
18:02
18時。夕食の時間になったので食堂に向かう。
松本から送迎バスに乗って16時前に宿着 ⇒ 16時半に卜伝の湯に向かう ⇒ 17時15分頃帰着 ⇒ 18時に夕ご飯
なのでかなり慌ただしい。部屋でゆっくりくつろぐ時間がないのは当然として、内湯でのんびり・ぼんやりする時間もない。わっせわっせ、と予定をこなしている状態。
とはいっても楽しいことの予定続きなので、何の不満もない。
むしろ見よ、食堂の入り口の写真をわざわざ撮っているくらい、期待が高まっている。これ、何かの記録とか記念になるのだろうか?単なるハードディスクの無駄遣いではあるまいかという気がするけれど。

利き酒セットを1つお願いしてあったので、t苦情にはお酒が3種類並べられた。もちろん僕が飲むのではなく、いしが飲む用だ。
いしはお酒がイケる口な割には、自ら飲みたいと手を挙げない人だ。「お酒は無いなら無いで全然問題ない」とまで言う。「お酒を飲むと眠たくなっちゃうから、なんかもったいないんですよね」とも言っている。えー。お酒、楽しいのに。
一切のお酒をやめてしまった僕にとって、いしがお酒を飲んでいる姿を見るのは楽しみの一つだ。味の批評をしてもらいながら、「へえ、そうなんだ」と相づちを打つのが好きだ。お酒が飲めない僕の身代わりとして酔ってくれれば嬉しい。
そもそも、酔った女性は美しいと思う。顔の表情筋が適度に緩み、顔が赤らんで目が若干うるむからだ。いいなあ、と思う。全員が全員そうだとは言わないけれど、お酒を飲んで魅力が増す人は素敵だ。一方男性はというと、お酒を飲むといい顔になるというより、だらしない顔になる人の方が多い気がする。

お品書き。
紙の中央に「中の湯温泉」と薄く書いてある。コピーを取ると著作権侵害防止のために浮き出てくる透かしのようだ。
ええと、その「透かし」風のものに気を取られて、お品書きはほとんど記憶にない。

18:09
素敵な夕食のヤツらはこれだー
詳細な説明省略。
信州サーモン(淡水魚のマス)のお造りがある、というのが長野ならではだ。長野も、東信方面だと鯉の洗いがよく出てくるものだが、この界隈だと鯉を食べる文化はあまり強くないのかもしれない。

視界の片隅に見えるのは、土鍋。一人用ではない、立派なサイズだ。それがカセットコンロの上にドスンと乗って着火されている。
だいたいこういう旅館料理というのは、一人ひとりに固形燃料を使った熱々料理が振る舞われるものだ。しかしここでは固形燃料が使われておらず、そのかわりに二人で一つの鍋をつつくスタイルになっていた。極めて普通のことなんだけど、なんだか珍しくて「ほぅ」と思わず声が出た。
鍋の中は、「ちゃんこ」とでも呼ぶべきか、豚肉を中心として野菜各種を醤油味で煮たものだった。うん、おいしい。

長野感を出すぜ、ということで蕎麦も出てきた。
先ほどのお品書きによると、「しのぎ」という立ち位置にあたる料理らしい。
懐石料理における「おしのぎ」とは、文字通り空腹をしのぐためのちょっとした食事のことを指す。そもそも「懐に石を入れてずっしりと重たくすることで『なんだかメシを食った気になる』」ことを由来とする、茶席の際の軽食が「懐石料理」だ。そのなかでさらに「空腹をしのぐ」一品があるだなんて、どれだけ腹が減ってるんだよ、と思う。
実際にこの旅館では客にそこまで空腹を強いることはしていない。ご覧の通り、料理がずらっと並んでいる。そもそも、「茹でたてを提供したい」という宿のご厚意のお陰で、ある程度腹が満たされた頃合いを見計らって「しのぎ」の蕎麦が出てくる。いやもう、十分しのいでます。
お陰で、がっつかないで余裕をもって蕎麦を食べることができた。

ご飯、吸い物。
これにて夕食はおしまい。うん、大満足。
なんかごくごく普通に温泉旅行を楽しんでいるな。寒さに震える旅をイメージして準備をしてきたので、ちょっと拍子抜けだ。

21:01
夕食後しばらくしてから、今度は家族風呂に行ってみる。ちょうど空いていた。
ちなみにこの日の宿泊客はあまり多くなかった。冬ともなれば、場所柄宿泊客は減るのだろう。むしろ今日ここに泊まっている人のうち何人かは上高地に入るのだろうし、さらに「山のひだや」でご一緒する人もいるかもしれない。

中の湯温泉はもともと、こんな安房峠旧道の中腹に宿があったわけではない。釜トンネルの近くにあったという。
国道158号安房トンネルの掘削工事中に水蒸気爆発があり、そのため現在の場所に移転せざるをえなかった。
地図を見ると、「なんでこんなところに?」という梓川の崖地に「旧中の湯露天風呂(跡)」という地名が記されている。もともとこのちかくに中の湯温泉旅館があった名残だ。
今でも、松本から上高地に向かう途中の道路で、「おや、対岸に温泉が湧いているぞ」と気づくことができる。周囲が護岸工事すらされていない崖で、さすが梓川!人の手が加えられないほど険しいのか!と感心していたのだが、真実は「水蒸気爆発で崩落した場所であり、今でも火山性ガスが噴出することもある」という危険な場所だった。
トンネル工事による水蒸気爆発では4名の作業員がおなくなりになり、温泉旅館は移転を余儀なくされた。それだけでなく、トンネルのルートも爆発地点を避けざるをえず、安房トンネルの長野県側の出口はちょっとルートが歪んでいる。
そういえば、旧中の湯露天風呂があるあたりに、崖の上に放棄されたコンクリートの橋脚がいくつか残っている。「いつかは高速道路として、松本まで延伸するんだ!」という願いを込めて先走った工事をした結果なのかと思っていたが、爆発事故によって道路の位置が変わったため、放棄せざるをえなかったというのが実態だった。
↑の航空地図でも、「中の湯IC」と書かれているすぐ右脇にコンクリートの塊が見える。これが放棄された橋脚。本来ならここをトンネルから出てきた道路が走るはずだった。

こじんまりした家族風呂の浴槽。
タイル部分が温泉成分で変色している。
温泉地名:中の湯温泉
源泉名:中の湯温泉旅館の湯源泉
泉質:単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)
泉温:源泉46.3度
ということだが、別の資料では「単純イオウ泉」と書いてあった。硫黄分が析出したものだろう。

さすが日本秘湯を守る会所属宿。
最近はこういうのもあるんだな。「秘湯ボディソープ、シャンプー、リンス」。
こういう容器にするよりも、竹筒をイメージさせるような容器にするとか、もう少しやりようはなかったのだろうか・・・。「秘湯」であることを商売にしすぎると、客が求めている「秘湯ムード」とずれてくる。
秘湯ビールというのも食堂には置いてあったな。「秘湯」と名前をつければあれこれ商売ができる。

長野県の温泉の本当に素晴らしいのは、加水・加温・殺菌方法などがつまびらかに公開されていることだ。この取組には頭が下がるし、全国統一フォーマットとしてすべての温泉でこの方式を採用してほしいくらいだ。
ここは源泉を一旦貯水槽に貯め、それを熱交換器に通した上で湯船に注いでいる。源泉温度が高いので湯船に注ぐ前に冷ますことをやっている。とはいえ、気象条件によってはそれでも冷ましきれずに水道水を足して適温にすることがある、と明記されている。またその逆で、湯温が低いときは加温することもある。
そんな熱いお湯を持っている中の湯温泉旅館だけど、保健所の指導で殺菌剤を使っていることも書いてあった。へえ、こういう温泉でも殺菌剤を使うのか。「スパクリーン」と書いてあるので、おそらくこれだ。

粉末の殺菌剤で、水に溶かすと次亜塩素酸水になるそうだ。つまり、ハイターができる、というわけだ。
常時スパクリーンを使っているわけではなく、深夜時間帯や清掃時だけ使っていると書いてあった。さすがだなあ、記述が徹底している。
(つづく)
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