであろうスペースに僕が。・・・この繰り返しが朝まで続くのであった。

しかも、横向きで寝ていて、お互いが向かい合わせになってしまったときの気まずさといったら。仰向けになるだけのスペースもないような横幅なので、向き合いになったら吐息が顔にかかる近さ。うわ、恋が芽生えそう。やめてくれ、隣の子連れの父ちゃんと山小屋でフォーリンラブにはなりたくない。

そうこうしているうちに、足下では着実に僕の領土が狭められており、気が付いたら足を延ばして寝ることができなくなっていた。かといって、横向きの状態で足を折り曲げるだけの床面積がない。しょうがないから、体をねじりつつ上に足を曲げるしかない。何だか新手のストレッチやってるのか、僕ぁ。それはそれで相当疲れるので、結局足を組んでいるような形になった。夜寝るのに、足を組むのは初めてだ。気が付いたら僕も、誰も手をつけていない場所・・・中空に活路を見いだしていた。重力に刃向かいつつ睡眠。

・・・眠れるかぁ!こんなので眠れるわけがない。

自分が、場所を探し求めて右往左往するだけではない。隣の人だって当然もぞもそしている。時には僕の体に相手がぶつかってきたりする。これは何かの拷問ですか?睡眠させないぞ、という拷問なのですか?僕は一体何を自白すれば許してくれるんですか?

時計を見ると、まだこれが23時頃だったりするわけで、時刻を知った瞬間激しく落胆する。後はもう、ひたすら指折り数えて空が白むのを待つだけだ。

寝床で疲弊していく。でも、眠れない。でも、今は就寝時間。何とも痛々しい状況だ。

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