09:35
木曽駒ヶ岳山頂まで最後の登り、というところが開けている。ここもナントカ浄土、と名前をつけても良いくらいだ。
そこに、青い屋根の山小屋が建っている。千畳敷カール方面からの登山道からは若干逸れているので、面倒なので立ち寄らなかったがこちらも営業中。
その名を「頂上山荘」という。
「木曽駒ヶ岳頂上山荘」と名乗らず、山の名前?そんなの当然木曽駒だろ!とばかりに「頂上山荘。」と名乗るあたりが大変に男らしい。
さらに、頂上まではあともうちょいと登りがあるけど、頂上と名乗っているところもまた男らしい。
さらには、ここの収容人数が200人というのもきわめて男らしい。どう見ても200人は無理ではないか?と思えるが、それくらいの塩梅が適切な山小屋定員、なのだろう。
09:35
頂上山荘を脇に見ながら、最後の登り。
最後の登り、ったって、なにせロープウェイを降りてからまださほど時間が経っていない。もう最後ですか、といった感じ。
登山初心者が「技術も体力もこれからつけていくレベルだけど、3,000メートルクラスの山は体験してみたい」というなら、この山はお勧めだ。ここか、乗鞍岳か。乗鞍岳も3,000メートルある山だが、標高2,700mまで道路があるので、標高差300メートルだ。
と、偉そうに総括を開始しているが、待ちたまえキミはまだ登頂しておらん。気が早すぎる。それ、もう少し頑張れ。
09:36
なにか地面にネットが張ってあるな、と思ったら、高山植物の養生をしているところだった。岩がゴロゴロしている山肌だが、これはなにも植物が生育できないからこうなっていうのではなく、人が踏み荒らしたかららしい。その証拠に、登山道から逸れたところはこの標高であっても緑が生えている。
ただでさえ生育が非常にとろい高山植物。この養生がうまくいったとして、その頃には僕は一体何歳になっているの?植物が生えるのが先か、おかでんの頭が禿げ上がるのが先か。
09:44
あれれ。木曽駒ヶ岳の西側、崖の中腹にへばりつくように山小屋があるぞ。
屋根が吹き飛ばされないように、屋根の上に大きな石が乗っかって「山小屋の漬け物」になっている。オールドスタイルな山小屋だ。
調べてみると、「頂上木曽小屋」という収容人数200人の山小屋だった。登山道のメインルートから離れているのだが、木曽福島方面の木曾谷を登ってくるルートだとちょうどこの山小屋が「山頂直下のお泊まり処」になるらしい。
このあたりは山小屋銀座だ。
おかでんのようにロープウェイ往復の楽ちん登山をしていると、標準タイムで3時間弱。そんな近場の山なのに、この山小屋の密集っぷりったら凄い。
果たしてこんなに山小屋は必要なのか?と思うが、一年のうちに夏しか収入がない山小屋のことだ、儲からないと判断したら即撤退だろう。それでもこれだけ山小屋があるということは、客が来るし、儲かっているというわけだ。むう、不思議。
こういう山の高いところは大抵が国有地だし、国立公園に認定されていて環境省などの管轄になる。それでも山小屋が存在できるのは「既得権益」だからであり、「いったん店畳みますわ」とクローズしたら、再度山小屋を復興させるのは難しい。環境保護を理由に環境省は認可しないだろう。
ちなみに、この木曽駒ヶ岳から南に縦走していったところに「空木岳」という山がある。これも日本百名山の一つ。百名山ピークハンターのみなさんは、木曽駒ヶ岳と空木岳をセットで登るのが一般的だ。そうなると、山中二泊の行程(ロープウェイを使わない場合)を見込む必要がある。そんなわけで、山小屋銀座になっているのだろう。
一方の空木岳だが、山奥深い上に山小屋のキャパシティが少ない。食事付きの山小屋は「木曽殿山荘」の100名分だけだ。ちなみにこの9月18、19日は予約で満員のため飛び込みでの宿泊予約は受け付けない、と菅の台バスセンターには張り紙がしてあった。縦走するには食料テントを担いでいくか、激戦を乗り越えて木曽殿山荘の予約を取るか、二択。
09:44
木曽駒ヶ岳山頂。標高2,956.3メートル。
塹壕のようなものがあるが、山頂に鎮座する駒ヶ岳神社を風雪から守るための石垣。
やあ、朝9時44分に山頂か。気分いいな。
09:47
駒ヶ岳神社に登頂のお礼として参拝。
お賽銭に何円入れようか、少し悩む。いくら現金とはいえ、お店なりなんなりがないと全くの意味をなさない。ただの金属だ。つまり、このお賽銭は下界に持って下りて初めて価値が出る。んー、小銭じゃらじゃら入れたら迷惑だろうか?持って降りるのに楽なように、お札をガツンと入れた方が親切だろうか?いやいや、お札はちょっと懐に厳しいなあ、なんて。全く不毛な悩みだ。
09:49
南アルプスがよく見える。雲が随分と増えてきたけど。
甲斐駒ヶ岳、北岳あたりの展望がよろし。
09:51
山頂で緑茶を一人乾杯。
いかんな、いかんぞ。妙にお茶が美味いではないか。
もちろんこの後車の運転があるから、ビールなんて問題外ではある。しかし、それを除外しても「お茶、うめー」と思ってしまっている自分がなんだか悔しい。あくまでもビール飲みたい、ビールのためなら帰りの時間を遅らせてでもなんとか調整する、くらいのガツガツしたカンジがあまりないのは我ながら残念なことだ。
まあ、それもこれも「時間調整のための登山」っすから。この後キャンプ場で場所取り、待ってますから。
10:00
10時、早々に下山開始。
うわー。中岳に向かっていく途中、随分と木曽谷の方からガスが上がってきた。
早い時間に登った俺ラッキー。ひとまず小さくガッツポーズ。
10:06
わざわざ中岳を登り返すのは位置エネルギーの無駄だなーと思っていたら、巻き道があった。喜び勇んで巻き道を選ぶ。
なんでこんな便利な道が使われていないのだろう、と思ったら、
「死亡事故発生 積雪期の通行を禁止します」
という看板が路傍にあった。うはー。
確かに、中岳の西側を巻くこの道は岩場の急斜面になっていて、ちょいと歩きにくくなっていた。雪が積もっていたら、登山道を見失ってそのままツルーンと滑って滑落、なんてあっても何らおかしくない。
慎重に巻き道を通過する。
10:21
八丁坂を下る。谷のように狭まったところから千畳敷カールにでると、素晴らしい開放感。これは登山をした人だけが楽しめる特権。
10:43
9月なので、高山植物のシーズンから外れている。そんな中、可憐に咲いていたのがこの黄色い花。
名前は・・・知らん。
いかんなー、毎回山に登る度に植物図鑑を買おうと思っているのだけど、いまだに買っていない。
はい、家に帰ってから調べました。これ、ミヤマアキノキリンソウ。7月くらいから咲き始めて、9月まで花を見ることができる貴重な植物。それにしても高山植物は「ミヤマ○○」というのが多くて名前が覚えにくい。
10:49
ホテル千畳敷に戻ってきた。
ロープウェイでやってくる登山客以外の観光客は、このあたりをぷらぷらとして、気が済んだら引き返すという段取りになっていた。実際、千畳敷カールを愛でるにはこのホテル千畳敷からの眺めが一番良かったと思う。
最後の思い出に、振り返ってカールを眺める。さっき登ってきた木曽駒ヶ岳はあの山の向こう。
10:50
ロープウェイが出発するまでの間、ちゃらりーんとホテル千畳敷の中を見て回る。
おっ、レストランがあるのか。
10:50
山上価格の料理たちを生暖かく愛でる。
おー、さすが伊那地方。伊那といえばローメン、ソースカツ丼。ソースカツ丼1,200円、ソースローメン820円なり。むう、高いんだか安いんだかよくわからん。
10:51
困った時は豚汁定食で比較だ。豚汁定食は広く愛され、PAやSAの軽食コーナーでもおなじみの、実は日本におけるNo.1定食じゃないかという存在。
それが820円。うむ、さすがにPAで売られているのと比べると高い。
しかし、トラック野郎たちが食べる豚汁定食というものは、豚汁はおかず兼汁物であり、ご飯をがっつり食べるためのツールとなる。しかしさすがここはホテルだけあって、きんぴらやら納豆やらいろいろおまけがついているのだった。むう、やっぱり高いんだか安いんだかわからん。多分高いんだと思うけど。
それにしても、豚汁だけでご飯丼いっぱい余裕だというのに、納豆なんぞがついたらご飯お代わり自由じゃないとバランスが悪いぞ。
10:47
レストランで食事って程でもないなあ、という方向けに軽食コーナーもあった。
こちらだとおやきが食べられたり、「千畳敷チキン」という大きなチキンカツが売られていたり。気軽にどうぞ。
栗ぜんざいや甘酒がメニューにあるあたり、高地で冷え込む場所柄をあらわしている。
11:02
ロープウェイに乗る。
登りは相変わらずのすし詰め状態。しかし、下りはまだ待ち行列ゼロだったのですんなりと降りる事ができた。
ガスの中をロープウェイが降りていくと、目の前に伊那谷が広がった。おお、良い眺め哉。
八丁谷→千畳敷カールで視界が開ける→ガスで視界が奪われる→ガスを抜けると伊那谷が開ける
というアクセントがとても良かった。
11:42
バスはスムーズにロープウェイと連結し、すぐに出発できた。
狭い道、途中何度か対向車を待ったりしながらぐいぐいと標高を下げ、菅の台へ。
11:44
菅の台到着。バスセンター周辺の駐車場はすべて満車になっていた。早く到着して正解だったな。
木曽駒ヶ岳登山、アプローチ含めて5時間弱。登山そのものは3時間もかかっていない。非常にコンパクトな登山だったが、なかなか楽しめた。ハアハア息を切らせながら登る山もいいけど、スタコラと登って降りてくる山ってのも良いもんだ。
ただし。
いずれ百名山を全部登ろう、とするなら、空木岳を避けては通れない。空木岳に登るためにはまたここに訪れないといけないわけで、問題先送りにしただけとも言える。さて、空木岳に登るのは一体何年後になるのだろう?多分一生登らないような気がする。
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