綺麗事じゃ済まされないジビエ【鋸南町狩猟エコツアー】

電気柵による害獣の侵入防止最前線を見せてもらった後、もう一つの害獣駆除方法である「箱なわ」を見に行く。

今回いただいた千葉県公認の害獣駆除マニュアルを見ると、「箱なわ」「くくりなわ」「電気柵」の3つが紹介されている。都会ぐらしの僕が想像するような、「ハンターがバーンと猟銃で撃って仕留める」というやり方は書かれていない。つまり、そういう「ケモノ対人間、1対1の激突!」という戦いは一般的ではないのだろう。

今回話を聞いてみて、なるほどそうだと思った。そんなドラマチックに狩りなんてやってられない。暇もないし、臆病なイノシシと対面するために準備するだけでも大変だし、失敗すると襲われて怪我をする。趣味でハンティングをやっている人ならともかく、「本業は農家」という人がバシバシ狩猟をやっているわけにはいかない。里山で活動するというイノシシだ、うっかり発砲して人間を撃ってしまった、、というのは最悪のパターンだ。

ちなみに狩猟シーズンというのはちゃんと決められていて、半月ほど前に解禁になったばかりだという。春先まで、外部からハンターがやってきて、この界隈でもちらほら見かけるという。一方、今回講師を務めてくださっている方などは、「害獣駆除」という名目を持って特別な許可を得ているので、年中捕獲することができる。

耕作放棄地になっている田んぼを歩いていく。稲刈りが早々に終わってさっぱりした田んぼなのかな?と思ったが、そういう田んぼは稲の根っこが田んぼに残っているものだ。しかしここは草むらになっているので、おそらく耕す人が今や不在になってしまった場所らしい。

都会もんの勘違いだけど、耕作放棄地というのは辺鄙な場所で、狭くて農機具が入らないような段々畑の端っこみたいなところにある、と思っていた。しかし現実は違って、「えっ、こんな場所でも?」という場所が野ざらしになっている。

もちろん、谷の一番奥だったりする。日当たりが悪かったり、条件が悪いのだろう。

しかし、もっと僻地だと思っていたので、これだったら「家庭菜園」的に都会の人たちに土地を貸して農作物を作らせることはできるんじゃないか?と思う。それくらい、便利「そう」な場所だ。でも実際は、農地というのは非常にややこしい制度によって規制されているので、そうかんたんに人に貸したり売ったりはできないはずだ。

こうやって、大自然を開拓して領土拡張を続けてきた人間たちは、21世紀に入ってどんどん自然に領土を奪い返されている。今はもはやどうやって害獣という自然からの刺客を食い止めるか、で苦労している有様だ。

山と、耕作放棄地との境界線に箱わなが置いてあった。

これが箱なわなのか。

大型犬を飼っている人の檻、みたいな感じで、無骨な鉄骨だ。

案外、あけっぴろげなところに設置してある。「わな」というのは密やかに置くものだと思っていたので、これは意外だ。

もちろん、わなを密やかに置いても良いのだけれど、これだけの巨体を運搬・設置する人間の手間を考えなくちゃいけない。軽トラで運んで、何人かがかりでよいしょ、と下ろす。そして毎日の見回りだ。わなにイノシシがかかっていたら仕留めなくちゃいけないし、成果が全然出ないならばわなを移動させなくちゃいけない。「楽しくハンティング」「捕まえて、さばいて、肉を売って儲ける」なんて愉快な話じゃない、考えれば考えるほど現地の人たちは大変だ。繰り返すけど、あくまでも「農作物の被害を守るための、自衛」としてやっているんだから。

箱わなの鉄扉には、「鋸南町有害鳥獣対策協議会」という名前が刻印されていた。H29-8、と書いてある。これも手作りなのか。

地元の方に聞いてみると、くくりわな同様、売っているものを買うと高くつくのでできるだけ手作りにしている、という。

わなの入り口から中を覗き込んだところ。

檻になっていて行き止まりのところに、白い砂のようなものが盛り上がっている。イノシシをおびき寄せるための米ぬかだ。

餌の種類や配合はいろいろあるそうだけど、低コストで使い勝手が良いのはやっぱり米ぬかだという。確かに、農家さんなら米ぬかを豊富に持っている。

ただし、雨が降ったり夜露が下りたりすると、ぬかはすぐに溶けてしまう。頻繁に餌の補充をしにわなまでやってこないといけないので、手間がかかる。

とはいえ、野菜とか生ゴミなどを餌にすると、これはこれで傷みやすい。「長持ちして、安くて、手間がかからない」ベストな餌というのはないようだ。

今は我々ワークショップ受講者に箱わなを見せるために、扉がロックしてある。うっかり誰かが触ってわなが反応して、ガシャーンとこの鉄扉が閉まったら怪我のもとだ。

わなは箱のまま持ち運ぶこともあるだろうけど、バラした状態で現地に運び込んで組み立てることもする。だとしても、全部のパーツがどれも重い。なにしろ、わなに閉じ込められたイノシシが必死に逃げようとドスンドスン突撃するのに耐えなければならないので、頑丈だ。全部で100キロを越える重さになる。一方のイノシシだって100キロクラスがいるのだから、重さVS重さの戦いだ。

で、このわなはどのように作動するのかというと、イノシシが中に入って、細い紐に引っかかって引っ張ってしまうと、重い鉄扉がガシャーンと閉じるようになっている。

紐、というのがこれ。黄色い細い紐がわなの中に横一本張ってあって、それにイノシシが当たって引っ張ると、連動して鉄扉が閉まる。

紐の張力が鉄扉に伝達するように、紐が何回も向きを変えているのがわかる。

この紐をわなの中のどこに張るか?というのがテクニックとなる。地面数センチに紐を張ると、わなにイノシシが入ってきたらほぼ確実に紐を引っ張るだろう。捕まえることはできる。・・・しかし、捕まるのは警戒感が薄い子供のイノシシ(ウリボー)だけだ。

箱わなに限らず、イノシシ駆除の難しいのは「子供ではなく、成長した親イノシシが対象」ということだ。それは動物愛護の観点からではなく、親を捕まえないと個体数が減らないからだ。

イノシシは通常年に一回の発情期なのだけど、子イノシシを捕獲された場合は種の保存の意欲が掻き立てられるらしく、年に二回の発情期を経てさらに子供を作ることがあるという。で、一回につき数頭の子供を産むので、むしろ頭数が増えてしまう。

しかも、「わなは自分に害を与える存在だ」ということを学習し、賢いイノシシとして生き残ってしまう。これは人間にとって驚異だ。捕まえるからには、狙った獲物を一撃で捕まえないといけない。しかも親を。

僕なんか、「これから次世代を担う子イノシシを捕獲したほうが、将来の頭数を減らせていいじゃないか」と思ったけれど、それは大間違いだった。親を捕まえないと、肝心の子が増え続ける。

・・・というわけで、「ウリボーだとひっかからないけど、親イノシシならひっかかる高さ」に紐をセットしなければならない。さらに、紐をわなのどの奥行きにセットするかも悩ましい。入り口近くだと、逃げられる。かといって奥過ぎると餌だけ食べられてしまう。

餌の置き場、紐のセッティング場それぞれ工夫が必要となる。

改めて、箱わな。

いかつい。これが人間と自然との戦いの最前線だ。

もしここにイノシシが捕獲されていたら、「やった!捕まった!」と喜ぶわけにはいかない。ここから「仕留め」の作業があるからだ。

ドッタンバッタン暴れているイノシシに向かって、一撃で仕留めるのは無理だ。このため、柵の隙間から木の棒を押し込み、イノシシの行動範囲をだんだんと狭くしていく。「黒ひげ危機一髪」のようにどんどん押し込んで、イノシシが動けなくなったところで急所を狙って仕留める。

こういうとき、電気ショックで仕留めるやり方は比較的楽だけど、なにせイノシシが失神するような電気なので人間も危ない。うっかり感電しないように気をつける必要がある。

この箱わな、今回人が大勢見学に訪れたのでしばらくはイノシシが訪れることはないだろう。匂いに警戒するだろうから。

鉄扉が閉まるトリガーとなる紐を見る。

こんなアナログな手段ではなく、今だったらセンサーとか監視カメラを使って捕獲できないんだろうか?と思う。

聞いてみたら、もちろんそういうものは可能だけれど、じゃあ監視カメラを設置しても誰が一晩中見張るんですか?などという別の問題が出てくる。センサーだって、「親子連れ立ってわなの中に入ったぞ!今だ!」みたいな優秀な判断をしてくれるのは難しい。電源をどうするの、とか通信をどうするの、といった問題もあるし。

あと、「センサー」なんて横文字を使っているけれど、結局は現在の「紐」だって一種のセンサーなわけで、壊れない一番確実な方法といえる。

うーん、なかなか奥が深い、というか大変な世界なんだな・・・と唸りながら、朝集合した場所にもdって来た。

解散前に、「欲しい方がいたらご自由にどうぞ」と、昼間振る舞われたイノシシ肉の余りが用意されていた。えっ、本当っすか!?これは嬉しい!欲しいです、イノシシ肉ならいくらでも欲しいです。

大喜びで肉をいただいた。

捕獲して、さばいた後に少量ずつこうやってパック詰めして冷凍保存しておくそうだ。肉から出るドリップを吸収するためにキッチンペーパーが敷いてある。この界隈では大型の専用冷凍庫がある家が多く、結構ぎっちりとイノシシ肉がストックされているのだという。

「こちらに移り住んで、肉を買ったことはないかもしれませんね」

と講師の方が仰る。イノシシ肉と鹿肉があるので、わざわざ肉を買うことがないそうだ。一見羨ましいけど、そんなにしてでも、まだ害獣の被害は収まっていないのだからつらい。きりがない世界だ。

「だったら売りに出せばいいのに」と思うのだけど、そのためにはと畜場を新設してー、人を雇ってー、流通ルートを確保してー、と大変なことになる。そうやすやすとできる話じゃない、ということだった。

最後、講師の方が自分のザックの中身を開陳して、展示してくれていた。へえ、ハンターというのはこういうのを持ち歩くのか!と大変に興味深かったので写真を1枚。

わなを設置した際に掲示が義務付けられている標識をはじめとし、わなの穴を掘るためのシャベル、証拠隠滅用のブラシ、ワイヤーを切るためのニッパーなどいろいろな装備が入っている。バットやナイフ、ロープまであるので、何も知らない人からすると「何をやっている人だろう?」と不思議だろう。

この黒いバットを持たせてもらったけど、とてもじゃないけど野球では使えない、重たいものだった。「えっ?」と重うくらい、みっちり詰まって重たい。鈍器として、野生動物の急所を突くものなので「豪快にかっ飛ばしてホームラン」というバットとは趣旨が違う。

あと、ナイフも興味深い。もっと牛刀みたいな、ギラリと長いものすごい奴があるのかと思ったけど違う。キャンプ好きの人が持ち歩くものよりは大きいけれど、地味だ。刃先までは見せてもらっていないけれど。これは、銃刀法の制限で、刃先15センチ以上のものを持ち歩くことができないからだ。

銃刀法!狩猟免許を持っている人でも、害獣を仕留めるためのナイフに制限を受けるのか!びっくりだ。

15時過ぎに解散となったので、18時にはもう東京の家に戻ってきていた。これ以上遅い時間での解散となると、アクアラインを始めとする房総半島のあちこちが渋滞になる。ちょうど良い塩梅の解散時間だった。

高ぶる気持ちを抑えるため、行きつけのカフェ「コーツトカフェ」でお茶を飲んでまったり過ごす。

うーん、奥が深い。「食べて応援」だとか、「なんでもっとジビエを売りにしないの?」みたいな綺麗事の話じゃないし、ジビエの需要と供給といった話でもない。戦いの現場では、大変な苦労をして農作物を守ろうとする集落の人たちがいる。もっとこの害獣駆除について、勉強したくなった。引き続き、鋸南町が企画するワークショップには参加していこうと決心した。

狩猟免許をとることができるなら、微力ながら害獣駆除に協力したいという気持ちがあった。しかし、わな免許はともかく、猟銃免許は僕は取得できない。銃を持つためには様々な審査があり、僕のようなメンタルにゆらぎがある人には許可が下りないからだ。

あと、仮にわなの免許がとれたとしても、朝「捕獲されました」と連絡が来て、「じゃあ仕留めに行きます」ってその日のうちに現地入りできるわけがない。僕は勤め人だからだ。やっぱり、現地に住んで本腰を入れて取り組まないと。遊びじゃないんだから。

僕と同じように、鋸南町の取り組みに協力したいと感じた人はワークショップ参加者の中で他にもいた。しかも、すでにわな免許を取得しているような人だ。その人たちからの「どうすればいいですか?」という質問に、講師の方は「まずは地元の方と信頼関係を築くことですかね」と素っ気ない。「私は何度も寄り合いに参加し、顔を覚えてもらうことをやりました」と仰る。

てっきり、「ありがとうございます!では地元の顔役に連絡をとりますんで、今度改めてご相談させてください!」というウェルカムな展開になるのかと思ったけど、そういうものじゃない、ということだ。やりたいと思うならば自分で動かなくちゃいけないし、地元の方から信用を得ないと何も始まらない、ということだ。

ますます奥が深い。

(つづく)

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