シンガポール土産として代表的なお菓子は、どうやらこのプロウンロールになるらしい。海老春巻きスナックだ。これ、香港でも同じ物が売られていたので、東南アジアの中華系国では汎用的なお土産なのだろう。
油っぽくてくどい味なので、たくさん食べるには向かない。しかし、数個つまむ程度には、海老のうまみがあっておいしい。ビールが欲しくなる味だ。
これ、先ほどのDFSギャラリアだと写真の倍のサイズの箱で、5箱セットのみが販売されていた。「1個で買いたいのだが、無いのか?」と店員に聞いたら、「そんなものは無い」と言われてしまった。で、「5個だと非常にお得だ。友達に配ることもできるし、金額も安くなるし」と手前味噌なセールストーク開始。いや、だからそれはアンタの都合であって、僕の都合じゃないし。
そんならいらない、と言って購入しなかったのだが、アンダーウォーターワールドのおみやげ物屋ではご覧の通りだ。ばら売りで、しかもギャラリアで売られていたものよりもさらに小ぶりな箱であるじゃないですか。「ほら見たことか!ギャラリア!」と意気揚々と購入。
ガイドさんに「ルール違反だから、早く乗って。すぐに出発するから」とせかされつつ、バスに乗る。
今度は、セントーサ島の真ん中あたりにあるところに連れて行かれた。ここも、ものすごい人の数だ。
いろいろな施設があるようだが・・・
あっ。
空を見上げると、高いところになにやらタワーがある。しかもこのタワー、ぐるんぐるんと回っているぞ。
しばらく様子を見ていると、ぐるーんと回りながら螺旋状にタワーの「観客席」が上昇していき、てっぺんまで到達してしばらくそのまま周回していたと思ったら、また螺旋状にするすると降りてきた。数分間のセントーサ島360度空から眺めまくりツアー、というわけか。
お客さんは、このように360度ぐるりと外側に向いて座っている状態。なるほど、こういう施設って日本ではありそうでないような気がする。
この客室部分がすすすーっと降りてきて、停止するまでの間の徐行運転中は、何だか見せ物を眺めているような感じ。恐らく、中の観光客さんもちょっとだけ恥ずかしい思いをしただろう。
面白いのは、ここには先ほどまでのインド人が全然見あたらなかった。セントーサ島でも、場所によって集まる人種が違うということか。ここは、中華系の人ばっかり。ガイドさん曰く、
「出稼ぎの人はお金無いから、こんなものには乗らない。乗るの人、お金持ちだけ」
なんだそうで。ちなみに約6分程度の空中散歩で、お値段は$10。
ここにもカールスバーグのロゴが。カールスバーグ、やけに頑張っているんである。なぜカールスバーグがこのシンガポールの地に根付いたのか、非常に興味深い。
セントーサ島へのアプローチは、地上ルートもあるが「空中ルート」も存在している。それが、このゴンドラ。海峡を高さ90mで乗り越えていくという、6人乗りのゴンドラが運航されているのであった。なかなか遊び心があって楽しい。
こういうのを、政府主導で開発しているんだから凄い国だ。小さい国だからこそ、できることなんだろうが、やはりリー・クァンユーという人物のすごさがよく分かる。
スカイタワーはぐるりんぐるりんと回りながら、高度を上げていく。
良くできた観光施設だ。ホント、ぐるり一周360度、みたいものを「特等席」で見せてくれる。展望台の場合、眺めが良いところには人がたかっていて記念撮影なんぞをしているので、見たい景色を見るのが結構大変だ。その点、このスカイタワーは記念撮影は物理的にできないけど、眺めは文句なし。
おっ、シンガポール港が見えてきた。
ガントリークレーンが異様な数、並んでいる。さすが交通の要衝、貿易拠点なだけある。
くるーんと回ると、そこはマラッカ海峡。
たくさんの巨大船が海上に浮かんでいた。タンカーなどもちらほら見える。
そうか、日本は石油をアラブ諸国から購入した時は、この沖を通過して日本まで運んでくるのか。
この狭い海峡が、日本にとっても生命線であるというのはなにやら感慨深い。
見下ろすと、なぜか赤い鳥居がある建物発見。何だろう、あれは。
フリー旅行だったら、後で確認しに行くのだが、添乗員付き団体行動のツアー旅行であるために、「何だ?」「さあ?」という会話で終了。こういうところが、窮屈だ。
ここにもマーライオンは存在する。
ラッフルズ・プレイスにあるマーライオンは真っ白で水を吹いているが、この丘にあがったマーライオンは渋い色合いになっている。
マーライオンとは、魚とライオンのあいのこという想像上の動物。さすがに、魚だけあって丘にあがったら干上がってしまったか。
この巨大なマーライオン、頭の部分に河童のお皿みたいなスペースが用意されていて、そこが展望台になっていた。
その展望台を、さらに高いスカイタワーから見下ろすわれわれ。んー、展望台としてはイマイチかもしれん。
しかし、このマーライオンは単にひからびただけじゃなく、進化していたということを夜になって知ることになる。
スカイタワーは、登りはゆっくりだったのだけど、折り始めるとすすすすすっと一気に高度を下げていった。
「はいはい、もう終わりだよ。さあもう降りておくれ」という感じ。360度の景色を楽しんでいた乗客達から、「あああー」というため息が漏れる。
下に降りたら、ガイドさんが「今度はちゃんとバスに乗るから」という。で、案内されたのが・・・なんスか、この行列は。えっと、はるか先まで行列が続いていて、先頭が見えないんですけど。いや、ここはセントーサ島なので、セントーサはよく見えますけど。
コラァ。この30度近い気温の中、暑苦しい冗談はよせ。
いやー、ガイドさん、こういう時に限ってルール守るんだもんなあ。これ、バスの行列待ち?ホント?どっきりカメラみたいなんですけど。
・・・5分待ってみたが、状況に変化は無かった。どうやらどっきりではなかったようだ。
先ほどのスカイタワーとうってかわって、ここは褐色の肌の人が非常に多い。
「正月くらい、家でゆっくりしてろよなぁ。ニューイヤー駅伝みるとか、天皇杯サッカー見るとか」
とぶつぶつ愚痴をこぼしてしまう。当然そんなものはシンガポールではやっていないのだが。
なんと40分も行列で待った後、ぎゅうぎゅう詰めのバスに押し込められた。うは、これはきつい。僕ら兄弟は良いのだが、還暦を過ぎた母親には拷問に等しい。
二人がかりで母親をはさみ、前後左右から押し寄せてくる人波をボディガードしたのだが、いやはやもう大変なありさまでござんした。
「ここまで混むと分かっていても、正月にはセントーサに来るのか!」
「出稼ぎの人、なかなか休み貰えないから。正月は社長さんからチケット貰えるし、行かなくちゃ損ね」
なるほど。
おっと、外はいきなり土砂降りの雨。スコールだ。
バスはセントーサ島の入り口あたりまで戻ってきた。一体どこに連れて行かれるのかと思ったら、「夕ご飯、早く食べますから」とガイドさんは言う。あれっ、まだ夕方の5時45分なんですけど。まだ全然おなかが空いていないぞ。何しろ、朝も昼もビュッフェだったもんな。えっ、これからの食事もビュッフェ?
これぞ食い地獄。
いや、節制すれば全然食い地獄じゃないんだけどね、僕の場合、自らを追い立てるというか、玉砕しに行ってるんだよな、無駄に。
「この後見るミュージカル・ファウンテンは混む。今日は特に混むと思うから、早く行くようにしなくちゃいけない。場合によっては並ぶことになるかもしれない。だから、早くご飯にしましょう」
ということだそうな。
ミュージカル・ファウンテンとは、音楽にあわせた噴水のショー。夜になると、マジカル・セントーサ・ショーと題して、非常に派手な演出でショーを見せてくれるという。
・・・無料で。
太っ腹だなあ、セントーサ島。
でも、無料ってことはだ、ははーん、あれだな。褐色の人たちがいっぱい並ぶ、というわけか。なるほど、そりゃ混むに決まってる。
「18時30分までにお店の入り口で集合。ちょっと時間ないけど」
「え?45分しかないんですけど」
「仕方ない。並ばなくちゃ、見られないから」
むぅ、なるほど。せわしないのぅ。さっきの大行列バス待ちが悔やまれるのぅ。歩いた方が早かったぞ、これだと。
んで、夕食会場はビジター・アライバル・センターの隣にある「シービレッジレストラン」というお店。
昼は「洋食と東南アジアミニビュッフェ」を提供し、夜は「スチームボートと東南アジアミニビュッフェ」で好評を博している、とのことだ。
スチームボート?
大友克洋の映画で「スチームボーイ」というのがあったけど、それではない・・・よな。
セントーサ唯一の「ケロング」レストラン、って書いてあるけど、何だいこのケロングって。
辞書で調べても載っていなかったが、いろいろなwebサイトを見て回るとどうやら「水上に立つ建物」のことをkelongと言うらしい。じゃあ、宮島の厳島神社もkelongなわけだな。
で、その「恐らくkelongと呼んでいいんだろうな」という建物。ご覧のように、会場に建物が佇立している。台風なんぞが来たらイチコロなので、日本だったらこんな建物怖くて建てられない。
シンガポールに飛行機で舞い降りる直前、マレーシアあたりの海岸線をじっくりと眺める機会があった。そのとき、「おいおいお前ら津波でやられるぞ」というようなぎりっぎりなところまで建物が建っていたのが印象的だった。なるほど、このあたりは高波も津波もないのだろう。
で、夕食。
バイキングなので後はご自由に、ということで。
やっぱり周囲の目が気になったので、ビールはあえて頼まず。タイガービールがあまり魅力的ではないビールだから、という説もある。
ただし、猛烈に喉が渇いていたのは事実。
バイキングの列の端に、「水道水」と書かれた水タンクが用意されていた。そこから水を汲み、立て続けに4杯、5杯とぐいぐい飲んだ。ふぅー、癒されるぜ。
シンガポールは、水道水が安全ということでWHOからもお墨付きの国だ。マレーシアから水道を「輸入」している国だけど、品質は高いらしい。おかげでこうしてぐいぐい飲むことができる。
ぐいぐい。
ツアー参加者がめいめい、料理を取りに行く。
黄色い、安っぽいプラスチックの皿を手に取り、料理を選んでいく。
・・・んー、あまり魅力的な食材は見あたらない。
適当に取ってきた、スチームボート用食材。
スチームボートとは、要するに水炊きの事だった。一人用の鍋が卓上にセットされていて、お湯が張られている。で、鍋の下にアルコールランプらしきものがあって、それで鍋が熱せられるという仕組み。
とりあえず時間が無いことだし、とぽぽぽんと食材を適当に鍋に入れる。野菜、豆腐、練り物。あまりおいしそうではない。
早く食べたかったのだが、整備不良らしくこの鍋、全然煮えない。さて困った。
鍋が煮えるのを待つ間、別の食材を取り寄せてきた。
昨日食べておいしかった、海南チキンライスを発見したので、今日もフューチャー。味は昨日の方が良かったが、それでもまあまあおいしい。
あと、野菜が食べたかったので生野菜を。ココナッツのソースがあったので、それをかけて食べる。ちょっと変わった風味。
まだ煮えないんか。
もう一回生野菜のおかわり。あと、野菜炒め。
旅行先で、猛烈に生野菜サラダが食べたくなる時ってありませんか?僕はそうです。
ひたすら忍耐なのであった。
待った末、ようやくできあがった鍋を食べる。
まあ、タレが日本にはない独特の味ではあったが、それ以外は特に取り立てて異国情緒って感じでもないし、日本っぽかった。
ただ、こういう景色で鍋をつつくというのは日本じゃないねぇ。
なかなか楽しい。窓際の席を与えてもらえて、良かった。
10人くらいの、大学のゼミ旅行とおぼしきご一行様は建物の中側に座っていた。こうなると、ただ単に「バイキング料理を食べに来ました」状態であり、あまりkelongな建物で食事をする意味はない。
「もうそろそろ時間がないな」
と時計をちらっと見、あわててテーブルの上に残された食材をやっつけた。それ、集合時間の18時30分はもうすぐだ。
食後、歩いて噴水ショーがある場所に向かう。
このあたりは、テーマパークみたいにいろいろな施設があった。映画館があったり、蘭園があったり。
ゲートには正月ということで、大きく「春」と書かれてあった。
春、ねぇ・・・確かに、新春ではあるんだけど、30度近いこの気温はどうだね。全然春っぽくないのだが。
赤道直下のこの国は、春夏秋冬という言葉にあまり意味はなさそうだ。
でも、気楽でいいよなぁ、冬物衣料を持っていなくて済むんだもんな。夏物だけで、済む。被服費は非常に安く納まる。・・・ま、その結果、こっちの人の服装は総じてちょっとだけどんくさいのだが。服に対してあまり頓着しなくなるのだろう。
覆い繁る植物の間を抜けて、先に進む。
この後、問題が発生した。
なにやら、道路の一角に「行列を仕切る」用の帯がのびていた。そこに、あまり長くはない行列ができている。どうやら、ミュージカル・ファウンテンを見るための行列はここに並ぶらしい。ラッキー、行列短いじゃない・・・早く夕ご飯食べた甲斐があったねぇ、と喜んだのもつかの間。
なにやらガイドさんが、険しい顔をして行列を取り仕切っている警備の人と交渉をしている。何事だろう。
「行列、間に合わなかった。7時40分の回、もう入場した後」
えっ、今まだ6時40分なんだけど。既に1時間先の回の分の入場が終わっちゃったの?え?で、どうなるの僕たち。
「待ちましょう。次、8時40分」
いや、待ちましょうったってアンタ、あと2時間なんですけど。ガイドさん、「日本からのツアー客なんだから、20名くらいなんとかしてくれ」とねばり強く交渉をしていたが、結局その願いは叶わなかった。2時間行列、確定。おいおいおい、さっきはバス待ちで40分、今度はさらにその3倍の2時間か。今日の午後は行列ばっかり。まじですか。
僕らはまだいいけど、母親が・・・。
「そこまでして見なくてもいいじゃん。離脱した方がいいんじゃないのか?」
と誰しもが思ったのだが、結局誰もガイドさんに言い出せず、そのまま行列にとどまった。僕らとしても、今日このあと、団体行動が解散になった後、ラッフルズホテルに移動してロングバーでシンガポールスリングとロングビールを飲みたいねー、なんて話をしていたので、早期退却は大歓迎だ。予定よりも1時間ホテルに戻るのが遅くなるなんて、疲れるやらロングバーに到着するのが遅れるやらで何一つ良いことはない。
・・・でも、結局言い出しそびれた。なにやってんだか。
座るスペースが確保されているなら兎も角、「休め」の姿勢をとるのがやっとのスペースだ。これで立ちっぱなしというのはキツい。しかも、時間が経つにつれじわじわと後ろから圧力がかかってきて、さっきまで確保できていたスペースが後ろの人に侵蝕されてしまったりする。これはたまらん。誰やねん前に行きたくてしょうがないアホは、と思って振り返るんだが、もうね、誰が犯人とかそんな感じじゃないの。行列全体が、前に行こう行こうとする。ちょっとでも隙間を発見したら、そこに体を割って入れようとする。そんなに列の前に出てどうすんの、と呆れる。秩序が無いというか、自分勝手というか。日本人を見習え、お前ら。
1時間経過後、行列はずずずぃと会場入り口のあたりまで前進した。まるでスペインの牛追い祭りみたいに、警備員が行列を塞いでいる柵をそろそろと開ける。開けているそばから、ダッシュしようというバカたれが続出。警備員に怒られていた。危ないって!こんな人口密度が高いところで、走るな!どうせ、200mくらい前進したところで、また1時間行列のまま待機なんだ。デモ行進みたいにゆっくりと歩け!
うわああああああ
最前列の先走っている奴らを心の中で見下しつつ、叱責しつつ、「僕は余裕だもんね」と一歩一歩歩き出したところで、後ろから素晴らしい加速度を見せたインド人マレー人に追い抜かされていった。だから!お前ら!けがするだろ!やーめーろー
もうね、「この卑しいヤツらめ」と思いっきり蔑んでやりたいところだったけど、ここまで圧倒的なパワーを見せつけられてしまうと「何だか自分たちの方が、生命力が弱くダメな人種なのかもしれん」という気がしてきた。こういうパワーが、立ちっぱなしで衰弱したわれわれをさらにむしばむ。
新しい場所で新たに形成された行列は、そんな「前へ、前へ」と突っ走ってきた連中がぐいぐいと圧をかけたため、圧倒的に狭苦しい空間になってしまった。もう、直立不動しかない。閉所恐怖症な人は一発でアウト、そうでなかったとしても気持ち悪くなってしまうような狭さだ。
うわ、ここから一時間待ちかよ。
時々噴水方面から聞こえてくる、「どどーん」という爆発音。やけくそになった行列の人たちが「ヒョーゥ」とかはやし立てる。
忍耐強く待ち続け、ようやくゲートが開いた。さあ、あとは噴水のある会場に向かうだけだ。
もー、ええ加減にせえよ、こいつら。やっぱり、全員ダッシュだ。短距離走状態。足がしびれるまで行列で立ち尽くしていたとは思えない機敏さ。やるなあ。
あっという間に、会場は人でいっぱいになった。
いやー、さすがに人が多い!
ほどなく、ショーがはじまった。
最初、司会者みたいな人がでてきて、噴水そっちのけでしゃべり始めたので観客一同「?」という顔をしたのだが、その司会者が噴水方面にスティックを一振りすると・・・
なるほど。いままで沈黙していた噴水がスティックさばきに従って自由自在に水の芸術を紡ぎ出した。
後ろに、マーライオンがちょうどそびえ立っている。
扇型に噴水が霧状に吹き上げられ、そこに映画のスクリーンの要領でCGが映し出された。
何だか謎の生き物だが、これがセントーサ島に住む「キキ」という猿だという。この猿が、司会者とやりとりをするからなかなか面白い。
水のスクリーンにCGが次々と映し出され、またレーザーとファイヤーで盛り上げる。
おおっと、クライマックスになると、あの巨大マーライオンの目からレーザービームが出てきた!
無料ショーか、ホントにこれが?
オーラス。どっかんどっかん、噴水どっぱんどっぱんでど派手に終了。
20分少々のショーだったが、なかなかに満足度が高いものだった。これを無料で提供するとは、なんたる太っ腹。
・・・でも、2時間行列を作ってまで見たいか、というと・・・うーん。
相当疲れ果てながら、バスに乗ってセントーサ島を後にした。毎度毎度の、一方通行のせいでジグザグに進みながらホテルへ。
ホテルの入り口までバスに送ってもらった後、われわれはきびすを返して地下鉄の駅に向かった。
僕としては本日のメインイベント。いや、旅そのもののメインイベントに据えられている、「ラッフルズ・ホテルのロングバーで『元祖・シンガポールスリング』を飲む」のだ。
心配なのは、セントーサ島で立ちつくしの刑に処せられ、疲労しているはずの母親だった。しかし、「行けるときに行っておかなくちゃね!」と晴れやかに宣言した。良かった、まだ元気だ。
地下鉄シティ・ホール駅から歩いて数分、ラッフルズ・ホテルに到着した。
派手すぎないライトアップは、非常に荘厳な感じを与える。決して広い敷地面積を誇っているわけではなく、その世界に冠する知名度の割にはこじんまりとした作りだ。昔の社交界では、「ラッフルズ・ホテルで会いましょう」という言葉が合い言葉であったように、世界中の富裕層、貴族層がここを訪れ、そしてくつろいでいったという。今、このシティホール近辺は風水の影響を受けた怪しいビルが林立しているので、当時の面影はあまり残されていない。そして、ラッフルズ・ホテル自体も全面改装を終えており、時代の流れを感じさせる。
とはいっても、ラッフルズ・ホテルという名前のもとに刻まれていった歴史と伝統には敬意を表したい気持ちになる、そんな建物だった。
尊敬の意を表して、本来であればホテル内をあれこれ探検してみたいのだが、そういうことをもくろむ輩が後をたたなかったのだろう。宿泊客以外は、2階にあがることは認められていなかった。ま、そりゃそうだ。せっかくの超高級ホテル、スイートルームでシンガポールの一晩を過ごそうと宿泊に訪れたというのに、観光客がどやどややってきてドアノブをがちゃがちゃやったりなんかされたら不愉快きわまりないよな。「あー、やっぱりカギかかっとるかぁ。部屋の中覗いてみたかったんだけどなガハハハ」なんて声が廊下から聞こえてきたら、一気に興ざめだ。
ドアマンは、ターバンを巻いて立派なおひげをたくわえた人だった。がっしりしていて、威厳がある。こういうホテルには、こういう人こそ相応しい。
さて、ロングバーはどこだろうか?と思ったのだが、さすがは世界的に有名なバーだけあって、「←こっち」とかかれた看板がホテルのエントランスにあった。
ホテルを回り込む形で、裏手側に回っていく。
非常にいい感じだ。光と闇が美味い具合に融合している。闇の楽しさ、というのを演出してくれているようだ。家族三人、歩きながら「へえー」と感嘆の声をあげる。
裏側に回り込むと、やや広い中庭があった。
そこでは、まるでビアガーデンみたいになっていて、お客さんが食事をとっていた。野外レストランだ。舞台では、ジャズの生演奏が行われていて、なかなかに楽しげだ。椰子の木がさわさわと風になびき、まさに南国情緒だ。
おっと、お客さんのテーブルを見ると、遠く東京の地からあこがれていたグラスがちらほら見えるぞ。濃いピンク色のドリンクなので遠目でもよくわかる。これぞシンガポールスリング。
「何だ、ここで飲めるんだったらここにするか?」
と兄貴が言ってきたが、
「いや、それはあまりにもったいない。せっかくだから、ロングバーに行こうじゃないか」
と拒絶し、われわれはこの野外レストランを素通りした。
ロング・バーは2階にあるという。
ん?2階は入ることができないはずでは?と首をひねったが、ラッフルズ・ホテル本体を取り囲む形になっているラッフルズ・ホテル・アーケード内にあるのだという。あ、外側の建物はショッピングモールだったのか。解放廊下である上に、派手な看板が出ていないのでてっきりホテルの客室が並んでいるのだとばかり思った。
2階にのぼる。
おおー、確かに。廊下の先に、ロング・バーの文字が。いいねいいねいいねぇ。
では早速入ろうではないか。
ドアを開けて中に入る。
あれ?客席、えらく空いている。ゆったりしたスペースだし。
店員さんがすすすっと寄ってきて、「食事か?」と聞いてきた。妙な事を聞くもんだ、もう閉店時間なのだろうか。「飲みたいんだ」と答えると、「それはここではない。廊下を進んだもっと奥にある」と言ってくる。あれれ、ここはロング・バーじゃなかったのか?
「バーコーナーと飲食スペースは分かれているのかな?」と不思議がりながら看板を見上げると・・・ああ!「ロング・バー ステーキハウス」と書いてある。ロングバーはロングバーでも、ここはステーキ屋なのであった。なんと紛らわしい。
でも恐らく、こうやって間違える観光客が毎日たくさん訪れるんだろうなあ。
いやだってアンタ、この廊下の先、っつったって、写真見てくださいよ、こんな先にかの有名なロング・バーがあるように見えるか?ぱっと見、行き止まりに見えるんですが。
疑心暗鬼になりながら進んでいってみると・・・
おお、あった!こっちにも、「ロング・バー」の看板が。
そして、アイリッシュパブ風なカウンター。これだ、これだ。これぞ、あこがれていたラッフルズ・ホテルのロング・バーだ。いやー、ついに訪れちゃったですよ。
時刻は既に夜の11時近く。
今日はくたくたになったのに、「えいっ」と気合いを入れて訪問して良かったぁ。ツアーの行程だけだったら、「旅の思い出:土産物屋はもうこりごり」の一行で終わってしまいそうだ。でも、こうやってロング・バーに来たことで、「旅の思い出:酔っぱらって忘れた」くらいのことは書けそうだ。良かった良かった。
・・・いや、酒に酔って、だけじゃないぞ。南国の風に酔って、ロング・バーの歴史に酔って、だぞ。
言い訳したって、どっちにせよ「忘れた」って言っちゃう時点でダメダメなわけだが。
さてこのロング・バーだが、シンガポールスリングだけが名物じゃない。知名度では相当に劣っているが、「ロング・ビール」というのも隠れた名物だ。僕もこの存在はシンガポール行きの事前学習をしている時に初めて知った。地球の歩き方にも載っていない。インターネットの個人サイト様々だ。
ロング・ビールとは、その名の通りながーい独特のフラスコ型グラスにビールを注ぐというものだ。写真でみても、いまいち大きさがイメージできない。ながーいのだが、「パフパフ」と音が鳴る宴会グッズのラッパみたいに、真ん中が細い。だから、量の検討がつかないのだ。
検討がつかないといえば、どうやってこれ飲めばいいんスか、というのもよくわからない。そのグラスの形状上、ロケット打ち上げを待つ発射台のごとく添え木がある。さて、この添え木とグラスを一緒に持ち上げて飲むのが正解なのか、それともグラスだけ取り外して飲むべきなのか。
店先に、お土産としてグラスが売られていた。値段は忘れたが、1万円近くしたような気がしたが、気のせいだったっけ。あまり自信がない。安かったら自分用に買うつもりだったのだが、あまりの値段に「買おう」という気持ちが完全にうせたくらい、高かったのは間違いない。
ロングバー内部に侵入。面白いもんで、客のほとんどが白人だった。遠路はるばる、アジアまでご苦労様です。アジアンもいるなーと思って声を聞いてみると、ほとんど日本人。まあ、お金が高いこういうところにやってくるのは、国籍も限られてしまうのだろう。物価が違うから仕方がない。
ロング・バーはその名の通り長いカウンター席があり、それを取り囲むようにテーブル席もある。われわれはバーカウンターからほど近い、テーブル席に案内された。
一歩歩くたびに、足下からじゃりじゃり音がする。ちょっと気持ち悪い。
じゃりじゃりする音の正体は、これ。
各テーブルに山盛りで供されている、落花生。これはチャージ代に含まれているので、食べ放題だ。
おや、でも殻を捨てる器がないですね、では殻は一体?
床にぽい。
シンガポールでは、路上でポイ捨てなんぞやろうものなら罰金刑が待っている厳しい国だ。しかし、このロング・バーでは、そのストレスを発散させるがごとく、殻を地面に投げ捨てるのだ。昔からそういう文化らしい。
おかげで、床は落花生の殻だらけ。ものすごい大量の殻だ。鳥が巣と勘違いして、抱卵をはじめてしまいそうだ。一体これだけの殻は何日分掃除しなかったら形成されるんだろう?でも、毎日清掃するはずだし、一日でこんなに落花生が食べられているのだろうか。恐るべしだ。
落花生を食べてみる。
日本でお見かけする千葉産のものよりははるかに小粒で、食べにくい。そして、味も明らかに日本で食べるものよりも劣る。はっきりいって、あまりおいしいものではなかった。
母親のところに、元祖・シンガポールスリングが届けられた。
赤いカクテルだ。そして、泡立っている。
シンガポール航空の機内で飲んだり、日本のバーで見かけた物とは全然違う。これが、本物ということだ。へぇー。
パイナップルと、チェリーが串刺しにされて添えてあるあたりが、南国っぽくていい雰囲気だ。あと、氷が入っているとはいえ、結構どっしりとしたグラスに入れられているというのもいい感じだ。飲み応え、ありそうだ。
あまりお酒が強くない母親だが、「あら飲みやすいわ、これだったら私も飲める」と飲んでいた。結局、一人で最後まで飲んでしまった。ただ、「フルーツはおいしくない。すかすかした味」ということだそうで。
兄貴は、 別のカクテルをオーダー。名前は忘れた。
ウェイターが、メニューと共に差し出した名刺大の紙に、このカクテルの説明が書いてあった。なにやら曰くありげだったので「せっかくなので注文してみよう」ということに。全員が全員、シンガポールスリングを飲むことはあるまい。
で、出てきたのがこれ。
んー、微妙。
兄貴は、グラスの縁に塩がついているのがイヤらしく、もうそれだけで拒絶反応をしめしていた。
さて、やや遅れて到着したのは、僕が注文したロング・ビールだ。
でかい。
テーブルの上にのっけると、グラス・・・というかジョッキ、というかなんと形容して良いのかとまどうのだが・・・の口が目線よりも上だ。
ええと、どうやって飲めばいいんだ、これ。
やや見上げる格好になりながら、グラスの口を眺める。
立ち上がって飲むか?
いや、それは格好が悪い。では、そろりそろりと斜めに傾けて飲むか?・・・多分、それが正解なのだろうけど、気を付けないとビールがこぼれる。
それにしてもこのグラス、取り扱い注意だ。酔っぱらいが扱っては絶対にいけない。へたすると中身がこぼれるし、持ち方が悪いとグラスが割れる。
ふと天上を見上げると、うちわがぱたぱたと規則正しく動いていた。
天上の柱にこのうちわが整然と並べられており、機械式でぱた、ぱたと動く仕組みだ。
なかなかに風情があるのだが、あまり効果はない。
でも、機械式で動くうちわ、というのは非常におもしろい。
それはさておき、ロングビールに話を戻す。
木の支えごと持ち上げると、グラスがぐらぐらして危ないため、結局支えからグラスを取り外し、そして自らが若干背伸びをしつつグラスの口とランデブー。
ぐいっ。
んー
ぐぐぐぐいっ
なんだか、ガラス職人みたいな格好になってきた。
グラスの細いところを持つと、先のだるま型のところの重みでぽっきりとグラスが割れかねない。ちゃんと、膨らんでいるところをそっと支えながら、かつ大胆にぐいぐいと。
んー。
中に入っているのがタイガービールであるため、ちょっとばかり気合いの抜けた味わい。こういうグラスだったら、カールスバーグの方が良かったと重うのだが。
量については、思ったよりも入っているような、入っていないような微妙な感じ。ええと、恐らく750mlくらいだろうか?変な飲み方だったので、実感としてどれくらいの量かはよく分からなかった。でも、よっぽどデカくてすげぇ飲み物かと思ったが、案外お手頃サイズ。大ジョッキ程度、といったところ。
ふぅ。ビール、飲み干しましたー。
夕ご飯がまだ胃袋に残っているような感じで、そこにビールを飲んだのであまりこれ以上追加で飲む余裕はあまりない。とはいっても、ここにきてシンガポールスリングを飲まないわけにはいかないでしょ。家族二人は一杯で終わりにしていたけど、僕だけ二杯目を追加注文。
カウンターを凝視していたら、バーテンダーの人がなにやら大きな透明な容器をとりだした。あれっ、それはミキサーの容器ではないですか。で、中には泡だったシンガポールスリングが。
バーテンダーは、涼しげな顔をしてそのミキサーからグラスにシンガポールスリングを移していた。おっと、そのグラスが間もなく僕のところへ。注文から到着まで、1分も要さなかった。あらら。
面倒なカクテルだとは聞いていたが、さすがにこれだけの大量注文には効率化をとらざるを得なかったらしい。まさか、カクテルがミキサーから出てくるとは思わなかったぜ。でも、それもやむを得ないのかなあ、と思うのは、1分に1杯以上のペースで、次々とシンガポールスリングがオーダーされていたからだ。こんな注文の嵐に、いちいちシェイカーを振っていたら腱鞘炎になってしまう。
ちゅちゅーっと。
さっきはグラスを両手でがっしと持って飲んだが、今度はストローで可愛らしく。
おおう、これがシンガポールスリングか。パイナップル味が強く、甘みのせいであまりアルコールの感じがしない。これはスクリュードライバーなんぞよりよっぽど「女性を酔わせるお酒」じゃのう。では、今晩は傍らにいる素敵なレディ、うちの母君をこのお酒で酔わせて
ウソです冗談です、そんなことを妄想してはいけない。
まあ、それは兎も角、なかなかに美味でござんした。母親の忠告もあって、上に載っていたフルーツには手をつけなかったが。
大満足で、ロング・バーを後にした。いやぁ、いい時間を過ごしたよ。今日はもうホテルにさっさと帰って就寝、就寝。疲れたぁ・・・。
ホテルに戻って、各自お風呂に入って、床についたのは25時半過ぎだった。いけねぇ、明日も朝が早いんだった。夜更かししすぎだ。明日は国境を越えてマレーシアに入国するんだっけ。
PS。兄貴から「awaremi-taiでロングバーが登場しているが、レシートの内容を転記しておこう。」というメールが届いた。それによると、
Half Yard(ロングビールのこと) $25.00
Singapore Sling $17.00 x 2
Tiger Lily(兄貴が飲んだカクテル) $17.00
だった。えっ、たかがあんなビールで、$25?約1,800円だ。たっけぇ!単にグラスが珍しいだけじゃん、あれ。「もし割れた時のために」という保険代も込みだったのか?・・・まあ、記念だからな。二度と飲まないから、許そう。
ちなみにこの金額の他に、サービスチャージとして10%、CESSなるものが1%、付加価値税5%をとられた。観光というつもりでもない限り、ちょっとアホらしい金額になってしまったですよ。地元民は来ないだろうな、ここには。
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