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明神館から明神橋を経由して、梓川右岸へ。
山小屋「山のひだや」と食堂「嘉門次小屋」、そして穂高神社奥宮があるエリアにやってきた。今回のお目当ては、「山のひだや」に併設されている「カフェ・ド・コイショ」だ。ここでケーキとコーヒーを食べるひとときが絶品だ。
明神館周辺や明神橋界隈では何枚も写真を撮っているが、だいたい二人の記念写真になっている。まあ、浮かれてるな、後から見返すと。
これで僕だけが浮かれていていしが白けた顔をしていたら惨めだけど、二人揃ってウッキウキの表情なのが救いだ。
「彼氏の趣味にいやいや付き合ったが、案の定つまらなかった」という女性は世の中にいっぱいいると思う。僕はそういう「彼氏」にはなりたくなかったので、写真を見返して心底ホッとしている。
そういう「二人のいちゃいちゃ記念写真」にぼかし加工を加えたりするのは面倒なので、すっぱり割愛する。割愛するなんて勿体ない!と最初は思ったが、いざ文章を書き始めてみると、全然割愛しても問題なかった。旅行なんて所詮、他人にとってはどうでもよい無駄なことだ。どんどん省略しちゃって構わないのだろう。
山のひだやの正面玄関とは別のところに、「カフェ・ド・コイショ」の入り口がある。
このカフェは電気がなく、ランプが灯されていて薄暗い。ガラス張りの壁に改装しているけれど、それでも外から中を覗き込むのは少しだけ難しい。だからこその、穴場スポットだ。せっかくすばらしいカフェがあるというのに、気づかない観光客がなんと多いことか。
でも、2019年から窓際にカウンター席ができたことによって、「外を向いているお客さん」が広告宣伝の役割を果たすようになった。通りすがりの人でも、「あ、お客さんがいるお店だ」と気がつく。それによって集客効果は高まったんじゃなかろうか。
おや、こんな看板あったっけ?
軒先に、鳥とランプをモチーフにした看板が掲げられていた。おかみさんに後で聞いたら、今年から設置したとのこと。いいね。
いしに「ほら、ここを紹介したくてわざわざ上高地にやってきたんだよ」と改めて伝える。
「いいですねぇ」
なんてしみじみする余裕もなく、いしは「入りましょう!」と言ってそのまま店内に入っていった。あ、いや待って、もうちょっとお店に入る前に心の準備というか、気合を入れるというか、そういう時間があっても良いのではなかろうかと。しばらくは外観を愛でるとか。
こういうところが、僕といしとの性格の違いだ。彼女はスパッと、「決定」と「行動」の距離が近い人だ。一方の僕はというと、「決定」に至るまでに「調査」「検討」「逡巡」があって、さらに「行動」までの間に「ここまでいろいろ悩んだよなぁ」という「感慨」が挟まる。僕から言わせるといしは「脊髄反射の人」なんだろうし、いしから僕を見ると「ぐずぐずしている人」に見えるだろう。
そんなわけで、僕はこの人と初めて会ったとき、「ああ、性格の方向性が全然違う人だな。これは僕がついうっかり好きになるタイプじゃないだろうな」と感じたものだ。だからこそ、下心なく接することができる!やった!と「男女の性別を越えた友情関係」を結ぼうとし、失敗し、後に結婚することになるのだった。人間ってわからないものだ。
店に入るとおかみさんに驚かれる。そりゃそうだ、明神なんてそうそう頻繁に訪れる場所ではない。登山好きであっても、一生のうちに何回訪れることがあるだろうか?
それが、2018年GWに1回、2019年GWに2回訪れ、さらに2ヶ月後に再訪だ。常連、というよりストーカーみたいだ。さすがにこんな客だと、顔を覚えてもらえる。それはそれでありがたいことだ。
ドリンクメニューを撮影しておく。2ヶ月前にも撮影しているから意味ないじゃないか・・・と思うが、今見返してみると、GWのときと比べて黒塗りのメニューが何か所かある。
ロイヤルミルクティー
ペパーミントティー
がGWの時と比べて削られていた。在庫切れなのだろうか?
ローズヒップ・ハイビスカスティーと信州りんご100%ジュースの間にも、黒塗りの行がある。ここはGWのときから黒塗りだった。念のため2018年のメニュー写真を確認してみたら、ここには「ジャスミンティー」と書かれていたことがわかった。
だからなんなんだ、と思うが、こんな「バスターミナルから徒歩1時間もかかる場所」の些細な変化がわかる俺ってすげえ、という自己満足感をすごく感じる。
やった、本日のケーキはまだ売り切れがないぞ。
クレームブリュレ 800円
キャラメルチーズケーキ 800円
りんごのミルクレープ 800円
シフォンケーキ 800円
ガトーショコラ 750円
バナナのタルト 750円
という品揃え。悩ましいな、6品もある。
「どれがいい?」
といしに打診してみたら、
「とりあえず2つですよね」
という不穏な表現を返してくる。「とりあえず」?
「おいしかったら、また来ればいいじゃないですか」
「明日?明日はメニューが変わってるかもしれないよ」
「だったら今日、もう一度でもいいですよ」
「一日二回も!?ははは、それは思いつかなかった」
結局、二人で頼んだのは
キャラメルチーズケーキ 800円
りんごのミルクレープ 800円
となった。僕一人だったら、貧乏くさく「まずは安いメニューから順にいこう」と判断して750円ケーキを選んでいたはずだ。パートナーが傍らにいると、つい気持ちが大きくなる。
それはともかく、同行者がいる旅行や飲食って素晴らしいな。単独行のときと比べて、食べられる種類がぐんと増える。同行者が少食だったらそうはいかないが、幸いいしは健啖家で食べ歩きをする仲間として申し分なかった。
ケーキにしろ、コーヒーにしろ、いしから「えー、わざわざ歩いてきたのに・・・」という顔をされる心配はまったくなかった。それだけ安心できる、信頼のカフェがこのお店だ。
ふわふわのケーキ、そして清水で淹れたコーヒーはただただ、感嘆する出来だった。
ランプがぶら下がるお店の雰囲気がいい。
静かに時間が流れていく。BGMなんて流れていないし、床は土間で天井は屋根の部分まで吹き抜けなので音が吸い込まれていくようだ。
外の明るさとの対比が、心地よい。美味しい思いをしながら、隠れ家に潜伏する感じ。
店内に限らず、屋内全般的に暗い。お手洗いは「山のひだや」のものを使うのだけど、その道中は薄暗い。道中、カフェドコイショのロゴ入りの行灯が置いてあるくらいだ。
そうか、電気がないって、こういうことなんだなと今更気付かされる。普段、ギラギラした照明の下で暮らしすぎだ。もっと身の回りを暗くして生きよう、と思う。
山のひだやのロビー。
チェックイン時間になっていないとはいえ、随分暗い。ランプが天井から吊り下がっているけれど、それが灯ったとしてもやっぱり暗いだろう。ここは、限られた明かりの下で過ごすことを楽しむ宿なのだろう。
(つづく)
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