オミクロン禍のターミナルを歩く【羽田空港第3ターミナル】

お昼ごはんを食べたのち、川崎大師のお詣りに向かう。

結局、僕が希望していた「仲見世通りの喧騒を通り過ぎると、そこにはお寺がドーン」というシチュエーションにはならず、本堂の裏手に位置する門から境内に入ることになった。川崎大師は城塞都市のように塀で囲われていて、ひょっこり隙間から中に入る、ということができない。

「でもその前に、デザート食べてないなーって気が付いたんです」

いしが嬉しそうに言う。なんだそれは。

チラチラと彼女が見る方向に視線をやると、そこには「厄除け揚げまんぢう」を売るお店があった。厄除けの饅頭なんてあるのか!しかも揚げ!

川崎大師周辺は、ぶっちゃけなんでも「厄除け」と商品名をつければご当地感が出る。素晴らしい。

買う側だって、別にこれがご祈祷されているわけでもなく、ご利益があるとも思っちゃいない。でも、「厄除け◯◯」っていうお菓子が売られていたら、「じゃあちょっと買い食いくらいしてもいいかな」っていう気がしてくるから不思議なものだ。「せっかく厄除け大師にやってきたんだし」と。

ほら出た、「せっかくだから」理論。

日本のGDPのどれほどをこの「せっかくだから」が支えていることか。大事。

たとえばこれが東京の浅草寺の場合、いくら「浅草まんぢう」を売っても「まあ、観光地だから売ってるよね」程度でスルーしてしまう。しかしここは厄除け大師。「厄除けまんぢう」という名前で売られていれば、ググッと食べたくなる。特別感が出てくる。

で、「せっかくだから」理論に加えて「デザート食べてないから」理論の融合によって購入されたのが、厄除け揚げまんぢう。

うん、おいしかった。厄は落ちた気がするけれど、脂肪はほんのちょっとだけお腹まわりに付いた気がする。

川崎大師の「裏口」にあたるところから中に入る。裏口、といっても京急大師線の「川崎大師駅」から歩いてきたらこの門に行き当たるので、電車利用の人はこちらがメインだろう。正月はものすごい数の参拝客が訪れるという噂だ。

京急大師線、京急川崎駅から小島新田駅までわずか7駅の盲腸路線だ。距離だって5km程度しかない。なので完全なドローカル路線なのだと思っていたがとんでもない。時刻表を見たら、昼間は10分間隔、朝夕のラッシュ時は5分間隔で運行されているにぎやかな路線だった。完全に油断していた。

その割には、のどかな雰囲気が若干漂う場所だ。家賃相場がどれくらいかはわからないけれど、無理に東京都に住むよりも川向かいのこっちに住むのは気楽で良いのかもしれない。

境内図。

複雑な形状の建物や大型の施設内部を探検するのは大好きなのに、そういえば神社仏閣の境内探検というのはあまり関心がない。我ながら不思議だ。

今回も、本堂にご挨拶をしたらすぐにお寺を後にしたくらいだ。

そびえ立つ八角五重塔。

現代人の僕は「とりあえず写真を撮っておこう」程度だけど、昔の人ならば「はえー、すごい」と仏の教えに思いを馳せたのだろう。

そういう点では、写真というのは考える力を奪う要素もある。スマホでここまで手軽に写真撮影ができる時代の今、信心にどう影響を与えるのだろうか。

楽しみにしていた仲見世通りを歩く。

ここでも「おまんじゅう」「久寿餅」を売るお店がある。立派だ。

参道は楽しいよな、テーマパークみたいで。コンビニとかドラッグストアとか、今どきの商店街的な要素が意図的に排除されている。成田山新勝寺の参道もワクワクするけれど、ここも楽しい。

「楽しい」というのと「いろいろ買っちゃう」というのは別物だ。僕らはここでお店の中に入ることはなく、そのまま素通りした。お買い物もしていない。ほしいものが特になかったからだ。でも、歩いていて、楽しい。

地元の経済に貢献できず、すまん。

あちこちで「トントントントン・・・」とまな板を叩く包丁の音が聞こえる。とても小気味よく、耳障りがいい音だ。見ると、あちこちで痰切り・咳止めののど飴を製造販売しているのだった。僕はよく知らなかったのだけど、ここはそういうアメが名物らしい。

千歳飴みたいに棒状に伸びたアメを包丁で切って、飴玉サイズに刻んでいく。それを高速で行うので、まるでキュウリを刻むかのようにトントントンとBPM速めの音が鳴る。

・・・のだけれど、実際にはアメを切っておらず、客寄せと場の賑わい演出のために職人さんが包丁をまな板で叩いているだけだった。そんなにひっきりなしにアメを刻んでいたら、在庫の山になってしまう。

実際にアメを刻んでいるところは見えなかったけど、それでも美しい音色が聴けてよかった。

面白いのが、あちこちでダルマを売っているお店があることだ。大小様々なダルマがびっしりと並んでいる様は壮観。赤い!

ちびダルマになると赤くないやつも登場するけれど、大きいものはほぼ赤色、時々白色となるようだ。

白目をむいたダルマさんがこっちをギュッと一斉に見ているので一瞬びびる。

ベビーカーに乗せられた息子は「何事だろう」と無言でこの様子を観察している。彼は保育園の園長先生から「とても慎重な子。慣れない人や場所に出会うと、じっと観察する。泣かないので、人見知りじゃない。こんな子は初めて。見ていてとても勉強になる」と言われている。

今回もまさにそうで、真っ赤な空間に驚きながらも、状況を把握しようとじっと無言で眺めていた。泣かないのは親として助かる。

いしは、「ご飯を食べずに、焼き芋だけでも行きていける」のではないか、というくらい焼き芋が好きだ。焼き芋に限らず、栗、かぼちゃといった類が大好きだ。僕が所要のため不在でいしが一人で食事をするときは、焼き芋を買ってきてそれで一食完了、本人大満足ということもあるようだ。

安く済んで家計には優しいのだけれど、そこまで芋が好きなのか、と驚かされる。

「女性はみんな焼き芋、大好きですよ?近所のスーパーがこれまで◯◯の品種の焼き芋を売っていたのに、最近になって▲▲に品種が変わってショックなんですよ。昔のほうがおいしかったのに」

とあれこれ聞いたけど、僕はその品種さえ覚えられなかった。紅はるか?シルクスイート?いやもう、何が違うのか。僕はまだインカの目覚めとか、じゃがいもの方に興味があるくらいだ。

で、川崎大師の近くにつぼ焼きの焼き芋を売るお店を偶然Googleマップで発見したので、買いに行ってみた。「濃密熟成焼き芋」だって。へー。

いしが喜々として買ってきた芋は、「ハロウィンスイート」という品種だった。おおう、ハロウィンといえばカボチャのイメージだけど、さつま芋でハロウィン?ややこしい。余計覚えられない気がする。

でも、味は美味しかった。つぼ焼きだからかどうかはわからないけれど、ねっとりとして旨味が凝縮されている感じ。

「なんでさつま芋は野菜なんですかね。もうこれ、スイーツですよ」

といしが言う。確かに、これは甘い。砂糖を入れなくてこれは驚き、というレベルだ。

「秋になったらモンブランがやたらともてはやされますけど、さつま芋もいいと思うんですけどね、なんでこんなに扱いが違うんですかね?」
「さつま芋の方がどんくさいイメージがあるのかな」
「そうなんですか?」

よくわからないけれど、僕が子供の頃は「焼き芋を食べて、おならをする」という漫画をよく見た。団塊ジュニア以上の世代は、そういう印象だと思う。一方、栗は「モンブラン」というフランス語が与えられ市民権を得たため、なにやらキラキラした世界に旅立ってしまった。

でもこれから、さつま芋はまだまだ伸びしろがあると思う。

いやちょっと待て、羽田空港の探検記なのになんでさつま芋の話で締めくくろうとしているんだ。

ええと、まあ、あの、高速道路でしゅーっと行ける場所は便利ですね、ということです。下手に下道で渋滞やら信号に捕まりながら前に進んでも、思ったよりも遠くにいけない。その点高速は便利、ってことだ。特に僕みたいに15分おいくら、というカーシェアを利用している人にとって、「短時間で効率よく、最大限楽しんで帰ってくる」というのは大事。羽田空港と川崎大師は、その点すごーく気楽に行けた、非日常空間だった。楽しい一日だった。

(この項おわり)

(2021.12.12)

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