綺麗事じゃ済まされないジビエ【鋸南町狩猟エコツアー】

ワイヤーの反対側にも輪っかを作る。その際、「より戻し」という金色の金具を取り付けておく。

そしてもう一本のワイヤーにつなげる。こちらも輪っかでより戻しとつながっている状態。

この「より戻し」は真ん中のところでクルクルと回る。釣りをやったことがある人なら「サルカン」という金具を知っているだろう。竿から伸びている道糸と、仕掛けとの間に噛ます金具だ。これと同じ役割を持っている。金具がクルクル回ることで、糸がヨレることがない。ヨレると、糸が切れやすくなってしまうのでそれを防ぐ役割がある。

このワイヤーのより戻しもそう。金具が回ることで、ワイヤーに余計なねじれが発生しないように工夫されている。

で、言われるままに作って出来上がった「くくりわな」のワイヤー部分がこれ。

えっ、これがわな?と未だに納得がいかないけれど、れっきとしたわなだ。

塩ビパイプと、その中に収まるサイズの細長いバネが取り付けられている。

塩ビパイプとバネがしかけられているワイヤーの先っちょの輪っか。

通常時はもっと大きい円になっっているのだけれど害獣がわなを踏み抜いたらバネが作動し、この輪っかがギュッと締まって脚を捕獲する、というものだ。

ナットを輪っかに噛ませている。なぜこんなひと手間が必要なのかというと、ワイヤーで害獣の脚が締め上げられたとき、このナットで少し輪に隙間を作るからだという。

害獣が抵抗して脚を引きちぎって逃げる可能性を防ぐのと、動物愛護の観点でこの「締め付け防止金具」の装着は必須なんだそうだ。へー。

難しい時代だな、害獣駆除というのは「人間が勝つか、動物が勝つか」という敵と味方にすっぱり分かれた世界だと思っていたけど、こういうところにも「動物愛護」が出てくるとは。

そもそも、獣道にわなをしかけて、それで運良く捕まえるということ自体がすごくローテクだ。毒エサをまいて殺した方が早いのではないか?と思うが、それは法律上NG。「鳥獣保護管理法」で毒エサは禁止されているからだ。厳しい!

で、このワイヤーとバネをどうやって「わな」として成立させるのかというと・・・

写真再掲。

踏み板側の塩ビパイプの可動部分に溝があったのを覚えているだろうか。そこに締め付け防止金具がついている輪を添わせる。そして、思いっきりバネを引き絞る。

この写真の右下にある輪っかを踏み板にセットし、長く飛び出したバネを塩ビパイプにねじ込んで固定する。バネは押しバネで、普段は長く伸びている。つまり、塩ビパイプからつねに飛び出したくてウズウズしている状態。

このバネが相当強いので、塩ビパイプに収納する際は相当な力が必要になる。

脇に踏み板を抱え込んで、バネを塩ビパイプに収納するのだけど、うまくいかないと踏み板の溝からワイヤーが外れてしまい、いちからやり直しになってしまう。この日、僕自身何度失敗したことか。

わなのセッティングが完了したところ。

踏み板の塩ビに輪っかが装着され、そこからバネがしかけられたパイプが伸び、さらにその先に長いワイヤーがつながっている。このワイヤーを、わな設置場所付近の太い木にくくりつける。

つまり、当たり前すぎるけど、わなを設置するには周囲に木がないといけない。草むらにはわなはしかけられない。

で、わなを作動させるとどうなるか。

講師の方が、木製バットで踏み板を押してみせてくれた。すると、バチーンというバネが弾ける音がして、瞬間的にワイヤーの輪がバットに食いついた。なるほどそういう仕組みなのか!

しかしさすがは本物のわなだけある。容赦はしない。バネの力は強烈だ。こんなん、うっかり人間の指とかで誤作動したら、相当なダメージを受けそうだ。

バネがいかに力強いかは、今やだらんと垂れたバネの形を見ればわかる。たった1回の使用で、バネがへろんへろんになっている。もちろんまだ使えるけれど、何回か使ったらバネが劣化してしまうだろう。そうなると交換だ。

しかし害獣駆除はこれで終わりじゃない。なにせ、まだこの時点では「生け捕りにした」に過ぎず、肝心の害獣はまだ生きているからだ。とどめを刺さないといけない。

講師の先生が自分の荷物用バッグの中からバットを持ち出したのにはちゃんと意味がある。単に野球が趣味だから、という意味ではなく、こういう鈍器を使って撲殺するためのものだ。えー、鈍器で!

こういうところで、都会の僕がいかに知識がないかということを思い知る。イノシシ肉なんて、猟銃バーンで仕留めればいい、くらいにしか考えていなかった。

実際は、いくら免許を持っているからといって猟銃で仕留めるのはそう簡単なことじゃない。鈍器で急所を殴るか、電撃の装置を使うか、またはナイフを使うということになる。えええ、最後は格闘戦じゃないか。

これが害獣駆除でありジビエのリアルだ。と畜場でどんどん殺処分されていく家畜とはまったく違う。

講師の先生曰く、わなにかかったからといって油断は全くできないという。何しろ、イノシシやシカは命がけだ。逃げようと必死になって、ワイヤーが固定されている木を円の中心としてぐるぐると回る。下手に近づくと、追突されて大怪我を追う。

「千葉県イノシシ・ニホンジカわな捕獲マニュアル」にはとどめを刺すための解説が細かく書いてある。20ページ以降に詳細に記載があって、なるほどこれは命がけだ、と驚かされる。

まだ片足しかホールドできていない害獣だと、急所を狙うことは難しい。なので、遠方から近寄って動物の複数か所をロープで固定していき、がんじがらめに仕上げる。シカだったらツノを固定したり、イノシシだったら鼻を固定することもやる。そして身動きがとれなくなったところで止めをさす。

これを「保定」と呼ぶ。なかなか一人じゃできないことで、わなに害獣が捕獲されていたら集落の仲間を集めて何人かがかりでやる必要が出てくる。楽な仕事じゃない。しかも、「職業:ハンター」ではなく、「職業:農家」の皆さんなんだから。

さらには、仕留めたあとが問題だ。巨漢のシカやイノシシをどうするか。道路すぐ脇で捕まえられればよいのだけれど、そんな人間様都合に動物は生きていない。山奥で仕留めても、下界におろす手段がない。お神輿のように何人かで道なき道をワッショイワッショイと担いで下りるとなると大変だ。いくら食用になるとはいえ、労力を考えると面倒この上ない。

そんなわけで、捕獲してその場で殺した害獣も、その場で埋設してしまうことが多いそうだ。えー、もったいない!とても美味しい肉なのに!・・・というのは現場を知らない人の意見だ。実際、100キロはあろうかというイノシシを人里まで運ぶ手間を考えると、あんまりやりたくないのは当然だ。あくまでも集落の人は、「自分の田畑の農作物を守る」ために駆除をやっているわけだし。

うーむ奥が深い、自分の知らないことばっかりだ、と思いながらお昼ごはんをいただく。

鋸南町は「地すべり米」という新ブランドで米を売り出していた。地すべりが実際に起きる土地で耕した米は、土壌が良く美味しいお米ができるのだという。災い転じて福となす、だなぁ。このインパクトあるネーミングは、素晴らしい。実際にご飯は美味しかった。

で、お弁当にコロッケが入っていたのだけれど、これは・・・うん、イノシシ肉入りではないんだな。

やっぱり、地元産の米をブランドにするくらいの鋸南町であっても、ジビエ肉をブランドにするのは難しいようだ。

食肉として流通させるためには、と畜場を作らないといけないし、衛生管理など厳しい条件が保健所から課されるという。そのため、なかなか鋸南町産のジビエを売りに出すということはできないそうだ。この話は後日、鋸南町の町長さんが言っていたので間違いない。と畜場を作るだけで数千万円、そしてその後維持費がずっとかかるので町としても難しいのだ、と仰っていた。

結局、もし鋸南町で捕獲された肉を使おうとすれば、館山市か大多喜村にあると畜場まで運んで、有料で処理を依頼しなければならないのだそうだ。

ジビエ肉専用の保冷車があるわけではないし、牛豚鳥のように殺処分から即解体できるような施設があるわけじゃない。遠くのと畜場まで運んでいる間にどんどん鮮度が落ちてしまう。

そんな鋸南町のイノシシ肉だけど、テーブルの上に大量にパック詰めされて並んでいた。

自家消費用ということで、肉を冷凍保存していたものだ。それをバーベキューとして食べさせてくれるのだという。えっ、本当!?やった!

見てよこの山盛りのイノシシ肉。これを一人で食べたわけじゃないけれど、どんどん肉が焼かれてどんどん振る舞われる様は圧巻だった。こんなにイノシシ肉を食べたのは人生初だ。

と畜場を経由していない肉なので、「流通させる」のはNG。でも、「自家消費」だったり「知りあいにちょっとおすそ分け」をするのはOK。今回は、自家消費の延長、ということでご相伴に預かった形になる。

仮にこの肉を僕が転売したり、知りあいでもない人振る舞ったらアウトだ。肉は、牛豚鳥に限らず品質確認がしっかりでき、衛生管理が整っている公設のと畜場で処理をしたものでないと流通が認められていない。

そして、イノシシ肉には寄生虫がいる場合がある。しっかり加熱すれば大丈夫だけれど、お腹を壊すことがあっても自己責任。大自然を生きてきた動物を食べるのだから、個体差は当然あるし人間に都合の良いようには作られていない。

豚にだって寄生虫はいるけれど、イノシシは野生の生き物。「人間のコントロール下で飼育された家畜の、寄生虫」とは違う。どんな寄生虫がいるかは大自然次第だ。クオリティコントロールなんて、野獣なんだから無理だ。

(つづく)

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