10:12
甲府駅を出発したバスは、途中竜王駅を経由した後、南アルプスの山に向かって突き進んでいく。
甲府駅の一駅松本寄り(西側)にある駅が竜王駅。ここから乗る客なんているのか?と思ったら、大学生らしき数名が乗り込んできた。あ、いるんだ。
僕だったら、途中から乗車すると空席がなく、その後しんどい思いをすることを恐れる。だから、始発駅である甲府駅から乗ることしか考えない。
でも学生さんたちは、ひょっとすると西側からやってきたのかもしれない。電車賃バス賃を考えると、竜王駅から乗車したほうがいい!と判断したのかもしれない。
こういうのが「若い」ってことなんだろうな、とつくづく感心させられる。
御勅使川沿いに遡上する「南アルプス林道」を進んでいく。
途中、ふいっと我に返ったかのように、林道から一旦脇道に逸れる箇所があり、バスは「ごめん、ちょっとトイレ」といわんばかりに駐車場に立ち寄った。
このあたりが「芦安(あしやす)」と呼ばれる地域で、温泉地であると同時に大きな駐車場がいくつも設けられている。最近じゃ、「南アルプスゲートウェイ」だなんて小洒落た名前がつけられているようだ。
自家用車で南アルプスを訪れた人は、車をここに停めてバスに乗り換え、広河原方面を目指す。上高地における、「沢渡(さわんど)」エリアと同じ位置づけだ。
この時、特に乗り降りする人はおらず、そのままバスは出発していった。
自家用車で来た人は、ここにある日帰り入浴施設で汗を流すことができるので爽快だ。しかし、山深い南アルプスを踏破したあとだから、きっと疲れがどっと出ているだろう。そのあと、中央自動車道小仏トンネル界隈の大渋滞に巻き込まれたら、睡魔でヤバいことになりそうだ。
車で登山というのは楽だけど、のんびり帰れないというのがツラい。そして、お酒を飲む人の場合、帰宅するまで「おつかれちゃん」の乾杯ができないというのもツラい。
10:37
夜叉神(やしゃじん)峠までやってきた。鳳凰三山の登山口となる峠だ。
ここまでは一般の車両もやってこられるけれど、この先はゲートで遮られている。許可された車両しか通行できない。
夜叉神峠手前には、車道沿いに駐車場が少しある。しかし、空きがまったくなくびっちりと埋まっていた。
鳳凰三山に僕が登ったのは2012年。そのときの旅行記のタイトルが「鳳凰さんざん」となっているのは、下山時に過去最悪の疲労困憊ぶりで、足が前に出なくなったからだ。
https://awaremi-tai.com/hebereke0058.html
当時はドンドコ沢沿いの道が険しすぎて、自分の体力の範疇を超えていたからだ、と思っていた。しかし今思うと、その登山は僕がお酒をきっぱり止めた半年前のことで、はっきりいって足腰がもうボロボロの状態だった。よくぞまあ、登山なんてできたもんだと思う。実際、旅行記に写っている自分の写真を見ると、かなりヨレヨレになっているのがわかる。髪もボサボサで、顔がむくんでいる。身だしなみに気を遣う余裕などまったくなかったんだな。
11:17
急な崖沿いに道は進み、急峻な谷川をいくつも越えていく。
そして甲府駅からきっちり2時間、ようやく到着したのが広河原。
ここにいるのは、100%山ヤだ。「観光でやってきました」なんて人は、おそらく一人もいない。いくら路線バスがあるとはいえ、観光をするには山奥すぎるし、時間もかかりすぎる。そして、自然は美しいけど、特にこれといって特徴的なフォトジェニックさもない。
上高地とは大違いだ。
で、そういう人たちしかいないので、「人が群れていても、ピリッとした空気感」がある。みんな、気合が入っている目つきをしているということだ。
広河原のバスロータリー前にある、建物。ビジターセンターだ。
ビジターセンター一階に、バスのチケット売り場がある。
早速、甲府からやってきました勢が並んでいるので、僕も列に並ぶ。
この人達はどこに向かうのだろう。北沢峠までご一緒するのは確定として、その後北に向かえば甲斐駒ヶ岳、南に向かえば仙丈ヶ岳だ。
甲斐駒ヶ岳なら、この時間ならば仙水小屋泊だろうな、仙丈ヶ岳なら・・・仙丈小屋まで行くのはちょっと時間的に大変なので、僕と同じ馬ノ背ヒュッテだろうか。そうか、今晩一緒に泊まる人か。そうか。
思わず、その人の数を数えて、「今晩の宿は混むかなあ、混むんだろうなあ」と考える。山小屋の混雑状態というのは、泊まりの登山における最大の関心事だ。山頂に安全に登頂することよりも、むしろそっちが気になるくらいだ。だって、寝苦しい一晩を山小屋で過ごしてみてよ、翌日足取りがふらついて、危険だもの。
ここから先のバスは、南アルプス市の市営バスになる。あまりにマニアックな道なので、商売前提で民間のバス会社が営業することはないだろう。僕にとって、北沢峠は初潜入となる場所。過去何度となく山行計画を立てては、「アカン、無理だ」と諦めてきた場所。ようやく今回、立ち入ることができる。
今ここにいる広河原から北沢峠まで、片道の運賃が550円、荷物券が200円。こんな山奥にやってきて手ぶらの人なんているわけがないので、実質片道750円ということになる。
11:19
チケットでありレシートでもある紙を受け取る。
若い人たちは、おじさんがこういう「これから旅行に行ってきます」と旅券を撮影したものをSNSにあげているのをキモいと思うらしいが、許せ、僕は自分のブログに載せているだけだ。
11:20
北沢峠と広河原を結ぶバス。さすがにこれまで乗ってきたバスとはサイズが違う。そして、何台も連ねて大名行列なんて豪勢なことはなく、これ1台で運行されているっぽい。次の便、ちゃんと乗れるんだろうか。いや、大丈夫だよね、これ以上甲府からはバスがやってこないし。
11:26
広河原から北沢峠に向かうバスは、1日4便しかない。これは、ハイシーズンもオフシーズンも一緒。一応ダイヤは二種類あるけれど、時間がズレているだけで、便数はかわらない。
甲府からのバス便到着にうまく接続しているわけではい。どういうルールでこのダイヤになっているのか?と不思議に思う。
ちなみにこの日は、
06:50、09:00、12:30、15:00
のダイヤだった。当日朝東京発の人は、必然的に12:30のバスに乗ることになる。それより前のやたら朝が早い便は、芦安まで車でやってきた人向けだ。
15:00のバスに乗って、北沢峠にある山小屋またはテント場に宿泊、という手もあるだろう。そちらはちょっと通好みなスケジュールになる。
いずれにせよ、バスまであと1時間。暇だ。
北岳に向かう人達が早々に立ち去って、がらんとしたバスロータリーを眺める。
この待ち時間を嫌って、広河原から北沢峠まで歩いていく人も少なくない。約10キロ、標高差500メートルほど。さすがに途中でバスに追い越されるとは思うけれど、お金を浮かせたい学生ならば「歩く」というのも十分選択肢に入る。
ロータリーの中央には、「乗合タクシー芦安行 1人1,100円」と書かれたテントが立てられていて、ワンボックスカーが停車していた。
あ、なるほど、相乗りすればタクシーという手があるのか。タクシーで1,100円ならば安い。
しかし、「人が集まり次第、出発」というわけではなく、時刻表があった。時刻表があるタクシーってなんだそれ。バスじゃん。
でも、「バス」と名乗ってしまうと、たぶんいろいろ国土交通省の認可がどうたら、とかややこしいことになるんだろう。「だいたいこの時間に出発するお約束になっている、タクシー」という言い方をしたほうが楽なんだと思う。
ちなみに、ハイシーズンは1日7便、オフシーズンは1日5便。
(つづく)
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