
13:54
二人で小梨平から明神に向けて歩いていく。
明神岳の東側をぐるっと回り込むように道が作られている。
一人でこの道を歩く際は、ゆっくりと変化していく明神岳の景色を眺めながら、「まだまだ先は長いなー」と呟いていたものだけど、夫婦で歩くととても快適だ。時間が短く感じる。

13:56
気持ちに余裕があるものだから、花の写真を撮ることもする。

14:00
明神の直前にある池は、秋ということもあってか単なる水たまりになっていた。春は雪解け水で水量が豊富なのだけど。
その泥水のようなところで、鴨がエサを探していた。冬になると食べるものが極端になるので、生きていくのは大変だ。この鴨はここに留まって一冬を越す覚悟を決めたのだろうか?

14:01
明神に到着。
いつもは人でごった返している明神館前の広場だけど、コロナによる行動自粛期間中のために人が少ない。
これまで冬を除いて春夏秋と何度も明神を訪れているが、オンシーズン中にこんな光景を見るのは初めてだ。

明神館の前に置いてある、料理メニューの立て看板を記録として撮影しておく。
撮影した当時は、「自分の習性とはいえ、こんな代わり映えのしないものを記録のために撮影するのはバカバカしいな」と思っていた。しかしこの数年後、日本は久しぶりのインフレになり、未来から過去を振り返ってみると「当時の料理は安かったんだな」と思えるようになった。
つまり、これまで「何年経っても値段は変わらない」ということが半ば当たり前として考えていた、ということだ。
そんなわけで、旅先でこういう価格表を撮影するというのは10年後、20年後を見据えるととても良い記録になると思う。
なお、明神館の食事スペースは引き戸が大きく開かれ、開放感がある空間だ。換気は十分になされているのだけれど、「ご入店の際は必ずマスクをご着用ください。」という注意書きがメニュー脇に貼ってあった。
2020年は、ここまでCOVID-19に対して警戒している1年だった。
なにせ、登山道を歩く際もマスクを着けていないと通り過ぎる人から嫌な顔をされるくらいだ。スーパーコンピューター「富岳」によると、町中をジョギングしている人の呼吸から排出されるウイルスは、周囲何メートルにも影響を及ぼすのだそうだ。2020年は「富岳」が大活躍で、やたらと「人の口から排出される飛沫がどれだけ飛散するのか」という分析が行われ、それが日々報道されていたものだ。
僕はバカバカしいので、誰もいないときはマスクを外し、前方から誰かが来たらその時だけマスクを着用する、という運用をしていた。
それでも、「マスクを脱着する際に、マスクに付着したウイルスが手に付き、それが回り回って体内に感染する」と言われており、マスクを頻繁に脱着することはだめなことだ、と言われていた。とにかく、生きづらい時代だった。
とはいえ、僕はこのCOVID-19によって停滞していた日本が良い方向に変革するのではないか?という期待を抱いていた。非合理的なこと、不条理なことがこの外敵によって改善され、社会課題が少し解消されるのではないかと考えていたからだ。
しかし、この文章を書いている2023年、COVID-19に最大限警戒していた2020年-2022年を振り返ってみて、何ら日本人は行動変容しなかったし、未来志向な社会構成にならなかったと思う。細かいところではいろいろ変わったのだろうが、江戸時代に黒船が来航し、そこから歴史が動いたような展開には今回ならなかった。それは残念なことだ。
たとえば、「現金にもウイルスが付着しているかもしれない。現金を触るのはヤバい」なんて話が2020年当時はまことしやかに語られていた。で、このままキャッシュレス決済が世の中を支配すればすごかったのだけど、そのような動きは起きなかった。緩やかにキャッシュレス決済は普及率を伸ばしているものの、COVID-19によって劇的な変化が生まれたわけではない。

14:09
誰も通行人がいない、明神橋を渡る。

14:32
今日の目的地は徳沢だけど、寄り道をして明神橋を渡ったのは「山のひだや Cafe do Koisyo」に行きたかったからだ。
昨年11月、閉山後の上高地に僕ら二人は歩いて潜入し、ここで開催されたクリスマスパーティーに参加した。僕らにとっては、この上高地潜入が新婚旅行に相当するので、思い入れがある場所だ。

しかし、お店の看板の裏にはロープが張ってあり、「本日休業」と書かれていた。臨時休業らしい。
COVID-19流行に伴い、世の飲食店は営業スタイルの変更を余儀なくされた。このため、これまでの営業時間や定休日をガラッと変えるお店が増え、僕らは「開いていると思ってお店に行ってみると、営業していなかった」という体験をすることがとても増えた。
インターネット上に蓄積されてきた、膨大な口コミ情報が役に立たない時代がくるとは思わなかった。「おっ、お店は営業しているぞ」とお店に入っても、メニューが大幅に縮小していたという体験もザラだ。
なので、このお店が「本日休業」だったとしても、いちいち驚いてはいらいれない。「ああ、そうなのか」と諦めるしかない。

14:14
「Cafe do Koisho」には改めて明日訪れることにする。
穂高神社奥宮に行き、お参りをする。

14:13
神社の脇にある、手を洗って清める「手水処」。
COVID-19の流行に伴い、全国各地の神社では軒並み「手を清める」という参拝の基本動作となることさえも廃止・簡略化してしまった。手を洗った際に水が周囲に飛び散ったら、それでウイルスが伝染するのではないか?と大真面目に議論されたし、不特定多数の人が柄杓を触るので、柄杓を経由して接触感染するのではないか?いう疑いの目を柄杓に向けていたからだ。
もう、あらゆるものが疑わしい、そんな時代だった。

穂高神社奥宮の脇にある、公衆トイレ。
さすがに使用禁止にはなっていなかったが、扉は開け放しになっていた。虫が入ってこないように普段は閉じていたと思うのだが、密閉空間はウイルスが充満する、という警戒感からだろうか?

「Cafe do Koisho」が閉まっていて甘いものを食べる機会がなくなったので、小梨平食堂で買ったお菓子を食べる。
こういうのが下界と隔絶された上高地でも気軽に買える、というのが素晴らしい。入山する前にお菓子やら飲み物を全部計画的に買って持ち込む、というのは気分が疲れる。その点現地購入はとっても気が楽だ。

14:29
嘉門次小屋。
岩魚の塩焼きが名物でいつも観光客で賑わっているお店なのに、今日は空席だらけだ。
ここは上高地から徒歩で約1時間の場所にある。日帰りで上高地観光に訪れた人にとって、この明神を折り返し地点にしてバスターミナルに戻る人は多い。そのため、旅の思い出として岩魚を食べるというのが定番だ。
にもかかわらず、ここには全然お客さんがいない。それだけ、観光客が少ないということだ。
これまで、上高地にはバスツアーの観光客が連日ものすごい数訪れていた。日本人だけでなく、東南アジアからやってきた観光客も多かった。そういうツアー客がCOVID-19のせいでほぼいなくなってしまったため、この場所はとても静かな空間になっている。
(つづく)
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