上高地、COVID-19の間隙を突いて【徳沢キャンプ2020】

13:03
上高地ビジターセンターに立ち寄る。

2020年、上高地における最大のトピックは「クマが出没した」ということがある。

この界隈には北海道のようにヒグマは生息しておらず、クマといえばツキノワグマのことを指す。なので、ヒグマほど獰猛ではなく、人を襲うようなことは運悪く森で鉢合わせでもしない限りはないはずだ。

しかし、そんな常識をひっくり返したのが2020年つい1ヶ月ほど前に起きた。

舞台は僕らがまさに今回宿泊する上高地小梨平のキャンプ場で、エサを探しにキャンプ場にやってきたクマが食料目当てでテントを襲い、テント内にいた女性が10針を縫う大怪我を負った、というものだ。

もともと臆病な性格のクマだし、鼻がきく生き物なので、テント内に人の気配があることくらいは察知していたはずだ。それでもテントを襲うのだから、もはやこれまでのように人間とほどよい距離感で共存するのが難しいフェーズに入ってきたことが伺える。

しかも恐ろしいのが、この怪我をした人の場合、テントをクマに引きずられて公衆トイレ裏の物陰に運ばれた挙げ句に、テントを引き裂かれている。その恐怖たるや、想像するのもはばかられるくらいだ。当然びっくりして声を上げただろうに、それでもクマはテント内の食料に執着し続けたということになる。

ちなみにクマが現れてトイレ裏にテントを引きずった、という現場は小梨平キャンプ場Bエリアだ。僕が2018年5月にテントを張っていた場所がまさにそうだ。

↑2018年5月。Bエリアのトイレと、その前にテントを張った僕。2020年8月8日23:30頃、このトイレの角付近にテントを張った女性キャンパーがクマに襲われ、テントごとトイレの裏手に引きずられる被害にあった。

この一晩の間に、人身事故1件、テント被害4件、タープ被害1件が連続して発生した。被害をもたらしたクマが捕獲できなかったため、翌朝からキャンプ場の営業は休止となり、現場は厳戒態勢となった。

結果的に事件発生後5日目の8月13日にクマが捕獲され死亡したため、キャンプ場は再開となった。しかし、事故の再発を防ぐため、山側のエリアは少なくとも今季中は営業しないことになったようだ。

とはいえ、8月8日のクマ連続襲撃事件は、Eサイト→Fサイト→Bサイトといった山側で発生したのち、未明にはIサイトという梓川にほど近い場所でも発生している。クマ、キャンプ場を縦横無尽だ。

Iサイトも、僕はテントを張ったことがある。もう、どこにテントを張ってもクマにとって死角にはならないのだな。

↑2019年7月、Iサイトにテントを張っている僕ら。この1年後には、クマが蹂躙する場所になってしまった。

クマが人を襲う予兆というのはあって、事件が発生する2週間近く前から、周辺のホテルやその関連施設でゴミ箱が漁られたり、屋外にあるグリストラップ(下水の油脂成分を除去するための装置。下水管の詰まりを防ぐために飲食店等は設置が義務付けられている)の蓋をこじ開けられたりする事象が発生している。

人がもたらした残飯や食料の味を知ってしまったため、急速に人を襲うまでになってしまったらしい。

事件当日は専門家が現地で警戒に当たっていたにもかかわらず、襲撃されてしまった。野生動物を相手にすると、人間というのはあまりに無力だ。

ちなみにこの上高地襲撃クマと同じと推測されるクマは、数日前に明神池エリアにも出現しイワナを漁った形跡がある。上高地と明神は人間の足で1時間近くかかる距離だけど、クマにとってはそれくらい余裕で歩く。

人を襲ったクマは体重が170キロあったというが、数十キロレベルの体重のクマは他にもあちこちで目撃されたり罠で捕獲されている。捕獲されたクマは殺処分ではなく、原則として奥山に放獣することになっている。しかし、その気になれば一日に数キロ程度移動するので、いずれまた戻ってくる可能性はある。なにしろ、上高地自体が奥山なのだから。

ビジターセンターの掲示によると、ちょうど1ヶ月前の8月20日にもクマによる人的被害が起きたそうだ。この事件は僕は知らなかったのだが、槍ヶ岳の北鎌尾根でテントがクマに襲撃され、被害が出たようだ。掲示を読む限りだと人的被害はなかったようでなによりだが、これは「人を襲うクマ」があちこちに出始めているということを意味する事件でいやーな気持ちになる。

小梨平を襲ったクマは8月13日に死亡している。また、そもそも北鎌尾根は上高地から行くとなると標高3,000メートル近くある稜線を乗り越えた先の場所だ。おそらく上高地エリアのクマとはまったく縁のないクマたちだろうが、それでもこうも連続して人を襲う事件が起きているというのは怖い話だ。

「クマに出会ったら」というポスターには、「近づかない 写真は撮らない」ということが真っ先に書いてあった。時代だな、と思う。

昔から、森でクマに出会っときにどうする?という議論がある。「死んだふりをしたほうがいい」「いや、死んだふりは意味がない」という二軸の議論は定番中の定番だし、「木によじ登ったほうがいい」「いや、ツキノワグマは木登りができるので、それは意味がない」という議論もある。

そういう定番を差し置いて、「写真を撮るな」が先頭に出てくるのがSNS時代ならでは、だ。

でも、たしかにクマに遭遇したら、自分が目の前で襲われているならともかく距離がちょっと空いているなら「クマだ!写真を撮っておこう」とスマホを取り出す気持ちはわかる。僕でさえやってしまいそうだ。

でも、そういうことをやってクマを興奮させると、ますます悪い結果になるので写真撮影はダメだ。

今日の天気はくもり。明日は午後から雨の予報になっている。想定通りだ。

これからの僕らの予定は、今日はこのまま徳沢まで歩いていき、徳沢キャンプ場でテント泊をする。そして翌日は小梨平に戻ってきて、ケビン(いわゆるバンガローのこと)で1泊する。都合、2泊3日の予定だ。

徳沢でキャンプをするために、テントをはじめとする各種キャンプ用品は全部持ち込んである。それでも2泊目をケビンにしたのは、雨の予報が出ていたからだ。いしは妊娠中で、さすがに雨の中でテント泊はキツかろう、ということでケビン泊を選んだ。

なお、そもそも妊婦が上高地にやってきたり、さらには徳沢まで歩いていくのはどうなのか?という意見はあるだろう。もちろん体調が急変し緊急搬送が必要となるリスクは妊婦が常に抱えているものであり、病院へのアクセスが悪い山奥にやってくるのは褒められた話ではない。そういうことを踏まえた上で、助産師の指導を仰ぎつつ今回上高地を訪れている。

13:07
徳沢へ向かう。

その途中、わずか1ヶ月半前に事件の舞台となった、小梨平キャンプ場の中を通過する。若干身が引き締まる思いだ。馴染みのある場所だけに、なおさらだ。

ビジターセンターの掲示だと、数日前でもクマの目撃情報が複数回あったようだ。まだまだ気が抜けない状況だ。

「9月7日(月)から一部利用を再開します」という立て看板がキャンプ場入り口に設置されていた。

看板に貼られた地図を見ると、A、B、J、Kエリアのみ営業再開で、C~Iエリアは閉鎖されたままになっている。Bエリアはクマによる人襲撃事件が起きた場所だけど、利用再開となっているのにはちょっと驚いた。同様に、Bエリアの隣のAエリアも、山側に位置するので「えっ、Aエリアも利用再開でいいの?」と驚いた。

事件発生以降、キャンプ場周辺の笹の刈り取りを一部行い、見晴らしを良くしている。イノシシやクマといった野生動物は自分の姿を隠すことができる草むらをとても好む。そのため、下草の刈り取りは獣被害を防ぐ有効な手段だ。おそらく、ひとまずキャンプ場の管理棟近くを重点的に下草刈りを行ったのだろう。AエリアもBエリアも、山側ではあるものの管理棟から近い。

あと、フリーのテントサイトにもかかわらず、9月19日~21日の3日間は予約制となる、と書かれていた。コロナ対策のため人の密集を避けたいのと、人が密集していたらクマを引き寄せてしまう懸念があるのだろう。

小梨平キャンプ場の中を歩く。

歩道の右側が山側のエリア。F、E、Dエリアと並んでいるが、事件以降使えなくなってしまっている。

そのため、テントがひとつも見当たらない。

13:10
Bエリア。クマ事件の現場だが、利用再開となっているのでテントが何張りかある。

そういえばAエリアとの境界に、以前はもっと笹が茂っていたはずだが刈り取られているようだ。

管理棟の眼の前にあたる、Kエリア。利便性の良さと、梓川や穂高連峰の眺めが良い場所なので一番人気の場所だ。ただし、戸建分譲住宅のようにずらっと、みっちりとテントが並ぶことになるので、僕はこのエリアを使いたいとは思わない。

しかしどうだ、今回はこれまで見たことがないようなスカスカっぷりだ。要予約になったこと、世間に衝撃を与えたクマ被害から間もないこと、そして何よりもコロナ流行からまだ半年ということもあって、宿泊客がとても少ない。

コロナによって、キャンプ場の管理棟にあった大浴場「小梨の湯」が外来入浴をお断りするようになってしまった。

また、キャンプ泊の人は14:00~16:00、ケビン泊の人は16:30~18:30と時間が区切られている。時間を区切らないと、多くの客が夕暮れ時に入浴時間が集中してしまうからだ。

コロナ対策のために入浴時間を分散させた結果、テントを張った人たちは「日がようやく傾きはじめたな」という時間帯にお風呂に入らなければならない。

一日の疲れを癒やすためにお風呂に入る、というわけにはいかない。コロナ時代なのでしかたがない。

チェックインの手続きさえ、「代表者一人が受付をしてくれ」というルールになっている。受付近辺に人が群がるのを警戒してのことだ。

屋内ならともかく、屋外の受付にもかかわらずこの身構え方。これが「三密回避」が強く叫ばれ、コロナに対する人間同士の相互不信が高まっていた2020年当時の状況だ。

13:11
小梨平キャンプ場の受付棟。

鉄製のゴミ箱が設置されていたのだけれど、ブルーシートで覆われ、ロープでぐるぐる巻きにされて使えないようにしてあった。クマ対策だ。もともとこのゴミ箱は頑丈でゴミ投入口は鉄の蓋がついているものだ。それでもゴミ回収用に設けられた裏側の扉をクマが破壊し、残飯を漁るということが起きたため、今では使えなくなってしまった。

そのかわりに、バケツ型のゴミ箱が背後に置いてある。えっ、バケツ!?とびっくりするが、このゴミ箱が使えるのは05:30~19:00だけだ。それ以外の夜間は屋内に片付けられ、クマに漁られないようにする運用となっている。

他にも、夜間に食料をテント内に置かないよう、キャンプ客は指導されている。食堂が閉店する18時までに、余った食料は食堂に持参し預けるルールだ。

キャンプをする人は大変だ。お風呂は14時から16時までだし、夕ご飯は18時までに済ませ、余った食料は食堂に預けなくちゃいけない。寝るまでの間、つまみをちびちび食べながら晩酌をやる、ということができない。

(つづく)

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