上海紀行2(その4)
暑い中、獅子林からてくてく南へと歩く。目指すは、「町一番の繁華街」という観前街というストリート。
本当は、獅子林から北に向かったところに「拙政園」という庭園がある。蘇州四大庭園の中で最大の庭園だという。そこへ行くべきだった。しかし、獅子林において、おかでんとコダマ青年の両名は「案外庭園って淡白で面白みに欠けるものだぞ」と悟ってしまっていた。また獅子林と同じようなものを拙政園で見せられるのは正直苦痛だ。しかも最大の庭園、ということで5ヘクタールもあるっていうじゃないか。これはちょっとタンマ。インターバルを入れさせてくれ。立て続けに庭園を観るには気力・体力ともにわれわれは不足している。
・・・ってのを阿吽の呼吸で両名意思疎通し、南へと歩を向けたのだった。蘇州で一番の繁華街、という俗っぽさにまみれた地へ、いざ。
で、到着してみたら。
「あれー。本当に俗っぽいぞ」
素っ頓狂な声を上げてしまったおかでん。
「なんかね、もっと渋い、観光客向けのお土産物屋とか食べ物屋台とかが並んでいる・・・そんな場所だと思ってたんだが」
実際は、マクドナルドもケンタッキーもある、普通の繁華街なのだった。まあ、そりゃそうだわな、蘇州の人だって遊んだり買い物したりするもんな。それがここってわけか。
でもなー、せっかく蘇州まで来て、わざわざ獅子林から歩いてきて、これはちょっとアテが外れた。というか、見込みが甘かった。さて、どうしましょうかね、これ。観光、という場所じゃないな。ショッピングする気はさらさら無いし。
結論。とっととメシを食っちまえ、ということで。
コダマ青年ははなからそのつもりだったらしく、「ええと、確かメインの通りから一本裏通りなんだよな」などとつぶやきながらぐいぐいと進んでいった。彼は彼なりにお店選びを既に完了させていた模様。
どこへ行くのかと思ったら、「王四酒家」というお店だった。蘇州三大レストランの一つだという。おう、それならおかでんとしても異論はない。さっきから「四大庭園」だとか「三大レストラン」だとかいろいろ出てきているが、ならば「三大レストラン」の一角を切り崩そうじゃないか。丁度腹具合も良い加減だ。
なんなら「三大レストランを全店制覇してやる」と言いそうになったが、蘇州まで来てメシばっかり食ってましたというのはどうも収まりが悪い話だし、そもそも手元にあるガイド本には「三大レストラン」が二つしか紹介されていないというありさま。行きたくても行きようがないのだった。まあいいや、一軒入魂で飲み食いしてやるぜ。
お店にはドアを開け閉めするだけの従業員がいた。高級レストラン・・・なのかな?どうなんだろう。
店内はほどよく混んでいて、われわれは入口脇の円卓があてがわれた。
面白いのは、テーブルに既に取り皿などが用意されているのだが、それがぎゅーっとラッピングされていたこと。取り皿が三皿に、グラス一つ。それが器用にラップで密閉。「このお皿は埃が積もっていたりハエが止まったりしていませんよ、清潔ですよ」というピーアールなのだろう。こんなの、はじめて見た。色気はないけど、実利はあるな、と感心。
青島ビールで乾杯。
面白いのが、コダマ青年がビールを注文するとき、必ず「ピンダ(氷的)」と言うこと。
「こっちの人ってぬるいビール飲むんだわ。だから、注文するとき必ずピンダ(冷たいの、という意味らしい)、って言わないとぬるいのが来る」
と解説があったが、それでもピンダなビールはやっぱりぬるく感じる。
「いや、これでも十分冷えている方よ?」
コダマ青年はピンダビールを弁護する。そうかー、そうなのか。日本のビールが冷えすぎているんだろうな、きっと。
「ビールの本当の美味さを知るためには、ぬるいくらいが丁度良い」
「ビールの本場、ドイツなんかはぬるいビールがよく飲まれている」
なんてよく聞く。そうだと知っていても、敢えて言おう、冷たいビール万歳、と。
青島ビールは味が薄い。そして泡立ちがあまり良くない。だから、今回みたいに暑い中てくてく歩いてきました、さてビールです、というシチュエーションにおいては物足りなさを感じてしまう。
中国の人がビールを飲む時ってどういうシチュエーションを愛するのか、一度聞いてみたいものだ。
このお店の名物料理は乞食鶏だとガイドブックには書かれている。
しかし、蘇州の名物といえば、「松鼠桂魚」という揚げた桂魚(淡水魚)の甘酢あん掛け。さて、どうしたものか。
メニュー選択はすべてコダマ青年に任せてあったのだが、コダマ青年は迷わず乞食鶏を選択していた。彼は淡水魚があまり好きではないらしく、「だって泥臭いじゃん」と言っていたので納得だ。
さてこの乞食鶏だが、正式名称は「叫化童鶏」というらしい。乞食鶏を泥で固め、ハスの葉でくるんでそのまま蒸し焼きにして完成。泥が固まってかちかちになっているので、まず最初にトンカチでどすんどすんと泥を壊し、そこから中身を取り出すことになる。
北京ダックの皮をそぐ調理が見世物になるように、この「ドスンドスンのショー」および「包みの中から鶏肉を取り出すショー」も見世物になるのだった。テーブルの脇にワゴンを転がしてきて、そこで乞食鶏解体を見せてくれる。
これが乞食鶏。くるんだ蓮の葉の臭いが立ちこめて・・・と表現したかったが、特に香りという点では気づくところはなかった。鶏を丸ごと一匹使っていて、頭の部分も本体に付いたままの状態。鶏の顔とご対面してニーハオしてびっくり、ということがあるので気が弱い人注意。
箸を差し込んでみると、鶏肉でここまで柔らかいのは未体験ゾーン、という柔らかさでびっくり。これは既に下処理済であり、骨は全部抜かれているに違いない!と喜び勇んで箸を大きく振りかぶって肉を取ると・・・ああ、やっぱり骨がある。口の中に入れて気がつく小骨の存在よ。それだけ、箸で触ったくらいではわからないくらい柔らかいということだ。口の中で存在をあらわにした小骨だが、「なんとか食べられるかもしれない」程度の柔らかさなので、さてこのまま歯を噛みしめるべきかやめておくべきかで悩ましい。で、結局がりっと噛んでみるわけだが、噛んだ瞬間に「あ、やっぱり吐きだしておけば良かった」と気づく浅はかさ。
味は申し分なし。とてもおいしかった。さすが名物を名乗るだけある。実際、お店の様子を見ていると、各テーブルそれぞれでこの乞食鶏が注文されていた。桂魚が食べられなかったのは心残りだが、これはこれで美味かったから良し。
この料理、結構手間暇かかるはずで1時間以上は軽く要する料理。それが注文して真っ先に出てくるということは、作り置きをしてあるということだ。乞食鶏を作り置き。さすがは名物料理なだけ、ある。ファストフードになっとる。乞食鶏美味かったからもう一度食べたい、と別の中華料理店に行ったとすると、多分「要予約です」とか「注文から1時間以上かかります」と言われるのがオチだろう。その点ではラッキーだった。
二人で食べるには多すぎる料理の数々。
1:海藻サラダ
2:ピータン豆腐
3:きのことしらたきのスープ
4:炒飯
どれも味は悪くないのだがとりたてて良くもないといった感じ。これは日本人と中国人の味覚の違いがあるので仕方が無いところ。その中でも炒飯は結構おいしかった。ダークホースだ。
当然これらの料理を全部食べるのは無理だったし、かといてお持ち帰りにするのは現実的ではなかった。結局残す事になったが、いやぁ、中華料理ってのは三人以上いないともったいない事になるんだな、とあらためて感じさせられた。
もっとも、中国に滞在して3年になるコダマ青年は「残すこと」に対して抵抗感はなくなっているようだ。だから今回もこれだけの量を頼んで、ちょっとずつ食べてあとは残すということをしていた。郷に入っては郷に従え、なのかもしれない。
食後、観前街を歩いていく。次はまたバスに乗って、蘇州の西側にある留園、そして虎丘に行こうと考えている。
途中、「城隍廟」という道教寺院があったので立ち寄る。この土地を守る神様が祀ってあるそうだが、なんだかいろんな人が立っているし、お堂の奥にまたお堂がある直列構造で、そのお堂ごとに祀ってある人が違うのでややこしい。ちなみに一番奥のお堂には阿弥陀如来が祀られていた。道教寺院、なんでもありだな。御利益があるものなら何でもOKなのかもしれない。こうなるとキリストがどさくさに紛れて祀られていてもおかしくないぞ。
民族衣装なのか、独特の赤い服を着込んだマダムたちが大量に観光バスから降りてきて、お詣りしていた。日本にある「講」みたいなものだろうか?
バスに乗りしばらく西に進んだところで下車。午後の部第一発目は「留園」。蘇州四大名園の一つであり獅子林と同じ。しかし、ここは「中国四大名園」の一つというもう一つの肩書きがある。
日本だったら「三大●●」というのが好きだが、中国だと「四大△△」というのが好きらしい。国が違えば、物事のくくり方も違ってくるのだな。
とにかく暑いので、頭がぼんやりしてくる。そんなさなかに庭を観ても全然頭に入ってこない。体に感じられない。何が中国四大だって?いやもう、さっぱり理解できないっすよ。
特に人が多いのがいかん。人が多すぎて、常に前後の人を意識しながら移動したり立ち止まったりしなければならない。落ち着かないったらありゃしない。昔の庭園所有者はこの庭を眺めてリラックスしたのだろうが、とてもじゃないがそんなのは無理!
上海からカメラ用の三脚を持ち込んでいたのだが、使う機会が全く無かった。人が多くて、三脚なんて立てたら即座に足を蹴飛ばされてカメラ転倒、ってなりそうで怖かったからだ。この旅行すべてにおいて「人が多くて三脚使用は困難」だったため、撮影した数百枚のうち、おかでんが写っている写真は皆無だった。旅の思い出としては少々寂しい結果に。
留園は「一歩一景」といわれており、一歩歩けば景色が変わるんだそうだ。回廊の透かし彫りはどれ一つとっても同じ物がないとか、いろいろ凝っているらしい。
・・・と、「らしい」「だそうだ」と伝聞調を使ってしまうところが、蘇州におけるおかでんとコダマ青年のやられっぷりを表している。あー、ガイドが欲しい。
バスにまた乗り、終点を目指す。「遊1」バスは様々な蘇州の観光名所をたどっていくルートだが、その終点に選ばれているのが町外れにある「虎丘」(フーチウ)という場所。越王に破れた呉王がここの小高い丘に葬られたのだという。で、その3日後に、王の墓の上にホワイトタイガーがうずくまっていたという伝説があり、「虎丘」という名前がついたんだと。きっとその白虎は墓を掘り返して死んだ王を食べようとしていたに違いない。
それにしても「白い虎がいた!」なんて伝説、いかにも中国っぽくていいよな。日本じゃこういうのは無理だ。せいぜい、「山奥に狩りに行ったら、傷ついた鹿が温泉で怪我を癒していた。後に『鹿の湯』と呼ばれるようになった」みたいなほんわか話だもんな。
ところで、三国志における蜀の武将達、死んだ三日後にパンダが墓の上にいました・・・なんて話はないのかな。聞いたことがないな。四川なのに。だめじゃん。
おお、そういえば蘇州って水郷の街なんだったよな。今までまったく、ちーとも水郷らしさを味わっていないのだが、これはこれで良いのだろうか。昼下がりになってきて、そろそろ今日の蘇州旅行も終わりを意識しなければならない時間になってきている。そんな中で、「本当に今日のわしら、こんな行動パターンで良かったんか?」と不安になるひととき。
でもなあ、地球の歩き方にはほとんど「水郷の街」に関する案内が載っていないんだよな。21世紀の今となっては水路周辺はあまり観光地化されていないのだろうか。「呉越同舟」という故事成語のもととなった場所だというのに。
虎丘のランドマーク、雲巌寺塔が見えてきた。
ここで虎丘の入場料を払う。60元。今までで一番高い。結構な料金取るもんだな。バスが2元だったことを考えると、信じられない価格差だ。公共施設なのに。ええと、ちなみに60元といえば日本円で732円。日本の物価と変わらないぞ、この価格。
でもちょっと待って欲しい、と入場券は語る。
「到蘇州不遊虎丘乃懺事也!」
だって。要するに、蘇州に来ておいて虎丘に来ないと悔やんでも悔やみきれませんよ、と言っているわけだ。まじすか。
その割には世界遺産には認定されていないから、世界遺産といのはわからんものだ。
今、このあたり一帯は虎阜禅寺というお寺になっているそうだ。そのためいろいろなお堂があったりするのだが、正直よくわからん。
目指すのは、やはり「雲巌寺塔」。961年、宋の時代に建立された塔だそうだから相当なものだ。木ではなく、石を組み上げて作ってある。しかしこの塔、近くで見れば普通の塔なのだが・・・退いて見てみると、あれれ、傾いているぞ。
この塔が名物なのはランドマーク的位置づけだからだけでなく、地盤沈下により3.5度傾いてしまっているからだ。「東洋のピサの斜塔」と言われるゆえん。
多分日本だったら「危ないから取り壊ししましょう」とやるか、超絶技術によって傾きを治してしまう工事をするかのどっちかだろう。傾いたまま放置なんてできる民族性ではない。
それにしてもこの斜塔、この状態で安定しているのだろうか?うっかりこの塔の下でお相撲さんが四股を踏んだりしたら、一気に倒れてしまう危険性はないのだろうか。気になる。
観光客の皆さん、記念撮影をめいめい撮っているのだが、塔の全景と人物とを同時にうまくフレームに収めることができず四苦八苦していた。こういう時は思いっきり塔から離れた方が良いのだが、そうすると多い茂った木が邪魔をするという悩ましい状況に。ここで記念撮影をしたい場合は冬に訪れた方が良いかも知れない。
大きな一枚岩が境内ににはある。丁度ベンチのような岩があったのでそこに座ってくつろぐ。ここは千人石といって、昔は千人の僧侶がここで説法を聞いたのだという。
コダマ青年が言う。
「今までん中で一番それらしい感じがする。納得感があるというか、見たなぁ、という気がする」
「でもお値段高めですぜ。60元。他のところは40元とか30元とかだったのに」
「それでもここなら払った価値はあったかな。他の庭園はなんだかよく分からなかった」
「なるほど、それは確かに言えてる。値段はともかくとして、施設として見るべきものがあってそれを見て、という満足感はここが一番だな」
世界遺産の庭園、さんざんな評価である。でも、繰り返して言うが、気候の良い季節の平日に訪れていれば、もっと違った印象を持っていたはず。逆に言えば、クソ暑い夏に庭園なんて見るだけ無駄、と。
ここで時間切れ。バスで蘇州駅に戻ることになった。蘇州市街は大渋滞しているので、それを見込むとバスで1時間くらいはかかるだろう、と。そうなると逆算したらそろそろ引き上げないとやばい、というわけだ。虎丘から駅まで歩けば直線距離にして3キロ程度なのだが、道に迷ったら困るのでそれは却下だ。しかも、夕立が降ってきたのが決定打だった。「バスで日和ろう。雨の中じゃさすがに歩くのは無理だ」。
結局名所旧跡がたくさんある蘇州だったが、半日観光で3カ所しか見る事ができなかった。もっとも、これ以上時間があったとしても「庭園はもういいよ・・・」となっていたとは思うが。
理想を言えば、水郷の街で、「水辺に連なる白壁の家々は風情たっぷり」と評される「山塘街(シャンタンジエ)」には行きたかったが、叶わず。
虎丘の入口には簡易なバスターミナルっぽいものがあるのだが、「遊1」という表示がされていない。別の場所に乗車位置があるのだろうかと不安になってあちこちを探すことになるが、実際はそのバスターミナルから発車する。注意が必要。
バスは多めに見積もって1時間の所要時間だったのだが、それをはるかに上回ってようやく駅に到着。コダマ青年、さっきからしきりに時計を気にしていたが、間に合ってほっとしていた。
「そんな心配すること無かっただろ?」
と、余裕のおかでんだったが、コダマ青年いわく
「駅には相当余裕をもって到着していないとやばいのよ。20分以上前には着いていないと、手荷物検査が予想外の大渋滞になっていたりすることがあるから」
なんだそうな。実際、無情にも乗り遅れたという武勇伝は枚挙にいとまがないらしく、コダマ青年を震え上がらせていた。そうか、そうだったのか。余裕ぶっこいていられるほどの時間じゃなかったのか。
そんなおかでんだが、手荷物検査で見事ビンゴを引き当ててしまった。「それ!そこの鞄!」みたいなことをX線検査官が鋭く叫び、その指さした先がおかでんの鞄なのだった。
一瞬「どうしよう」と思ったが、それと同時に「(アワレみ隊隊員の)ちぇるのぶは、昔、中国旅行の際にわざと警察を挑発して、一晩ブタ箱に入れられた(というか率先して入った)事があったからなあ。僕は無実なのは間違いないし、わざと挑発してみようかしら」と思ったのも事実。
コダマ青年を呼び寄せ、万が一の通訳としたが、鞄を開けてみたら出てきたのは蘇州土産のせんべい2箱だけ。言葉と言葉のバトルなどするまでもなく、無罪放免と相成ったのだった。
「なんだったんだ、あれ?」
「さあ?」
おそらく、鞄の中に入っていた三脚がX線に反応したんではなかろうか、ということでこの場はおしまい。
だだっ広い出発ロビーで待つ。改札が開くのは列車出発の数分前なので、それまで待機。それにしても虹橋駅みたいにベンチを用意してくれてもよさそうなものだが、何もなし。既に疲れ果てている人は自分の荷物を地面に置き、椅子代わりにして座り込んでいた。
出発予定時刻の7分前になって改札のゲートオープン。並ぶという概念がない中国人と、並ばせようという概念がない鉄道会社の思惑が完全に一致し、往路の時同様改札前はパニック状態。座席指定ちゃうんか。落ち着けよキミタチ!
で、見事なまでに往路のでき事が繰り返される。やっぱり自動改札がうまく作動せずエラーばっかり出すので、人力改札に人だかり。なんのこっちゃ。中国の高速鉄道はいろいろな大きなトラブルを抱えているが、小さい些細なものを含めると相当な数、問題があるに違いない。改札がうまく作動しないなんて序の口だ。
蘇州の駅。
ホームに停まっている列車は寝台列車。あちこちの窓辺に、お湯が入っているのであろうポットが見えるのが、中国風だ。
コダマ青年に聞くと、ここから40時間以上離れた、北京のさらに北のところに行く列車なのだという。すげぇな。そんな長時間電車に乗り続けるのは、さすがのテツでもしんどいと思う。何かの苦行みたいだ。海辺を走ります、などという風光明媚な事は何一つもないだろうから、ますますしんどかろう。
おお!この面構えは!東北新幹線や長野新幹線に採用されているE2型ではないか。これか、川崎重工が輸出したというものは。で、輸出したはいいけど、中国が「この技術は中国のオリジナルだから世界中で特許取るね」と言い出して、川重涙目、という曰く付きの列車。
CRH2型列車に乗り込んでみると、中は日曜日夕方と言うこともあって立っている客がいるほどの混雑っぷり。全席指定席じゃないんだ、これ?少なくとも、指定席のエリアにまでばんばん人が入っている。・・・というか、僕の座る席にもおっさんが座っているんですけどー。
「すまんがのいてくれ、ここはオレの席なんで」
と乗車券を見せつつ日本語で迫ったら、あっさりと退いてくれた。
あとでコダマ青年に話を聞くと、なかなか退いてくれない例が多いんだとか。
「オレは前から座っていた」
なんて主張をされる御仁が居たりして、そんな小学生レベルの主張に脱力してしまうこともあるんだとか。
さてこのCRH2型高速鉄道「和諧号」だが、行きよりも値段が低い分停車駅が多かったりするのかと思った。しかし、実際はノンストップで上海虹橋駅へ。所要時間、25分程度。行きの時は1駅止まってたから30分近くかかっていた。なんでぇ、安い方が早いって事があるんか。これにはびっくり。
夕食は四川料理の店。といっても、予定の時間には相当あまりがあるので、店の近くを散策してみることにした。幸いというかなんというか、目指す四川料理の店「黒三娘(へいさんにゃん)」は地下鉄の駅から遠かった。
「どうしてこんなところのお店を発掘できるんだよ?」
不思議で仕方が無い。店は地下鉄の駅から10分以上離れたところで、繁華街でもなんでもない。しかも、コダマ青年のオフィスからも、自宅からも離れている。
「案外上海の日本人コミュニティって広いようで狭いんだよ。この辺り(虹橋地区)は日本人がたくさん住んでいるので、お店の情報が入ってくるわけ。あと、フリーペーパーに書かれているようなお店は、大抵誰かが試してみて、その結果が広く普及する」
なるほど。コダマ青年の家には「コンシェルジュ」という月刊日本語フリーペーパーが転がっていたな。その冊子にはいろいろなお店が載っていたっけ。あの情報は日本人コミュニティで共有されているわけか。
「わ!すごいなコダマ青年。このあたり日本語だらけだ!」
おかでん興奮。見渡す限り、日本語が目に飛び込んでくる。上海にもこんなところがあったなんて。
「植むら」「愛むすび」「DVDショップ」「88シャブ!」「さくらんぼ」・・・。
おっと、前回上海訪問時に食べた四川料理の店「巴國布衣」もここに支店があるのか。あの仮面七変化のショー、いまだに仕組みがわからん。さすが国家機密。
そういえば、前回「巴國布衣」で一緒したミハラさんが今回この後合流してくるという。「黒三娘」の予約電話までしてくれた。そもそも黒三娘が良い、と提案してくれたのはミハラさんらしい。前回、どんなに辛い料理でも平然としていたおかでんが憎くてたまらないらしい。今回こそは辛いもので苦しめ抜いて殺してやろうと意気揚々らしい。おう、受けて立つぞその挑戦状を。
時間に余裕があったので、DVDショップに入ってみることにした。コダマ青年お勧めらしい。
中に入ってみると、DVDやCDがいろいろ売られていた。CDは1枚20元。どうやら海賊版らしい。DVDは日本のバラエティ番組が数多くそろっていた。日本のお笑いが駐在員には恋しいらしい。M-1グランプリの総集編を始めとし、バナナマンだとかガキの使いだとか、いろいろ取りそろえてあった。
あとそれとは別にアニメも結構取りそろえられていた。でもなんだか変。中国語正規版をさらに日本語に翻訳したらしいパッケージ。日本語がのたうち回っている。
あと、「Zガンダム(劇場版)」のDVDボックスがあるのだが、パッケージ表にはどう見てもガンダムSEEDのキャラクターがいるし、パッケージ裏はガンダム00がいらっしゃる。スーパーロボット大戦状態。どうしてこうなった。
「需要があるけど供給がないとね、どうしても海賊版になってしまうんだよ」
とコダマ青年は言う。なるほど確かにそうだが、その後もずっとあの謎のZガンダムはおかでんの心に留まり続けた。あれを再生したら何が上映されるのだろうか?Z?SEED?00?
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