13:22
このあたりはまだガスってはいないものの、あと標高数百メートル上は雲の中だ。
当然、この界隈だって湿度はすごく高い。そして、まだまだ下界並の暑さは残っている。
そんなわけで、フウフウいいながら大汗をかく。
山に登り始めた直後は特に感じることだけど、身体がまだ慣れていないのでイヤな汗をかく。ドロドロの汗というか。だんだん歩き続けるうちに、汗がサラサラしてくるというか、最初の時ほどイヤな感じはなくなってくる。
多分、汗の成分そのもののせいだけでなく、「疲れまくる事に対しての諦め感」を自分自身が持つようになるからだと思う。「もう、どうにでもして」という気持ちになるから。
今更、「目的地はまだか、平地はまだか」なんてことは考えない。いっそのこと、キッツい坂にしてくれ、とさえ思う。どっちにせよ、山頂以上に高い場所は登らないんだ。だったら、チンタラ登るんじゃなくてとっとと登ってあとは楽にさせてくれよ、というわけだ。
13:25
いいか?植物の名前は僕に聞くなよ?いいな?絶対にだぞ?
13:25
振り向くと、少し見晴らしがよくなってきた。
森林限界が近づいてきた、という証だ。とはいっても、今回の目的地・焼岳の標高は2,455メートル。この高さではまだまだ木々は頑張って生える。それでも、山頂手前で木が「もうダメだッ!」と生育を断念するのは、この山が火山性の山だからだろう。
13:26
あー、何か前方に白く光る人工的なものが見える。
近づいてみたら、ハシゴだった。
崖下の岩と岩とを、ハシゴをかけることで橋がわりにしていた。
もちろん、登山道を整備する人だって人の子だ。楽できるルートがあるならばそっちに道を作りたいだろう。でもこういうハシゴ道を作らざるをえなかった、ということは、この辺りがどこもキッツい崖や岩だらけだ、という証拠でもある。
上高地から焼岳を見上げると、山頂付近はゴツゴツとした岩場だけど、その中腹まではなだからな山容に見えていた。油断していたぞ、この辺りからハシゴが出てくるのか。
13:31
さらにしばらく行くと、ここにもハシゴ。
いくら段のところに滑り止めの凹凸が施してあるとはいえ、雨が降れば滑りやすい。
山を軽装で行くと、案外こういうところで足を滑らせて怪我をするものだ。晴れている時は別にスニーカーでもデニムでも構わないけれど、雨が降るととたんに危険な装備になる。
13:34
偉そうに講釈垂れてるんじゃねぇよ、見ろよこの光景。
随分、というかすっかり樹林が鳴りを潜めてしまい、低木だけになってしまった。
幸いまだ視界があるので、この眺めの良さを楽しむことができる。大雨で霧煙る状態だったら、この解放感は味わえなかった。
13:35
ありがてえありがてぇ。正面遠方に、山の稜線が見える。遙か頭上、という場所でもないことからすると、もう本日の行程は終わりが見えてきたといって過言ではない。多分。言い過ぎかもしれないけれど。
ただし、実を言うとこのとき、「登山口から徒歩40分で到着する『峠沢』にまだ出会っておらず、首をひねりっぱなし」の状態だった。もうかれこれ1時間以上歩いているのに。
結論から言うと、「峠沢」なんて標識はどこにもなく、峠沢の崖に登山道がぶつかって併走を開始したところがコースタイムの計測ポイントだったわけだけど、そんなことはこの時点では気付いていない。
自分の脚力の衰えをしきりに嘆いている状態だった。「この時間になっても、まだ徒歩40分の場所に行き当たらない」と。
もちろん、地図を取り出して現在地を確認すりゃいいのだけど、別に道に迷ったわけでもないのでそのままにしておいた。登山道はしっかりしており、間違えようがない。その点は安心だ。
さて、何やら前方から人の声が聞こえてきた。
もちろん、自分だけがこの山を独占しているわけじゃない。他の人がいるのは当然のことだ。しかし、これまで聞こえていなかった声が急速に近づいてくるというのは、そこに何かがある証拠だ。よくあるのが、ベンチがあってそこで団体が休憩しているとか、山頂とか、そういう場所だ。
ではここには何があるのだろう?
13:45
あー。
かなりすごいハシゴ段があった。ここで上り・下りで順番待ちをしている人たちが声をかけあっているのだった。
こういう難所は、同時に二人以上が利用するのは禁止だ。ハシゴに限らず、鎖場でもロープでもそう。重さに耐えかねて壊れる、という可能性もあるし、上にいる人が滑り落ちてきたら巻き添えを食らうからだ。上から人が降ってこないにしても、落石があるかもしれない。なので、一人の通過を確認したのち、次の人が取り付くことになる。
一度渋滞ができると、なかなかこういうところは渋滞が解消しないものだ。富山県の剱岳なんかがまさにそうで、うっかりすると延々鎖場渋滞で待たされることになると聞く。そのために僕が登った時は、山小屋を朝一番で飛び出したものだ。
ここのハシゴは何メートルあるのだろう?軽く10メートルはある。なかなかお目に掛からないような、長丁場だ。
13:45
ハシゴの順番を待っている間に、振り向いてみる。
ああ、梓川によって出来た谷がこんな感じで見えるのか。はじめ見る角度で、美しい。
梓川沿いは、深い緑に覆われている。
緑の中に白っぽいものが見えたので拡大してみたが、何やら空き地だった。
自然破壊だ!・・・と思ったが、さすがにここをそう簡単に破壊するのは許されないだろう。かといって、別に野球場とかキャンプファイヤー場として使われている気配もない。謎だ。おそらく、焼岳の砂防ダムを作る際の資材置き場などに使われているのだろう。
その空き地の奥に梓川があり、川沿いに建物が見える。あそこが大正池ホテル。なので、ホテルと空き地の間が、景勝地として知られる大正池ということになる。
ここから見る大正池は、「川幅が広いだけ」に見えて、全然迫力はない。
もともと梓川が流れているだけの場所だったけど、焼岳の噴火で溶岩が流れ込み、流れがせき止められて池になったという場所だ。立ち枯れの木がが池から突き出していて、その景色はとても美しい。
(つづく)
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