上高地、COVID-19の間隙を突いて【徳沢キャンプ2020】

15:27
梓川に背を向けて登山道を進むと、そこはすぐに徳沢だ。

徳沢には2軒の山小屋があって、そのうちの1軒である「徳沢ロッヂ」が僕らを出迎えてくれる。森の中にひっそりと佇む、静かな趣の山小屋だ。

山小屋といっても、実際はホテルだ。上高地から徒歩2時間でようやくたどり着ける、ホテルだ。

徳沢ロッヂは、僕らを歓迎はしていないようだ。

「お知らせ ご宿泊のみの営業とさせて頂きます」

と書いてあった。

このロッヂはお風呂の利用だけも可能だったけど、COVID-19の流行を踏まえて中止した、というわけだ。

意味がよくわからないのが、「宿泊のみ営業」と書いてある下に、小さい文字で「売店営業中(カップ麺・パン・お菓子・ジュースなど)」と書いてることだ。この売店は、宿泊客のみが利用できるという意味なのか、それとも「宿泊だけでなく、売店も営業していますよ」という意味なのか、理解できない。

徳沢ロッヂを通り過ぎると、そこには広い空間が待っている。

ここが徳沢キャンプ場。今晩の僕たちの宿泊場所だ。

こんなに広々とした空間があるのは、明治時代に上高地が開拓された際に牧場が作られたからだ。

もともと牧場だったということもあって、柔らかい草が地面を覆っている。ここでのテント暮らしが快適なことは間違いなさそうだ。

キャンプ場の奥に見える、赤い屋根の建物が徳沢園。ここも徳沢ロッヂと同様に、立地条件は山小屋だけど実際はホテル、という場所になる。

キャンプ場を利用する際は、受付をこの徳沢園で行う必要がある。

僕たちはまず徳沢園にやってきた。

徳沢園の建物を見上げると、二階部分の部屋には小さいながらもテラスがあり、そこに机と椅子が設置されていた。

せっかくここで一泊するなら、早めの時間にチェックインして、日が暮れるまでのんびりとテラスで過ごすのが良さそうだ。

登山をする人にとって、徳沢という場所は中途半端だ。上高地まで2時間の距離なので、これから槍ヶ岳などを目指す人にとっても、槍ヶ岳などから下山してきた人にとっても、使い勝手があまりよくない場所となる。テント泊ならともかく、登山の途中で徳沢園・徳沢ロッヂに泊まるにはちょっと勿体ない。なにしろ、1泊2食で2万円を越える宿だからだ。

なので、ここに泊まる人というのは徳沢が目的地で、宿でゆっくりとした時間を過ごしたいという考えなのだろう。

キャンプ場利用のためのチェックインカウンターは、宿の玄関先に設けられていた。

宿に泊まる人以外は建物の中に入れたくない、という宿側の意志を感じる。

こんな屋外のカウンターだけど、カウンターテーブルの真ん中にはアクリルパネルが設置されている。同時に二人がチェックイン手続きをできるようになっているカウンターだけど、隣の人からCOVID-19を伝染させられないようにという配慮だ。

風通しの良い屋外でさえ、アクリルパネルを設置して隣の人との距離を取る。後世からすると笑い話になるだろうが、まだCOVID-19の打開策が見いだせていない2020年秋の時点では、こういう取り組みが全国至る所で大真面目に行われていた。

アクリルパネルの業者は、相当儲かったことだろう。

でも、儲かったからといって大量増産した結果、COVID-19が沈静化して全く売れなくなり、在庫の山を築き上げたはずだ。商売というのは難しい。

徳沢園からの注意書きには、こういう事が書いてあった。

キャンプ場ご利用のお客様へ
豪雨による倒木 落枝や浸水、竜巻突風、地震、火器の事故等及び、クマなどの野生動物によって身体・物品の損傷を受けられましても一切の責任は負いかねますのでご了承ください

これだけ見ると、徳沢が世紀末の地獄のようだ。何が起きるかわからない場所らしい。

キャンプ場における運営元の管理責任というのはどの程度あるのだろうか?利用者は自然の中で寝泊まりするわけだから、自然災害は当然自己責任となるはずだ。クマに襲われたからといって、キャンプ場利用者が徳沢園を訴える、ということはないだろう。

このときはそう思っていたが、2023年4月、相模原市のキャンプ場で高さ18メートルの木が深夜いきなり倒れ、テントが下敷きとなりそのテントで寝ていた方が死亡するという痛ましい事故が発生した。

これは果たしてキャンプ場運営会社に責任があるのだろうか、それとも自然災害なので誰も悪くないのだろうか?

「徳沢キャンプ場届証」という紙に必要事項を書く。

幕営代は大人1名800円。テント単位で課金されるのではなく、人数単位で課金される。

僕らは毛布とマットレスを借りた。毛布500円、マット400円。何しろ、寝袋が1つしかないからだ。

今回のキャンプのために、いし用に新たに寝袋を買うことも検討した。しかし、来年には子どもが産まれる予定なので、次はいつキャンプに行けるかわからない。ひょっとすると、二度と行く機会がないかもしれない。なので、今回はレンタルで済ませることにした。

寝袋をレンタルせずに毛布で済ませたのは、寝袋よりも毛布のほうが快適だからだ。筒状の寝袋に体を突っ込むよりも、毛布をバサッと体の上から被った方が密着して、むしろ温かく感じる。

徳沢園の玄関。

靴を脱いで板張りの床に上がることができるのは、宿泊者のみだ。僕らはあそこに上がる権利がない。

玄関の頭上を見上げると、立派な梁が何本も空間を貫く、吹き抜けになっていた。

僕はこれまで徳沢園に何度も訪れているが、この空間のことは全く気がついていなかった。たぶん、いつも徳沢での滞在時間が短いから、気が回らないのだろう。今回はこの地で一泊するので、心と時間の余裕がある。なので、改めて周囲を見渡すことができている。

(つづく)

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