フロント脇に、休憩所がある。中に入ってみると、ガラス張りになっていて日当たりの良い場所となっていた。日だまり、という表現がぴったり。ここでのんびり過ごすだけでも、一時間くらいはかるく過ぎてしまいそうで怖い。
いや、怖がらなくて、なんなら過ごしてもいいんですぜ。でも、他にもやらなくちゃいけないことがいっぱいありすぎて、とてもじゃないが一つの事に専念できんですよ。悲しいけどコレ、戦争なのよね。戦争じゃないけど。
ここは「休憩所」となっているが、実際は「木まぐれ喫茶」という場所らしい。朝7時半から夜の9時半まで営業で、町中のチェーン喫茶店もびっくりの長時間営業だ。しかし、木まぐれと名乗るだけあって、従業員さんは常駐していないようだ。注文する際はフロントに行けば良いのかな。
お品書きを見ると、ビールや清酒、ワインなどをはじめとし、つまみ類からおやつ、ご飯ものまでいろいろだ。これが山小屋の喫茶スペースだったら、早着した登山客が昼間っから麦酒飲んでガハハハと笑っているはずだが、この宿では一人もそういう人をみかけなかった。この日もそうだし、翌日もそう。みんな、スキーやったり風呂入ったりソワソワしているので、「ゆっくりする暇がない」状態だったのかもしれない。
ああ、かくいうおかでんでさえ、「せっかくだから麦酒でも飲むか」という発想には全く至らなかった。なぜだ。
木まぐれ喫茶のカウンターは、なぜかウグイやハヤが飼育されている水槽が鎮座し、その他にも熊笹や苦瓜が漬け込まれた容器がずらり。漬け込んだ時期も書いてあるので読んでみると、10年選手がザラにある。一体この宿、何をしようというのだ。不老長寿の研究でもしているかもしれん。
そんなわけで、喫茶の飲食物はカウンターに全く置けない、という変な状況になっている。
この休憩所の面白いところは、単に「ひなたぼっこに最適」ということではない。もちろん、熟成された苦瓜リカーなどを見るためでもない。
窓の外、ちょうど正面数メートルのところに木があり、そこに野鳥が頻繁に遊びにくるのだった。木の幹にはペットボトルがくくりつけられており、その中にはひまわりの種らしきものがみっちりと詰まっている。その種欲しさに、可憐な鳥が必死の形相で(いや、実際は無表情だけど)やってくるのだった。冬ということもあり、エサがほとんどない季節。ひまわりの種があるとなりゃ、野鳥まっしぐら。来るなという方が無理だ。
ひっきりなしに食事に訪れる鳥を、双眼鏡も何もなく目の前で見ることができるぜいたく。これはすごい。これだけでご飯三杯はいける。ふりかけ代わりにひまわりの種で。
ハチドリのようにホバリングできる鳥はいないので、「先客」がエサをつついていたら、その他の鳥は周囲をソワソワ飛びながら順番を待つことになる。それがまた面白い。
カワラヒワがとても多かったが、ゴジュウカラ、ホシガラスなどの姿も見えた。
この宿、気が利きすぎ。こんな目の前に鳥が集まるような細工を施すとは。時々エサの補充をしなければいけないはずだけど、結構大変だぞ。感謝感謝。
しかも、わざわざ「より一層大きく見えるように」とビデオカメラを設置してあり、ズームアップされたえさ箱の様子をモニターで見ることができるようになっていた。「浅間山LIVE映像」とモニターに書かれているのはご愛敬だが、これだとより一層はっきりと見えて、感嘆の声が途絶えることがない。
感嘆の声で喉が渇いたら、鉄釜に湧いているくま笹茶をサービスでどうぞ。わざわざすいませんもう至れり尽くせりで。
ここが喫茶スペースであるにもかかわらず、無料の飲料を提供しちゃうあたりがこの宿の太っ腹というか、剛気なところだ。
しばらく口をぽかんを開けながら鳥を眺めていたら、なんだか視力UP、そして動体視力も上がったような気がする。普段、遠方をじっと眺める事なんてしないもんな。
ちょっといい気になりながら、もう一回お風呂に入りに行くことにした。今度は一階にある「ランプの湯」。
なるほど、その名の通り風呂場にはランプがあった。ただ、入口はなぜか「男湯」と書かれた提灯(電気式)だったが。
脱衣場の壁には、源泉の取扱いに関する説明表示がカラフルに掲示されてあった。これ、長野県の温泉地にいくとどこでも見ることができるもので、長野県温泉協会のフォーマット。カラフルである上に、非常に分かりやすい表現を使っているのでとても親切な作りだ。
最近、温泉の情報開示をしている温泉協会や観光協会、宿単体は増えたが、この長野県ほど統一されていて、目立って、分かりやすいものは他に知らない。スタンディングオベーションで褒めても良い施策だと思う。
このパネル、「加水はしていません」とか「加温をしています」「源泉温度が低いため」といったシールが貼られている。要するに、分かりにくい表現でなく、ビシっと統一されたシンプルな表記にしましょう、という試みだ。温泉協会が用意したシールに無い表現は原則使えないので、白黒はっきりつけざるをえない。
しかも、さらにご丁寧に「800m引湯」なんて書いてあって、引き湯の距離まで説明している徹底ぶり。白骨温泉の偽装問題発覚以降、長野県は確実に進化した。
・・・ただ、これができるのは、長野は良い温泉がいっぱいあるから、という事情もあるだろう。同じ事を、温泉が貧弱な地区でやろうとすると、どうにも冴えない表記の湯ばかりになってしまう。長野さんのような真似やったら自滅だ、できません!というところもあるだろう。
湯船は、先ほどの高峰の湯と同じ作り。ただしこちらの方が一回り小さい。
大きめの湯船は42度の加温循環、小さい方は26度の加温なし源泉かけ流し。26度の方は飲泉可能。
早速浸かってみるが、冬に入る26度はなかなかに寒く感じる。42度と行ったり来たいするにはこれくらい温度差がある方が体がキンチョーして良いのだろうが、さすがに本日二度目のお風呂となるとそこまでのガッツはない。寒いとは思いつつも、26度の源泉にきゅうきゅうになりながらずっと浸かっていた。
休憩所とランプの湯の間には、暖炉がある。
今まさに火がついており、なんとも山の宿といった風情があってよろしい。
「この暖炉の前で、夜はコッヘルに入ったウィスキーをちびちびやりながら、昔ヒグマと戦った時の思い出話でもしたいもんだ」
「じゃあ私は巨大サメと戦った話を」
「おい、明らかなうそはよせ」
「お互い様じゃないですか」
ただこの暖炉、パチパチと薪がはぜる音がまったくしない。
温泉が湧いてくる際に一緒に出るガスをここで燃やしているのだという。面白い。
この暖炉の近くには長机と長椅子があり、今度はそば茶が鉄釜で供されていた。いろいろ飲むものがあって、くつろげるなあ。いろいろありすぎて、くつろぐ暇がないのが現状だけど。
部屋に戻って、ゆっくり過ごそうと思っていたら、連れから
「一息ついたら、外に遊びに行きましょう」
と言われ、ちょっと意表を突かれた。
外。なるほど、外ねぇ。
今まで、温泉宿に泊まるときは、チェックインしたらあとはもう、ひたすら風呂、部屋でまったり、食事、寝る・・・という事に専念していた。外に出る、という選択肢なんて思いついた事はない(外湯があったり、商店街がある温泉地を除く)。だから、この山の一軒宿においても、当然チェックアウトまでは館内で過ごすものだと思いこんでいた。
「雪がいっぱいあるじゃないですか。遊ばない手はないですよ」
と言われ、そりゃそうだわ、とあらためて気がついた。人間、行動パターンをルーチン化させるとダメになるな。
「えっと・・・浴衣、のままじゃさすがに無理だな」
「無理でしょうねぇ。凍死しちゃいますよ。フル装備でいかないと」
すっかり浴衣でおくつろぎモードなので、何枚も重ね着しないといけない冬服ななんともおっくうだ。しかし、浴衣で雪に突撃ってどこのバラエティ番組だ。それは無理なので、もそもそと着替える。
外に出ると、16時過ぎということもあってゲレンデには人が全くいなかった。時折、圧雪車が通過するくらいだ。
「うおおお、見てくださいよ、この大自然、僕らが独占ですよ!」
そのまま彼はゲレンデに向かって疾走していった。で、足をとられてこけた。やっぱりこの歳になっても、雪を見ると興奮するもんだ。
あまりにサラサラで、雪合戦をするような雪質ではないので、大人二人、ただ単に広いゲレンデを意味もなく走り回った。何だかしらんが、案外これが楽しい。
旅館の脇には、真っ赤な雪上車が停まっていた。われわれの送迎で使われた、ワンボックスカー改造版雪上車ではなく、純粋なる雪上車だ。
「おー、これに乗って見たかったなあ」
「帰りに期待しましょう」
こいつは新雪で道が埋まっていても強行突破できるような力強い面構えと装備をもっていた。どこのメーカー製だろうか?これ、日本ではニーズがそんなにない車なので、相当値段が高そうだ。
ゲレンデで遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
いかん、17時から休憩所でカメラ講座があるんだった。慌てて宿に戻り、そのままの格好で休憩所に向かった。浴衣に着替える暇なんて、なかった。
行ってみると、「初心者のためのレベルアップ写真講座開催」というホワイトボードが窓側に置いてあるものの、誰もいない。どうしたものかと思っていたら、先生となる宿のスタッフの方が現れて、講座開始となった。要するに、受講生はわれわれだけだった、ということだ。
せっかくこんな面白そうな講座をやっているのに、われわれ以外だれも参加しないってどうなっているんだ。興味ないのだろうか。ひょっとして、「忙しい忙しい」といろいろ館内をうろつき回っているわれわれだけが、忙しがっているのかもしれない。他の人と時間の流れが違っている予感。
さて講師の方だが、本職は写真家なのだけど、冬などはこの旅館の手伝いをやっているのだという。多分、業務の合間を見てこのあたりの自然を撮影しているのだろう。
プロに教えていただけるとは光栄。しかも無料で。やっぱりこの宿、過剰なまでにサービス精神が旺盛だ。
こりゃレベルアップが期待できるぞ、と思ったのだが、冒頭、先生から
「何か聞きたいことはありますか?何でもお答えしますよ」
と完全にボールをこちらに渡されたので、動揺してしまった。いや、なーんも考えずにここに来てしまったんですが。受け身の姿勢だったから、この不意打ちには面食らった。
でもこういう質問を先生がするのは当然といえば当然で、人によって使っているカメラは違うし、経験も技術も知識も違う。「はじめてのExcel」みたいな講習とは訳が違う。
咄嗟に、「絞りの使い方について教えて欲しいんですが」と聞いてみた。以前からよく分からなかったところだ。
すると、さすがプロだけあって、被写界深度だとかいろいろな話をホワイトボードを使って説明してくださった。すげぇ、とその時は納得したが、後ですっかり忘れてしまった。ごめんなさい、復習しておきます。絞りをいじると被写界深度(この言葉自体ここで習った)が変わる、なんてのはよく理解できなかった。奥が深いな、カメラ。
「ちょうど日が沈みかかっていますから、あれを例に撮影してみましょう」
ということで、夕日を撮影してみる。
コンデジのフルオートで撮影したもの。白っぽくなってしまい、太陽が見えない。
その後、絞りを1/3ずついじってみると、なるほど確かに劇的に景色が変わる。「おおおおー」なんて感嘆しながら設定をいじっていたら、太陽が沈んでしまった。ありゃ。被写体は待ってくれない。だからこそ、シャッターチャンスを確実にモノにするための知識と装備が必要なのか。
一方で先生は、「人物を撮影するときの光線について」なんて話をはじめた。「光に対してどういう向きで写すと良いと思いますか?」と聞かれたので、
「正面・・・と答えると違うんでしょうね。『逆光は勝利』という言葉がありますし、逆光?」
と答えてみた。
(『逆光は勝利』という言葉は、ゆうきまさみ著「究極超人あ~る」の名言。同著では他にも『頭上の余白は敵だ』などがある)
すると、予想外にも「横からが良い」という回答が。そう来ましたか。
確かに、連れを被写体にして、いろいろな角度から撮影してみると納得がいく。
光を正面から当てると、凹凸が消えてしまいのっぺりとするのだが、横から光を当てるととても印象的な陰影ができるのだった。
「イイヨイイヨー、もっと笑顔ください」
「やめましょうよ、そういうの。周りに人、いますし」
確かに。
絞りの他にも、シャッタースピードを変えてみたり、ISO感度をいじってみたりしているときりがない。こりゃ、写真って深みにはまるととんでもない事になるな。
しかも先生、「僕らなんかはこういうのも使うんですけどね」とレンズフィルターを取り出し、「ほら、これをこうすると・・・こうなるんです」などといろいろ見せてくれる。
これ、講習の最後に「そんなわけで、奇麗な写真が簡単に誰でも撮影できるカメラセットを、今ならお得な価格で!」なんてやったら買う人出てきちゃうんじゃないか。山の上だから、被写体が奇麗で気分が高揚するし、ついつい・・・というのはありそうだ。
望遠と広角の話なども聞きながら感心しまくっていたら、気がついたら1時間も経ってしまっていた。本当は30分の講習だったはずだが、生徒がわれわれだけだったということもあり、すっかり先生を専有してしまった。感謝の言葉を述べ、退去。
「予想以上にあれこれ勉強できたなあ」
と喜びつつ部屋に戻り、あらためて浴衣に着替え直す。やっぱり、温泉旅館の館内はぜひとも浴衣姿で過ごしたいものだ。
・・・と、窓の外を見たら、うわぁ、もう食堂に人がいっぱい。食事を既に開始しているではないか。時計を見ると、確かに18時を回っている。予定時刻を大幅にオーバーする形で写真講習を受けたので、すっかり食事時間にさしかかっていたのだった。
「それ急げ、天ぷらが冷めるぞ」
と、ほどけかかる浴衣の帯で転びそうになりながら、豊満な胸がポロリしてイヤ~ンな状態になりそうなのを必死で押さえながら、食堂へと向かう。
「早くしないと、固形燃料の鍋の火が消える」
「もしお客が着席する前に、既に鍋に火がついていたらイヤですねぇ」
実際、そんな宿は見たことがないが。何のための固形燃料なんだか、それじゃ意味がない。
「魚・・・は多分ないんだよな。別注文メニューに岩魚や鮎があったから」
「わかりませんよ?長野といえば・・・」
「鯉か!」
「鯉がででーんとあるかもしれません」
「いやー、でも、鯉の塩焼きは無いでしょ、さすがに。見たこと無いんだけど。おいしくないのかなあ」
案外、夕食前の「今晩は何が出てくる?」という話をしているひとときが温泉旅館で一番楽しい時間かもしれない。
しかし、われわれには時間がない。それ急げ。
「山の中の宿なので、カレーライスだけです、だったら相当びっくりだぞ」
「いや、さすがにそれはないでしょう。カレーの臭い、少なくとも廊下には臭って来ませんでしたから」
「わからんぞー。山小屋によってはレトルトを使うところもあるからなー」
「おおお?」
窓側の席に案内された時、二人は思わず感嘆の声を上げた。
「こいつ・・・動くぞ」
いや、すまん、間違えた。そんなことは言っていない。
「鍋だ!」
卓上には、カセットコンロが置いてあって、その上には土鍋がセットされていたのだった。お一人様用の小さな鍋を、固形燃料で熱していただくというのは旅館料理の定番。しかし、こうやって「土鍋をみんなでつついて食べる」というのは案外みかけないものだ。新鮮な印象で大変うれしい。いいぞいいぞ。いやだって、固形燃料型お一人鍋って、小さな鍋にあれこれ押し込んでいるので汁は少ないし、あんまりおいしくないし。
「開けたらカレー、だったらびっくり」
「やめれ。それはインド人どころか日本人でもびっくりだわ」
「しかもカレーうどんだった、とか」
もう一つ驚きだったのが、わざわざ一組の宿泊客に対して一枚、本日の御品書きの紙が用意されていたことだった。今日の日付入りの手書き。日付入り、ということは日によってメニューを入れ替えているのだろう。結構大変なことだ。
忘れちゃいけないのが、「ここは山の上、しかも雪の中」ということだ。「今日は裏の畑で野菜が採れたから」とか、「港でいい魚仕入れてきたよ」なんてのとは全くの無縁。どうしても毎日決まり切ったメニューになりがちだが、ある程度レパートリーがあるようだ。頭が下がる。
山の中の宿だから、食事は貧相でも当然、くらいの覚悟で食堂に訪れたので、このおもてなしは素直にうれしかったし、楽しかった。この紙、お土産に持って帰っても良いくらいだ。
料理ひととおりは、素朴なものばかりだ。地味、とも言える。華やかさは正直、ない。でもそれがよい。仕出し屋さんから仕入れました、というのが見え見えな定番の旅館料理というのはいい加減食傷気味(といいつつ、相変わらず大喜びで食べているのだが)だ。その点この宿は、手作り感満点な料理ばかりで、小躍りしたくなる。地のものを意識して使っているっぽいのも旅人としてはうれしい。「使っているっぽい」と形容してしまう辺り、あんまり地元食材について詳しくないのを露呈しているが。
地梨を使った食前酒からお食事はスタート。
ほとんどお酒が飲めない相方は、鍋が煮えるのを今や遅しと待っている状態。おかでんは光速の勢いで瓶ビール注文。さあ楽しい宴の始まりです。
「酒あんまり飲まない人にとって、どうなん?宿飯って」
「どう?と聞かれましても。昔からこうだから、あんまり意識したことないですよ」
「そんなものなのか」
「ただ、おかずの量が多いので、ご飯を食べるペース配分が難しいですね」
なるほど。酒飲みおかでんは、食堂から他の客が居なくなるくらいまで長っ尻した挙げ句、最後は慌ててご飯を軽く一杯食べる程度だ。「ペース配分が難しい」という点では彼と同じだが、意味が全然違う。
ビールを飲み始めたが、標高2,000mもある場所なので泡だらけ。なかなか気泡が収まらないので、ビールを飲んでいるんだか、泡を飲んでいるんだかわからない状態になってしまった。
教訓:高地でビールを飲むときは、「今飲んでいるグラス」の他に「先にビールを注いでおいて、泡が収まるのを待っているグラス」の2個体制だと良いかも。
写真上:珍味・鯉三つ葉すのた 写真下:小付・蓬豆腐
「蓬豆腐、って何だ?ほうどうふ?」
「なんでしょうね、蓬莱といえば豚まんが有名ですけど」
「いやさすがにこの外観で豚肉が入っていたら相当驚くぞ」
と話をしていたが、ヨモギだった。ヨモギって漢字で書くと「蓬莱」の「蓬」になるんだな。今日は勉強することいっぱいだ。
写真上:刺身・蒟蒻 写真下:椀物・手打ちとろろ蕎麦
「わかりましたよ、何でこの料理が旅館料理っぽく見えないかと思ったら、刺身が無いんですよ」
「あ、蒟蒻が刺身の位置づけなのか、なるほど。まあ確かに、山の上、雪の上なのにマグロだのイカだのが出てきたら興ざめだよな」
「とはいっても、この蒟蒻だって下から運び上げてきているんですけどね」
「・・・そうか。結局は全部の食材は下から運び上げだ。しかも最後は雪上車輸送。大がかりな話だなあ」
しかも、蕎麦は手打ちときたもんだ。ほんと、「ご馳走」だ。走り回って食材を集めて、手間暇かけて提供している。
写真上:煮物・炊き合わせ 写真下・鯉おろし煮
鯉おろし煮、という呼び方もあるんだな。一般的には「みぞれ煮」と呼ぶと思う。揚げた鯉の切り身を大根おろしが入ったつゆに入れる。これ、おかでんは大好きです。鯉自体美味いとは思わないのだが、これならおいしいと思える。鯉の洗いと同じ魚なのか、と疑うくらいだ。うん、美味くてビールが進むぜ。
どの料理もおいしいのだが、なんといっても気になるのが土鍋。鮭粕汁。
「ここでいきなり新潟方面に食材がシフトしたな」
と話をしたが、とはいえ寒い冬に暖を取るのにこれほど適した鍋もなかなかあるまい。
「粕汁が食べられる大人になれて、良かった。子供の頃、酒粕の臭いがダメでねえ」
「あ、それ私もそうでしたよ。甘酒でさえイヤでしたもん」
「酒を飲むようになってから抵抗が無くなったのかな?」
「それだと私には当てはまりませんよ。大人になるって、そういうことじゃないですか?」
「そういうことか」
「そういうことです。」
なんだかわからんが、一応納得した。
粕汁おいし。温かい鍋であれば無条件で美味確定となる環境の宿だが、それを差し引いても美味いぜ。時々、本当に酒粕臭くて「うわ、酔っ払いそう。さすがにこれはちょっと」というのに出くわすが、ここの鍋はよいお出汁。お子様でも安心。
二人分にしてはたっぷりの量があるのも、うれしい。小さな固形燃料用一人鍋だと、噴きこぼれ防止のためか、つゆの量が非常に少なくて泣ける事がある。れんげでつゆを掬おうとしても、水位が低くてうまくいかなかったりして。
写真上:天ぷら(芹、三つ葉、独活、蕗のとう) 写真下:食事(御飯、吸い物、野沢菜)
今宵の宴には、茶碗蒸しや魚の塩焼きなどがないので、「温かいものを、できたてでお持ちます。」というものがほとんどない。唯一あったのが、天ぷら。山菜で構成されていて、これまた楽しい。お海老様がデデンとふんぞり返っていたら、「お前勘違いしてはいかん。海へ還れ」と言っていたところだ。
もっとも、毎度の突っ込みだが、これら山菜も、雪に閉ざされたこの地で採れたものではないのだが。
それにしても、普段あまり食べない天ぷらばかりでうれしい。かさを増やしてゴージャスにするためにも、すぐ近くの群馬県名産の舞茸は十分あり得るが、敢えて使っていないようだ。その結果、芹(せり)、三つ葉、ええと・・・
「ええと、独活?」
また分からない漢字が出てきた。就活、みたいなものか。いやそれは食えたもんじゃないぞ。灰汁が強すぎだ。独身活動の略・・・だとしても、まずそうだな。
確認してみたら、「うど」だった。知らなかった!うどって、独活と書くのか。また勉強になった。この宿はどこまで俺たちを啓蒙してくれるというのか。
それにしても、うどの天ぷらっていうのは初めて食べた。
そして料理の最後は、当然御飯。野菜があれこれ入っていてうれしいお吸い物も付いてくる。でも、かす汁がたくさんあるので、お吸い物が不要なくらいだ。いやー、一見地味に見える料理だったが、どうしてどうして、豊かな気持ちにさせてくれましたよ。
御飯のお供として、野沢菜の小皿もあった。
「危なかったですねー、別注メニューに野沢菜があったから、危なく追加注文するところだったじゃないですか」
「ということはアレか、これだけじゃ足りない、もっとよこせ、というニーズがあるということか。凄いな。確かに、野沢菜は御飯によし、ビールに良し、清酒にも良しだからな」
おかでん自身、野沢菜を愛して止まないのだが、自宅ではまず食べない。「一回分使い切りパックになってれば食べるんだけどな、もずくやめかぶみたいに」
ビールを追加注文する際、「地ビール」の言葉に目がとまった。せっかくだから、地ビールを頼んでみよう。わざわざこの宿で「一番搾り」を飲むこともあるまい。
おかでんは「安く、ビールをごくごく爽快にたくさん飲みたい」人間なので、地ビール(マイクロブルワリー)はあまり好きではない。高いのが最大の理由だが、加えて、凝った味つけをしているからだ。まったりとビールを飲むという文化がないおかでんにとっては、濃厚だったり妙にフルーティーなのは苦手。「日本のビール会社大手の製品はどれも似たり寄ったり」とよく言われるが、ああ日本人が好きな味の最大公約数ですなあ、と我が身をもって納得する。
そんなおかでんがなぜ地ビールに手を出したかというと、妙な瓶に入っているから、それ以外の何者でもなかった。そのビールは、「OH!LA!HO!ビール」といい、アンバーエールのビールだ。容量1リットルの瓶で、まるで応援用メガホンのような円錐形をしている。ぜひこれで手酌をやってみたくなって、セレクト。後で値段が2,100円だった事を知って肝を冷やしたが。
東御市の公社が作っているというこのビール、さすがにアンバーエールだけあって赤黒い色と、それに見合った濃厚(芳醇、と言った方がこの場合は良いのか?)な味わい。おいしいんだが、ビールの味が相当立っているので、刺身蒟蒻や炊き合わせといった和食との組合せはちょっとしんどかった。ただ、さすが鮭の粕汁、互角に渡り合っていてアンタら格好良かったぜ、ナイスファイトとお互いにねぎらいの声をかけておいた。
とにかくこの瓶、デカくて重い。お酌して貰うにしても、手酌するにしても、持ちにくくて若干難儀する。でもそれもまた楽しい。これでベルギービールのように専用グラスが用意されていると尚楽しいだろう。
食事が終わった頃には、随分と食堂から人が退却していた。
さて、そろそろわれわれも引き上げようか。
おかでんは
「オラホビール、1リットルは量が多かった・・・おなか、だぶんだぶん」
とうめいていた。
部屋に戻ってみて、またまたびっくり。いやもう、今日はびっくりすることが多いな。
歳とってからこの宿に来るのは体に悪い。特に心臓や血圧に問題がある人は、少なくともこの季節は止めた方が良い。寒暖の差があるし、びっくりすることが多いし、ワクワクすることも多いし。
何がびっくりって、われわれが食事中に敷いてくれていた布団の配置。布団、こたつ、布団と川の字になって並んでいる。そうか、これが「こたつ寝」か。
てっきり、足元にこたつが配置されるものだと思っていた。で、足を伸ばせばこたつでぬくぬく。しかし、よく考えてみるとその配置だと、「こたつに足を突っ込む」ために身を相当沈めないといけない。掛け布団で窒息しそうだ。「こたつに足を入れたり出したり、うれし恥ずかしこたつ寝の今宵」を楽しもうと思ったら、この配置の方がベストだ。なるほどなあ。
「でもこれ、カップルだったらイチャイチャできないですよね」
「そうさせないための宿側のささやかな抵抗かもしれん」
「僕らに対して、ですか?」
「男同士だぞ?」
「まあ、そりゃそうですが」
こたつの上には、先ほどまで無かったものが置いてあった。
「食後のお口直しにどうぞ」という紙。
取り除いてみると、中からは小さなグラスに入ったりんごゼリーが出てきた。うれしい心配りだ。満腹だけど、ゼリーなら別腹。ありがたく頂戴する。
これが食堂にて提供されても全然感動は無かっただろうが、こうやって部屋に置くという一手間で2倍にも3倍にも感動が膨らむものだな。
ここで、「お口直しにどうぞ」という紙をめくってみたら、モンダミンが出てきて「本当にお口直しじゃん」となっていたら、全然感動しなかったとは思う。
ほっとしている暇はない。
20時から、休憩所で「温泉の療養効果と健康増進法」という講座が開かれるんだった。もう既に時間が迫っている。休憩所に出かけないと。ホント、部屋でゆっくりしていられないな。
連れは、「私はこっちが気になるので・・・」と、フィギアスケートのテレビ中継を見入っていた。さすがに息つく暇もないイベントの連続に音を上げたようだ。
「忘れんなよ、20時半からはお楽しみの星空だからな」
「はーい」
温泉講座を受けるおかでんの場合、講座から引き続いての観望会だ。一息すら付く暇がない。いよいよ高峰温泉さん、本気を出してまいりました。
休憩所に行ったら誰もおらず、中止になったかと危惧したのだが、講師の先生が現れてマンツーマンで授業が始まったあたりからぼちぼちと人がやってきた。ホント、この宿に泊まっている人達って何やってるんだろ。部屋でくつろいでいるんだろうけど、慌ただしく走り回っているのって僕らだけかもしれない。
講座は、泉質ごとの効能についての説明、そしてこの高峰温泉におけるベストな入り方のアドバイスなどがあった。やはりここでも「21時に入ればちょうど良い」ということだったが、いや、その時間は厳寒の外で星空とにらめっこしている最中です。体に悪そうだな、大丈夫か。
窓の外では、えさ箱がくくりつけてある木がライトアップされており、夜でも動物の生態を観測することができるようになっていた。もっとも、鳥たちは夜は活動しないので、昼間あれだけ繁盛していたのに今はがらんとしていた。
時間が若干押し気味で講座終了。既に星空観察会は始まっている時間だ。それ急げ、これを見逃すのはあまりに惜しい。
部屋に戻ってみると、連れは口をあんぐりあけながらトリプルルッツだのトリプルアクセルだのを見ていた。
「馬鹿たれ、もう時間だ。星空が見たくてここまで来たんでしょ?早く支度をせよ」
「え?もうそんな時間なんですか?早いなあ」
「違う違う、早いんじゃなくてアンタが遅いの」
「待ってください、着替えますから」
「いいから浴衣で行け」
「無理です、外は氷点下になってそうじゃないですか」
「凍死して、君もまた一つのお星様になるのだ」
「それ、私は観測できないですよ」
「いいから着替えろ。TVも消せ」
こっちも、ヒートテックを下に着込んだりジャンパーを着たりと重装備し、双方準備が整ったところでいざ漆黒の外へGO。
外は、まさに真っ暗だ。高峰温泉の建物を背にすると、人工的な明かりが何一つない。しかもスキー場の中、さらに山の上にあるという立地なので、視界が広い広い。こんな好環境で空を見るのは人生初だ。
「すげぇな・・・・」
「まってください、まだ目が慣れていないです。こんなんで驚いちゃダメです」
ばれたか。一応、まずは驚いてみせただけだ。
しばらくして目が慣れてくると、いやあ星だらけ。満天の星、というのはまさにこのことだ。あまりに星が多くて気持ち悪いくらいだ。
屋外には何基か天体望遠鏡が据えてあって、代わる代わるみんなで観察をしていた。でかいものになると、台車にのっかっている望遠鏡まであって相当なものだ。三脚にちょこんと乗ってます、程度のものとは次元が違う。こりゃ貴重な体験ができるわい。
宿の人が、時折望遠鏡の向きを変え、「ハイ、今これで見えるのがM○○星雲ですー」なんて言う。そんなウルトラマンのふるさとみたいな星雲まで見えるのか。凄いな。早速見せて貰う。さすがに本などで見かける、UFO型や渦巻き型をしているようにまではくっきりと見えないが、それでも自分の目で観察していることに興奮が隠せない。
星が多すぎて何がなんだかさっぱりだが、どっちにせよ星座をほとんど知らないので「ああ、あれが○○」なんて言えないところが悔しい。
「冬の大三角形が一発で分かりますね」
なんて言われても、「どれが?」と聞き返し、「そもそも冬の大三角形って何よ」となる。ええと、オリオン座のベテルギウスだけで許してもらえませんかね。
「許すって何ですか。あとはおおいぬ座のシリウスと・・・・」
「あ、シリウスは知ってる」
「プリウス、じゃないですよ」
「わかっとるわい、そんなの」
「じゃあシリウスはどれですか?」
「すいません、わかりません」
「おおいぬ座のシリウスと、こいぬ座のプロキオンですよ、ほら、あれと、あれ」
「むー。確かに他の星と比べて明るいのはわかるが、肝心のお犬様らしき姿にはどの星を組み合わせても全然見えぬ」
この後、人が減ってきたので、宿の人をほぼ独占する形であれこれ見せてもらった。「アルデバランを」とリクエストすれば、すぐにすいーっと望遠鏡を向け、「はい、これですね」という。天文台の人ですか貴方は。どうしてこれだけ星があって、しかも望遠鏡で狙いをつけられるというのか。天文台の人でなければ、凄腕のスナイパーに違いない。背中を向けると打たれるぞ。気をつけろ。
「あれ見たいんですけど。ええと、平安時代に超新星爆発して、昼間でも明るかった、っていうやつ。かに座の・・・」
「かに星雲ですね。あれはかに座にあるのではなく、おうし座なんですよ」
「えー」
ちょっと知ったかぶりすると、すぐにボロがでる世界。参りました。
なお、かに星雲の真ん中には中性子星(パルサー)があって、1秒間に30回転しながら強力なX線を放射している。これを「かにパルサー」という。なんだか美味そうな名前だ。
「そうだ、忘れていた。かみのけ座を見ないと」
普通は無いであろうリクエストだったが、宿の人は「えっと、どれかな」といいながらも「これですねー」と探し当てた。実際に見てみたが、星座表通り、星の集合体って感じでこれをかみのけと呼ぶにはちょっとどうなのよ、という星座であったよ。
他にも土星の輪っかを確認したり、南天にうねうねと長く横たわるうみへび座を追いかけてみたり、いろいろやっている間にあっという間に22時近く。いけねぇ、また時間オーバーしちゃった。すいません引き留めちゃいまして。ありがとうございました。
大満足して、宿に引き上げた。
21時だったか、21時半からだったかは忘れたが、暖炉の近くに「お夜食」として五平餅を置いておきますのでよろしかったらどうぞ、と宿の人から言われていた。売り物にしてもおかしくない五平餅を、平気でお夜食として無料サービスしてしまうなんてなんて太っ腹なんだ。呆れるしかない。ただ、数には限りがありますので、無くなった場合はご了承ください、だって。
実際、われわれが現場に駆けつけてみると、既に五平餅の「ご」の字すら残っていない状態だった。あちゃー。誰だ、五平餅食べたの。
今日の宿泊客は年齢層が高めで、われわれよりも歳が低い人はほとんどいなかった。にもかかわらず、夕食でおなかいっぱいになっておきながらお夜食も食べやがりますか。健啖なことは良きこと哉。頑張れ日本の中高年。僕も頑張る。
頑張ろう俺たち、ということで暖炉脇でそば茶を頂き、休憩所でくま笹茶も頂いた。うん、これで随分と体が温まりました。ポットのお湯+ティーバック、というのとは全く違う暖のとりかたで、体の芯から、心から温まる。
せっかくだから、体の表面も暖めよう。
しばらく休憩所で「夜でもひまわりの種を狙う動物はいないか」監視をしたのち、再度温泉に入ることにした。部屋に戻り、浴衣に着替え直す。脱いだり着たり、今日は何度これを繰り返しているんだ。
温泉にゆっくり浸かったのち、ようやく部屋で一息。さあこれで今日のイベントは全て終了だ。ようやくくつろぐことができるぜ。ただその前に、明日の予定をおさらいしておかないと。
ええと。
明日は朝8時から食事。その前に7時から野鳥観察会だ。これはぜひ出たいところ。ええと、スノーシューは朝8時50分集合で、それまでにチェックアウトを済ませないといけないから・・・朝風呂に入るなら、野鳥観察会の前しかない。即ち6時半には遅くとも起き出して、風呂に行かないと。身支度もこの段階である程度しておかないと、朝食後すぐにチェックアウトとスノーシューが迫ってくる。となると、6時15分くらいには起床か?
「ええと、明日は朝からてんやわんやだな」
「もう寝ないと」
「えっ、そういうこと?」
「もう12時近いですよ。明日6時過ぎに起きるんだったら、そろそろ寝ないと。今日も朝は早かったですし」
「あちゃー」
せっかく、「さあこれからのんびりとした時間ゲットォォォォ」とやるつもりだったのに、それも叶わぬ夢ということか。大人しく寝ろと。
つくづくすげぇな、ホントにゆっくりする暇がない。こんな宿、見たことも聞いたこともないぞ。
驚きを隠せないまま、布団に入る。そのまますぐに寝てしまったので、せっかくのこたつ寝を体験しそびれた。ああ。
コメント