わたしの歯医者遍歴

3軒目:Cデンタルクリニック(2014年春)

B歯科医院で治療した歯が馴染むことはなく、辛い日々がずっと続いていた。食べるものすべてが不味く感じるし、食べる意欲が激しく低下する。なによりも、痛い。いずれ解消されていくのだろうと期待していたが、全くその気配がないので、さすがに僕も我慢ができなくなった。

B歯科医院に「良くならないよ!なんとかしてよ!」とアフターサービスをしてもらいたいところだが、さらに歯を削られたらたまらない。どうせ「無償対応」なんてことはなく、再診にちゃんとお金を請求するのだろうし、かかわらない方がマシだ。別の病院を探すことにした。

自宅近辺は諦め、会社近辺の歯医者を探すことにした。会社近辺なら、お昼休みとか退社直後の時間で通院できて便利だろう。

そこで思い出した。ああそうだ、会社が入居しているビルの一階に歯医者があったじゃないかと。しかも以前、親知らずを抜く際にお世話になったぞ。すまん、随分昔なのですっかりその存在を忘れていた。

久しぶりにその病院を訪れてみる。カルテはまだ残っていた。前回通院がちょうど10年前だったようで、「よく残ってましたね、もう破棄されるところでした」と受付嬢は教えてくれた(法的にはカルテの保存は5年間が義務)。

先生にこれまでの事情を説明し、現在の苦痛を語ると、その先生は顔をしかめ、

「ちょっと変ですね。虫歯かどうか確定できないのに削るというのがそもそもおかしいですし、しみるという状況があるのにそのままかぶせ物をしてしまうというのもおかしいです。普通ならしみる状況を抑えて落ち着かせてからかぶせ物をするものです」

とおっしゃる。やっぱり!あの医者め!

しかも、問題の歯を検査してもらったら、「かぶせ物も形がぴったりあっていません、ずれています」だと。結局かぶせ物を作り直すことになってしまった。その場で破壊されるかぶせ物。またむき出しになる歯。粉々にされた金属を目の当たりにし、やり場のない怒りに包まれた。なんてこったい。

後で、病院の口コミ情報サイトを複数確認して、前回の歯科医院について調べてみた。どこもベタほめ、5つ星。どうやら、サクラらしい。それはこの病院に限ったことでなく、掲載されているどの病院もサクラの存在が伺えた。口コミは信用ならないと心底思った。

新しいかぶせ物が出来るまでの間、また一週間ほど「暫定の詰め物」で過ごさないといけない。また苦行の日々か・・・と嘆息したが、先生は麻酔を含ませたものを詰め物と歯の間にいれてくれたので、すごく楽になった。なんだ、楽にする方法があるんじゃないか!あの医者め!

この日何度目かになる、前の医者に対するいきどおり。

一週間後、正式にかぶせ物を装着し、治療は終わった。かぶせ物をする際にも、麻酔を挟んだので、違和感は少なかった。しかし、数日後に麻酔は溶けてしまったらしく、違和感としみる感じは若干ぶり返した。あとはもう「早く神経がなじんで、痛みを感じなくなりますように」と祈るだけ。その祈りが通じて違和感を感じなくなるまで、2ヶ月以上を要した。

4軒目:D歯科医院(2014年秋)

バゲット食べ比べ

ある日、「利きバゲット」イベントに参加していた。これは、都内の有名パン屋さんのバゲットを5種類食べ比べし、その味の違いを感じるという企画だ。「バゲット」とひと括りにするにはもったいないくらい、千差万別でお店ごとの個性があるパンたちに夢中になった。

歯が折れる直前

夢中になったせいで、つい気が緩んでしまったらしい。パンを噛んだ瞬間、前歯がバキッと音を立てた。うわっ、かなりすごい音がしたな・・・と思ったが、その直後は何も変化はなかった。しかし10分ほどしたら、歯がグラグラし始めた。どうやら、本当に前歯が折れてしまったらしい。

僕の前歯は、18歳のときに闇夜のドブに落っこちた際に折れた経緯がある。そのせいで、上の前歯1本が差し歯になっている。当時の値段で治療費は7万円くらいだったと思う。高校を卒業し、大学に入学するまでの間工場の夜間バイトで金を稼ごうとしていた矢先の出来事で、カネを稼いだ分通院にお金をかけてしまった。

それはともかく、歯の根本はまだ残っているのだけど、歯の本体は作り物だ。その「作り物の歯」を固定させるために、元からあった、折れた歯はシャーペンのノック部分についている消しゴムのように細く削られている。そこにセラミック製の歯がかぶせられているという構造だ。そんなわけで、歯を支える部分が細いので負荷をかけるのは禁物だった。当時のお医者さんからも、「するめを歯で噛み切るとか、前歯に負担をかけるのはやめてください」と言われていた。

前歯が差し歯になった時、先生からは「10年持てば良い方です」と言われていたが、なんやかんやで20年持った。先生、素敵な歯をありがとう。

しかし、長年の信頼と実績は油断を生む。よりによってバゲットを噛んでしまうとは。それで、歯の根本がやられてしまったらしい。グラグラはするけど、いますぐ抜けるという感じではない。

しかし、前歯が不安定というだけで人間どうしてこうも弱ってしまうのだろう?僕はみるみる衰弱し、焦燥した。ご飯が喉を通らない日々の再来だ。慌てて歯医者にかかることにした。

もちろん頼りにしたのは、前述のCデンタルクリニックだった。しかし、予約の電話をかけてみたが、「この番号は現在使われていません」というNTTのトーキーが反応するだけ。一体どうしたんだろう?

何度かけてもつながらないので、直接病院に行ってみた。すると、やられた!「廃業しました」という張り紙が入り口に貼ってあるぞ!なんてこった、儲からなかったのかどうかはしらないけど、病院そのものがなくなっていたのだった。

道理で・・・。今から振り返ると、思い当たる節がある。前回通院時、病院にいたのは受付嬢と先生の二人だけだった。歯科助手も歯科衛生士もおらず、こまごまとした器材の準備を先生自らが忙しそうにやっていた。あれっ、おかしいなと思ったのだけど、そういうことか。あと、普通なら虫歯治療のあとはそのほかの歯のチェックとかブラッシング指導とかあるのに、そういう「この後の治療につながるサムシング」が一切なかった。「はい、終わりです」と奥歯治療後に言われ、本当にあっけなく終わった。なるほど、継続するだけの体力がもう病院には残っていなかったのか。

納得ばかりはしていられない。早く歯をどうにかしないと。

慌てて、この廃業した病院近くの別の病院を探した。幸い、近くに歯科医院が見つかったので、急遽そこのお世話になることにした。それがD歯科医院。

訪れてみると、煙突のような細い建物の雑居ビル上層階にあり、ごちゃっとしたエレベーターに乗っていかないといけない。あまりワクワクしないシチュエーションだ。病院は昔からある風情で、くすんだ感じ。あまり愛想のよくない受付。出てきた先生ははだしにサンダルで、歩くとペタペタ軽薄な音がする。うーん。

歯のレントゲンを取る。局所用のレントゲンで、望遠鏡のような筒型のものだ。レントゲン室には、「被爆量が少なくてすむ便利なレントゲンです」みたいなことが書かれたポスターが貼ってあった。確かにそうなのだろう。口の中に、フィルムに相当するものを指ごと突っ込み、フガフガいいながらの撮影となった。

しかしこれがうまくいかない。レントゲンをとっては「あれ?」と頭をかきながら先生が戻ってきて、再度設定しなおす。狙いがあっておらず、うまく撮影できなかったらしい。これを4度ほど繰り返し。いや、「あれ?」というのはこっちの方で、結局通常のレントゲンよりも被爆量が増えてるんじゃなかろうか。先生がレントゲン室の内外を行ったりきたりする際に、例の「サンダルがペタペタ音を立てる」のを耳にするので、ますます先生に対する信頼が落ちた。しかも看護師さんを患者のそばで叱責してるし。

診断は、やはり歯の根っこにひびが入っているというものだった。で、残酷にもその歯はもう抜くしかないという。えっ、前歯を抜いちゃうの?

歯は骨折のように「しばらくすると治癒する」ものではない。だから、いったん歯にひびがはいったら、もうどうにもならないのだという。なるほどそれはそうだ。しかし歯を抜くとなるとたまらんな、よりによって審美にモロに影響する前歯だぞ?

治療として提案されたのは、ブリッジまたはインプラントだった。聞いたことはある名前だが、詳細は初めて聞いた。

先生によると、問題のある歯の左右の歯(健常)を削り、シャーペンの消しゴムくらいのサイズにしてしまう。そこに作り物の「3本の歯が連なったもの」をかぶせるのだという。つまり、両脇の歯で真ん中の歯を宙ぶらりんで支える形になる。二本の棒で横断幕を掲げるようなものだ。差し歯が折れただけでもショックなのに、健常な歯をごっそり2本も削ろうだなんて、ちょっと受け入れがたい話だ。

もう一つのインプラントは、上あごの骨に差し歯を固定するための金具を埋め込む手術を行うというもの。両側の歯に被害は及ばない。

値段を聞くと、いずれも20万円以上する。即決はできない話だが、先生は「これしかありません」ときっぱりとおっしゃる。部分入れ歯という選択肢もあるにはあるのだが、食事のときは取り外すとか、寝るときは外すとか、いろいろ運用が面倒らしい。しかも、入れ歯をひっかける部分が痛いともいう。保険適用で出来るとはいえ、これはイヤだ。

インプラントをするしかないのだろうか。ブリッジよりはわずかに安いようだったので、選ぶとすればこれなのだが・・・どうにかならないのだろうか。

とりあえず、この日はぐらつく歯の左右をスーパーボンド(歯科治療用の接着剤)で固定して後日仔細に歯を検査してもらうことにした。接着剤とはいえ、歯を固定してもらったら途端に心身ともに楽になった。いかに歯というのが人間にとって繊細な存在かというのがよくわかる。

人を拷問にかける際、もっとも強烈なのが歯に硫酸をかけることだという。脳にダイレクトに痛みが伝わり、場合によってはショック死してしまうくらい痛いという。今ならその心境がよくわかる。

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