綺麗事じゃ済まされないジビエ【鋸南町狩猟エコツアー】

ヌタ場の近くに、講師の方がお手本としてわなを仕掛ける。

イノシシの通り道と思しきところを見定め、周囲にわなをくくりつけるための木がある場所を探し、そして通り道に穴を掘ってわなをしかける。わなはワイヤーで近くの木にくくりつけられ、もしイノシシがわなにかかると、その木から逃れられなくなる。

「本当なら、長くても2分で全てを完了させないといけないです」

と講師は仰る。人間の匂いが残ると、臆病なイノシシはすぐに気づいてしまうからだという。

靴の匂いさえもNGで、わなをしかける際はゴムの長靴を着用し、服も着古した作業着ではなくちゃんと洗濯したものを着る。軍手も駄目で、ゴム手袋だ。そしてわなにバネをセットするのも、予め出発前に全て仕込んでおく。

バネはセットするのにものすごく苦労させられる割には、ちょっとした振動で外れてわなが作動してしまい、イチからやり直しになることが多い。僕自身、自作したわなのバネをちゃんとセットできたのはわずか2~3回だ。あとはいうことをきかないバネに疲れ果てて諦める、という有様だ。

なので、できるだけ現地でわなのセッティングをしたいところだけれど、そんなことをやっていると匂いが土地に残るのだという。野生動物との命がけの戦いだけあって、慎重さが重要だ。

わなをセットしたあと、講師は標識を木にくくりつけていた。住所・氏名・電話番号などが書いてある。これは、「どこの誰が設置したわなです」という名札であると同時に、「ここにはわながあるので注意してください」という注意喚起にもなる。いやでも、里山を歩いていてこの標識があっても、「わながあるんだな?」とは気づかない。幸い、くくりわなのサイズは人間の足がひっかかるサイズではないので怪我はしないだろうけど、わなを踏んでしまうとバネが跳ねて大変にびっくりさせられるだろう。

このわな、無尽蔵に設置できるわけではなく個数制限がある。わな免許を持っている人ひとりにつき、一度に30個までだという。そして、わなを設置したら毎日それを巡回して状況確認する義務を伴うので、「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」とばかりにたくさん設置すればよいというわけではない。

講師曰く、「センサーやカメラで、わなを遠隔監視していれば毎日巡回しなくてもよい、と法改正されればよいのですが、現時点では人が毎日見に行かないといけないです」とのこと。これは大変だ。

わなが設置された状態。

どこにわながあるか、わかるだろうか?

イノシシが踏み荒らした形跡がある場所で、付近の草や水仙がなぎ倒されている。

ここ。

草むらの中に、バネが組み込まれたパイプが見える。この写真の中央あたりに、土が被っているけれど「落とし筒」というわながしかけてある。

この草をなぎ倒したイノシシは一体どこから現れ、ヌタ場で水浴びをしたのだろうか。

山のほうに辿っていくと、案外はっきりと痕跡が残っているものだ。なにせ、泥があちこちについているから。

木で体を擦り付けるのがイノシシの習性らしく、ヌタ場の近くの木は体をゴシゴシされた際についた泥で白っぽくなっていた。

すごい。生命の息吹を感じる。でもここをウロウロしているイノシシは、今は山に引っ込んでいる。

イノシシはもともと夜行性ではないけれど、臆病なので結果的に夜行動する生き物らしい。なのでまさに今、山の奥から僕らの行動をじっと見ているのかもしれない。そう感じさせる、泥だ。

講師が身を持ってわなの設置方法について教えてくれるのですごくわかりやすい。ついには四つん這いになって、イノシシのマネをしながらレクチャーしてくださった。

もうこうなると、さっきせっかく設置したわなは人間の匂いのせいで役に立たなくなるけれど仕方がない。

「イノシシの気配があるぞ!それ、ここにわなだ!」と気配を察知したとしても、わなの直径はわずか十数センチ。そこにスポンとイノシシの脚が引っかからないといけないのだから、万馬券を当てるような状況だ。

ただ、「運を天に任せる」じゃあ捕獲にならないので、少しでも確率を上げるような工夫をする。

まず、だだっ広いところにはわなを設置しない。イノシシがどこを歩くかわからないから。なので、むしろ狭まった場所・・・つまり、イノシシがここしか通らない・通れないぞ、というような場所にわなを設置する。

急斜面も駄目。イノシシがどういう歩調になるか読めから。

熟練のハンターになると、「イノシシの左前脚をこのわなで捕まえる」などとより具体的なイメージでわなが設置できるという。どうしてそんな神業が?と不思議だけれど、「イノシシだって歩きやすいところを歩きますから」だって。ん?どういうこと?

「木の枝が落ちているとか、石があるところはイノシシだって歩きにくいから避けるんです。なので、わなの前後にそれとなく木の枝とか置いておくと、イノシシはそれを避けてなにもないわなの上を歩こうとするんです」

すごいなあ、野獣と人間の知恵比べだ。習性を読んで、手を打つのか。

そして、わざとわなにひっかかった講師。バチーン、と音がしてワイヤーが腕にからみついて締め上げた。

一日に一回、わなを設置した人は自分のわなを見に行くわけだけど、捕まっていないと残念だし、かといって捕まっていたら捕まっていたで大変だ。なにせ、まだ生きている動物だ。逃げようと暴れまくっている。それを仕留めないといけない。

ハンター専業ならばそれでもいいけれど、みんな本業がある中、自衛のために狩猟をやっている。朝早く仕事前に様子を見に行って、捕まっていたら仕事が始められなくなってしまう。自分ひとりでなんとかするか、仲間を呼んで何人かで仕留めるしかない。

なにせイノシシは逃げようと必死だ。ワイヤーをくくりつけた木を中心にグルグル走り回る。その外側にいれば大丈夫ということはなく、イノシシの脚がちぎれてしまい、そのまま突撃される可能性もある。仕留めるほうも大変だ。

「ケースバイケースだと私は思いますが」と講師は前置きをしたのち、一般的な仕留め方としてはわなの位置より低いところから近づいていくのではなく、高いところから近づいていくのだという。わなは山の中腹に設置されることが多いので、どこから捕まった獲物に近づくかというのも決まりがある。うっかり低いところからイノシシを取り押さえに行くと、襲われて怪我をするリスクがあるという。

いずれにせよ、ヤクザ映画みたいに銃をパンパン!と撃って仕留める、なんて簡単な話にはならない。保定具を使って反対の脚を固定し、イノシシの鼻っ柱に輪っかをひっかけて首を固定し・・・とだんだん相手の行動範囲を狭めていき、最後に急所一撃で仕留めることになる。命がけの大変な作業だ。

しかもそこで終わりじゃない。仕留めた害獣はちゃんと処理をする義務がある。やった!イノシシ肉だ!今晩は桜鍋だ!なんて言ってられない。どうやってバラすの?どうやって下界まで運ぶの?という問題が発生する。

今回はわな設置の実習ということで広くて車道に近いところにわなをしかけたけど、多くのわなは山の中だ。仕留めたはいいけど、じゃあこれを食べようということで数十キロもある獣を引きずったり背負って下山するのは相当大変なことだ。

そんなわけで、自家消費する分以外は、その場で埋めてしまうのだという。もったいない!というのは都会ぐらしの呑気な人間の発想であって、害獣駆除という目的が果たされれば現地の人からするとそれで十分だ。

もちろん、仕留めるだけでも労力が相当かかる作業だ。お金になるならもちろん嬉しいだろう。とはいえ、莫大な労力をかけて下界まで運ぶ労力に見合うだけの人手と、それに見合った対価は確保できないのだった。

「害獣が増えているという話なので、ジビエ肉を食べて応援!」なんて思ってふるさと納税をやったりしていたけど、そう簡単な話じゃない、ということがよくわかった。もちろん食べて応援は有効な手段だけど、そもそも人手が足りていない。

「プロのハンターの方はいないんですか?」
「そういう方もいますね。自治体によっては、害獣一頭駆除するたびに2万円、とかお金を出すところがありますから。でもそういう取り組みをやっているところにしかいないです」

そうかー。ジビエ肉供給のためにハンティングする、というマタギ的な人は殆どいないのか。

我々もわなを設置してみる。

これが思った以上に大変だ。イノシシの通路ではないところに設置するのでさえ、不慣れなので手間がかかる。ちょっと扱いが雑だと、すぐにバネがバチーンと反応してしまい、これまでの苦労が無駄になる。

苦労して設置したわな。うん、一応外見からはわからない。

ただ、ここまでカモフラージュするのにコテコテと触りまくったので、人間の匂いがバッチリだ。シカもイノシシも寄り付かないだろう。

バネをバチーンと反応させたところ。木の棒で落とし筒を踏み抜いたら、ワイヤーが棒にビシッと絡みついた。

しかしそれと一緒に周囲の枯れ草とか枝まで巻き込んでしまい、これを抜き去るのに少し手間がかかった。あと、試験ふくめてたった数回の使用なのに、バネの強力な反発力のせいでバネがウネウネとぐろをまくような形になってしまった。これは消耗品だ。実戦投入したら、数回おきにもろもろパーツが交換になるだろう。

最後、わなを掘り返して撤収。せっかくワークショップに参加した人たちがわなを作ったんだから、このあたりをわなだらけにしちゃおうぜ!・・・という気がしたのだけれど、なにせ僕らはわな免許を持っていない。わなを「作製」することは誰でもできるけれど、わなの「設置」は法律違反になる。今回は免許所持者の指導監督のもと、設置方法を実習したというところでおしまい。終わったら完全撤収だ。

帰りがけ、棚田の外れに連れて行ってもらった。

このあたりは低い山が拡がっているエリアで、その谷間に人間が開拓して棚田ができている。ただ、棚田の奥になると耕作放棄地もあるようだ。

こういうところは害獣と人間の戦いの最前線となる。そのため、電気柵が設置されていた。稲なんてイノシシは食べないでしょ?と思ったら、むしろ好物だというから驚いた。基本的に雑食だけど、稲とたけのこは好物だという。おい、たけのこって房総半島は名物で山にはよく生えているぞ。じゃあこのあたりって、イノシシ天国の場所じゃないか。

電気柵は、ビリッとくるということで害獣を嫌がらせることはできても、駆除はできない。守りの装備になる。しかも、費用はともかく維持が大変らしい。

イノシシは分厚い毛で覆われているので、電気ショックを与えてもなかなかダメージを与えられない。唯一電気が通るのが鼻っ柱で、このイノシシの鼻が電気柵に当たるように設置する必要がある。そのため、電線は低い位置、具体的には地面から15~20センチくらいのところに張ることになる。

じゃあ実際に運用するとどうなるか。15センチ~20センチくらいだと、あっという間に下草が生え、草が電線に触れることによって漏電する。その結果、「単なる紐」状態になってしまうのだった。電気柵を設置する以上、ちゃんと管理をする覚悟が必要になる。

うーん、これはこれで大変だ。

(つづく)

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