三崎漁港で買い物と食事を済ませたのち、僕らはそうそうに引き上げる。
カーシェアの夜間料金プランを使ってお安く車に乗っているので、朝9時までに車を返却しておく必要があったからだ。
退却しながら、三崎漁港からそんなに遠くない金田漁港にも立ち寄ってみた。時刻、06:07。
ここも日曜日に朝市が立つらしい。
ここの朝市はさすがに三崎と比べて規模は小さく、建物内にテーブルが並び、トロ箱がショーケース代わりに並んでいる程度だった。
お店の人と客との間にビニールを張り、相手との空間を間接的に遮断するやり方はいかにもコロナ期間中の様子だ。
おかげで、2020年から2022年の間は、店員さんと客とがお互いの言葉を聞き取りづらく、むしろ大声で話すという本末転倒なやりとりが頻発したものだ。
用心深いご高齢の方が営むお店だけがこういう仕組みなのではなく、街のいたるところにあるコンビニも同じような対策をとっていた。
ここで買ったのがインドまぐろ刺身用。1,650円。
19:33
その日の夜、買ってきたまぐろをさばく。
こんな感じ。とても美味しかった。1,650円でこれだけの量がとれたなら大満足。
冷蔵庫には、出産予定日までのカウントダウンを記したホワイトボードをマグネットでとめてある。
「あと11日」と書いてある。
あと、仮称「大ちゃん」だったお腹の子だけど、「大知ちゃん」に文字が書き換えられている。
「だいち-ちゃん」という名前なら、限りなく「だいちゃん」に近い呼び方になるからだ。あと、画数判断の上で「大知」の縁起が良かったからだ。
画数判断なんて気にしなくても良いと思っていたのだけど、いざ我が子に名前をつけるとなると意識した。
「この画数なら縁起が良い」というのを調べて知っちゃったので、だったらそれに合う画数にしたほうがいいよなあ、と思う。ということで、名前は正式決定していないものの、これまでの通称名「大ちゃん」に近い名前として、仮置きで「大知ちゃん」になっている。
この夕食の後、夫婦でTVアニメ「鬼滅の刃」最新話を見て「おおお」などと興奮していたのだが、その最中にいしが「あっ」と声をあげた。「破水したかも」と。
そして彼女は急遽また借りたカーシェアの車に乗り、産婦人科へと向かった。23時過ぎの出来事だ。
2021年03月09日(月)
いしを産婦人科に送り届けたら、僕は一人で帰宅しそのまま寝た。
当時は立ち会い分娩なんてもってのほかで、夫である僕は自宅待機するしかなかったからだ。スマホを使ってLDRの様子を生中継するサービスがあっても良いと思うが、そんなものは実在しない。
朝8時近くになって目を覚まし、枕元のスマホを見たら「生まれた」といういしからのLINEメッセージが入っていた。僕が目を覚ます数分前に生まれたらしい。入院から8時間足らずで産んだのだから、早いと思う。
家族との面会は、いしが産婦人科に入院している間に1回だけ、しかも15分間だけできるという。子どもの育児に協力的なパパを演じるつもりだったのに、いきなりパパが蚊帳の外状態で残念な気持ちになる。
いしに「手土産として何が欲しい?」と聞いたら、「ケーキ!」という返事が返ってきた。え、そうなの?
てっきり、「クッションが欲しい」とか「子ども用の◯◯が欲しい」というリクエストかと思ったけど、食べ物なのか。というか、そもそも病院に食べ物を持ち込んでいいのか?
その点、さすが産婦人科。別に病人が入院しているわけではないので、お菓子を持ちこんでも問題はないそうだ。へえー。
ということは、総合病院の産婦人科で分娩したお母さんの場合、ケーキの差し入れなんて駄目なのかもしれない。だって、病院内には闘病中の患者さんがいっぱいいるわけだし。
その日の午後に病院に行き、いしのお見舞いとわが子の初顔合わせがあった。
産婦人科は厳戒態勢で、面会者とはいえ勝手に建物内に入っては駄目だった。どうすりゃいいんだと思ったら、いしが外にまで出迎えに来てくれてびっくりした。えっ、出産後半日も経っていないけど、歩けるものなのか、と。
とにかく、僕は出産に立ち会っていないし、妊娠期間中にパパママクラスのような教育を受ける機会もなかった。コロナ期間中であるが故だ。なので、出産直後の女性がどのような状態にあるのか、全く想像できていなかった。
産婦人科内は面会者用の導線まで厳格に決められていて、廊下にテープが張られていて、「このテープをまたいではいけない」と病院スタッフの方に説明を受けた。まるで囚人のようだ。
それはともかく、面会の際にいしにケーキを2つ渡した。1つはズコットなのだが、彼女は思いの外喜んでいた。
このとき食べたズコットのことはいしは数年経ってもずっと思い出深く語っている。やっぱり生まれた直後の差し入れというのはちゃんとしないと駄目だし、ちゃんとしてれば後々まで感謝される。やっつけで、コンビニのレジで売っているお菓子詰め合わせセットを買っていくと恨まれそうだ。
ということで、我が家では弊息子タケの誕生日が訪れる都度、このズコットを買い求めて食べるようにしている。思い出の品だ。
ちなみに僕がケーキを2個買ったのは、「お昼に1個、夜に1個どうぞ」という意味だったのだけど、彼女は僕が帰った後すぐに2個とも食べたそうだ。
一方の僕はというと、妻子との面会を終え、ほっと一息ついたと同時に「ちょっと自分自信にカツを入れないといかんな」という気持ちになった。
そんなわけで、なぜか二郎系ラーメンのお店に行くという選択をし、自分の胃袋にガツンとヤサイニンニクアブラマシをぶち込んだ。うん、気合が入った。
いしはこの後数日間は入院だ。僕はこの間、結婚以来はじめての一人暮らしを過ごした。
本来なら、出産後数日が経ったところで病院から「出産祝い膳」が振る舞われる。ここでどれだけ気分を盛り上げる食事が出るかどうかで、女性は出産する病院を決めることもあるという。
で、その出産祝い膳は本来夫婦ふたり分が用意されるのだけど、肝心の僕が病院内に立ち入れない。このため、祝い膳はいしのぼっち飯となり、僕が食べるはずだった飯代については、ジェラート・ピケの赤ちゃん服に化けた。
なお、いしは極力助産師さんや看護師さんのお世話にならずに、息子を手元に置いておこうとした。その結果祝い膳ぼっち飯の最中にタケが泣き出し、結局殆ど味わうことなく、食べ物を丸呑みしたそうだ。
我が子が家にやってきた。この時点ではまだ名前が決まっていない。
数十万円かかる出産費用については、健保組合の出産一時金の支給と相殺することで差額分だけ払えば良いという病院が多い。でも、僕らがお世話になった病院は全額を現金払いするように言われ、困惑した。だって、50万円近くだぞ。そんな金額を現金で持ち歩くって不用心だろ。
しかも現ナマを用意した僕は退院時のお会計のときでさえ、病院内には一切立ち入れなかった。おかげで、まだ体調が本調子ではないいしが病院を出たり入ったりし、僕からお金を受け取ってお会計をやっていた。
それはともかく、家にやってきた我が子をベッドに寝かせ、「ちっこいのー」と思わず声が出た。そして、あまりにちっこくて本当にびっくりした。数日間は、まだ見慣れないこの生物が視界に入るたびに、いちいち驚きなおした。なんだこれは。
家に連れて帰るまで僕が抱っこしていたのだけど、抱っこしている最中は厳重に服やらなんやらでくるまれていて、サイズの実感が全然なかった。でも、ベッドに横になったら、「あ、本当に小さい」と今頃気がついた。
まだ寝返りもできない生き物のため、おっぱいを飲んだあとは巻いたタオルを背中に添えられ、横向きにさせられていた。吐いて窒息しないためだ。この不自然な横向き状態にさせられていても、赤ちゃんは仰向けに戻ろうとしない。なんて弱い生き物なんだ。いちいち、目を見開いてビックリする。
僕のそんな様子を見て、いしは面白がっている。
「もし女の子が生まれていたら、おかでんさんはもっと面白かったと思う。慣れない言葉や動きにいちいち驚きそうで」
と彼女は言うが、実際そうだと思う。なにせ男兄弟の家庭だったし、男子校出身だし。男の子が生まれて、その点ではやりやすい。女の子だと気持ちが落ち着かない。
出産という一大イベントを終えて帰宅したいしをねぎらうために、またケーキを買ってあった。ケーキは彼女を幸せにする。
銀座三越2階にお店を構える、「ラデュレ」のケーキを用意した。
このケーキも二人の思い出の品で、平成から令和に切り替わる2019年5月1日、午前0時を一緒に過ごそう!ということで僕が自宅に配備したケーキだ。このケーキを食べながら、「令和はどうなるんだろうね」と二人で話し合っていたものだ。その当時は、僕が土下座してもいしは「付き合うことは考えていない」と言っていたのだけど、その半年後には結婚したし、2年も経たないうちに子どもが生まれる、怒涛の令和となった。
独り身おかでんの気ままな旅がつづられた、この「へべれけ紀行」の旅行記。
第一部(~2012年)として「酒浸しの日々」が綴らてきて、第二部(2013年~2019年)として「酒無しでアク抜けした状態の旅」が語られてきた。そしてここから先は、第三部として子連れ家族の旅が中心となっていく。
そのちょうど境界線となる日々について、こうして文章にして記録と記憶を残しておく。
(この項おわり)
コメント
コメント一覧 (6件)
出産前の小旅行って行きたくなりますよね
うちも安定期に入ってからこちらのサイトを参考にして広島に日帰り旅行に行きました
(たしか、当時あったこちらの掲示板でいろいろ教えていただいたと思います)
おかげで宮島、ますゐ、お好み焼きと堪能できたのをこの記事見て思い出しました
あれ以来広島行ってないのでまた行きたいな~
GUYさん>
子どもが生まれることで、自分の人生が大きく変わる!という節目の覚悟があるので、「さようならこれまでの自分」という気持ちで出産前に旅行に行きたくなるんですよね。
ただもちろん、旅行中に母体が急変する可能性はゼロではなく、人様におすすめできる話じゃないんですけど。
このサイトは殆ど誰も見ていないので、放火する人がいないですが、人気サイトだったら「子どもや母親に万が一があったらどうするんだ」などと焚き付けてくる人がぜったい出てくるはず。
GUYさんは無事に旅行を満喫できて、なによりでした。
出産前の旅行って、写真を後で見返して「ああ、僕ら家族もこういう時期があったなあ」としみじみ感慨に浸るものですよね。
特に、子どもがいないときならではの夫婦の笑顔、っていうのが今となっては貴重。子どもができちゃうと、父親の顔・母親の顔になっちゃうから。
マタニティ旅行、っていう言葉、たまたま先日知りました。
詳しくは調べてませんが、なんでも妊娠中なので、という理由で刺身盛3皿が売りの旅館に生もの変更してくれと頼んだら全部刺身こんにゃくだった、というツイート(いまはポストっていうんでしたっけ?)が話題になってたとかなんとか。
ネットの反応としてはやや「否」寄りの賛否両論な感じだったので「炎上」というほどではない印象でしたが、旅館の名前を出しちゃうのはどうよ、とか旅館から一言くらい相談があってもよかったのでは、という意見とともに、妊娠中の旅行に対する賛否もたしかにありましたねえ。
そういう意味ではたしかにリスキーさも内包した話題なのかもしれませんね。
一平ちゃん>
刺身こんにゃく話は僕も読みました。あれを笑い話としてネタに昇華できていればよかったのにね、と思う。
僕はSNSの危なっかしさについていくのをやめ、もう殆どSNSの投稿はやらなくなった。Xは皆無だし、Instagramは毒にも薬にもならない食べ物の投稿を月に1度程度するかどうか。それで何も不自由はない。
外界とのつながりが減ると楽に生きていけるけど、独居感が増す。本当にこれでいいのか、と思うこともあります。
ちらっとデカフェの珈琲の話が出てますが
あれはコーヒーと思って飲むものじゃないですね。なんか香ばしい飲み物(コーヒーとは違うもの)として飲むと美味しく飲めたりしますが。これはこれでアリなんじゃない?って思える人なら問題ないんじゃないかと。
と言ってる私も積極的に選びはしないんですけどね(笑
余談ですが、アメリカンを専用ブレンドに「乾燥大豆かよ?」ってくらいの焙煎具合の豆で出す
地元コーヒー豆卸の直営喫茶がありまして。
これはこれでなかなか美味しいんですよね。
ティータさん>
デカフェの珈琲、珈琲豆には違いないのになんでこんな「別のマメの煮汁味」になってしまうのか、面白いですよね。かといって、カフェイン抜きだけど珈琲みたいにまったりできる飲み物ってそうそう存在しないのが悩ましい。